38 / 422
第4話:逆転! 海賊討伐(前編)
#07
しおりを挟むノヴァルナのカダールを見下した懸念は、どうやら杞憂だったようである。
座乗する『スラゲン』型重巡航艦の艦橋から、接近しつつあるロッガ家の増援部隊―――『ランデア』型軽巡航艦2隻と、『サールズディク』型駆逐艦3隻を眺めるカダールの元に、通信長が早足で歩み寄る。
訝しげな目を向けるカダールの傍らには側近が立っており、通信長からデータパッドを渡された。通信長は小声で告げる。
「先程、サフローのドーム都市『ザナドア』にて、ナグヤ宛てに送られた超空間通信用圧縮データが、管理局から極秘回線で転送されて来ました。これをご覧ください」
会議などでも使用されるが、データパッドで渡される情報は、安易にホログラムで浮かべ、第三者に見られて漏洩するのを、防ぎたい内容である場合が多い。そして今回はそれに相当する情報であった。
「こ、これは…」
側近は画面の情報を一読して、目を見開く。その様子に、カダールは面白くもなさそうに、側近に命じる。
「なんだ?見せろ!」
「は…ははっ!」
側近は、自分で情報の真偽を確かめてから、カダールに報告した方がよいのではないか…と思ったようだが、そのカダールに見せろと命じられた以上、主君の意に従わないわけにはいかない。
側近から引ったくるようにデータパッドを受け取ったカダールは、その画面に視線を走らせると、側近と同じく目を見開いて呟いた。
「なん…だと?」
データパッドにあった通信とは、惑星サフローの観光ドーム都市『ザナドア』から、ノヴァルナの仲間と思われる人物が、ナグヤ城にいるノヴァルナの家老、セルシュ=ヒ・ラティオに送ったものだ。
その内容自体は、場所をMD-36521星系第5惑星衛星軌道上に移して、ノヴァルナと『クーギス党』の代表が、改めて会見を行うという、簡単なものであったが、同時に添付されていたと思われる、あるデータのタイトルが、カダール達を驚かせたのである。
そのデータのタイトルとは、
MD-36521星系第2惑星に建設中の『アクアダイト』抽出プラント概要図改訂第三版
というものだ。
概要図のデータそのものは、複製出来ない仕掛けがしてあったのか、添付されてはいなかったが、そのタイトルだけを見ても、影響はロッガ家とウォーダ家だけにとどまらない、由々しき事態だと分かる。
「防音フィールド!」
カダールが声を上げると、艦のコンピューターが音声命令を認識し、艦長席に座るカダールと側近、そして通信長の三人を囲むように一瞬、光が輪になって走る。すると三人の声は、その光が輪を描いた位置より外へは聞こえなくなった。旗艦設備を持つ宇宙艦にしか装備していない、防音フィールド発生機能だ。
艦橋にいる他の者達に、聞かれる心配がなくなると、カダールは側近の胸元を指差し、食ってかかった。
「MD-36521の第2惑星で、『アクアダイト』が産出されるだと!?貴様、なぜそれを言わなかった!?」
それに対し、側近は困惑の極みといった表情で応える。
「い、いえ…私も初めて聞く話でして…」
「ぬう」
不満そうに唸って睨みつけるカダールに、側近は首を左右に振って弁解した。
「MD-36521星系はこれまで、位置が戦略的にも経済的にも価値はなかったため、宇宙地図のデータは百年ほど前に、皇国運輸省が広域スキャンで、大まかに拾い上げた時のままです。星系各惑星の詳細データはなく、第2惑星に『アクアダイト』を産出可能な海が、存在しているなど、誰も知らなかったはずです」
そう言いながら側近が、再び宇宙地図を起動させる。カダールの前に浮かび上がったMD-36521星系の立体映像には、確かにそのような事実を裏付けるような、めぼしい情報は表示されていない。
「それをナグヤのウォーダが発見したという事か…いや、発見したのは中立宙域を放浪している、『クーギス党』かもしれんな。ふむ…そうか、なぜ奴らの根城があんな中立宙域の端に移動していたのかも、これで説明がつく―――」
幾分気を落ち着けたカダールは、鋭角的な顎に手をやり、憶測を始めた。
「―――さては『クーギス党』の奴ら、保護目的とか言いながら、ラペジラル人を俺達から横取りして、ナグヤに売り渡していたな」
「果たしてそうでしょうか?」
結論を急ぐ主君を、不安というより、不満そうな目で見る側近だが、カダールは自分の考えに迷いがない。
「そうに違いない。だいたい『宇宙海賊』を名乗るような連中が、営利目的もなしに異星人どもを助けるものか」
「………」
「それよりも重要なのは、その第2惑星に『アクアダイト』があるという話だ」
そう言ってカダールは、通信長に顔を向ける。
「この話。他家の連中には、知られていないだろうな?」
「はっ。幸い通信には、ウォーダの暗号が使用されていましたので、我々以外に内容は分からないはずです」
通信長の返答に、カダールは「よし」と頷き、言葉を続けた。
「この件は他言無用にしておけ。ノヴァルナの大うつけと、海賊どもからMD-36521を奪い取り、我がイル・ワークラン家が『アクアダイト』の星を手に入れるのだ!」
“…そうすれば、これは俺の功績。重要戦略鉱物『アクアダイト』の、安定供給を図る事に成功したとなると、家臣達も俺を支持するはず。父上も家督継承について、俺を無下には出来まい”
という目論みを声にこそしなかったが、カダールの口元は、愉悦で自然と歪んだ。
その表情を気取られないように、カダールは一つ咳ばらいをし、側近に告げる。
「ところで、その通信が『ザナドア』から送られたという事は、ノヴァルナの仲間がそこに潜んでいるという事だな?」
「そう考えてよいかと」
「うむ…では、出航前に小部隊を『ザナドア』へ送れ。俺達が海賊共を討伐している間に、通信を送った奴を探し出して、拘束しておくように命じるのだ」
「通信を転送して来た、『ザナドア』管理局の警備課に、協力を仰ぎますか?発信者をマークしているはずです」
「そうだな…礼も含め、それなりの額を送ってやれ。だが我々の部隊の行動には手出しさせるな。余計な情報まで与えたくない」
「かしこまりました」
カダールの指示に側近が頭を下げると、タイミングを合わせたように、通信長のNNLが、ホログラムのコールサインを浮かべて、呼出音を鳴らせた。それを確認した通信長はカダールに伝える。
「カダール様。ロッガの増援部隊の指揮官から、ご挨拶の連絡です」
カダールは「うむ」と頷き、下がろうとする側近に顎をしゃくりながら、“さっきの件、分かっているな?”と目配せした。そして「防音フィールド、解除」とコンピューターに命じて、艦長席で居住まいを正す。
やがて艦長のメインスクリーンに、ロッガ家増援部隊の指揮官が、青灰色の軍服姿を現した。恰幅のいい、軍人より役人に見える中年将校だ。垂れた頬の丸顔だが、目付きは良くない。
「お初にお目にかかります。カダール=ウォーダ殿下。お会い出来て光栄です」
指揮官は愛想笑い以外の、何物でもない笑顔で、挨拶を述べた。軽く頭は下げたが、艦長席に足を組んで座ったままだ。
「本職はロッガ家臨時特務戦隊指揮官、コバック=ベルカン准将であります」
対するカダールも、まるで瀬戸物のような笑いを、顔に張り付けて応じる。当然こちらは胸を反らしたままである。
「よくぞ参られた、ロッガ家の方。これは心強い限り…」
そう言ってカダールは、ロッガの指揮官に向け、三文芝居のようにわざとらしく両腕を広げた………
▶#08につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる