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第4話:逆転! 海賊討伐(前編)
#06
しおりを挟む「ふん…灯台元暗しとは、この事だな。まさか奴らの根城が、我等オ・ワーリとの境界に潜んでいたとは」
カダール=ウォーダは、重巡航艦の艦橋で艦長席に座り、目の前に浮かぶホログラムスクリーンが映し出した、MD-36521星系周辺の宇宙地図を眺めて呟いた。距離的にはここ、ベシルス星系から約1500光年離れている。超空間ゲートはなく、DFドライヴを繰り返して三日は掛かる。
そのカダールに側近の男が歩み寄ると、ホログラムはMD-36521星系を拡大し、星系図と概要情報を表示した。もっとも、調査らしい調査も行われていないらしく、その情報は驚くほど少ない。
「記録によれば、超空間通信の指向位置は、MD-36521の最外縁惑星と思われます。おそらく衛星軌道を周回しているものと…」
側近の言葉に、ホログラムは星系の最外縁惑星を拡大した。少ない情報では暗緑色のガス惑星で、第五惑星となっている。惑星が五つしかない小さな恒星系だ。
「よし。ロッガの増援部隊が到着次第、全戦力で奴らを叩く」
粘着質の笑みを浮かべ、カダールが命じると、側近は眉をひそめて告げた。
「宜しいので?」
「何がだ?」とカダール。
「罠という事も考えられますが」
「罠なら通信記録を消したりするものか」
「いえ。だからこそ罠、という事も考えられます」
「なに?…」
「これまで海賊共の潜伏先は、イーセ宙域との境界…奴らの故郷である、シズマ恒星群近辺と考えられていました。それがここに来て、全くの反対側である、我がオ・ワーリとの境界付近に通信を送ったとなると、あるいは我等をおびき寄せるため、という可能性があります」
「考え過ぎだ」
慎重な物言いをする側近に、カダールは苛立ちを見せて応じる。
「イーセのキルバルターも、近頃は海賊討伐に力を入れていると聞く。海賊が生活物資を略奪しているのは、ここではなくイーセ宙域だからな。それで居づらくなったのだろう―――」
そこまで言うとカダールは、自分の考えに自分で納得したらしく、さらに言葉を続けだした。
「―――それに奴らが、キオ・スーのウォーダ家と手を組んだ、というのなら、オ・ワーリ側に移動したのも理由がつく…そうだ!キオ・スーではなく、ナグヤの独断かもしれん。ナグヤ当主のヒディラスは、キオ・スーと不仲なうえに、独断で隣国に攻め入るような奴だ。だからノヴァルナが奴らといたのだ。そうに違いない」
そんなカダールの様子に、側近は厭そうな目を向けた。こういった不確かな部分を妄想で埋め、自分勝手に結論を急ぐ思い込みの激しさが、カダールの父親であるヤズル・イセス=ウォーダをして、次期当主の席をカダールに与えるのを、躊躇わせているのだというのに、自覚出来ないのか…側近の目はそう語っている。
そのカダールは、側近の視線の意味を悟る事なく、指先でホログラムスクリーンに触れ、宇宙地図をMD-36521星系周辺に戻して、さらにスクロールさせた。
「宇宙地図を見ろ。MD-36521は中立宙域の一番端にあって、幾つかの惑星の公転軌道が、オワーリ側に食い込んでしまっているほどだ。それにサイドゥ家のミノネリラ宙域にも近い」
確かに彼の言う通り、MD-36521星系は、帯状に長く伸びた中立宙域の端に位置し、ウォーダ家とロッガ家の双方と敵対する、サイドゥ家のミノネリラ宙域にも近い。迂闊に探査出来ない場所だ。
ただ側近は「ですが…」と不納得な様子で、切り返した。
「なぜよりによって、ナグヤのノヴァルナ殿が、こんな所にいたのでしょう…星大名の御一族が自ら来るような、何かがあるのでしょうか?」
しかしその言葉は、自分の境遇を快く思っていないカダールに対し、不用意だった。急に表情を険しくして側近を見据える。
「…俺も星大名の御一族で、こんな所に来ているわけだが?」
「ぅは!?…や、い…いえ、そういう意味では…」
イル・ワークラン家の嫡男に不興を買い、側近はしどろもどろに応じた。
ナグヤのノヴァルナ・ダン=ウォーダといえば、ウォーダ家の中でもお荷物の、問題児で通っている。カダールの不満は些か被害者妄想的ではあるが、海賊討伐にベシルス星系まで派遣された自分を、当主である父から、そんなノヴァルナと同じように扱われたと思ったのだ。
「ふん、まあいい。ともかく重要なのはノヴァルナめが、身分を隠してここまで来ていたという事実だ。我等だけでなく、奴らが仕えるキオ・スー家にも、知られてはまずいのだろう。という事はここで奴を始末しても、ナグヤは表立って問題に出来ない可能性が高い」
「そ、それは確かに…」
今度は側近も疑念を口にはしなかった。
海賊とナグヤが手を組んだというのなら、なぜノヴァルナの妹達は、海賊船を奪って逃げていたのかなど、辻褄の合わない点があるものの、あまり不興を買い過ぎると、粛清されかねないからだ。
側近から、“命懸けで意見具申するほどの甲斐はない主君”と思われた、不幸な若者は、どうやら“側近を納得させた”と、思ったようであった。「ともかく出撃準備を急がせろ」と命じると、苛立ちが静まったのか、年かさの側近の機嫌を取るように、陽気さの混じった声で付け加える。
「心配は要らん。あの大うつけの事だ、通信も単純に記録を消せば済む、と考えたのだろう。この前のキオ・スー城は、たまたま上手く行っただけで、馬鹿は所詮、馬鹿でしかない事を、俺が思い知らせてやるさ」
「………と、今頃カダールの間抜け野郎は、言ってるはずだ」
からかうような口調で発されたそれは、カダールの考えを読んだ、ノヴァルナの言葉だった。
操舵席に座るノヴァルナは、ベシルス星系の最外縁部に向け、自分の手で海賊船を走らせていた。そこには『クーギス党』の移動本拠地の巨大タンカーが、別行動を取っていた、戦闘母艦として運用されている中型タンカーと合流して、迎えに来ているはずである。
ノヴァルナが自分で操縦しているのは、そこに座っていたトゥ・シェイ=マーディンを、二人の妹の護衛として、惑星サフローの観光ドーム都市に、一緒に降ろして来たからだ。
「あのアホとは何度か会ったが、総宗家の嫡男だってだけで、自分の方が格上だと思って、俺を舐めてやがるからな。俺の考えなど、お見通しのつもりでいるだろうぜ」
ノヴァルナは、カーズマルスが駐屯基地を制圧した際に、メインコンピューターより入手した情報―――イル・ワークランから派遣された艦隊の戦力と、指揮官が嫡男のカダールである事。そしてさらにロッガの無印艦隊が、増援として向かっている事から、これらをまとめて叩く手を考えていた。
ベシルス星系から1500光年も離れた、中立宙域の端に位置し、到着に三日は掛かるMD-36521星系を、わざわざ会戦場所に選んだのも、その手の内である。
無論、これから合流しようという『クーギス党』の巨大タンカーが、MD-36521星系にいるはずもなく、駐屯基地から超空間通信が送られた先には何もない。カダールの側近が危惧した通りに罠だったのだ。
だがカダールの、尊大なくせに功名には逸る性格は、煽って利用出来る。そのためノヴァルナはさらなる餌を用意しており、カダールがこれに気付けば、飛びつかずにはいられないはずだ。
「問題はあのアホウが、餌に気付くかだな。せっかく用意しても、アホの度が過ぎて、気付かなかったりしたら…ふん!目も当てられねぇぜ」
ノヴァルナは口元を歪めて、カダールをこき下ろす。
するとイル・ワークランの勢力圏出身のキノッサが、通信士席の操作パネルの上で暇そうに頬杖をつき、カダールを寸評した。
「まぁ確かにカダール様は、要点を得ない神経質さ…みたいな感じで、ご自身のオ・ワーリ=カーミラ星系でも、あまり評判の良い方ではなかったですからねぇ………ノヴァルナ殿下とは別の意味で」
キノッサの最後の言葉にノヴァルナは、即座に席から立ち上がり、指を差して反応する。
「なんでてめーは、いっつもひと言、多いんだっ!!」
それに対し、キノッサは「きひひ」と笑い、頭を掻きながら弁解する。
「これはあたしの性分なんスよ。はい。もちろんノヴァルナ様のご奇行が、世間様を欺く演技だという事、このトゥ・キーツ=キノッサ、重々承知しておりますですよ」
太鼓持ちよろしく、手揉みでもしそうなその物言いに、ノヴァルナはうんざりといった表情で、席に座り直した。
「…ったく、てめーは。わーったから、そのオッサンくせぇ口の利き方だけでも、何とかしろっての!」
とは言え、またもやキノッサに怒りもせず、あからさまな嫌悪も見せないノヴァルナに、彼と同じ操縦室にいる、若い『ホロゥシュ』達は、肩透かしを喰らったような顔をした。どうもこの奇妙な新入りは、そういった空気を、自然と身に纏っているらしい。
「ま!とにかく…」とノヴァルナ。
「こっちもマリーナとフェアンの奴が、ちゃんとナグヤと連絡を取って、城に残ってる『ホロゥシュ』の奴らが、ちゃんと動かねぇと、あのアホウを笑ってもいられなくなるがな!」
なるようにしかならない、といった具合に言い放った、ノヴァルナが操縦する海賊船は、カーズマルス=タ・キーガーの指揮するもう一隻の海賊船とともに、ベシルス星系の第四惑星とされる、二つのリングを持つ、青いガス惑星の傍らを通り過ぎて行った………
▶#07につづく
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