銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第4話:逆転! 海賊討伐(前編)

#05

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 時間を遡る事30分。惑星サフローの衛星軌道に浮かぶ、ロッガ家の秘密駐屯基地から、二隻の改造宇宙魚雷艇――海賊船が、速度を上げながら離脱した。

 しかし駆逐艦を接舷させた基地には、何の動きもない。
 桟橋代わりの軍用輸送艦に取り付けられている、CIWS(近接防御火器システム)は稼働せず、駆逐艦は沈黙したままだ。
 それもそのはず、基地も駆逐艦も、ノヴァルナと共闘している、カーズマルス=タ・キーガーによって全システムがロックされ、追撃のしようもなかったのである。

 二隻の海賊船のうち、駆逐艦に拿捕されていた一隻には、ノヴァルナ以下ウォーダ家関係の人間が乗り込み、もう一隻――旅客船『ラーフロンデ2』に同調して、共にこのベシルス星系へ転移し、駐屯基地を襲撃した方には、カーズマルス以下『クーギス党』の人間が乗り込んでいた。

 『ラーフロンデ2』が通常は、光速の12パーセントの速度で惑星サフローに向かっていたのを、『クーギス党』の襲撃による時間のロスを穴埋めするため、光速の92.5パーセントまで加速したのは、前述の通りである。
 ノヴァルナ達は海賊船で、『ラーフロンデ2』に先行。しかもベシルス星系の赤色巨星スラベラの重力場を使った、スイング・バイによりさらに加速して、光速の96.8パーセントに達すると、光速の15パーセントで航行していた駆逐艦を追い抜き、惑星サフローに40分ほどで到着したのだ。

 駐屯基地が粗末な警戒システムしか有しておらず、また人員も手薄な事は『クーギス党』も把握していた。
 そこでノヴァルナはその情報を元に、惑星サフローに着くと、即座に海賊船を地表スレスレに飛ばして警戒システムをかい潜り、駐屯基地の死角を突いて、本体の小惑星下部に船を接舷させた。
 そしてカーズマルス麾下の、陸戦隊員を先頭に基地へ侵入。作業員がそのほとんどを占める、50名ほどしかいない基地を制圧すると、今度は整備士に変装して、追い抜いて来た駆逐艦を待ち受けていたのである。

 この一連の流れで重要だったのは、重力子ドライヴによる準光速航行だった。
 相対性理論による、準光速航行宇宙船内の時間圧縮。宇宙船が目的地に早く着くほど、乗っている人間はさらに短い時間しか経過しない…一見すると便利そうであるが、実際には非常に危険で、通常は準光速航行が使用される事はない。

 宇宙船が準光速航行を使用しない危険性とは、航路上に物理的障害があった場合、それが些細なものであっても重大事故に繋がる上に、宇宙船の内部と外部とで、あまりにも時間の流れが違うため、宇宙船内では対処出来ないというものだった。

 したがってこの世界では、加速は重力子フィールドの干渉によってタイムラグの生じない、光速の30パーセント以下―20パーセント前後までに抑えるのが常識であり、『ラーフロンデ2』を準光速航行させるのは、その危険性を顧みない行動だと言える。
 ただ危険とはいえ、その準光速航行が40分あまりで済むのは、目的地のサフローが第六惑星という、少々特殊な条件だからだ。

 通常の恒星系で目的地となる、人類の居住可能な、ハビタブルゾーン内の惑星は、外縁部から60億キロほどあって、たとえ準光速でも6時間程度は掛かるのである。それに比べれば、確率的な面から準光速航行を使用しても、40分あまりなら危険性は低くなるはずだ。
 これが民主主義社会なら、いくら危険性が抑えられるとしても、そのような行為は問題視されるであろう。しかし民主主義的側面は残しているものの、今のヤヴァルト銀河皇国は封建主義国家であって、最終的に問題視するかしないかは、支配層が決める事なのである。

 その点では、ノヴァルナが海賊船を準光速にまで加速した事は、何の問題でもなかった。それを命じたノヴァルナ自身が、支配層に属しているからだ。



「イル・ワークランの連中に、この前のキオ・スーでの借りを返す」

 二人の妹とマーディンら、駆逐艦に拿捕されていた仲間に、『クーギス党』と手を組んだいきさつを話したノヴァルナは、海賊船の操縦室から望む、サフローの地平を眺めながら告げた。その地平には今まさに、赤色巨星スラベラが沈もうとしている。

 ノヴァルナは艇長席に座り、操舵席にはマーディン。機関士席にヤーグマー。火器管制席にモリン。探知士席にハッチ。通信士席にキノッサが着いていた。
 さらに艇長席の周囲にはマリーナとフェアンに、イェルサスとササーラが立っており、ノヴァルナは彼女達に指示を出す。

「おまえらには、サフローの観光ドームに行ってもらう」

「兄様!」

 抗議の声を発したのは、フェアンだった。

「あたしも戦う!」

「だめだ」とノヴァルナ。

「でもこの前も、一緒に戦ったでしょ!」

 とフェアンは食い下がった。それでもノヴァルナの口調は、素っ気ない。

「あの時はあの時。今は今だ」

 フェアンの言った“この前”とは、言うまでもなくキオ・スー城上空の、鉱物精製プラント衛星で傭兵達と戦った事であった。
 しかしあの時フェアンを連れて行ったのは、やむを得ない事情であったからだ。ノヴァルナにしてみれば、非戦闘員である妹を何度も、積極的には戦わせなくなかった。

「でも!あたし…」

 それでも引き下がろうとしないフェアンだったが、背後にいたマリーナが「およしなさい。イチ」と、静かな声で制止すると、言いかけた言葉を飲み込む。
 その様子にノヴァルナは軽い笑みを浮かべて、諭すように言った。

「そうムキになるな、フェアン。おまえとマリーナにも、やってもらう事はちゃんとある」

「え?」

「観光ドームから超空間通信で、ナグヤ城と連絡を取ってくれ。そして今から俺の言う事を、留守居している『ホロゥシュ』の、ヨヴェ=カージェスに伝えるんだ」

 そう言うノヴァルナの笑みは、次第にいつもの、城から抜け出す手段を思い付いた時のような、人を喰った様相を帯びて来る。それを見たフェアンは兄がまた、傍若無人の本領を発揮しようとしている予感に、コクリと喉を鳴らして「うん」と頷く。

「マーディン、ササーラ…それとイェルサス。おまえ達はマリーナとフェアンの護衛だ。中立の観光ドームだが、奴らの手先ぐらいは、いるかもしれんからな」

「はい」

 と即答するマーディンとササーラ。だがイェルサスの方は、おっかなびっくりでノヴァルナを見返して尋ねた。

「ぼ…僕も護衛役なの?」

 いつもは守られる側である事が多い、イェルサスが不安がるのも無理はない。それに対し、ノヴァルナは勇気づけるように諭した。

「たりめーだ。おまえもそろそろ、自分が守るべきものを、自分の手で守れるようになれ」

「守るべきものを自分の手で…」

「おう。まずは今の自分の手が届く範囲!そしてその手をこれから先、段々と伸ばして行くのさ!」

「わ、わかった。ノヴァルナ様」

 身じろぎしながらも、口を真一文字にして頷くイェルサスに、ノヴァルナはニヤリと白い歯を見せる。

「おう。頼んだぜ」

 そしてノヴァルナは、操縦室に揃う仲間達を見渡して言い放った。

「さぁて。そろそろ次のターン、始めっか!!」



 ノヴァルナ達が去ってから三時間後、惑星サフローの裏側にある、ロッガ家の秘密駐屯基地は、停泊していた駆逐艦とともに、ロックされた機能をようやく、ほぼ復旧し終えていた。

 そこに、『ラーフロンデ2』を再護送して来た二隻の駆逐艦と、イル・ワークラン=ウォーダ家のカダール率いる、海賊討伐艦隊も到着し、戦力的には重巡航艦1駆逐艦7と、それなりに整える事が出来た。

 自称宇宙海賊『クーギス党』の戦力は、本拠地でもある巨大タンカーと、改造宇宙魚雷艇が7隻。中型宇宙タンカーを母艦にした、簡易BSIユニットのASGUL(Aerospace Strategy General Unit of Legionnaire)が8機と、宇宙攻撃機6機であり、それに対するなら充分な戦力と言える。

 さらにロッガ家との密約で、こちらからも家紋と所属を隠匿した艦隊――軽巡航艦2、駆逐艦3が派遣されていた。艦隊はすでにベシルス星系外縁に転移を完了しており、間もなく到着予定である。
 これだけの戦力があれば、海賊などひとたまりもないはずで、あとは彼等の移動式本拠地とされる、宇宙タンカーの位置を特定するのみだった。

 そしてその宇宙タンカーの位置についても、すでに手掛かりが見つかっている。

 それは基地を襲い、ガルワニーシャ重工関係者と身分を偽っていた、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの身内と、仲間を奪い返した海賊達が、基地の超空間通信設備を利用して行った、通信の記録であった。

 海賊達はこのベシルス星系内に、自分達の簡易超空間通信サーバーを置いていたらしく、駐屯基地からそのサーバーを経由して、本拠地母艦へ状況報告を送っていたようである。
 一応基地側の通信ログは消去されていたが、復活させる事は可能だった。そしてただちに処理された結果、通信が送られた位置が判明する。超空間通信は広域発信ではなく、受け取る側のサーバーに向けて発信される、極めて指向性の強い通信のため、受信位置の特定も比較的容易なのだ。

 受信位置…それは意外にも中立宙域と、オ・ワーリ宙域の境界面であった。その境界面ギリギリの中立宙域側にある、MD-36521というカタログナンバーだけで、固有の名称も持たない星系が、通信の送られた位置だ。固有の名称を持たないという事は、その星系は人類の居住可能な惑星を有しておらず、学術面以外の価値はない、つまり隠れるにはうってつけの星系だという事だった。


▶#06につづく
 
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