35 / 422
第4話:逆転! 海賊討伐(前編)
#04
しおりを挟む「なんだ、お前達!!!!」
誰何などお構いなしに、ビームは保安科員達に襲い掛かる。さらに三人、四人と倒れると、保安科員達はろくに反撃もせず、逃げ出した。
「クソっ!ひけ!!」
保安科員達がT字路を右方向に姿を消すと、その反対側から四つの足音が駆けて来る。そしてマリーナとフェアンにとって、今一番聞きたかった者の声が、通路の向こうから響き渡った。
「マリーナ!フェアン!」
それは言うまでもなく、姉妹の兄、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの声だ。
マリーナとフェアンは「兄上!」「兄様!」と小さく叫ぶと、跳ねるように背筋を伸ばし、戻りかけた船室から先を争って飛び出す。
驚いた表情の、マーディンとササーラの脇をすり抜けたマリーナとフェアンは、その先でT字路から姿を現したノヴァルナに向け、一目散に駆け寄って行った。
「兄上!」「兄様!」
「二人とも、無事か!!!!」
両腕の中に飛び込んで来る、二人の妹の勢いに転びそうになりながらも、ノヴァルナは満面の笑みで迎える。
マリーナもフェアンも、なぜ兄がここにいるのかなど、意味のない疑問であった。兄と再会出来たという事実がすべてであり、今この時間において他の事はどうでもいい。
ちょうどその時、通路上に並んで浮いていた、赤い警報ホログラムが回転を止め、一斉に床へ吸い込まれるように消え去る。ブリッジを制圧した、カーズマルス達の仕業だ。
同時にカーズマルス達は、駆逐艦の保安科員の通信と、データリンクシステムを落とした。これでさらにノヴァルナ達にとっては、仕事がしやすくなるというものだ。
背後でイェルサスとキノッサとハッチが、銃を構えて警戒する中、マーディンとササーラとモリン、ヤーグマーがノヴァルナの前に膝をつく。
「ノヴァルナ様」
「おう、おまえらも全員揃ってるな。よしよし」
右腕にマリーナ、左腕にフェアンの背中を抱え、両手に花状態のノヴァルナは、部下達も無事の様子に満足そうに頷いた。
とは言え助けられたマーディン達は、狐につままれたような表情のままだ。
つい先程まで、どうやってここから脱出し、ナグヤと連絡をとって主君ノヴァルナを救出するかで、全員が頭を捻っていたのである。それが突然、そのノヴァルナの方から救助に現れたのだから、困惑するのも無理はない。
「ノヴァルナ様こそ、よくぞご無事で…ですが、これはいったい、どういう事なのでしょう?」
立ち上がったマーディンは、疑問を口にした。その間にササーラ達は、倒した保安科員の銃を拾い上げる。
「おう、いろいろとあってな。詳しい話はあとでするが、とにかく俺達も、今や海賊の一味ってワケだ」
「は?」唖然とするマーディン。
「いいから取りあえず、こっから逃げ出すぞ。ついて来い!」
そう言って、ノヴァルナはマーディン達を促して、二人の妹を連れ、先頭きって通路を早足で歩きだした。素早くキノッサがノヴァルナを追い抜き、先頭を代わって護衛に入る。
マーディンはハッチを追い抜きざま、無事を喜んで背中を軽く叩いた。それを次のササーラはバシッ!と強く叩いたため、ハッチは背中を手で押さえ、苦笑混じりで頷く。そして最後に、モリンとヤーグマーと顔を合わせ、ハイタッチを交わした。
すると主通路に出たところで、ノヴァルナ達は、海賊―――『クーギス党』の陸戦隊員と出会う。それは駆逐艦侵入時に、ノヴァルナと共にいた六人で、さらにその後ろに、マーディン達が奪った海賊船の乗組員が六人いる。
今ひとつ事情が飲み込めていないマーディン達、つまり駆逐艦に捕らえられていた者は、反射的に海賊達へ向けて銃を構えた。しかしノヴァルナが即座にそれを制する。
「だからそいつらは味方だって。やめろマーディン!行くぞ」
「はあ…」
少々頭の硬いところがあるマーディンは、ノヴァルナに告げられても、懐疑的な目をしたまま銃を降ろした。
ノヴァルナは陸戦隊員達に、「そっちも無事だったか」と声を掛け、相手が頷くと、一緒に来るように言う。
人数が来た時の倍以上になった一行が、再び通路を進み出すと、マーディンは少し気になっていた事をノヴァルナに尋ねた。
「ところでノヴァルナ様。ランがいないようですが?」
「ランなら心配すんな。海賊の人質に残して来ただけだ」
「…????」
またもや理解不能な主君の返答に、マーディンはますます困惑した。人質としての価値なら、ランよりノヴァルナの方が、よほど高いはずだ。
無論、マーディンは『クーギス党』の副頭領、女海賊モルタナの存在とその性癖を知る由もなく、彼女にとってノヴァルナよりランの方が、価値が高い事など想像の限界を超えている。
“だめだ。これはやはりノヴァルナ様が、きちんと説明して下さるまで待とう…”
中途半端な情報では、何が何やら混乱するだけだと、マーディンが考えるのをやめたその頃、イル・ワークラン=ウォーダ家の嫡男、カダール=ウォーダは、彼の座乗する重巡航艦の艦橋で、側近に不審そうな顔を向けていた。
「旅客船にガルワニーシャ重工の息子は、乗っていなかっただと?」
「は…いえ、海賊どもが『ラーフロンデ2』を襲撃するまでは、確かにいたようです。警備モニターの画像にも写っております」
側近は目を泳がせながら、カダールに説明する。
「すると海賊どもが連れ去ったというのか?人質にして身代金でも要求するつもりか?…おい、今までそういう事例は、あったのか?」
「いいえ。これまで奴らの目的は、積み荷の水棲ラペジラル人のみでした」
そのはずである。宇宙海賊を名乗ってはいるが、彼等は元はシズマ恒星群を統治していた独立管領の一つ、クーギス一族とその一党であり、かつての領地に暮らす水棲ラペジラル星人を、義侠心で奪取しているからだ。
「分からん。どういう事だ?」
腕組みをして、艦長席に背を沈めるカダール。側近は腰を低くして、自分の推論を述べた。
「資金的に苦境に陥り、身代金目的に連れ去ったのかも知れません。普段の奴らは文字通りイーセ宙域で、キルバルター家ゆかりの者から物資を奪って、生計を立てている海賊にございますれば…」
「それは奴らが、キルバルター家に恨みがあるからだろう。何せ奴らがシズマ恒星群を逐われたのは、奴ら以外の十三人衆を、キルバルターが籠絡したためだ―――」
カダールは短絡的な性格ではあったが、何も考えずに、行動しているわけではなかった。
「―――少なくとも、こちら側では秘密となっている、水棲ラペジラル人以外に手は出さないのが、奴らの大原則であるはず。銀河皇国から朝敵…つまりテロリストと公式認定されれば、全ての権利を剥奪され、殲滅対象になるだけだからな」
「は…」頭を下げる側近。
「それで、旅客船はどうした?」
「はい。時間もなかったため、すでに乗客の記憶を消去し、惑星サフローへ向けて、準光速航行を開始しております。通常時間であと30分ほどで到着する予定です」
『ラーフロンデ2』の乗客を、記憶消去に留めていたのは、この準光速航行を利用していたためである。
通常、限りなく光速に近付く事も可能な、重力子ドライヴによる、星系内惑星間航行の速度は、光速のほぼ20パーセント以下に制限されている。
その理由は、光速に近付く事で発生する宇宙船の内外の時間のズレを、船体を包む重力子フィールドが緩和していたのが、30パーセントを超えた辺りで崩壊し、急速にズレが大きくなるからであった。宇宙船の時間が圧縮され、通常空間より時間が短くなる現象だ。
『ラーフロンデ2』は通常、光速の12パーセントで、ベシルス星系外縁部からおよそ7億1千万キロ進んだ、第六惑星サフローへ、約5時間半かけて航行している。
しかし海賊の襲撃を受けた今回は、約2時間半後に返還された星系外縁部から再度、航行を開始し、速度を光速の92.5パーセントまで、一気に加速したのである。慣性をもコントロールする、重力子ドライヴならではの加速機能だ。
これにより惑星サフローまでは、およそ45分。そして船内の経過時間は僅か数分という短時間で、到着する事が出来るのである。
そして乗客の記憶については、オ・ワーリ宙域から転移した直後の、座席についた状況からの記憶を消去し、サフローの軌道に進入前の、各自が座席についている時間に目覚めるよう、睡眠誘導していた。多少雑ではあるが、不審がる乗客には、サフロー到着後も監視役がつけられる。
「とにかく、旅客船に残した兵士に、もう一度船内を捜索―――」
カダールが面倒臭げにそう言いかけた時、艦橋の通信士官が慌てた様子で歩み寄り、データパッドを側近に渡した。
その内容を確認した側近は、大きく口を開けたまま、顔を青ざめさせる。
「なんだ?どうした?」
どう見ても、不吉な知らせを受けたとしか取れない表情の側近に、カダールが問い質した。
「そっ!…それがその…」
「よい!早く言え!!」
「はっ…ははっ!惑星サフローの駐屯基地が襲撃を受け、ガルワニーシャ重工の娘達や、捕らえた海賊が逃走したと…」
「なんだと!!!!!!」
カダールは目を剥いて肘掛けに拳を打ち付け、立ち上がる。
「そのガルワニーシャ重工の連中、やはり海賊の仲間ではないのか!息子の映像があると言ったな。見せろ!!」
「ははっ!!」
狼狽しながらデータパッドを操作する側近。
やがて、突っ立ったままのカダールの前に、ホログラムの画面が出現し、『ラーフロンデ2』の警備映像に写った、ガルワニーシャ重工役員の息子とされる少年が投影された。友人らしき小肥りの少年に、ヘッドロックをかけてふざけている。
その少年の顔がアップになった瞬間、カダールの顔は驚きの表情で、蝋人形のように固まった。
「こ!…こっ!…こいつは!!」
そう言ったきり、カダールは顔を固めたまま、腰砕けに艦長席に座り込む。
「カダール様?」と側近。
「こいつは、ナグヤの大うつけではないか!!!!!!」
カダールが叫ぶと、側近も「ええっ!!!!」と跳び上がった。
「まさか!ナグヤ=ウォーダの、ノヴァルナ殿にございますか!!」
「なぜだッ!!なぜ、奴がここにいるのだッ!!??」
その問いに、誰も答えられるはずはなかった。ノヴァルナ自身、別の目的で来たところを、運悪く巻き込まれたのだからだ。まぁ、ある意味ノヴァルナが“持っている”のだ、とも言えるだろうが………
しかしカダールにすれば“持っている”で済むような問題ではない。いやカダールだけでなく、イル・ワークラン=ウォーダ家にとっての大問題だ。
つい先日、イル・ワークラン城で父や父のクローン猶子、そして重臣達と“たわけ者”よと嘲り笑ったウォーダのお荷物が、彼等にとって、最重要の隠し事のど真ん中に、いきなり現れたのだ。
「ぬああッ!!」
理解不能の事態に、カダールは癇癪を起こして再び立ち上がり、座席を振り返って蹴りつける。その異様な反応に、艦橋にいた士官達は眉をひそめた。
しかしカダールに、体面を気にする余裕はない。まるで艦長席に別の誰かが座っているかのように、背もたれに向かって怒鳴り付けた。
「まずいッ!!これはまずいぞ!!」
「カ、カダール様…」
背後から恐る恐る呼び掛ける側近。カダールはグルリと大袈裟に振り返り、両腕を上下させて言い放つ。
「このままだと、俺の不始末にされてしまうではないかァッ!!!!」
「は!?…あ?」
カダールが不安がる理由が、イル・ワークラン家より自己の保身だと知り、側近は目を白黒させた。
「殺すのだ!!」
「え…しかし相手は、ナグヤの正統継承者ですぞ?」
「構わん!ノヴァルナ・ダン=ウォーダを殺すのだァッ!!」
そう叫ぶカダールの両眼は、禍々しい光を放っていた………
▶#05につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる