銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
28 / 422
第3話:宗家の陰謀

#05

しおりを挟む
 
 モルタナの案内でノヴァルナ達が向かったのは、『クーギス党』を名乗る集団の移動基地となっている、大型宇宙タンカーの船倉部分の先端であった。

 タンカーというだけあって、船の構造のほとんどは船倉が占めている。その船倉は50メートルごとに、分厚い隔壁で仕切られており、一つの区画の大きさは、ちょっとしたビルがまるごと入るほどの空間だ。
 『クーギス党』はその船倉に居住棟を組み上げ、軍用宙雷艇を改造した海賊船の、整備場をはじめ簡単な工場や、水耕農場まで造っていた。

 モルタナとヨッズダルガ、そしてカーズマルスに案内され、それらの光景を目にしながら進むノヴァルナ達だったが、彼等が驚いたのは、特に居住棟を組み上げだ船倉である。
 八区画ある船倉の、三つまでを使ったそこは、バラックが何層にも積み重ねられており、まるでどこかの植民惑星の貧民街を、そのまま船倉に放り込んだようだ。
 
 そして何より、船倉の居住棟が貧民街そのままなのは、女子供や年寄りまでがそこで暮らしている、という事であった。

 船倉の中央に一本の通りがあり、幾つかの小路がそこから左右に伸びている。
 その両側に建ち並んだ、アパート状のバラックを見上げると、赤ん坊を背負った母親が、バラックの間を縫うように張ったロープに、洗濯物を干していた。
 また別のバラックでは、軒先に老人が椅子を持ち出し、古びれた本を読んでおり、通りを挟んだ向かい側のバラックでは、ガラスも何もない窓の奥から、何かを炒めるジュウジュウという音が響いて、香草と油のいい匂いが、船倉の天井でゆっくりと回る、巨大換気扇の生み出す風に乗って漂って来る。



「へえぇ…こいつはすげえや」

 ノヴァルナは素直に感心しながら、首を右へ左へ、物珍しそうに見渡していた。

 ヤヴァルト皇国が銀河へ進出し、ヤヴァルト銀河皇国となった最初期の頃は、重力子を使用した恒星間航行技術も未熟で、植民星へ移民するにも、何年もの時間をかけて目的地へ到達していたという。
 その時の移民船の中も、こんな感じだったのかも知れない。というのも移民として、皇都惑星キヨウより送り出された人々の大部分は、皇国の打ち出した、新封建主義による社会政策で切り捨てられた、貧民達であったからだ。

 ノヴァルナの後ろに続くイェルサスとキノッサ、そしてランとハッチも同様に、辺りを見回す様子に、モルタナが口を開く。

「ここに住んでるのは、あたいの仲間の家族と、あと、昔の領地の住民達さ」

「昔の領地?」とノヴァルナ。

「そうさ。こう見えてあたいのクーギス家は、元は『シズマ十三人衆』と呼ばれた、シズマ恒星群を仕切る、独立管領衆の筆頭だったんだ」

「独立管領ってなんスか?」

 そう尋ねたのはキノッサだった。それに答えたのは、並んで歩くイェルサスである。

「星大名がまだ、銀河皇国の宙域総督だった頃に、その下で宙域内の各恒星系を監督してた執政官のうち、総督の星大名化の際に完全には服従せず、半ば独立した立場を取るようになった人達だよ」

「へぇえ~。よくご存知ですね。さすがはミ・ガーワの名門、トクルガル様」

 あげへつらう口調で返事するキノッサに、イェルサスは困惑気味で応じた。

「い…いや。僕のミ・ガーワにも独立管領が何人かいてね。父上も彼等をまとめるのに苦労してたから…」
 
 そう言ってイェルサスは、ふと遠くを見る目をする。その表情はどこか淋しげであった。
 思えば自分は、ミ・ガーワの星大名の子として生まれ、本来ならいずれは父の跡を継いで、ミ・ガーワの民を導かなければならなかったはずなのだ。
 だがそれが、今はウォーダ家の人質となって、父親にも見捨てられ、ノヴァルナに保護されなければ、殺されている立場にまで落ちている………



 温厚で、どこかおっとりしているイェルサスだが、それでもその体に流れるのは、星大名の血であり、今の自分に悔しさが込み上げて、奥歯を噛みしめる。

「あれ?どうしたんスか?トクルガル様。俺、なんかイヤな事言っちゃいました?」

 イェルサスの微妙な表情の変化を、キノッサは見逃さなかった。つかみどころのない性格のキノッサだが、“人の顔色を窺う”のは得意なようだ。
 すると、そんなイェルサスの気配に気付いたのか、ノヴァルナは前を向いたまま、とぼけた声で言う。

「イェルサ~ス。今は我慢しとけよぉ~」

 その言葉でイェルサスは、ハッ!と我に帰った。そして父親に見捨てられた代わりに得られた“兄”に、微かに笑顔を浮かべて応じる。

「わかったよ、ノヴァルナ様」




 一方、最後尾を歩くランは居住棟を見上げ、隣を歩くハッチに話し掛けた。

「貴方にとっては、懐かしい感じじゃないの?ヨリューダッカ=ハッチ」

「い、いや。そういう感じでも、ないッスよ」

 赤く染めた髪を、目が隠れるほどの長さまで伸ばしたハッチは、緊張した面持ちで応える。ただしそれは、美女のランの隣で舞い上がっているのではなく、ランが苦手なのだ。

 実はハッチは、ノヴァルナに『ホロゥシュ』として連れて来られたばかりの頃、一番の乱暴者であり、ランに目をつけ、力ずくで事に及ぼうとしたのだが、寝込むほどに股間を蹴り上げられ、鼻の骨までへし折られたのである。

 しかもそれを聞いたノヴァルナは大笑いし、意地悪な事にハッチだけは、ランが教育係になるよう命じたのだ。
 ランのスパルタ教育の甲斐あって、ハッチは『ホロゥシュ』のスラム街出身組でも、トップクラスの実力を得るまでになったのであるが、それでもいまだにランは苦手で、頭が上がらないのだった。

 とのその時、居住棟の曲がり角から、追いかけっこをする子供達が飛び出して来て、笑いながら前を横切っていく。
 
「ああいうの、俺の住んでた通りじゃ、見掛けなかったッスから」

 ハッチの言う通りであった。バラックを積み上げた居住棟の作り出す“貧民街”…ただそこに住む人々を見る限り、貧しい身なりをしてはいるが、生きる活力は失っていないようだ。
 隔壁に設けられた給水管の蛇口に集まる主婦達は、“井戸端会議”に花を咲かせ、足元を走り回る子供達を、時折叱り付けている。
 一方で老人達は、通りの脇に置いたテーブルを囲み、カードゲームに興じる者もいれば、何かの装置を熱心に修理している者もいた。

 そんな光景を眺め、ノヴァルナもハッチの言葉に同意して振り返る。

「まぁ、少なくとも…初めて出逢った時のてめぇと、同じ目はしちゃいねーよな?ハッチ」

「いやぁ…それ出して来るのは、勘弁して下さいッス」

 困り顔で頭を掻くハッチ。しかしノヴァルナは追い討ちをかける。

「コイツさぁ、初めて逢った時、いきなりナイフ取り出して、俺の目玉えぐり出そうと……」

「ぅええ!だからもう、勘弁して下さいって!!」

 慌てて止めるハッチに、ノヴァルナは「アッハッハッハ!」と高笑いし、モルタナに向き直って問い掛けた。

「ところで、ねーさん。元は独立管領だったって、どういう事なんだ?」

「ああ、もう20年も前の話だけどね。あたいの親父の兄貴…つまり伯父さんが独立管領の時に、『シズマ十三人衆』で揉め事があってさ。いわゆる、内乱ってやつだよ。で、あたいらはシズマ恒星群に居られなくなって、一族郎党まとめて飛び出した…ってわけさ」

 モルタナは苦笑を浮かべて告げ、ノヴァルナは「ふーん…」と応える。モルタナの表情から、言葉で語る以上の想いがある事は容易に察しられ、ノヴァルナはそこから先の詮索はやめた。
 それはモルタナの父親のヨッズダルガも同様らしく、娘を睨みつけて、しわがれた声で文句を垂れる。

「おい、モルタナ。その辺にしとけ。あんまり余計な事を、言うんじゃねぇ」




 やがて一団は、目指していた一番前の船倉の前へ辿り着いた。エアロック付きの二重構造になった隔壁をくぐり抜け、中へ入る。

 そこは物資の搬入搬出や、作業場に使われているらしく、片隅に鋼材が置かれており、海賊船の修理で部品を取るために、半ば解体状態となった宙雷艇もあった。
 
 そしてノヴァルナ達の目を引いたのは、その船倉の中央に積み重ねて並べられた、黒いコンテナである。それはあの旅客船『ラーフロンデ2』の、船倉で見掛けたものだ。
 ただその数は『ラーフロンデ2』にあった時より増えて、二百はあると思われた。おそらく、これまでにも黒いコンテナを狙って奪って来たのだろう。

「こっちだよ」

 モルタナはノヴァルナ達を促して、黒いコンテナへ歩み寄る。

「やっぱ、そのコンテナが目当てで、旅客船を襲ったのか?」

 そう言いながら、モルタナに従ったノヴァルナと仲間は、一番間近のコンテナの前で立ち止まった。
 つやのない黒塗りのコンテナは、一辺が三メートル程の立方体。よく見ると縦側の一つの面は、細い溝で二列三段の六つに区切られており、その六つの一つ一つに、緑の小さなライトが点る、簡単な操作パネルが取り付けられている。
 『ラーフロンデ2』の船倉で見た時は、海賊船を乗っ取ろうとしていたために、その奇妙な仕組みに、気付く余裕まではなかったが、こうして見るとますます、ただのコンテナとは思えない。

「あたいらが、このコンテナを奪い取ってる理由は…これさ」

 そう告げたモルタナは、腰をかがめて操作パネルの一つに指を触れた。緑色のライトが赤に変わり、「プシュッ、シューッ」という気体の抜ける音がする。
 そしてその音が終わり切らないうちに、色の変わったパネルごと、仕切られた部分が下向きに開き、上面が透明金属の細長い箱…まるで棺桶のようなものが、スライドされて中から出て来た。

 その箱の中を覗き込んだノヴァルナ達は、「あっ!」と小さな声を漏らし、さらにイェルサスとキノッサは身をすくめた。



 箱に入れられていたのは、何かの液体の中で眠ったままの、青い肌の異星人だったのである。



「こいつは?」

 ノヴァルナが異星人を見据えたまま尋ねると、それまで無言だったカーズマルス=タ・キーガーが、低い声で告げた。

「水棲ラペジラル人…私達、陸棲ラペジラル人の同胞です」

 ラペジラル星人は本来、海の中で生活する異星人で、かつての母星『ラペルザ』も、惑星の表面の97%を海が占める海洋惑星であった。
 そして『ラペルザ』が爆発し、銀河皇国中に散り散りになったラペジラル星人の一部が、自らを遺伝子操作し、陸地でも生きられるようにしたのが、陸棲ラペジラル人である。

 ただし陸棲ラペジラル人となった数は少なく、そのほとんどが、海洋惑星に新たな居留地を構えた、水棲ラペジラル人だった。
 ノヴァルナがカーズマルスを見て、“ラペジラル人で『ム・シャー』は珍しい”と 言ったのはこの事による。
 海洋惑星にのみ住むため、水棲ラペジラル人が、銀河皇国の政治に介入する事は滅多になく、また銀河皇国も、水棲ラペジラル人の居住環境は特殊である事から、基本的に不干渉となっていた。

「その水棲ラペジラル人が、なんでこんな目に遭ってんだ?」

 そう尋ねるノヴァルナの、目の前で眠るラペジラル人は、耳が魚のヒレのようになっている。カーズマルスの耳が三日月形なのは、水棲ラペジラル人の名残なのだろう。さらに顔のエラの部分は文字通り、魚類のエラとなっており、僅かに開閉していた。

「奴隷として、売られる途中だったんだよ」

 忌ま忌ましげに言うモルタナ。

「奴隷だと?」とノヴァルナ。

「この水棲ラペジラル人達は、みんなあたいらクーギス家が昔、本拠地にしてた海洋惑星『ディーン』の、居留地に住んでる連中なんだ」

 モルタナが言い放つと、イェルサスがおずおずと問い掛ける。

「それがなんで奴隷に?」

「イーセ宙域国の星大名、キルバルター家が、オウ・ルミル宙域国の星大名、ロッガ家に売ってるのさ。高値でね。」

 するとそれを補足するように、カーズマルスが感情を交えない声で告げた。

「ノヴァルナ様は、『アクアダイト』という鉱物を、ご存知ですか?」

「おう、量子崩壊から重力子を取り出す効率を、飛躍的に高める超稀少鉱物だろ?確か超高電磁波照射を受ける、海洋惑星の深海水から、一万立方メートルに一グラムの割合で抽出される…だったか?」

「さようです。その『アクアダイト』を採取する労働力として、海洋惑星『ディーン』に住む、水棲ラペジラル人が連れ去られているのです」

 ふむ…と顎に指をあてて頷いたノヴァルナだが、問題はなぜその水棲ラペジラル人が、定期旅客船の船倉にいたのかであった。
 その事を尋ねると、それまで押し黙っていたヨッズダルガが、太い人差し指をノヴァルナの眼前に突き付け、怒鳴るように言い放つ。

「何言ってやがる!てめぇら、ウォーダ家が仕組んだ事じゃねぇか!!!!」

「なんだと?…」

 ヨッズダルガの言葉にノヴァルナの眼差しは鋭くなった………



▶#06につづく
 
  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...