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第3話:宗家の陰謀
#04
しおりを挟むカーズマルスから、“お嬢”と呼ばれたその若い女性は、鋭い目線で見据え、大股でサイボーグの大男に近付く。それを見た大男は、ギクリと肩を竦めた。
次の瞬間、軽く跳び上がった女が大男の側頭部を、指出しの黒い革手袋を嵌めた右手の拳で、ゴーン!と殴り付ける。
「いてぇッ!てめ、何しやがる!モルタナ!!」
「安物サイボーグの体で、痛いわきゃないだろ!!いいからここは、あたいに任せな!」
モルタナという名らしい女が、ピシャリと言い放ち、大男はたじろいで引き下がった。まだ若いのに見た目は気の強そうな美女で、中身も鉄火肌そのものだ。
“こいつはまた、妙な展開になって来たぜ…”
イェルサスやキノッサがポカンと口を開ける前で、ノヴァルナは興味深そうに、ニヤリと笑みを浮かべる。
女はノヴァルナとその仲間を、端から一人ずつ見渡し、フォクシア星人のランに一旦視線を止めてから、立てた右手の親指を自分に向け、名乗った。
「あたいの名は、モルタナ=クーギス。この『クーギス党』の副頭領さ―――」
そして次に親指を、背後に下がったサイボーグの大男に向ける。
「―――んで、コイツが頭領のヨッズダルガ…あたいの親父だ」
「『コイツ』たぁ、なんだ!」
背後で不満げに言うヨッズダルガを無視し、モルタナはノヴァルナに顔を近付けて、挑戦的な笑みを浮かべた。背は僅かにノヴァルナの方が高く、モルタナが下から覗き込む形だ。
「あんたが、ナグヤ=ウォーダのノヴァルナかい?…ふうん。それなりにイケメンじゃないか」
挑戦的な笑みと言えば、ノヴァルナも負けてはいない。同様の表情で、モルタナの言葉に応じる。
「そいつはどうも。ねーさんみてぇな肉食系美人に迫られるのも、悪くねぇぜ」
するとモルタナは上体を起こして背を反らし、両手を腰にあてた。
「ハハハー。悪いけど、あたいは年下の男にゃ興味なくてね…てゆーか、そもそも綺麗な女の子が好みなんでね―――」
そう告げてノヴァルナの隣にいる、ランを指差し、言葉を続ける。
「てなわけで、どうだい?そっちの美人をあたいにくれるなら、残りは逃がしてやってもいいよ」
思いがけない話の流れに、ランは「なっ!…」と身をすくめ、白い頬をさらに白くして引き攣らせた。
しかしノヴァルナは、ランの肩に手を回し、不敵な笑みで拒否する。
「やだね!こいつは俺んだ!」
公衆の面前で肩を抱くノヴァルナに、そんな言葉をズバリと聞かされ、思わず目を見開いたランは、白くなっていた頬を今度はみるみる朱く染めた。
目を泳がせながらも、必死に平静を取り繕おうとするが、狐のようにふわふわしたフォクシア星人の尻尾を、体が勝手に激しく振ってしまっている事に気付き、「やだっ…」と女性的な小声を漏らしながら、慌てて後ろに両手を回して尻尾を押さえる。
分かり易いランのノヴァルナへの反応に、モルタナは「ハハハハハッ!」と笑い声を上げた。挑戦的な笑みを残したまま、言葉を続ける。
「冗談だよ。本当は7:3で、女の方が男より好きなだけさ」
「そうかい。なら安心したぜ」
ノヴァルナも挑戦的な笑みは絶やさない。軽薄なやり取りだが、それがこの場合、互いの意思を疎通し、緊張緩和のきっかけとなった。モルタナのノヴァルナを見る目にあった、品定めするような輝きが消え失せる。
「ふふん。あんた、面白いじゃないの。NNL(ニューロネットライン)内じゃ、『カラッポ殿下』だの、『イミフ王子』だの、散々馬鹿にされてるけど…実物はただの馬鹿じゃなさそうだね」
「おう。7:3で“ただの馬鹿”じゃなくて、“とんでもねー馬鹿”だと、見直されてるぜ」
とウインクしながら、サラリと言うノヴァルナ。
「アハハハハハ!!」
腹を手で押さえて、底抜けの大笑いをするモルタナ。一方のノヴァルナも負けじと、いつもの高笑いを始める。
「アッハハハハハ!!」
それを傍らで眺めるカーズマルス=タ・キーガーは、ノヴァルナ・ダン=ウォーダという少年の度量に、驚きを隠せなかった。
周囲は敵だらけ、味方は僅か。幾ら星大名の一族とはいえ、生殺与奪は相手の思うままのこの状況で、少年が一人で主導権を握りつつある…いや、もうすでに主役を演じていると言っていい。
“この若君…たとえ今、この場で撃ち殺されたとしても、ただ我々の器の小ささを嘲笑いながら、死んでいくに違いない”
むしろ自分達の方が、ノヴァルナに度量を試されているのではなかろうか…恐れを知らないノヴァルナの振る舞いに、カーズマルスはそこまで考えてしまっていた。
ただそういう意味では、ノヴァルナもモルタナも、互いに認め合うものがあったようだ。
「気に入ったよ、あんた。この状況で大したもんだ」
モルタナの表情と言葉で、ノヴァルナの背後にいたイェルサスとキノッサは、あからさまにホッとした顔になった。モルタナの態度の裏側に、“危害は加えない”という意味が汲み取れたからだ。
ノヴァルナも今度は敵意のない笑みを浮かべ、モルタナに応える。
「そういうねーさんも、見た目も中身もいい器量してるぜ」
「嬉しい事言ってくれるね。あんたがその顔で女だったら、口説いてたんだけどねぇ」
「そりゃ残念」
双方が必要以上に荒事にするつもりはないと理解した、モルタナの対応は迅速であった。右のこめかみを指先で押し、NNLを立ち上げて、自分達のいるタンカーのブリッジに通信する。
「モルタナだ。あたいらの船を奪った奴らを追って行った連中と、すぐに連絡を取りな。攻撃をやめさせるんだ……ああ、逃がしても構わないさ……そうだ……ああ、とにかく中止だ……うん。頼んだよ」
「わりィなねーさん。助かるぜ」
「ふふん、どーよ。年上のオンナは物分かりがよくて、いいもんだろ?あんたも嫁に貰うなら、年上にしときな」
そう言ってモルタナはノヴァルナを促すように、ランに視線を流した。それと知ってそっぽを向くランだが、その両手は今度は最初から、しっかり自分の尻尾を押さえている。
「ま、中継用の超空間サーバーを、ベシルス星系に置いて来たから、捕まえるなり、破壊しちまうなりしたら、すぐに連絡が入るはずなのが、この時間まで何も言って来てないってのは、逃げられた可能性が高いんだろうけどね…あんたもそう思ってて、余裕こいてたんだろ?」
モルタナの問い掛けに、ノヴァルナは「まあな」と言い、さらに続けた。
「あの船には、俺の大事な身内が乗ってるんでね。破壊でもしてたら…ねーさん達は今頃、地獄を見てただろうぜ」
話の流れに乗りながらも、平然と言い放つノヴァルナに、モルタナはため息混じりに「こわい、こわい…」と、軽い口調で応える。
ただ同時にモルタナは、ノヴァルナが口にしたその言葉が、冗談などではない事も悟っていた。見てくれは少年だが、すでに少なくない数の命を奪っている、星大名のいくさ人なのだ。一気に和解ムードになったとは言え、ここで船を破壊したという連絡が入れば、少年は無言で自分の首をへし折ろうとするに違いない。
ただそんなノヴァルナにも、予想し得ない事があった。この時すでに、妹達の乗っ取った海賊船は、『ラーフロンデ2』を護衛していた、正体不明の駆逐艦隊に拿捕されていたのである。
そして妹達を追撃していた海賊船も、一隻は岩塊にめり込み、一隻は駆逐艦に撃破されてしまっている。
そうとは知らないノヴァルナとモルタナは、とりあえずの和解を受け入れていた。
「そういや、今さっき恒星間跳躍したみてぇだが、ここはどこなんだ?」
「イーセ宙域さ。その中のシズマ恒星群の近くだよ」
「おう、シズマ恒星群か。確か海洋惑星が多くて、質のいいシズマパールが名産品だっけか?」
「よく分かってるじゃないか。あんた、ますます気に入ったよ」
ノヴァルナの意外な博識に、称賛の目を向けるモルタナ。どうやら二人とも、波長が合うようである。だがせっかくの和解に納得していない者がいた。モルタナの父親のヨッズダルガだ。
「待ちやがれ!!ずっと俺を無視しやがって!そいつはウォーダのガキなんだぞ!!」
大声で怒鳴るヨッズダルガだが、その前でカーズマルスと二人の部下が垣根を作り、先に進めないようにしている。さらにその垣根とノヴァルナの間に、ランとハッチも割り込んだ。
一方当のノヴァルナは、ヨッズダルガを一瞥しただけで、モルタナに尋ねる。
「ところで、ねーさんの親父。ありゃなんだ?さっきからうるせーけど、なんかウォーダに恨みでもあんのか?」
「『うるせえ』たぁなんだ!?クソガキが!!」
いちいち反応するヨッズダルガだが、尋ねられたモルタナも、父親を無視して、面倒臭そうな表情で応える。
「ああ、ちょいとワケありでね」
二人ともに無視され、ヨッズダルガはその向こうで、「ぐぬぬ…」と歯噛みした。
「『ちょいとワケあり』ってレベルじゃ、なさそうだぜ。だけど俺は『クーギス党』なんて初耳だし、恨みを買った覚えもねーぞ?」
そのノヴァルナの言葉に、背後にいたキノッサが、小声で要らぬツッコミを入れる。
「あちこちで悪さし過ぎて、覚えてないだけじゃ…」
それを聞き付け、ノヴァルナはすかさず後ろを振り返って、キノッサに詰め寄った。
「んだと!?てめ。聞こえたぞ!」
「こ、こりゃまた、地獄耳で…」
“ここ、フツー聞き流すとこだろ…”と、ノヴァルナの反応を読み誤り、引き攣った半笑いで応じるキノッサ。
「あ?聞こえるように言ったクセしやがって。てめ、新入りがいい度胸だ!」
まぁまぁ…と宥めに入るイェルサス。「だいたいてめぇは―――」と説教にかかるノヴァルナと、「殿下こそ、少しは真面目に―――」と反論し始めるキノッサの、とんでもない脱線ぶりに、モルタナやカーズマルス、そしてさっきまで怒鳴り散らしていたヨッズダルガまでが、呆然となった。
その様子を見て、さすがに“だめだこいつら…”と飽きれたのか、ランが代わりにモルタナの前に進み出る。ただモルタナの方も、ノヴァルナと似たようなノリだった。
「あの…」
「ん~?なんだい?やっぱあたいのオンナに、なってくれるってのかい?」
「………」
出鼻をくじかれ、生真面目なランは“どいつもこいつも…”と、嫌そうな顔をする。だがモルタナはどこ吹く風だ。
「ハハハ。そんな顔しなさんな、色っぽいのにマジメ子ちゃんだね。でも…いいね。そういうとこが、またそそるってもんさ」
これは話が進まない…そう考えてランは一つ息を吐き、真っ直ぐモルタナの目を見据えて、本題を持ち掛けた。
「少し貴殿らについて、話を聞きたいのだが」
するとモルタナも、冗談はこれまでとばかりに肩をすくめ、カーズマルスを振り向く。カーズマルスは無言で頷き、モルタナはランに真顔で向き直って、落ち着いた声で応えた。
「分かったよ。話の前に見せたいもんがあるから、ついて来な」
▶#05につづく
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