銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
26 / 422
第3話:宗家の陰謀

#03

しおりを挟む
 



「停船せよ。しからざれば攻撃する。繰り返す。停船せよ―――」



 駆逐艦級の護衛艦が三隻。素早く包囲体勢をとりながら、正面の一隻から停船命令の通信が、全周波数帯で入る。
 それと同時に、相手の主砲にロックオンされた警報が、マリーナ達のいる操縦室に鳴り渡り始めた。エネルギーシールドを失った宙雷艇など、駆逐艦の主砲であっても、一撃喰らえば即終了である。

「どうします!?」

 モリンがマーディンを振り向いて尋ねるが、そこにヤーグマーが肩をすくめて口を挟む。

「どうもこうもねぇさ。俺達ゃ、海賊じゃねぇんだし、わけを話せばいいだろ。サフローまで行くより、手間が省けていいじゃん」

 だが尋ねられた当人のマーディンは、ササーラと共に、無言で考える目をしていた。

「………」

 とその時、準惑星アコリスの表面に無数に空いた穴のうち、北極方向に20キロメートル程向こうの一つから、海賊船が飛び出して来る。マリーナ達を追っていた海賊船だ。きっとフェアンの放った囮の魚雷に気付いて、引き返して来たのに違いない。

 海賊船は一瞬、マリーナ達を発見してこちらに舳先を向けたが、周りに護衛艦隊がいる事に驚いた様子で、縦方向にUターンし、一目散に逃げ出した。それをマリーナ達の船の、右舷側へ回り込んでいた護衛艦の一隻が急加速で追って行く。青い曳光色のビームが連続して放たれ、立て続けに海賊船に命中。爆発を起こした海賊船は、虚空に砕け散った。

 その光景をスクリーンで見送り、マーディンはヤーグマーに告げる。

「ヤーグマー。エンジン停止だ」

 いずれにしても選択肢はない状況で、ここは相手の命令に従うしかない。
 ただ『ラーフロンデ2』を護衛し、海賊と戦ってはいたものの、全てを打ち明けて協力を仰ぐには、なんとも胡散臭い相手であった。

「ササーラ、奴らがどこの連中か分かるか?」

「いいや。識別信号も出ていないし、艦舷に家紋もない。艦型は皇国中央軍の駆逐艦に、似ているようだが…同系の企業が、建造したのかも知れん」

 ササーラは、コンソールに浮かぶホログラムの護衛艦を、指先で回転させながら、太い声で述べる。ササーラもマーディンと同じ考えらしく、浅黒い肌の顔をしかめていた。
 その直後、彼等の乗った船が、ドスンという揺れに包まれた。護衛艦が放った、拿捕用のトラクタービームに捕まったのだ。
 
 船が正面の駆逐宇宙艦に引き寄せられ始める中、マーディンはマリーナとフェアンに向き直って告げる。

「両姫殿下。ここはまず我等の正体は伏せ、当初の隠れ蓑であった、ガルワニーシャ重工役員の娘姉妹と、友人に社員という話で行きたいと思います」

 それを聞いたマリーナは、「分かりました」と即答した。すぐにでも兄のノヴァルナを助けに行きたがっていたフェアンも、ここは素直に頷く。二人とも、相手の駆逐艦に不信感を抱いているのは、同じらしい。

 続いてマーディンは、ササーラとヤーグマー、モリンを見渡し、『ホロゥシュ』筆頭として言い渡した。

「いいな、三人とも。何があろうと『ホロゥシュ』の名にかけて、両姫殿下だけはお守りするのだ!」

 その言葉にササーラは重々しく「おう」と、ヤーグマーとモリンは「ははっ!」と勢い込んで応える。
 やがて彼等の船は、空洞準惑星アコリスのパープルグレーに彩られた、穴だらけの大地から見上げる漆黒の空の中、駆逐宇宙艦の艦底部に強制ドッキングされていった………











 超圧縮反転重力子が宇宙に描いた、白い時空光の円を突き抜け、三隻の海賊船に接舷されたままの旅客船『ラーフロンデ2』が、通常空間へ転移を終える。
 周囲にめぼしい大きさの恒星の光がなく、星の海しかないところから、どこかの星系外縁部ではなさそうだ。

 ただその代わり、目印となるものがそこに浮かんでいた。老朽化が著しい大型の宇宙タンカーである。
 全長は宇宙戦艦並に、五百メートルはある巨大さだが、その船殻は色褪せ、長年に渡りスペースデブリに削られて傷だらけだ。所々に小さなクレーターまで出来ている。





「ふーん。あれが、海賊どもの母船ってわけか…またえらくボロいな」

 『ラーフロンデ2』の特別室に、仲間や部下と共に軟禁されたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、三人掛けのソファーに寝そべったまま、大窓の外の大型タンカーを眺めて、面白くもなさそうに言った。

 それまでの身分を偽り、一般客として通常キャビンに乗船していたのが、正体を明かした代わりに、船を奪った海賊から特別室を用意されるとは、皮肉な話である。まぁ、軟禁して閉じ込めておくのに、最適な場所という理由が本筋なのだが。

 

「で…殿下。俺達、大丈夫なんスかねぇ…」

 海賊の母船とのランデブーに、不安げな表情を向けたのは、この旅で新たに配下となった、トゥ・キーツ=キノッサだ。ノヴァルナの斜め左側の一人掛けソファーに、小柄な体を沈めている。

「さぁーなぁ~。ま、なるようになんだろ~」

 とぼけた声でやる気なさそう応えたノヴァルナは、ソファーの肘掛けに投げ出した脚を組み替え、「ふあ…あ」と大きなあくびをした。

「はあ…そうッスか」

 なんとも頼りない主君の返事に、頭を掻くキノッサ。

 ノヴァルナの向かい側に二つ並んだ一人掛けソファーでは、海賊の麻痺ビームで気を失った、ミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の嫡男、イェルサス=トクルガルと、ノヴァルナの親衛隊、『ホロゥシュ』のヨリューダッカ=ハッチが座らされていた。
 また部屋のドアの脇では、女『ホロゥシュ』のラン・マリュウ=フォレスタが立って、警備をしており、時折狐のようなフォクシア星人特有の耳を、ピクリと微かに震わせる。

 やがて速度を落とした『ラーフロンデ2』は、大型宇宙タンカーに横付けし、エンジンを停止させた。
 改造して設置したらしい、幾つかの係留アームと接続ケーブルがタンカーから伸び、『ラーフロンデ2』を捕まえる。

 その揺れが、気を失っていたイェルサスとハッチを、ほぼ同時に目覚めさせた。元々意識を取り戻しかけていたところに、きっかけになったようだ。
 モソモソと体を起こしだす二人に、ノヴァルナが声を掛けた。

「おう、おまえら。気がついたか?―――」

 そう言ってノヴァルナも、体を起こしてランを振り向き、指示を出す。

「ラン。見てやれ」

「はい」

 短く返答したランは、早足で二人に歩み寄り、まず優先すべきイェルサスに、「トクルガル殿、どこか痛みますか?」と尋ねる。
 するとドアがノックされて開き、『ラーフロンデ2』に乗り込んで制圧した、“海賊”の指揮者―A班班長が、二人の部下を連れて現れた。

 改めて見ると、班長はやや頬骨の出た、端正な顔立ちの二十代後半の男である。ただ耳の形が、上下に尖った三日月形をしており、短い髪も鮮やかな紫色だ。ヒト種ではない。

“ラペジラル星人…って種族か?聞いた事はあるが、見るのは初めてだぜ…”
 
 ラペジラル星人は古くに、母星『ラペルザ』が爆発し、生き残りは流浪の民として、銀河皇国中に散り散りとなった種族であった。現在では、皇国の主要銀河ネットワークから外れた、幾つかの惑星に居留地を設けて暮らしているという。

「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ殿下」

 ラペジラル星人の班長は、ノヴァルナに呼び掛け、軽く頭を下げた。

「おう」

 ノヴァルナはソファーに腰を下ろしたまま、気安く応じる。

「先程はご無礼致しました。我が名はカーズマルス=タ・キーガーと申します」

 ノヴァルナは大きく一つ頷き、相手が高級軍人を意味する、『ム・シャー』である事を確信した上で、今度は真面目な口調で尋ねた。

「カーズマルス=タ・キーガー。ラペジラル人で『ム・シャー』とは珍しいな。誰に仕えている?」

「は…かつては、オウ・ルミルの星大名、ジョーディー=ロッガ様に仕えておりましたが、諸事情により、今は誰にも」

「浪人というわけか…」

 ノヴァルナはカーズマルスと会話しながら、その表情を窺っていた。ジョーディー=ロッガの名を口にする時の、カーズマルスが浮かべた眉間のシワに気を留める。

 ジョーディー=ロッガは、オウ・ルミル宙域国を古くから治める、ロッガ家の現当主であった。ノヴァルナとは直接の面識はなかったが、噂に聞く限りではなにかにつけ、古来の名家という看板を振りかざし、あまり好人物という評判はない。
 ただ元はロッガの家臣であったという、カーズマルスの表情は、その評判に根差すもの以上の、憎しみのようなものを纏っているように、ノヴァルナには見える。



 だがそのノヴァルナの思考は、新たな訪問者によって中断された。

 ドタドタと荒々しい足音と共に、開いたままのドアから大男が現れて、割れんばかりの声で叫んだからだ。

「ウォーダ家の小僧が乗ってたってのは、本当かぁああ!!!!」

 大男はどうやら、サイボーグのようであった。背丈は2メートルを越えていそうで、両腕はむき出しの機械製。両目の部分も、側頭部から細いゴーグル状の装置が覆っており、あとの部分は人工皮膚に包まれている。

 大男の敵意に満ちた雰囲気に、ノヴァルナもいつもの不敵な笑みを浮かべたが、そのノヴァルナの前に、ラン・マリュウ=フォレスタが割り込んで、自分の身を盾にした。

 さらに意識を取り戻したばかりのハッチも、『ホロゥシュ』としてノヴァルナを守ろうと、足をふらつかせながら立ち上がる。
 しかしノヴァルナは、“てめぇはまだ休んでろ”とばかりに、後ろから片手で腰のベルトを掴んで引っ張り、ハッチを再びソファーに座らせた。
 そしてその反動を利用するように、ソファーから立ったノヴァルナは、ランの肩に優しく手を回す。驚いて赤面し、思わず目を泳がせるランを下がらせ、サイボーグの大男に、お得意の挑発的な口調で問い掛けた。

「あ!?なんだ、てめーは?」

 ノヴァルナという人物を知らず、耐性のない大男には、頭に血を上らせるのにその一言で充分であった。

「なんだとは、なんだ!!このクソガキがぁあああ!!!!」

 当たれば頭がもげそうな勢いで振り抜いた、大男の機械の腕を、ノヴァルナは舌を出し、余裕の表情でひょいとかわす。

「ぬぉおりゃあああああ!!!!!!」

 ますます激昂する大男を、たまり兼ねたカーズマルスと二人の部下が、取り押さえようとする。

「クーギスの頭(かしら)!!やめろ!!落ち着け!!」

 するとその言葉を聞き、ノヴァルナは自分の頭を指差して、さらに煽りをかけた。

「はぁ?てめーが頭(かしら)だと!?そのわりに、中身は空っぽじゃねーか!!」

「なんだとぉおおお!!ぶっ殺してやるぞ!!ガキがぁああ!!!!」

 ますます激憤する大男。必死に止める兵士。ケケケと悪党顔で笑うノヴァルナ。目を覚ましたばかりで、わけの分からないイェルサスは、「ノヴァルナ様、もうやめようよぉ」と怯え、召し抱えられたばかりのキノッサは、頭を抱えて「なんだこれ、意味わからん」を、うわごとのように繰り返す。
 そもそも、命懸けで煽っているノヴァルナ本人が、理由もなくとりあえず煽っているだけなのに、キノッサがその意味を分かるはずもない。

 そんな阿鼻叫喚の光景に、若い女の声が雷鳴のように響いた。

「バカ親父!何また暴れてんだ!!いい加減にしな!!」

 ドアの方に皆が一斉に視線を向けると、そこには上下セパレート式のボディアーマーに身を包む、ややオレンジがかった肌が健康そうな、二十代前半と思しき美女が、ショートカットの黒髪で両手を腰にあて、豊かな胸を反らせて立っている。

 思わず目を見張るノヴァルナの前で、顔をしかめて大男を取り押さえるカーズマルスが、その美女に呼び掛けた。



「お嬢!」



▶#04につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...