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第3話:宗家の陰謀
#01
しおりを挟むどちらも同じ性能のはずの、同型の海賊船だが、その差が少しずつ詰まっているのは、やはり慣れの違いであろうか。
モニターで追っ手の動きを睨みつける、ササーラのコンソールが、警告音を鳴らす。射撃用レーダー波の照射を受けた警告である。照射して来たのは無論、追尾するニ隻の海賊船だ。
「マーディン!」とササーラ。
「分かってる。モリン!エネルギーシールド展開だ」
マーディンが火器管制席のモリンに命じるが、モリンは困惑気味に応じた。
「えっ!?すぐには無理ッス!俺、こういう船は初めてッスから!」
それを聞いたヤーグマーが、右腕を振り回して怒鳴る。
「なんだと!てめぇ!!だったらなんで、その席に座ったんだよ!!」
「あぁ!?なら、おめぇの腐れ脳ミソで、分かるってのかよ!?」
「誰が腐れ脳ミソだ、コラ!」
不良時代に戻ったように怒鳴り合う、モリンとヤーグマーに、マーディンは呆れ顔になり、マリーナはこめかみを指で押さえ、細い眉を引き攣らせる。
そこでササーラがコンソールを叩いて、感情を激発させた。
「状況をわきまえんか、貴様ら!!宇宙へ放り出すぞ!!!!」
この騒ぎに小さく溜め息をつくマリーナだったが、一方で物事の本質を見抜く鋭さを持つ彼女には、モリンとヤーグマーが荒れている理由も理解出来た。
二人は自分達の主であるノヴァルナを、守れなかった事、共に残れなかった事に、苛立ちを隠せずにいるのだ。
確かに出自もよく分からないような、私生児同然の彼等だが、ノヴァルナ自身が見いだして来ただけあって、その『ホロゥシュ』としての忠誠心は、マーディンやササーラなどの、元からウォーダに仕える家門の出に、全くひけを取らないのが、マリーナにも分かっていた。
“であるならば、必ず彼等が兄上を助け出してくれるはず…そう信じるのが、ナグヤ=ウォーダの姫の為すべき事”
そう考えたマリーナは、通信士席で伏し目がちな妹のフェアンに声を掛ける。
「イチ…イチ!」
「えっ…あ、うん。姉様」
兄ノヴァルナへの心配に気をとられていたフェアンは、ミドルネームを呼ぶ姉の声に、やや遅れて返事した。
「貴女、コンピューターに強いでしょ?貴女の方で、エネルギーシールドを立ち上げられる?」
「うん。たぶん大丈夫」
気を持ち直したフェアンは、素早くコントロールパネルを操作し始める。
「もっ!…申し訳ありません。マリーナ様、イチ様」
冷静に対処を始めるウォーダの姉妹に、頭を冷やしたモリンとヤーグマーが、声を揃えて詫びを入れる。
それに対し、マリーナは表情を和らげ、静かな声で命じた。
「構いません。モリンは、今のうちに武器管制だけでも把握するように。ヤーグマー、貴方は機関出力の安定に努め、マーディンの操船が円滑になるよう、支援して下さい」
「はい!」
そのやり取りに、マーディンは前を向いたまま、感嘆の笑みを浮かべる。
“危機に際してこの胆力…やはりノヴァルナ様の御妹君であらせられる”
「シールドアップしたよっ!」
と、フェアンは元気な声を出した。姉に仕事を与えられた事で、ムードメーカーとしての自分の役割を思い出したのだ。そして兄を案じているのが、自分だけではない事も。
唇を噛んだフェアンは、パネルに指を滑らせて、さらに何かを操作してゆく。
その直後、待っていたかのように、追撃者の放ったビームが船の至近を通過し、シールドを掠めてプラズマを散らせた。それに続いて、軽く突き飛ばされたような衝撃が船体を襲う。
だが衝撃は、追撃者のビームによるものではなかった。小さな岩塊が、シールドに接触したのである。
「前方、準惑星!」
ササーラが告げたそこには、マーディンが目標とした準惑星が迫っていた。
しかもその準惑星は、奇妙な姿をしている。
色は薄い紫色を帯びた灰色。組成は岩石系らしいが、まるでスポンジのように表面は穴だらけで、周囲には小さな岩塊が、広範囲で無数に漂っているのだ。船のシールドに接触したのは、この岩塊群の中から弾き出された一つらしい。
『空洞準惑星アコリス』
マリーナが、艇長席のコントロールパネルから呼び出した、いま自分達がいるベシルス星系のデータには、そう表示されていた。
データによると、星の誕生直後の、表面が固まり始めた頃に何らかの原因で、内部の溶岩がほとんど外へ噴出し、中は空洞になってしまったと推察されている。
ただそれ以上は、サイズや公転直径や周期など、大まかな資料しかない。
「ササーラ。内部の空洞空間のスキャンを頼む」と、マーディン。
「了解。リアルタイムでそっちに転送する」
ササーラが応じた次の瞬間、追尾するニ隻が本格的に射撃を始める。マーディンは船を一気に、岩塊の海へ突入させて行った。
ゴツゴツとした黒灰色の不恰好な岩が、どのような形をしているのか確かめる間もなく、視界を一瞬で過ぎ去る。一つや二つではない。雨あられである。
船に張ったエネルギーシールドが、小さな岩を弾き、薄水色をした波紋のようなシールドの歪みを、引っ切り無しに発生させる。
そして後方から追いすがる、ニ隻の海賊船は、赤い曳光粒子を纏ったビームを、容赦なく撃ち放つ。
小さな衝撃と震動の連続で、ノヴァルナの妹達が乗る海賊船では、誰もが歯を食いしばり、座席にしがみついていた。
すると突然、目の前にひときわ巨大な岩塊が現れ、宇宙空間を転がるように回転しながら迫って来る。とてもシールドで跳ね飛ばせるような大きさではない。
操縦室に衝突警報のアラーム音がけたたましく鳴り響き、船を操るマーディンは、咄嗟に操縦桿を倒して、ギリギリの90度近いダイブで岩塊の下へ潜り込んだ。
操縦室の窓全体を、黒い岩肌が埋め尽くして、猛烈な勢いで過ぎて行く。フェアンは恐怖で瞼をきつく閉じ、マリーナは顔色こそ変えなかったが、腕に抱えた犬の縫いぐるみの首を、思わず強く締め上げた。
マーディンの危機一髪の操船にササーラが、こめかみに冷や汗を感じながら怒鳴る。
「マーディン、無茶をするな!姫様がおられるんだぞ!」
一方の追尾する海賊船は、左右に分かれて巨大な岩塊を避け、再びマーディンの操縦する海賊船を追い始める。
だが身の安全を図った回避であったため、マーディン達の船との距離が、開いてしまった。マーディンは意味もなく、危険な操船を行ったわけではなかったのだ。
ニ隻の海賊船は焦ったように、ビームを乱射する。だがマーディン達の船との距離が開いたために、その間を漂う岩の数が増え、ビームはことごとく岩に命中して、マーディン達の船まで届かなくなった。
業を煮やしたのか、海賊船の片方が船体前方にある、魚雷発射口を開放する。この海賊達の船は本来、反陽子宇宙魚雷を主力兵器として搭載する、軍用の宙雷艇なのだ。
だがそれは愚かな選択だった。実体弾である宇宙魚雷を発射する際、発射口だけでなく、部分的にエネルギーシールドも空いてしまう。そこに無数に漂っていた細かな岩が、ほんの幾つか飛び込んだのだ。
ただほんの幾つかとはいえ、超高速で宇宙を駆けている船にとって、脆弱な内部機材に与えられるダメージは甚大となる。
真空の宇宙に音が響く事はないが、魚雷を発射しようとしていた海賊船が、「グシャン!」と音を立てたように思えた。機械の破片と火花を、魚雷発射口の後ろの方から噴き上げたのだ。船はそのままあらぬ方向へ針路を変える。
発射管の中の魚雷そのものは、安全装置が作動したらしく、爆発は免れたようだが、コントロールを失ったその海賊船は、別の比較的大きな岩塊に接触し、岩の凹凸に船腹をめり込ませたところで、エンジンが停止してしまい、そのままの形で宇宙を漂流していく。まるで座礁した難破船だ。
「うひょう!バカが!自分からシールドに穴開けて、エンジンぶっ壊してやんの!」
追撃者の片方が、自らのミスで脱落する様子を、モニターが映し出す。それを見てモリンはパチパチと拍手しながら嘲り、ついで船を操るマーディンを称賛した。
「さすがッスね、マーディン様。ヤツらがドジるのを見越して、この石コロだらけの中に飛び込んだんでしょ!?」
それを聞き、マーディンは眉をひそめた。そこまで企図して、この準惑星アコリスに、針路を取ったわけではなかったからだ。
“妙だな、船を操縦してる連中は…本物の兵士じゃないのか?”
『ラーフロンデ2』に乗り込んで来た制圧部隊は、海賊というよりよく訓練された正規兵の動きであった。
だが一方、ここで自分達を追う海賊は、軍用宙雷艇をほぼそのまま使っているにも関わらず、使用法はまるで素人だ。宙雷艇乗りなら、この環境状態で発射口とエネルギーシールドを開けて、無防備な内部を剥き出しするなど有り得ない。
しかし今のマーディンにそれ以上、海賊達の素性を詮索している余裕はなかった。船が岩塊の海を抜けたのだ。そこには空洞準惑星アコリスの、薄いパープルグレーをした、穴だらけの地表が広がっている。地表までは約四万メートル、といったところである。
相方が脱落したとはいえ、追撃する海賊船は諦めるつもりはないらしく、地表までの何もない空間に出た事で、再び距離を詰め、射撃を開始し始めた。
岩塊群が無くなったため、ビーム砲の照準は精度が上がり、岩の妨害もなく、たちまちマーディン達の船のシールドが連打される。
「くそっ!」
衝撃に悪態をつくマーディンの後ろ姿を一瞥し、艇長席のマリーナは、火器管制席のモリンに声をかける。
「シンハッド=モリン。先ほど命じた火器制御の把握は、出来ましたか?」
マリーナの言葉に、モリンは「はっ!」と勢いよく返事した。シールドを直撃した追っ手のビームが、船を揺さぶる。
「いつでもご命令を!」
頷いたマリーナは、落ち着いた口調で命じた。
「応戦を開始して下さい。ただし撃破する必要はありません。準惑星アコリス内部へ進入するまでの牽制を、まず第一に」
「了解ッス!!」
その直後、マーディン達の船の上部に二基ある、旋回砲塔が後ろを向いて、ビームを連射し始めた。追撃艇のエネルギーシールド前面に、命中弾のプラズマがたて続けに弾け、追撃艇は驚いたように回避行動を取る。
こうなると追撃艇は歩が悪い。追撃する海賊の目的は、マーディン達の船を行動不能以上にする事で、命中弾を得なければならないのだが、マーディン達は牽制目的で、命中させる必要はないからだ。
すると追撃艇は速度を緩め、距離を置いた。ベシルス星系の恒星の光が一瞬、船体にきらめく。
「奴ら、離れたぞ!」
それを告げたのはササーラだった。だがそこに安堵の表情はない。敵の距離を置く目的が見抜けるからだ。
そしてその予想通りの事が起こり、ササーラは声量を上げて報告する。
「魚雷発射だ!二発!!」
ヤーグマーが“げっ!”という顔をして、操縦室上面に浮かぶ、戦況ホログラムを見上げた。鮫のような形状をした、全長が10メートルはある反陽子弾頭魚雷だ。マーディンは素早く船を斜め下方へバンクさせ、魚雷と少しでも距離を取ろうとする。
「おいモリン、撃ち落とせ!」
叫ぶヤーグマーに言われるまでもなく、モリンはビーム砲の照準を、魚雷へと変更した。赤いビームが矢となって魚雷に向かう。だが魚雷は意思を持っているようにヒラリ、ヒラリとかわした。
この世界における『宇宙魚雷』と、『対艦誘導弾』の違いが、これである。
『宇宙魚雷』とは自律思考AIを搭載した、“自分で考えるロボット兵器”で、簡易防御シールド発生機まで備えて、狙った目標からの迎撃に対応出来る能力を、持っているのだ。
もっとも、それだけの機能を持つぶん、高価であり、それに見合うような大型艦に対して使用するものであって、マーディン達の奪った同型の小型船に発射するのは、もったいない話なのだが。
「くそっ!当たらねぇ!!」
魚雷の身軽さに、モリンは罵り声を上げる。そしてそれに気を取られているうちに、追っ手の海賊船が距離を詰めて来ていた。………
▶#02につづく
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