銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第2話:風雲児と宇宙海賊

#09

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 襲撃を受けているというのに警報は鳴らず、ノヴァルナはすでに『ラーフロンデ2』のコンピューターシステムが、敵に乗っ取られている事を疑った。もしかしたら海賊の仲間が、最初から客に紛れ込んでいたのかも知れない。

 その一方で、なんの情報も得られない乗客達は、今度は騒乱状態となった。「事故だ!」「乗務員はどうした!?」「どうして何も言って来ないんだ!?」「何が起きてるの!?」と、口々に困惑の言葉を発し、ラウンジの中を右往左往する。
 とその時、船内のスピーカーが今頃になって緊急事態を告げて来た。今までの女性の声ではなく、初めて聞く野太い男の声だ。

「緊急事態です。海賊です。全員救命ポッドで脱出して下さい。海賊が攻撃して来ました。急いで救命ポッドで脱出して下さい!」

 それはぶっきらぼうで、品性の欠けらもない言いようであったが、狼狽した乗客達は我先にとラウンジから、救命ポッド区画のある通路へ殺到し始める。

 円陣を組んだ『ホロゥシュ』が、人の流れからガードする中で、フェアンは怯えた目でノヴァルナに訴えた。

「兄様!あたし達も行こう!!ポッドがなくなっちゃうよ!!」

 しかしノヴァルナは、キッパリとそれを拒否する。

「ダメだ!慌てるなって!」

「だって!」

 そこに煽り立てるように、再度男の声で救命ポッドでの避難指示の放送が入った。『ホロゥシュ』の一人、ナガート=ヤーグマーが、フェアンを落ち着かせようと、声を掛ける。

「大丈夫っスよ、姫。ポッドはちゃんと、人数分あるはずっスから」

 ヤーグマーの言う通り、救命ポッドは乗客数より多く収容するだけの数が、『ラーフロンデ2』には搭載されている。
 ところがそれは、ノヴァルナの拒否した理由とは違っていたらしい。横目でヤーグマーを睨みつけて告げた。

「馬鹿。ちげーよ!」

「え?」

 目をしばたたかせるフェアンとヤーグマーに対し、ノヴァルナは不意に「アッハッハ!」と高笑いし、言い放つ。

「聞いたろ?今のオッサンの声。言い方も素人丸出しじゃねーか!罠だよ罠!!」

「どういう事ですか?」

 困惑顔で問い掛けるイェルサス。振り向くノヴァルナの口元が歪んだ。

「この船はもう、システムを海賊に乗っ取られてる。さっき俺達の即興NNLが遮断された時にな。下手に言う事聞いて、救命ポッドに飛び込んだ日にゃ、そのまま閉じ込められて牢獄に早変わりだぜ!」

 ノヴァルナが罠を指摘したその直後、さらに男の声が「海賊です!海賊です!」と繰り返しスピーカーから叫んで、船内のあちこちで、ホログラムスクリーンが展開された。
 そのスクリーンでは、船の通路や倉庫の壁に火花が散り、穴が開いて、ボディアーマーを着けた軽装宇宙服姿の人間達が、ビーム系アサルトライフルを両手で抱え、次々と乗り込んで来る様子が映し出される。

 音声指示だけでなく、実際の映像としても、危機が現実である事を知らされた乗客は、パニックを起こし、船内に幾つかある脱出区画へ、必死の形相で逃亡した。そして球体の救命ポッドが複数並んで、ハッチを開いているのを見付けると、その中に二、三人ずつ転がり込む。ポッドは最初の人間が入って、五秒でエネルギーシールドが封鎖し、ハッチを閉じて船から射出されるのが、標準仕様であった。

 しかしその救命ポッドは、ハッチを閉じたまま、いつまで経っても射出されない。やはり避難指示の放送は、ノヴァルナの言った通り、罠であったのだ。
 しかも運悪く、乗り込んで来た海賊と遭遇した乗客は、麻痺モードにしたビームを受けて、意識を失って倒れ込む。

 海賊が乗り込んで来るホログラム映像は、ノヴァルナ達のいるラウンジにも映し出されていた。

「いかが致します?ノヴァルナ様。ほどなくここへも、あの者達は現れましょう」

 落ち着いて尋ねるマーディンの隣で、ノヴァルナは腰に両手をあて、映像を眺める。

「迎え撃ちましょうぜ!」

 血気盛んな『ホロゥシュ』のハッチが、拳を握って訴えると、その後ろにいるモリンとヤーグマーも頷く。だがそれに年上のランが釘を刺した。フォクシア星人特有の狐のような両耳が、ピンと真っ直ぐ立っているのは、緊張している証だ。

「武器もなしにどうするつもり?無計画に姫様達を危険な目に遭わせたら、あなた達もまとめて許さないわよ」

「う…うッス…」

 先輩格のランの実力は、『ホロゥシュ』の中でも指折りであり、スラム街育ちでお世辞にも柄がいい、とは言えないハッチ達もたじろぐ。
 そこにガロム星人のナルマルザ=ササーラが、厳めしい顔で提案して来た。

「我々が敵を引き付ける間に、ノヴァルナ様がシステムにハッキングをかけ、救命ポッドの制御を奪回するのはいかがでしょう?」

 武術ではランをしのぎ、『ホロゥシュ』随一のササーラだが、その提案は現実的だ。

 確かにノヴァルナだけでなく、先日の傭兵との戦いでも才能を発揮したフェアンもいれば、敵に支配されたシステムのハッキングは、容易な事である。しかしノヴァルナは、首を縦には振らなかった。

「さっきも言ったじゃねーか、救命ポッドなんかで逃げられやしねーって」

 そこにマリーナが落ち着いた表情で、さらりと言う。

「…となると、あとは私達の方から海賊達の船を、奪うしかないですね」

 えっ!という表情でマリーナに振り向く『ホロゥシュ』達とイェルサス。ノヴァルナは我が意を得たりと、マリーナの頭に手を置いて褒めた。

「おう、よく言った。さすがマリーナだぜ」

 すまし顔でノヴァルナに頭を撫でられながらも、頬を染めるマリーナの背後で、姉に点数を稼がれたフェアンが、膨れっ面をする。
 一方で『ホロゥシュ』は顔を見合わせた。それはそれで危険な選択だからだ。だが、『ホロゥシュ』筆頭のマーディンも同じ事を考えていたらしく、間を置かずマリーナに賛同した。

「私もそれが宜しいかと」

 ノヴァルナは頷くと、そうするための手段を考えだす。ただこちらは丸腰で、残された時間も少ない。その上、なにより二人の妹だけは守りたかった。

 とその時、ラウンジの天井の片隅で、ドン!ガシャン!という物音が起きる。全員が一斉に音がした方向を振り向き、『ホロゥシュ』達は身構えた。

「いてててて…」

 間の抜けた声がして、視線の先の天井に並んで取り付けられた、換気ダクトのカバーが一つ外れ、床に落下する。ノヴァルナはそれを無表情で見ているが、その背後では、ランが両腕を広げ、マリーナとフェアンを背中にかばった。
 するとカバーが外れた換気ダクトの中から、見覚えのある少年が逆さまに頭を出す。それはオ・ワーリ=カーミラ星系の超空間ゲートで、ノヴァルナ達に近付き、同行と雇用を願い出て来た、あの猿顔の少年である。少年はノヴァルナと顔を合わすと、「エヘヘ」と愛想笑いをして、無遠慮に話し掛けて来た。

「どーも、『ム・シャー』の兄さん方!また会いましたね」

 警戒心もあらわに、ハッチ達一番若い『ホロゥシュ』連中が、「てめぇはあん時の!!」と叫び、少年を引きずり出そうと駆け寄る。
 「わわっ!ちょっ!」と、少年は慌てて首を引っ込めた。ノヴァルナは『ホロゥシュ』達に「待て!」と命じ、少年に告げる。

「今は忙しいんだ。用があるなら早く言え!!」
 ノヴァルナの“用があるなら”と言うのはつまり、“有益な情報なら”という意味だと、正確に理解した猿顔の少年は、前置き抜きで伝えた。

「この換気ダクトを使えば、一番近くの海賊船の所まで、行けるっスよ!」

「ふん!やっぱ今の俺達の話に、聞き耳を立ててやがったか―――」

 ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「よし!案内しろ!」

 すると少年は、不意に真顔となって念を押した。

「それは当然…ナグヤ=ウォーダ家に俺を雇って頂ける、という事ですよね?ノヴァルナ・ダン=ウォーダ殿下」

 真剣な眼差しの、少年の瞳がキラリと光る。ノヴァルナはそこに、密かな野心の輝きを見た。少年が、自分の相対している人間が誰なのかを知っていたのは、初めから承知しており、今更問い質す気もない。

“なるほど、初対面の時に感じた抜け目のなさは、本物のようだぜ…”

 そう思ったノヴァルナの、不敵な笑みが大きくなる。

「おう!その代わり一番下っ端からだぜ。でもって、俺に召し抱えられる以上、命の保障はしねーからな!」

 驚いてノヴァルナを見る妹達やイェルサス、『ホロゥシュ』の面々が反対する前に、少年は大声で「ありがとうございます!!ノヴァルナ様!!!!!!」と礼を告げ、屈託のない満面の笑顔を見せた。

「俺…いや私は、名をトゥ・キーツ=キノッサと申しまして…」

「いいから、さっさと案内しろ」

「はい!!」





 ラウンジの後方にある扉が開き、十人ほどの海賊がなだれ込んで来たのは、トゥ・キーツ=キノッサなる少年がノヴァルナの新しい配下となった、その数分後の事であった。
 だがラウンジはもぬけの殻で、人っ子ひとりいない。ひっくり返ったテーブルや椅子と、飲食物が床に散乱しているだけだ。

 アサルトライフルを構えた海賊の一人が、左手で素早く仲間にサインを送る。散開してテーブルの陰などを警戒しながら進む海賊達だが、それはどこか奇妙であった。
 互いに援護し合えるような位置取りをし、隙のない動きは、世間で言われる海賊のイメージに聞く、はぐれ者の集団というより、よく訓練された兵士のように見える。軽装甲宇宙服も統一されているのが、そのような印象を与えるのだろうか?
 彼等の通信機からは、別の隊からの連絡が入っていた。

「こちらB班。操舵室制圧」

「C班、機関部制圧」

「E班、キャビン制圧」
 
 海賊を名乗りながら、通信の仕方を聞いても、やはりどこかが妙に玄人っぽい。
 その中で別の一人が何かに気付いて、無言のまま左手で合図を仲間に送り、アサルトライフルの先でラウンジの片隅を指した。

 それは天井に開いた、カバーの外れた換気ダクトの穴である。

 その穴の下へ四人の海賊が集まり、互いに手で合図を送り合った。一人が銃の先に小型の音響センサーを取り付け、穴の入口に差し入れる。
 四人はヘルメットのスピーカー音量を調節し、穴の中の様子を窺う。そして何かを確認したらしく、それぞれが頷いて、音響センサーを引き抜いた。その内の一人が通信機の通話キーを押して、連絡を入れる。

「こちらA班。ラウンジより逃走者複数。現在、換気ダクト内を移動中。各班は現在の制圧行動を継続せよ」

 通信を受けた各班から、「了解」と畏まった口調で応答がある。A班の班長が同時に、制圧部隊すべての指揮を執っているようだ。

「換気ダクトを使う事を思い付くあたり、ただの乗客とは思えん。追うぞ」

 そう告げた班長は、部下を三人ラウンジに置き、音響センサーでダクト内の逃走者…つまりノヴァルナ達の動きを捕捉追跡して、自分達を誘導するように命じる。そして残りの部下を引き連れ、ラウンジの前方のドアから出て行った。






 換気ダクトは船内各所と繋がっているが、当然人間が通るためのものではない。なので中は狭く、四つん這いで一人ずつ縦列で進むしかなかった。しかも一定間隔で開いた換気口から差し込む、船内の明かりだけであって薄暗い。
 その換気ダクトを、新たに配下に加わったトゥ・キーツ=キノッサを先頭に、ノヴァルナ、マーディン、ササーラ、ハッチ、モーリン、ヤーグマー、イェルサス、マリーナ、フェアン、ランの順で進む。

「そういや…てめ、なんでこの船に乗ってたんだよ?まだ十四歳で、一人で恒星間移動は出来ねーんじゃ、なかったのかよ?」

 背後からノヴァルナに尋ねられ、キノッサは前を向いたまま、「エヘヘ」と笑う。

「どうしてもノヴァルナ様のお供をしたくて、密航した次第で。はい」

「ふん!調子のいい野郎だな」

「はい!調子は上々。密航したおかげで、こうしてノヴァルナ様に雇って頂き、お役に立てているわけで」

「ああ。わかった、わかった」

 キノッサのあからさまな追従口を聞き、ノヴァルナは呆れたように応じた。

 ただノヴァルナが聞き流すように返事しても、キノッサの口は止まらない。

「いやぁ、感激です。いつかこんな日が来ないかと…つまり、名のある方の元で働かせて頂きたいと、オ・ワーリじゅうを旅していたら、隆盛著しいナグヤ家の次期ご当主である、ノヴァルナ殿下のお目に、留まる事が出来たのですから」

「ふーん。おまえ、オ・ワーリの人間か?」

 ノヴァルナはダクトの中を這い続けなから、何気なく問い質す。

「はい!生まれも育ちもイル・ワークラン家のお膝元、惑星マズルで…」

 きっぱり言い切るキノッサに皆まで言わさず、ノヴァルナは素早く反応した。

「ちょっと待てや!!てめ、俺と最初に出逢った時、俺が初陣を戦った、キイラ星系の生き残りだって、言ってたじゃねーか!!」

「おや?」

「“おや?”じゃねーだろ!」

 まんまと釣られたキノッサだが、それでも平然と言ってのける。

「これはしてやられました。誘導尋問とは殿下もお人が悪い」

「…ったく、“言葉だけが生きるための方便”とか言ってた割には、迂闊な野郎だな。本気でそう思ってるなら、以後気をつけやがれ」

「エヘヘ。恐れ入ります」

 そのやり取りに、ノヴァルナの後に続く『ホロゥシュ』達は、意外そうな顔をした。ノヴァルナの本質を知る彼等にとって、キノッサのようなタイプは、一番嫌いなはずだと思っていたからだ。

 一方で、ようやく喋るのをやめたキノッサは、口の中が渇くのを感じていた。喋り過ぎたからではない。ノヴァルナの記憶力の高さと、思考の鋭敏さに気圧されたのである。

“ただのバカ君様じゃねぇとは思ってたが。こりゃあ、油断ならねぇお人についちまったか…しかしまぁ、先を考えるなら、それぐらいでなきゃな…”







 キノッサの案内で、ノヴァルナ達はダクトを直進すると、左右と下方向に分かれた岐路に出る。
 そこから縦穴を選択してしばらく降り、三叉路となった底部を右に進んで、やがて辿り着いたのは、『ラーフロンデ2』の左舷下側にある、船内環境制御室の一つであった。普段はほとんど使用される事はなく、コントロールルームのサポート用の制御装置が並ぶ、無人の小部屋だ。

 キノッサがラウンジの時と同様に、ダクト内からカバーを外すが、今度は床に落として大きな音を立てないように、ノヴァルナはキノッサに、片手でカバーを持って、ぶら下げたままにさせる。

「いてててて…指が!」

「うるせ!でけぇ声出したら、意味ねーじゃねーか!それくらい我慢しろ!」

「兄上もお静かになさって」

 ダクトの中から吊り下げる、カバーの重さに音を上げたキノッサ。それを叱るノヴァルナだったが、そのノヴァルナの声も小さいとは言えず、妹のマリーナに小声で怒られた。

「へいへい。済みませんでし…たっと!」

 声量を下げて応じながら、ノヴァルナはダクトから床に、フワリと飛び降りる。

 床に降りたノヴァルナは、キノッサの持っていた通気ダクトのカバーを受け取り、壁に立て掛けた。続いてキノッサ本人も降りると、さらに『ホロゥシュ』のマーディンとササーラが降りて来る。
 環境制御室はそれほど広くはないため、あとの七人はダクトの中で待機させる。位置的には、前にいたラウンジの2デッキ下だ。キノッサは扉を指差して、小声で告げた。

「あの扉の向こうが船倉になってまして、私ゃそこに潜んでたんですが、突然船が揺れたかと思ったら、目の前の壁に火花が散って穴が空いたんです。びっくりして近くにあったこの部屋に飛び込み、扉の隙間から覗いたら、兵隊みたいなのが銃を持って、何人も穴から乗り込んで来た…ってわけです。で、上手い具合に、ここの環境制御用コンピューターで船の構造と、換気ダクトの構成が分かったんで、たぶんノヴァルナ殿下は、キャビンかラウンジにいるはずだと踏んで、ダクトを使って参上した次第で…」

 自分の密航の様子と、海賊の侵入の状況を、早口でひとまとめに説明する、キノッサの話を聞いたノヴァルナだったが、何かを疑う目になって問い質す。

「ちょっと待て、船倉だと!?おまえ、そこにずっといたのか?」

「はい。出港前に、積み降ろし口から忍び込んで、そのまま…」

「その格好でか?」

 そう指摘されたキノッサは、夏物の薄着姿である。

「はあ、そうですが。何か?」

「いや。まぁいい…」

 余計な事で時間を喰えないノヴァルナは言葉を濁したが、頭の中には疑念が残った。

“変だな。普通、船倉には暖房なんか入れねえから、宇宙に出たら半端なく寒くて、生身じゃ居られねえはずなんだが…てゆーか、空気すらねえ場合もあるってのに…サフローに、生き物でも運んでたのか?………”



▶#10につづく
  
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