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第2話:風雲児と宇宙海賊
#07
しおりを挟む脅威の存在を感じたノヴァルナが不敵な笑みを浮かべつつ、じゃあ食事をしようと言い出して、妹達を呆れさせていた頃、彼の母星ラゴンでは、ナグヤ=ウォーダ家の新たな本拠地スェルモル城の会議室に、家臣の中でも重臣とされる十三名が集まっていた。定例の家臣団会議である。
スェルモル城は完成してまだ五年で、外壁なども真新しいものの、ノヴァルナが城主を務めるナグヤ城よりひとまわり小さい。これはスェルモル城が行政機能中心に造られ、軍事機能の中心はナグヤ城のままとなっているからだ。
天井が高く、木製の壁が美しい半円型の会議室には、扇形の巨大な机を囲み、重臣達が顔を突き合わせていた。
「…次に提出のあった議題は、我がナグヤ=ウォーダ家のお世継ぎについてだが…」
そう切り出したのは、扇形の大机の要の位置に座るナグヤ=ウォーダ家筆頭家老、シウテ・サッド=リンであった。全身がカーキ色の毛に覆われ、熊のような容姿を持ち、二メートルを超える身長のベアルダ星人だ。外見的に年齢が分かり難いが、四十代後半で戦功は少ないものの、官僚としての行政手腕に長け、今の地位にいる。
「待たれい!その件については、長子ノヴァルナ様ですでに決しておるはず!今更なにを言う事があろう!!」
またその話か…とばかりに、強い口調でピシャリと言い切ったのは、セルシュ=ヒ・ラティオ。ノヴァルナの後見人で六十代、家老の中でも最年長だった。彼は普段はノヴァルナの後見人を兼ねてナグヤ城にいるが、この会議のため、マリーナやフェアンと入れ替わる形で、スェルモルにやって来ていたのだ。
「それをご再考願おう、と申しているのです。ヒ・ラティオ殿」
セルシュの強い口調に、ひるむ事なく言い返したのは、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータである。まだ25歳の若さだが、ナグヤ=ウォーダ家の家老の座を得た、新進気鋭の若者だ。筋肉質の体に、いつも怒ったような顔をしている。発言からして、この議題をシウテに提出したのが、シルバータらしい。
彼等の他にも、女性家臣ナルガヒルデ=ニーワス、幼少時からノヴァルナと過ごしたツェルオーキー=イクェルダに、古参の家門であるザクバー兄弟など、二十代の若手の家臣も多く見られた。これは数ヶ月前の、隣国ミノネリラ進攻の失敗を機に、主要家臣団の代替わりが始まっていたためだ。
「再考など不要。これはご当主ヒディラス様が、以前よりご決定されていた事であり、ご長男が第一継承権を有するのは、当然の事だ」
そう言い切るセルシュにシルバータが食い下がる。
「当然の事が当然ならぬのが、ノヴァルナ様の真骨頂ではございませんか?」
ノヴァルナの無軌道な性格を皮肉った、シルバータの言い草に、セルシュの目が険しくなる。
「うぬ。ゴーンロッグ、無礼であろう!」
シルバータはナグヤ家中の近しい者からは、ミドルネームの“ゴーンロッグ”で呼ばれる事が多い。その名で叱り付けるセルシュだったが、シルバータの隣に座るミーグ・ミーマザッカ=リンがシルバータに同調する。
「いや、ゴーンロッグの言う事も尤も。ただ単に、それが決まりだからで継承権を得られるのは、むしろ破天荒を是とされるノヴァルナ様らしくないというもの」
ミーグ・ミーマザッカ=リンは、筆頭家老のシウテ・サッド=リンの弟であった。兄のシウテが体をカーキ色の体毛で覆われているのに対し、ミーグは体毛が銀灰色で、右目を戦いで失い、NNL端末を兼ねた金属製の義眼を入れている。こちらも家中ではミドルネームの“ミーマザッカ”で呼ばれる事が多い。
セルシュは二人を睨んで舌打ちした。ゴーンロッグもミーマザッカも、当主ヒディラス・ダン=ウォーダの次男、カルツェ・ジュ=ウォーダの付き家老であり、ノヴァルナを廃しカルツェを次期当主に推す派閥の、急先鋒だからだ。
「さよう。それにヒ・ラティオ様、たとえご当主が決められた事とは言え、我等にひとことも言うなと申されるは、些か横暴というものではありませぬか?」
冷静な口調で意見したのは、ナルガヒルデ=ニーワスであった。軍・政どのような任務もそつなくこなすスーパーサブ的存在で、二十代前半の女性家臣の中でも出世頭である。体質的にNNLの視神経リンクが合わないため、同じ機能を果たす黒縁の眼鏡型端末を掛けた、赤髪の美しい女性だ。
「横暴だと?」
セルシュはニーワスの“横暴”という言葉に、怒りより疑念を抱いた。継承問題についてニーワスはこれまで、中立的立場だと思われていたからだ。それがこういう物言いをするというのは、ニーワスもカルツェ派へ傾倒しつつあるのかも知れない。
「控えよ、ニーワス」
筆頭家老のシウテがニーワスのきつい言い方を注意する。しかし議題自体を取下げる気はないようだった。
「…だがヒ・ラティオ殿、ここは彼等の言い分も聞いてはいかがであろう?いずれにせよ、ヒディラス様が首を縦にお振りにならぬ限り、何も変わらぬのだからな。時には皆の腹のうちを忌憚なく聞くのも、我々年長者の器量というもの」
諭すように言うシウテに、セルシュは無言で目を逸らせた。
「………」
それを了解の意と判断したシウテは、顔をシルバータに向け、顎をしゃくって発言を促す。軽く頷いたシルバータは、大机に座る家臣を見回して口を開いた。
「まずは今、この火急の時に、我等ナグヤの一門は一枚岩であらねばならぬ、という事です」
そこで話を途切れさせたシルバータは、一拍間を置いてから言葉を続ける。
「対外的にはサイドゥ家に不覚をとり、戦力を消耗した事で、内部的にもこの機に当家の力を削いでおこうという、不穏な動きが起きております。ならば我等は当主ヒディラス様の元、一丸となってこれらの脅威を打ち払わねばなりません―――」
隣のミーマザッカをはじめ、家臣の幾人かが頷く。
「―――然るに、ヒディラス様のあと、当家の主となられるお方が盤石ならば、我等家臣一同、ますますもって安堵し、御家のために尽力出来る、というものでありましょう!」
次第に声量が上がって来るシルバータに対し、セルシュは無言を通そうとしたのが、我慢出来なくなった。
「さよう。次期当主はノヴァルナ様にて盤石である」
「そうでしょうか?」
そう言ったのはミーマザッカだ。その口調には薄ら笑いが混じっている。
「ここで言う盤石とは、家臣一同の信をもって盤石という意味ですぞ」
「ではうぬは、ノヴァルナ様では盤石ではない、と申すのか?」
「そうは申しません。すべてはヒディラス様がご決裁されるべき事…ただ要らぬ火種をかかえていては、ゴーンロッグが申した一枚岩とまではなり得ぬ。盤石にも度合いがあると」
熱を帯びて来た二人の言葉の応酬は、まるで剣を交えているかのようだった。
「迂遠な言いざまはやめよ、ミーマザッカ。うぬらが支持するカルツェ様ならば、盤石と言いたいのであろう!?」
「少なくともカルツェ様には分別がございます。時勢を読まれる才気も。ヒ・ラティオ様こそ、なにゆえそこまでノヴァルナ様を推されるのです!?」
「それがヒディラス様の、ご意志だからである!」
重々しく言い放つセルシュに、ミーマザッカは歯ぎしりした。
「そのように盲目的に従うのが正しいとお考えか!?宿老たるヒ・ラティオ様であれば、主君の誤った決定を翻意させてこそ、忠孝というものでありましょう!?」
そのミーマザッカの言い草に、セルシュは本気で腹を立てた。会議室の高い天井の空気を切り裂いて、怒声が響く。
「黙らっしゃい!!!!!!」
生まれてこのかた六十有余年、ただ主君への忠孝に生きて来た、謹厳実直な男の怒声に、新進気鋭で鳴らしたウォーダの若手家臣達も、思わず身をすくめた。
「うぬらがまだ母の乳を欲しがっていた頃…それ以前にまだ生まれ出てもおらぬ頃から、御家に仕えて参った我に忠孝を説くなど、五十年早いわ!!」
「……………」
最古参の家老の迫力に一同が気圧されると、一転してセルシュは、驚くほど穏やかな口調になって告げる。
「確かにノヴァルナ様は、常識外れかも知れん。我もヒディラス様も常日頃、ほとほと手を焼いておる。だがな…それゆえ、ヒディラス様はノヴァルナ様こそが、御自らのあとを継ぐに足る傑物だと、見抜かれておられるのだ」
“あのうつけが傑物だと…?”
ミーマザッカやシルバータの目がそう言っているような、不満の光を放つ。だがそれを口にする気力は、先程のセルシュの怒声で奪われていた。
するとそんな会議室の、不穏な空気を吹き払うように、ドアがノックされ、データパッドを手にした、一人の通信士官の女が入って来る。
その士官は議長役を務めているシウテ・サッド=リンの元に早足で近付き、データパッドを手渡しながら告げた。
「諜報部からです」
パッドに表示された情報に素早く目を通したシウテは、機密レベルは高くないと判断し、その内容を家臣各々のNNLに転送して言う。
「タ・クェルダ軍の旗艦に潜伏させた、諜報員からだ。ガルガシアマ星雲で対峙中のタ・クェルダ、ウェルズーギ両軍に、イマーガラ家が仲裁に入ったらしい。両軍はこれを受け入れる方向…だという話だ」
“向こう側でタ・クェルダのカイ/シナノーラ宙域と、ウェルズーキのエティルゴア宙域が、イマーガラ家の仲裁で落ち着く…これは翻って近々、こちら側で何かが起こるに違いない”
武人の勘がそう告げるのを感じ、政治ゲームはひとまずこれまでとばかりに、ナグヤ=ウォーダの家臣達は自然と会議を終え、主君ヒディラス・ダン=ウォーダの元へ向かいはじめた………
▶#08につづく
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