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第2話:風雲児と宇宙海賊
#01
しおりを挟む宇宙という、黒の虚空に浮かぶサファイアを思わせる青い星…オ・ワーリ=シーモア星系第四惑星ラゴン。
白い雲の間を抜けて、高度を落とした旅客シャトル。その窓から見下ろす視界の全ては、人工の建造物が埋め尽くしている。
ヤディル大陸の中央部にある巨大な都市が、一千万を超える人口を抱えたナグヤであった。
星都キオ・スーほどではないにせよ、ナグヤは惑星ラゴンの都市では第ニの規模であり、南北に約百キロの長さで伸びる、三日月形をした広大な湖、ダクラワン湖の南半分を飲み込むように広がっている。
その三日月形をした湖の、内側のカーブの真ん中辺りに僅かに突き出した小さな半島、その全てがナグヤ城だった。
幾重にも周囲を囲む城壁と、そびえる天守閣。そして空を突き刺すような尖塔の数々は、ヤヴァルト銀河皇国では珍しいものではないが、別の世界においては、“和洋折衷”という言葉で表現されるのが似つかわしい。
『城』という名の通り、石壁を思わせる超硬度セラミック製の外観こそ、中世的ではあるが、中身は近代的で行政ネットワークの核を成している。
また戦乱の時代を反映し、司令部機能は戦時において地下深くにあり、強力なエネルギーシールド発生装置と、対空対宙火器に守られて防御力は非常に高い。
そのナグヤの城を右の眼下に、旅客シャトルは宇宙港を兼ねたナグヤ空港に着陸する。
空港には滑走路もあるが、シャトルは惑星間航行にも使用される機種で、重力子ドライブを搭載しているため、VTOL機用着陸ポートに降下した。
それはごく当たり前の光景で、旅客シャトルも大陸東岸の都市、ナグヤ=ウォーダ家の新たな行政府、スェルモルからの定期便である。
ただいつもと違うのは、空港ロビーに配置された多くの黒服姿のSPと警官。そして誰かを出迎えようと集まったらしい、人垣だった。
その人垣はヒト種の若い男が大部分を占めており、しかも普段はあまり家から外に出なさそうな容姿の者も、結構な数がいるように見受けられる。事情を知らなければ、有名芸能人の誰かがやって来た時のような雰囲気だ。
やがてその人垣に歓声が沸き、ロビーに姿を現したのは、ある意味有名芸能人以上の存在である。彼等が待っていたのは美少女と名高い、ナグヤ=ウォーダ家の姫…しかも一人ではなく、二人だったのだ。
14才のフェアン・イチ=ウォーダとその姉、もうすぐ16才になるマリーナ・ハウンディア=ウォーダ。
フェアンは濃いピンクのノースリーブに淡いピンクの半袖ジャケット。そして真紅のショートパンツの、右の尻ポケットにはウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』が、金糸で縫い込まれていた。
亜麻色の長い髪は下ろしてあり、オフホワイトのキャップと同色のスニーカーに、シルバーメタリックの小さなバッグを、肩から掛けている。
一方それと全く対象的なのが、姉のマリーナであった。ナグヤの季節は夏なのだが、レースを多用した黒と白のドレス。別の世界で言うところの“ゴスロリ”ファッションで、髪も黒く艶やかなストレートロング。左腕には何かのキャラらしい、ギャング風で人相の悪い、犬の縫いぐるみを抱えている。家紋の『流星揚羽蝶』も黒いレースで編まれ、ドレスに組み込むさりげなさだ。
そしてマリーナはナグヤ=ウォーダ家次男、カルツェ・ジュ=ウォーダの双子の姉であり、カルツェと瓜二つの、年令より大人びた、冷静そうな顔立ちをしていた。
事実、外見同様フェアンとマリーナ姉妹は性格も全く逆である。
多くの出迎えの“ファン”に対し、フェアンは底抜けの笑顔を向け、両手を突き出して振っており、まさに“アイドル”だ。
それに対しマリーナは、無愛想ではないものの、分かるかどうか微妙なほど薄い笑顔で、これも分かるかどうか微妙なほどの、浅い会釈を繰り返しながら歩いていく。
ただ面白いのは、アイドル然としたフェアンに比べて、マリーナの人気もひけをとっていないところであった。
どうやらマリーナは普段、あまり人前に姿を現さないのと、冷静さから“ツンデレ”キャラとして、もてはやされているらしく、実際マスコミのインタビューでその事を告げられた時の返事が、冷めた口調で「どうでもいい」のひと言だったのが、拍車を掛けているようであった。
いずれにせよ二人の“アイドル”に、出迎えの若い男達はヒートアップする。
しかし彼等の盛り上がりは、背後から響いた高笑いで水を差された。
「アッハッハッハッ!!」
ナグヤの住民なら、各種メディアを通して聞き覚えのある笑い声。ギョッとして振り向く彼等の視線の先に、ロビーの出入口に突っ立つ、ナグヤ=ウォーダ家次期当主ノヴァルナ・ダン=ウォーダが不敵な笑みを浮かべていた………
姉妹が両親である父ヒディラスと母トゥディラと一緒に住む、新行政府のあるスェルモルから、ノヴァルナが城主を務める旧行政府ナグヤに遊びに来たのは、夏休みになったからだった。
無用の混乱を避けるため、学校には行かずに家庭教師がついている姉妹だったが、母のトゥディラから、試験の成績が良ければ夏休みに二人でノヴァルナの所へ、一週間、遊びに行ってよい…との約束を取り付けたのだ。
頑張った姉妹は見事、試験で優秀な成績を収め、晴れてナグヤにやって来たのであり、出迎えのファンは、メディアでそれを嗅ぎ付けたというわけだ。
「来たか、フェアン。マリーナ!」
そう告げて、背後に親衛隊である『ホロウシュ』を引き立て役に、黒い着衣で統一して並ばせ、仁王立ちで姉妹を出迎えるノヴァルナの姿は、今日も派手だった。
トレードマークのような、背中に家紋入りの真紅のジャケットは、さすがに夏本番で暑いのか腕まくりし、今回はやたらと銀の鎖が飾り立てている。
その下のタンクトップは虎柄で悪趣味。安そうな七分丈のワーキングパンツは迷彩模様で、素足に緑のスニーカー。
頭にはバンダナがない代わりに、紫色の太いフレームのサングラスを置いてある。
振り向いた姉妹の出迎え連中の目が、ノヴァルナの、チンピラでもしないようなファッションセンスに、『うわぁ…出たよ』といった心の声を上げる。
ここまで来ると、いっそ金魚の絵を描いた団扇か、ピコピコハンマーでも持たせた方が、ある意味完璧だ。これが出迎え連中にすれば、『新封建主義』の名のもとに、ナグヤに住む自分達のご主人様なのである。
このノヴァルナに赤白ピンクのフェアン、そしてゴスロリのマリーナが合流した光景は、もはや何が何だか訳が分からない。
しかしフェアンはそんな奇抜な格好のノヴァルナに、今まで出迎えの男達に向けていたのとは全然別種の、これ以上ないほどの笑顔を見せた。
「にいさまーーー!!!!!!」
姉のマリーナを置いてきぼりに、ノヴァルナに駆け寄ったフェアンは、愛情全開に抱き着く。
「おま…先々月会ったばっかだろ?NNLだって、毎日相手してるじゃねーか」
何年も会ってなかったようなフェアンの行動に、ノヴァルナも飽きれたように言った。先々月会ったとは、例のキオ・スーでの氏族会議を、何者かに雇われた傭兵が奇襲しようとした一件である。
「ほら、イチ。兄上がお困りになりますよ。お慎みなさい」
静かな声で諌めながらマリーナが歩み寄って来る。するとフェアンはピクンと肩を跳ねさせ、ノヴァルナから離れた。どうやら奔放なフェアンも、姉のマリーナの言い付けには大人しく従うようだ。
ノヴァルナの前に立ったマリーナは、礼儀正しくお辞儀をして挨拶の言葉を告げる。
「兄上にはご無沙汰を致しておりました。変わらぬご健勝ぶり…嬉しく思います」
フェアンに比べ、よそよそしいとすら思えるマリーナの所作だが、兄の前に出て伏し目がちになり、その白磁のような頬にうっすらと赤みがさしているのが、彼女の態度が内心と裏腹である事を示していた。
ただノヴァルナは、そういうマリーナの内心などお構いなしだ。妹の背中に手を回し、ぐい!と互いの顔を近付ける。
あわや、くちづけしそうな距離にまで顔が接近すると、マリーナは「あれ…」と小さな悲鳴を上げて身をすくめた。その光景を見て、眼を三角に吊り上げたフェアンを傍らに、ノヴァルナはマリーナを見詰め、陽気な声で告げる。
「おう、おまえとはマジ久しぶりだな、マリーナ。また綺麗になったか?」
「!!!!…っ、き!き!…綺麗っ!?」
ノヴァルナが口にした言葉の最後の部分に、マリーナとフェアンは、声は裏返し、顔は真っ赤にし、跳び上がった…もっとも、姉と妹でその意味合いは違ったが。
「アッハハハ!!」
目を回してその場でへなへなと腰砕けになるマリーナに、周囲のSPが慌てて駆け寄る様子を眺め、ノヴァルナは高笑いを投げ掛けた。そしてクルリと背中を向けると、「じゃ、行くぞーー」ととぼけた声を発し、マリーナを放置して行く。
姉だけが構われて、納まらないのはフェアンであった。空港の出口に向かうノヴァルナに、纏わり付きながら抗議する。
「兄様!マリーナ姉様にだけ、ずるいぃぃ!あたしは!?あたしは!?ねぇ、ねぇ、ねぇ」
放置されたマリーナに、二人の声が遠ざかり、小さくなっていく。
「おまえはいつも綺麗だろうよ…」
「やったー!兄様、大好き!……」
「おう、任せとけ………」
何を任すのか知らないが、残されていたマリーナも、真っ赤な顔で口元を引き攣らせてはいるが、何事もなかったような顔で立ち去る。
あまりに馬鹿馬鹿しい三人兄妹のやり取りに、美少女姉妹を出迎えに来たファンも、白けた眼で呆然となったままであった………
▶#02につづく
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