銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第1話:死のうは一定

#07

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 モルンゴール星人とは反対側のエアロックから、外壁に係留したBSHO『センクウNX』に向かったノヴァルナは、プラント衛星内に発生させた人工重力が及ばない宇宙空間に出ると体を半回転して、口を開けたコクピットに背中から入り、そのまま座席に座った。

「フェアン。いいぞ、やれ」

 そう言いながら二重ハッチを閉じるのと同時の、各センサーの立ち上げと駆動系の接続、そしてスロットルを上げる一連の動きには無駄が無く、何度も訓練を繰り返して来た事は想像に難くない。真顔で視線を配るそこに、アイスクリームショップやキオ・スー城で見せた、傍若無人さは微塵も感じさせず、鋭い眼差しの鳶色の瞳には、コクピットの計器が並んで放つ白い端末光が、街の夜景のように映り込む。

「了解。兄様」

 シャトルに乗る妹のフェアンから応答があり、プラント衛星は一部のスラスターを点火して動き出した。
 モルンゴールの傭兵隊長が推察した通り、ノヴァルナが傭兵達を引き付けている間に、フェアンもプラント衛星の中枢コンピューターにハッキングをかけ、それを中継して傭兵達のハッキング用コンピューターに侵入、制御権を二重並立させたのだ。そして作業完了の連絡を受けたノヴァルナが、もう一方の制御権を遮断した…つまり傭兵達のハッキング用コンピューターを、破壊したのである。

 ノヴァルナは『センクウNX』の係留ケーブルを解き、プラント衛星から離脱した。時をほぼ同じくし、センサーが八つのBSI反応を捉らえる。
 識別表示はサイドゥ家の家紋『打波五光星団』であり、解析結果もミノネリラ軍の『GK-223ライカ』だが、実体は傭兵達のBSIユニットだ。コクピットの全周囲モニターにも、黄色い家紋マーキングが八つ現れる。

 操縦桿を握る指先が熱い…ノヴァルナは舌で唇をペロリとひと舐め、機体を加速しながら左方向へ滑らせた。モニターに映る周囲の星が一斉に流れる。すでに起動済みの火器管制システムに入力がなされ、『センクウNX』はオートモードで、バックパック右側のハードポイントに装着している、白銀色の超電磁ライフルを手にした。

 するとノヴァルナを追う傭兵達の八機のBSIに、モルンゴール星人隊長の大型BSHOが後方から合流して来る。生物的な印象のその機体はモルンゴール製の『オロチ』で、全高が20メートルはあり、総出力も銀河皇国のものよりかなり高い。 
 隊長機は部下のBSIのやや下方につき、通信回線を開いて命令する。

「コムソー全機へ。こちらガリュー・ワン。ウォーダの若君は我々を引き付けるのが役目だ。コムソー・ファイブからエイトは分離して、このプラント衛星の制御権を奪い、動かしている奴を探せ。若君の母艦か何かがいるはずだ。見つけ出して仕留めろ。長距離センサーに反応がない事から、このプラント衛星に張り付いているに違いない」

 キオ・スー城への奇襲は失敗したが、ナグヤ=ウォーダ家次期当主の首なら、雇い主への詫びの手土産程度にはなるだろう…モルンゴール指揮官はそう考えていた。同時にノヴァルナのやっている事には、妙な違和感を覚える。

“だが…なんだ?我等の計画に気付いたのなら、もっと大戦力で押し潰せば簡単に済むはず…それがあまりにも戦力が少ない。ましてやウォーダ家の若君が、自ら乗り込んで来るなど…”

 しかしその思考は、四機の部下が一列になって編隊を離脱した直後に途切れた。宇宙空間を、向かって右方向へ移動していたノヴァルナのBSHOが、プラント衛星の縁で不意に停止して、超電磁ライフルを三連射したのだ。
 ただライフルはろくに照準も合わさずに撃たれたらしく、傭兵達のBSIは五機ともロックオン警報すら鳴らず、ノヴァルナ機の撤甲弾は各機の間を単純に通り過ぎただけである。
 するとノヴァルナ機は、針路を下方へ変更して急発進、惑星ラゴン方向、つまりプラント衛星の裏側方向へ姿を消した。それを見た部下の一人が、感情の高ぶった声で言い放つ。

「ウォーダの馬鹿息子が!逃がすかよ!!」

 それはプラント衛星内で、仲間を見捨てる事を拒んだあの部下だった。仲間思いというより、感情が先走るタイプなのだろう。
 ノヴァルナを罵ったその部下は機体を加速させ、一直線に追尾にかかる。ノヴァルナの射撃は明らかに挑発であり、それに単純に引っ掛かった軽率な行動に、指揮官は怒声を発した。

「まて、コムソー・スリー!勝手な行動を取るな!!」

 しかしノヴァルナのあとを追った部下は、命令を無視し、プラント衛星の縁から下方へ向かう。その直後、閃光が縁から広がった。同時に「グガッ!!…」という叫び声と、ガシャンという破壊音がスピーカーから流れ、通信回線自体が途絶する。

「ここまで使えん連中だとは!!」

 モルンゴール星人の傭兵隊長は呪詛の言葉を口にし、機体を上昇させた。
  
 追撃して来た傭兵のBSIが爆砕した機体破片の漂う中、ノヴァルナは剥き出しになったプラント衛星の、極太のパイプの陰から『センクウNX』を発進させた。ここでこれ以上、敵を待ち構えていても不利になるだけだ。

 その判断は正しく、散開した四機の敵BSIがこちらの狙撃を警戒しつつ、大きな弧の軌道を描いて降下して来る。プラント衛星を背にさせて半包囲する気だろう。最も接近した一機からのロックオン警報…しかしまだアラーム音は大きくない。
 するとノヴァルナは大胆にも、アラーム音が聞こえて来る方向へ『センクウNX』を急加速させた。ロックオン警報音がたちまち大きくなり、《回避!回避!回避!》とコンピューターが、常識外れの操縦で怒ったように、音声でも警告を発し始める。

「ば、馬鹿め!!」

 向かって来るノヴァルナ機に、彼を狙っている傭兵は、驚愕で顔を引き攣らせながらも嘲りの言葉を吐き捨て、引き金を引いた。
 次の瞬間、ノヴァルナの『センクウNX』が機体をスクロールさせて僅かに軌道をずらせる。傭兵の放った弾丸は『センクウNX』の、避弾経始形状を持つ左のショルダーアーマーを掠め、火花とともに、ウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』の一部を削り取って、あらぬ方角へ消えていった。

「!!!!!!」

 傭兵が唖然とした時にはもう、『センクウNX』は目前まで間合いを詰めている。そしてその直後、グシャン!!という衝撃がコクピットを激しく揺らした。ノヴァルナが超電磁ライフルの長い銃身で、傭兵の『ライカ』の頭を上からぶっ叩いたのだ。各種センサーや光学観測機器が集中する頭部が潰され、全周囲モニターの下側以外がブラックアウトする。

「くっ!クソがぁっ!!」

 悪態をつく傭兵。その間に残りの三機がライフルを構え、距離を詰めて来た。モルンゴール指揮官は、ノヴァルナの差し違え覚悟の行動に、むしろ小気味良さを感じて言い放つ。

「初手から捨て身とはな!」

 モルンゴール星人の大型BSHOの両翼の位置についた、二機のBSIがライフルを撃った。ノヴァルナの『センクウNX』は、頭を叩き潰した傭兵の『ライカ』のバックパックを左手で掴み、素早く自分の前に引き寄せる。
 胸部補助カメラにようやく切り替わり、正面のみ新たに画像が回復した傭兵がいきなり見させられたのは、自分に向かって来る味方の弾丸だった。

「ウッ!うわぁああああ!!!!」

 もはや蒼白となった顔で叫ぶ事しか出来ず、ノヴァルナに盾代わりにされた傭兵は、機体ごと散華する。閃光と、内部の冷却ガス等が燃える一瞬の炎、砕け散った機体が拡散するその中から、ノヴァルナの『センクウNX』が飛び出して来た。
 『センクウNX』のコクピット内では、赤い透過光ホログラムが、超電磁ライフルの破損・使用不能の文字を、視界の上方で点滅させている。ノヴァルナは『センクウNX』の右手に握るライフルに視線をやった。敵のBSIの頭を潰した長い銃身には、中程に大きな凹みが出来ている。

「ふん!やっぱライフルは、殴り合いに使うもんじゃねーな!」

 人間が使うライフルなら、白兵戦において硬い銃床で殴り合う場合もある。しかしBSIの使用する超電磁ライフルは、銃床の中に電子装置が詰め込まれており、逆に銃身より脆弱な構造となっているのだ。
 超電磁ライフルをあっさりと投棄したノヴァルナは、バックパックの左側ハードポイントに装着した、陽電子パイク(矛)を掴み取ると、機体を一気に加速させる。重力アブソーバーの容量を上回るGが発生し、ノヴァルナはヘルメットの中で歯を食いしばった。

「うわ!!」

 その声を上げたのは、ノヴァルナの新たに標的にされた傭兵だ。加速したノヴァルナの『センクウNX』が、稲妻のように突っ込んで来る。

 BSIの上位機種で、将官用完全カスタマイズ機であるBSHOは、通常のBSIより総出力が平均30%高いものの、その全てを引き出せるかは、結局のところ操縦者の能力による。
 その点でまだ17才でありながら、ノヴァルナの身体能力と操縦の技量には、目を見張るものがあった。急加速のGに耐えたノヴァルナは、驚異的な速度で不規則蛇行しながら、傭兵の『ライカ』との間合いを詰める。

 狙われた機体のパイロット、そしてモルンゴール指揮官ともう一機の仲間が、ノヴァルナ機目掛けてライフルを撃つ。しかし当たらない。

「回避しろ!!」

 モルンゴール指揮官は無駄と知りつつ、ノヴァルナに狙われた部下に叫ぶ。そして指揮官が想像した通り部下の機体はすれ違いざまに、ノヴァルナが放った陽電子パイクの斬撃を、左の肩口からバックパックにかけて喰らい、破断箇所から赤いプラズマが血飛沫のように噴き出して爆散した。



▶#08につづく
 
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