銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第1話:死のうは一定

#06

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 点々と浮かぶ白い雲が影を落とす、青い大海を遥か眼下に、全体が何かの機械部品のような金属の複合体が、惑星ラゴンの周回軌道上で、オ・ワーリ=シーモア星系の二重太陽の光を浴びていた。

 約二千メートル四方の広さに厚みが約五百メートルという、巨大な鉱物資源二次精製プラント衛星は、本来は無人のロボット衛星である。だが今この衛星内の機械音には、複数の人間の呼吸音が混じっていた。しかもそれは定期的にやって来る、管理局の点検作業員達のものではない。

 その呼吸音の主の一人が、驚いた男の声を発した。

「おい!キオ・スー城が、対空警戒体制に入ってるぞ!!」

 それに別の男の声が応える。

「なんだと?本当か!?」

 そこにまた複数の男の声。

「モニターを見ろ!城がシールドに覆われてる!!」

「馬鹿な!この周回前にはそんな事は…」

 男達の驚きも無理はなかった。管理局にダミーの正常な位置情報を送りながら、少しずつ軌道を変えるように、プログラム改変したプラント衛星に身を潜め、キオ・スー城直上に達した時を狙って、降下奇襲をかける目算が、最後の周回で惑星ラゴンの裏側から抜け出し、再びキオ・スー城を探知圏内に捉えてみれば、完全防御体制をとっていたのだ。

「くそっ!!これじゃあBSIで降下奇襲なんぞ出来ん!!」

「それに艦砲射撃するにしても、あの艦の砲出力では、シールドを一撃で撃ち抜くのは不可能だ」

 男達がいるのはプラント衛星の貨物船用ドッキングベイ。長さ212×幅85×高さ13mの広い開閉式空間であるそこは、現在密閉された中に、全長百五十メートル程の古びた貨物船を一隻格納しており、そのさらに前方に量産型のBSIユニットが八機、四機ずつ向かい合い、片膝をついて身を屈めた状態で置かれてあった。
 そして八機の中央にいるのは、ヘルメットを外した軽装甲宇宙服姿の二十人の男達。そのうち三人は異星人で、魚類を思わせる大きく飛び出た眼のバイシャー星人が二人。そしてもう一人はテントウムシのような、昆虫系のカレンディ星人である。それが自分達で持ち込んだらしいコンピューターと、その複数の端末画面を囲んでざわついている。

「情報が漏れていたというのか」

 そう言いながら大股で近付いて来たのは、爬虫類系の焦げ茶色の鱗の肌を持つ、大柄の異星人だった。かつて銀河皇国と争って敗北し、領域を併呑された恒星間帝国モルンゴールの異星人だ。
 そのモルンゴール星人が彼等の指揮官らしい。モニターを見た爬虫類系異星人は腕を組み、ふうむ…と唸る。その顔をよく見ると、右の頬に大きな裂傷痕があった。

「これは…退いた方がいいかも知れんな」

 モルンゴール星人は戦闘民族だが、がむしゃらに戦う蛮族ではない。それゆえにかつてはヤヴァルト銀河皇国に次いで、広大な領域を持つ、恒星間国家となしえたのであり、むしろこの場で蛮勇だったのは部下の人間達の方だった。

「そんな!ここまで来て…」

「構わねぇ!やっちまおうぜ!!」

 そんな部下達の短絡的な言葉に、モルンゴールの指揮官が舌打ちしようとした瞬間、彼等の耳に若々しい男の声が響く。

「へえぇ。おまえら、BSIまで持ち込んでるじゃねーか!!」

 それは彼等の仲間の声ではない。ナグヤ=ウォーダ家次期当主、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの声だ。

 驚いて振り向く男達の視線が集中したのは、ドッキングベイの壁の中程に、飛び出すように設けられた、クレーンデッキの上であった。そこには、青地に金色の龍が全身に巻き付くように描かれた、これまた派手な装甲宇宙服を着たノヴァルナが、まるで舞台役者よろしく、ヘルメットを肩に担ぐように持って、不敵な笑みを浮かべて立っている。

「なんだ貴様は!?このガキが!!」

 兵士の一人が毒づいて誰何するが、ノヴァルナはそれを無視し、気密区画に並んだBSIユニットを、品定めするような眼で眺めた。

「ルモ=イル社のBSI『GK-223ライカ』…それに肩の『打波五光星団』の家紋。おまえら、サイドゥ家の兵か?」

 四つの角のようなアンテナが後ろ向きに伸びた頭部が特徴的な、BSIユニットの素性と、その左のショルダーアーマーに描かれた、波打つ海の上に浮かぶ五つの星の家紋から、ウォーダ家の宿敵、ミノネリラのサイドゥ家の名を口にしたノヴァルナだが、少し首を傾げると、怪訝そうに言葉を続ける。

「…いや、違うな。よく見りゃどのBSIにも、爆発こそしなかったものの、致命的なダメージを受けた跡がある。ニ機や三機ってんならともかく、全機とは怪し過ぎるだろ」

 ノヴァルナが目ざとく見つけたのは、並んだBSIユニットの全機に残る、生々しい修理跡であった。それらはみな、腰部駆動中枢や背面反応炉冷却部、そして腹部コクピットといった、機体を破棄して脱出、もしくは操縦者が死亡するような、急所へのダメージである。
 
「それに、修理跡が随分と汚ねぇ…メーカーじゃなくても、まともな整備士ならもっと上手く直してるはずだ…戦場で拾って来た廃棄機体を、半分素人の場末の整備士が修理したってとこだな。で、家紋を消さずに使ってる…おまえら、ほんとはサイドゥ家の正規兵に化けた、どっかの傭兵だろ?」

「ほう…面白い小僧だな」

 無遠慮に指摘してゆくノヴァルナに、指揮官のモルンゴール星人は僅かに進み出た。興味を抱いたのか金色の瞳の眼をやや細める。

「だが小僧、我々を傭兵と断定するには、証拠が足りなくはないか?」

 するとノヴァルナは17才の少年にはそぐわない、大人びた笑みを返して告げる。

「もう一つの証拠はあんただよ、モルンゴールのおっさん!」

「なに?」

「モルンゴール人にはいまだに、銀河皇国の下につく事を良く思ってないヤツが多い。特に皇国と戦ってた頃に、軍人だった家系のヤツはな。だからそういう連中は、星大名の配下にはなろうとせず、傭兵で喰っていく道を選ぶってわけだ…おっさんのようにな」

「小僧にはそれが分かると?」

 そう言いながら、モルンゴール星人指揮官は胸の内で警戒心をもたげさせ始めた。奇妙な子供だが、底知れぬ不気味さを感じる…死の淵瀬を何度もくぐり抜けて来た、自分と同じ光をその眼に宿しているのだ。

“こいつは…危険だ”

 モルンゴール星人が表情を険しくした直後、背後で部下の一人が叫び声を上げた。

「こっ!このガキ!ウォーダ家のノヴァルナだっ!!」

 その部下はNNLのホログラム画面を、眼前に立ち上げている。若者をどこかで見た顔だと気付いたのか、今の会話の間にネットで調べたのだろう。

 そしてその言葉を聞くや否や、部下達が身構えるより先に、モルンゴールの指揮官は左脇のホルスターからビーム銃を抜き、発砲していた。
 だが反射的に身を翻したノヴァルナに、銃の赤い曳光ビームは命中せず、その背後のクレーンの一部に当たって二つ、三つと火花を散らし、表面を熔かして穴をえぐるだけだ。
 しかも銃撃を回避すると同時に、ノヴァルナはヘルメットの内側に隠していた手榴弾を、フワリと放り投げている。

「手榴弾だ!!」

 指揮官が叫び、全員が散り散りに逃げようとする中心に、手榴弾は緩やかなカーブを描いて落下した。若いレモンの実のような濃緑色のそれは炸裂し、傭兵達が持ち込んだコンピューターと端末を、粉々に吹っ飛ばす。「ギャッ!」「グアッ!」と悲鳴が上がり、爆発の破片を喰らった傭兵が四人、床に転がって動かなくなった。
 四人とも生死は不明だが、うち一人は昆虫系カレンディ星人で、テントウムシに似た頭が縦に割れ、黄色い血液を噴いて体を痙攣させている。そしてクレーンデッキの上で身を翻したノヴァルナは、そのまま潜んだのか逃げたのか、傭兵達からは死角となって見えない。

「クソっ!あのガキ、ハッキング用のコンピューターをやりやがった!!このプラント衛星が制御不能になるぞ!!」

 制御権を衛星のメインに戻さないまま、ハッキング用コンピューターを破壊すると、プラント衛星の機能の全てが麻痺してしまう。兵士の一人が銃を右手に怒りの言葉を上げ、ノヴァルナのいるクレーンデッキに繋がる、壁沿いの階段を昇ろうとした。さらに二人の仲間が、両手で握る銃を下段に構えた形であとに続く。
 ひざまずくBSIの足首に身を隠し、その兵士達に「よせ!」と命じる指揮官。案の定、先頭の一人が薄っぺらいアルミニウムの階段に足をつき、「カン!」と音を立てた直後、その音目掛けてクレーンデッキの上から、新たな手榴弾が降って来た。しかも時差を置いて二つ。やはりまだノヴァルナは死角に潜んでいたのだ。

 一つ目の手榴弾は階段を狙っており、踏み板にバウンドすると、兵士の足音を真似るように、こちらも「カン、カン」と乾いた金属音を立てた。それを見て、兵士達は反射的に階段を離れる。
 だが兵士達がそこに見たのは、目の前を音もなく落下する、もう一つの手榴弾だった。

「!!!!!!」

 背後で一つ目が爆発し、ついで退避位置を見越した二つ目が足元で爆発。三人の兵士を吹き飛ばす。

「チッ!これだから、ろくに対人戦闘訓練もしていない、宇宙戦闘機兵あがりは!」

 舌打ちしたモルンゴール指揮官は、部下達の手際の悪さと訓練不足を罵った。
 傭兵指揮官として今回のメンバーを纏めるのは初めてだが、質は良くない。おそらく雇い主が予算をケチって、戦闘種族のモルンゴール星人に指揮を執らせれば、人間中心の二線級の寄せ集めでも、なんとかすると思ったのだろうが…迷惑な話だ。

 こんな連中でも経験を積めば多少はマシになるかも知れないが、それでも戦場に居続けては長生きは出来まい。もっとも組むのはおそらく今回限りであり、モルンゴール指揮官に、先の事まで心配してやる必要も義理もないのだが。
 
 するとドッキングベイ内に警報音が響き始め、それに加えて女性の電子音声が、排気ハッチの開放を警告する。ドッキングベイ内で火災が起きた際に一気に消火したり、有毒ガスが発生した際に一気に排出するためのハッチを、強制開放する機能が作動したのだ。

《排気ハッチが、緊急開放、されます…排気ハッチが、緊急開放、されます…気体消失、及び、減圧を、警告。区画内に、いる、関係者、は、直ちに、退避を、願います…》

“ハッキング用コンピューターを破壊しても、プラント衛星の機能が麻痺していないだと?…なるほど、若君はすでにこのプラント衛星のコントロールを、我等から奪い返していたという事か”

 モルンゴール指揮官が、手榴弾を投げたノヴァルナの真の意図に気付いた時には、もう電子音声の警告は秒読みに移行していた。

《60……59……58……57……》

「若君に構うな!パイロットはBSIに乗れ!!あとの者は艦に戻れ!!急げ!!」

「けど仲間がまだ倒れてます!!」

 部下の一人が顔を強張らせて言い返す。ノヴァルナが投擲した手榴弾で倒された兵達を、生死を確認しないまま放置しているのだ。しかしモルンゴールの指揮官は、太い腕を大きく振って“行け”と合図しながら、強い口調で却下した。

「放っておけ!!」

 おそらくあのナグヤ=ウォーダ家の若君には仲間がいて、自分が囮になって注意を引き付けている間に、カウンターハッキングでこのプラント衛星の制御権を奪還してから、我等のハッキング用コンピューターを破壊したのだろう…
 部下達をBSIと貨物船に向かわせ、自分は別の通路へ駆け込んだモルンゴール星人の男は、扉が閉まると歩調を緩めて、ヘルメットを被った。気密化で襟元からシュッという空気音がする。

 背後でドッキングベイの排気ハッチが開いて、空気が吸い出される音が響く。もはやキオ・スー城奇襲計画は頓挫した。だが前を見据えて歩く、戦闘種族モルンゴール星人の指揮官の顔には、この状況にむしろ愉悦の表情が浮かぶ。

“しかし自分が奪回役ではなく、危険な囮役をやるとは…それにあの肝の座りっぷりと見識…ナグヤ=ウォーダの若君は大うつけ、と噂に聞いていたが…いや、なかなかどうして…”

 衛星の外へ出るエアロックを抜けると、その先の宇宙空間には将官専用BSI…皇国企業系のものとは異なる、一本角で生物的な容姿をした、大型BSHOが係留されていた。



▶#07につづく
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