銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第1話:死のうは一定

#02

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ノヴァルナ・ダン=ウォーダ

 オ・ワーリ宙域星大名氏族、キオ・スー=ウォーダ家の傍流に当たる、ナグヤ=ウォーダ家の今年で17才になる嫡男が、若者の正体であった。一緒にいる妹は14才のフェアン・イチ=ウォーダで、その美しさと奔放さが人懐っこさと相まって、領地ではアイドル並の人気を得ている。

 それに反し、兄のノヴァルナは見た目こそ良いが、その人柄の評判はあまり芳しくはない。
 今この店でやっているような傍若無人な行動が、領地のナグヤの街では日常茶飯事となっており、もはや怒りを通り越して呆れ返った領民から、『(頭が)カラッポ殿下』とか『イミフ若君(考えてる事が意味不明)』 と揶揄され、オ・ワーリNNL(ニューロネットライン)の情報サイトにも、批判スレが幾つも立っている有様だった。

 当然ノヴァルナの日頃の悪評はこのキオ・スーにも届いており、店の客全員に各々が望む注文を奢るという、豪気に思える振る舞いも、それをやっているのがノヴァルナだと知ると、客達に“貴族なら金さえ払えば何やってもいいのかよ”と悪い方にとられ、“そういう問題じゃないだろ”と白い眼で見られる結果となっていた。

 ところが店内の空気を読めないのか、読む気がないのか、ノヴァルナは店員に「カードは明日、誰かに取りに来させる」と言い、妹のフェアンには「で?お前、同じものが二つじゃ駄目なら、どれがいいんだよ」と尋ねて、平然と注文を続けようとする。

 そこへ空から轟音が響き、外のロータリーの真ん中に、大型バス程の大きさがある黒塗りのVTOL機が二機、公園の椰子の木を揺らしながら降下して来た。機体の横にはノヴァルナとフェアンの着衣と同じ、『流星揚羽蝶』の家紋が金色で描かれている。
 VTOL機が着陸するとドアがスライドし、黒服のSPの一団が降りて、何人かはバイクの若者達と警官達が揉めている公園の入口に向かい、残りはアイスクリームショップへ駆け出した。それに続いて濃紺の軍服を着た初老の男が現れ、ショップへ向かう。

 その初老の男は店へ入って、SPに囲まれたノヴァルナとフェアンを見付けると、一目散に駆け寄り、形相も凄まじく大声で呼び掛けた。

「若!!」

「おぅ、爺か」

 ノヴァルナが『爺』と呼んだのは、セルシュ=ヒ・ラティオ。ナグヤ=ウォーダ家の家老で、ノヴァルナが生まれた時からの世話役であった。齢はすでに60才を超える。
 
「『おう、爺か』ではありませぬ!!いったい何をやっておられるのです!?」

 声を張り上げたセルシュは、赤い顔で額に汗を浮かべている。それを見たノヴァルナは、とぼけた口調で応じた。

「なんだ爺、そんなに暑いのか?お前も好きなアイス頼め。俺の奢りだ」

「そうではありませぬ!!」

 こめかみに血管を浮かせて怒鳴るセルシュは、ウォーダ家家臣団の中でも、特に謹厳実直な人物で通っている。それを知ってからかうノヴァルナに、傍らのフェアンは必死に笑いをこらえていた。

「イル・ワークラン家ご使者も交えての、氏族会議の最中だというのに、勝手に抜け出されるとは何事ですか!?しかもイチ様までお連れになって!!」

 血相を変えて詰め寄るセルシュの話に、店の客達も眉をひそめた。氏族会議とは一族の主要な人間が集まって行う、最重要会議の一つで、ウォーダ家全体、ひいてはオ・ワーリの国全体の運営に関わるものだからだ。別の大陸に領地があるナグヤ=ウォーダ家の若き兄妹が、このキオ・スーにいる理由も氏族会議に参加するためであって、つまり今が会議の最中なら、二人がここにいてはいけないはずだ。

「おう。退屈してたところに、フェアンが美味いアイス屋があるから、行きたいって言ってたのを思い出したんで、ドライブがてらにな…だからって爺!フェアンまで叱るのは、俺が許さねーからな」

 因みに妹を「フェアン」と呼べるのは、ノヴァルナだけである。フェアン自身がそう決めているのだ。したがってノヴァルナ以外の者は全て、セルシュのようにミドルネームの「イチ」「イチ様」で呼んでいた。

「重要な会議を退屈などと!!」

「会議なんてのは親父殿や、弟のカルツェに任せときゃいいのさ」

 言い放つノヴァルナには、二つ年下で15才になる弟のカルツェがいる。こちらは兄と違い、品行方正なうえに頭脳明晰と評判で、ノヴァルナよりも次期当主にふさわしいという声も多い、好人物であった。

「そうは行きませぬ!!若はナグヤ=ウォーダ家の、次期ご当主なのですぞ!!」

「あん?ナグヤ=ウォーダかぁ…うーん、ナグヤ=ウォーダねぇ」

 不納得顔で首をひねるノヴァルナの気のない返事に、セルシュは怒りを飲み込んで歯ぎしりした。するとノヴァルナは、はた!と何かに思い当たった表情になる。

「そうだ!ところで、爺…」

「なんでごさいましょう!?」

「早くお前のアイス決めろよ」

「!!!!!!」
 
 ついに堪忍袋の緒が切れたセルシュの怒号が、アイスクリームショップから公園まで響き渡って数時間後、今日の氏族会議を終えたキオ・スー城の廊下では、ノヴァルナの父親でナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダが、供を連れたキオ・スー城主ディトモス・キオ=ウォーダと出くわし、立ち話をしていた。

「…ところでノヴァルナ殿は、ビーチタウンから戻られましたかな?」

 話題を変えたディトモスは三十代半ば。ヒディラスより年下だが格上であり、口調は丁寧だが尊大さを感じさせる。丸く飛び出た腹と勢いよく反り返った口髭が、その印象を助長させていた。
 一方のヒディラスは四十代半ばながら、息子のノヴァルナよりも筋骨隆々としており、いかにも武将らしい出で立ちで、ディトモスより若く見えるほどである。

「は、すでに自室にて謹慎を命じております…誠にもって、お恥ずかしい限り」

 ノヴァルナがビーチタウンで、警察沙汰の騒ぎを起こした事は、すでにディトモスの耳にも届いているらしく、ヒディラスには視線が痛い。

「ははは…いつもながら元気の良い事で。ノヴァルナ殿の元気の良さは、折りにつけ、我が耳朶にまで届いておりまする」

 乾いた笑い声を上げたディトモスは、軽く言い放った直後、口調を変えて冷ややかに告げる。

「しかしヒディラス殿、このキオ・スーは我が直轄地。ノヴァルナ殿の領地ナグヤではありませぬゆえ、悪戯はほどほどにお願い致したいものですな」

「ははっ。肝に銘じさせます」

 頭を下げ、自室へ立ち去ろうとするヒディラス。だがディトモスの話は、それで終わりではなかった。言葉を続けてヒディラスを引き留める。

「ヒディラス殿は、ノヴァルナ殿をナグヤの世継ぎにとお考えのようだが…」

「………」

「領民達の評判を風聞するに、些か心許ないようにも思えますな」

「と、申しますと?」

 相手の言いたい事を察し、身構えるヒディラスに、ディトモスは正対せず、顔を僅かにそむけて横目で探るように告げた。

「ノヴァルナ殿が奇行にて評判を落とすは、ご自分の責任でよい。しかしそれに引きずられてヒディラス殿…そして我がウォーダ家の名まで泥を被るような事になるのは、如何なものか、と…」

「それは…いえ、ご懸念、我が心に刻んでおきまする」

 ヒディラスは硬い表情でもう一度頭を下げると、そそくさとディトモスの元を去る。その後ろ姿を見送ったディトモスは、フードを頭に被った供の男に、苦々しげに述べた。

「全く…親子共々、とんだ厄介者よ」

 ディトモスが話題にしたのは、先日の宇宙会戦についてだった。
 発端はナグヤ=ウォーダの宇宙艦隊を率いるヒディラスの、国境を隣接する宙域国家ミノネリラへの独断侵攻だ。

 ヒディラスが当主となったナグヤ=ウォーダ家は、キオ・スー=ウォーダ配下でありながら近年、勢いを増し、主家と肩を並べるまでになっていた。そのヒディラスが狙ったのが、ミノネリラである。
 オ・ワーリにとってミノネリラは、長年に及ぶ宿敵であり、これを倒せばヒディラスのナグヤ=ウォーダ家が、一気にオ・ワーリ宙域国主家の座を取って代わる事も可能であった。なぜならこのオ・ワーリには元々、シヴァ家という皇国から派遣された星大名がいたのを、その衰退に乗じて、当時勢力を高めていた土着家老の、今のウォーダ主家が纂奪したからだ。
 力を得た者が上に立つのは、今のこの世界では当たり前の事であり、ならばこそ、ヒディラスがそれを求めるのも道理といえる。

 だがヒディラスは大敗した。ミノネリラ軍を率いる星大名ドゥ・ザン=サイドゥは、『マムシのドゥ・ザン』の異名を持つ戦上手で、カノン・グティ星系において、ヒディラス軍は星系全体を使った縦深陣に引き込まれ、壊滅的打撃を受けたのだ。

 そして逃げ帰るヒディラス軍を追撃して来たミノネリラ軍を、キオ・スー=ウォーダ本家と、オ・ワーリ=カミーラ星系を支配するもう一つのウォーダ家、イル・ワークラン=ウォーダ家の連合軍が、辛うじて撃退した。
 以来、ヒディラスの勢力は急速に低下したのだが、問題はそれだけに留まらず、戦力の大幅な消耗によって、宙域国家オ・ワーリ全体の安全保障に不安が生じている。今回の氏族会議もその点が主な議題であり、立場を失ったヒディラスは、息子への批判にも大人しくならざるを得なかった。

 ディトモスの供をしていた男がフードを外して僅かに屈め、囁くように言う。ダイ・ゼン=サーガイ…キオ・スー=ウォーダ家の筆頭家老である。

「会議でも申し上げた通り、ここは多少の譲歩をしても、サイドゥ家と和議を結ぶしかありませぬ…イマーガラ家の動きもありますれば」

 イマーガラ家とはミノネリラとは別に、オ・ワーリと領域を隣接させる有力な星大名で、こちらも長年の宿敵だ。

 「だがな、サイドゥ家がそう簡単に和議に応じるとも思えぬ。それにたとえ応じたとしても、勝ちに乗じ、法外な条件を出して来られぬだけの手を打たねば…」

 思案顔のディトモスの言葉に、ダイ・ゼンは一段と声を落として告げる。

「それについてですが…私に腹案がごさいます」

「ほう。聞かせてもらおうか…」

 主君の言葉を受け、不吉な笑みを浮かべたダイ・ゼンは深く頭を下げて応じた………



▶#03につづく
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