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第1話:死のうは一定
#01
しおりを挟む今は昔、とある大銀河集団の中に、そこに住む種族によってシグシーマと名付けられた、古く美しい棒渦巻状銀河があった。
その頃のシグシーマ銀河では、一定レベルの知能と文明を持つ生命体は、銀河中心宙域ヤヴァルト星系第三惑星に統一皇都キヨウを置き、新封建主義を謳う恒星間国家、ヤヴァルト銀河皇国によって統治されていた。
しかし第38代星帥皇の継承に端を発した、貴族間の争いによる長年に及ぶ中央の政治的不安定が、皇国全域で支配体制の弱体化を招き、さらに約百年を経た今では、その権威はもはや実体を伴わない、形骸も同然となっている。
そしてそれに代わり台頭して来たのが、『星大名=SD(Star Dominator)』と呼ばれる、有力な地方領主達である。
本来の星大名とは、銀河皇国から任じられた総督として、主要な恒星系とその周辺宙域を統治するのが役目だった。
だが中央の権威の凋落が顕著となった昨今、多くの星大名達は自らが居住する恒星系を中心に、独自の政権と経済圏を築き、武力を背景に時には一族同士、時には周辺の星大名と争いながら、勢力の拡大を図り、いずれは銀河に覇権を唱えようと、しのぎを削っている。
そんな混迷のシグシーマ銀河に、いま転機が訪れようとしていた…
皇国暦1555年。シグシーマ銀河の中程に位置する恒星系オ・ワーリ=シーモアの第四惑星、大量の海を湛えた青い星ラゴンの星都キオ・スーでは、二重太陽タユタとユユタの輝きが午後の蒼空に眩しい。
初夏とはいえ気温は30度を超え、キオ・スーのビーチタウンは、一足早い海遊びを楽しもうという人々で…ヒューマノイドは勿論のこと、太陽光線を苦手とする種族を除く、色んな姿形の異星人達で賑わっていた。
銀河皇国中の惑星環境の擬似体験が、脳に埋め込まれたNNLで自宅の居間にいながら、本物同然に楽しむ事が出来る現代でも、やはり生身の体は、現実の太陽の下へ出たくなるものらしい。
事実、白を基調に建設されたキオ・スーのビーチタウンが、海の青と空の青に素晴らしく映えている光景は、擬似体験では勿体ないと思わせるのも当然と言える。日陰に緩やかにそよぐ海風も、ヨットハーバーのオープンカフェに集う人々に午睡を誘う囁きとなり、つい先日、オ・ワーリと領域を接するミノネリラの軍勢と、星系外縁部で大規模な宇宙会戦があったばかりとは思えない、平和な風景だった。
とそこへ、ヨットハーバーのけだるい空気を切り裂くように、反重力バイクが五台、猛スピードでハイウェイを降りて来る。その背後をさらに七台の反重力パトカーが、サイレンをヒステリックに鳴らして追跡していた。バイクを操る連中はみな若者で、着衣も派手なものばかりである。
特に先頭を行く若者はひときわ派手だ。ピンク色のラメのメッシュが前髪左側の一部に入る、紫がかった長めの黒髪に豹柄のバンダナを巻き、真紅のジャケットに黒いTシャツ、ヴィンテージものと思しき穴だらけのデニムパンツ。鳶色の瞳の眼は鋭く、白い肌と金のピアスは一見女性と見間違うものの、紛れもなく十代後半の少年であり、生産台数の少なさと性能の高さで、マニアから『お宝』と呼ばれる反重力バイク、『ルキランZVC-686R』の後部座席に、亜麻色の髪をポニーテールに巻いた、美しい少女を乗せている。
その爆音に驚いた者が振り向いた時には、もう視界から消えている程の速度をエンジンから絞り出し、五台のバイクと七台のパトカーは、メインストリートを直進して行った。
暴走バイクの一団を追うパトカーの中では、運転する警官が苛立つ声を、助手席の同僚に向ける。
「まだジャミングが続いてるだと!?NNLに強制アクセス出来んのか!!」
「だめだ!どこで手に入れたんだか知らんが、ガキどものくせに、飛び切り上物のジャミングシステムを搭載してやがる!NNLに干渉して停めるどころか、身元照会も出来やしない!!」
同僚の警官は眼前の空間に浮かび上がる、ホログラムの入力キーをピアノを弾くように叩きながら、エラーの文字しか映らないディスプレイを睨んで、忌ま忌ましそうに言葉を返した。
その直後の十字路で若者達のバイクは右折し、それを見た運転の警官はふん!と鼻を鳴らして言い捨てる。
「いいさ、どのみちもう逃げられん!」
あとを追う警官の言葉通り、右折した道は一本道となっていた。そしてその先にあるのは、海に突き出た円形の公園だけだ。道路はそこでロータリーとなっており、袋のネズミである。
すると若者達は、先頭を走る一台を行かせ、残りの四台が公園の入口で車体を捻りつつ横一列に急停止、通りを塞いでパトカーの進入を阻止する行動に出た。自動衝突回避システムが慌てて作動する七台のパトカーが、互いに反重力場干渉を起こし、突風を発生させて、辺りで見物している人々に砂埃を浴びせる。
俄かに起きた小さな砂嵐に混乱する公園の入口で、パトカーから飛び出して来た警官達が、四台のバイクの若者に詰め寄って行く。
その光景を尻目に、後部座席に少女を乗せた若者のバイクはロータリーを悠然と回り、公園内のファーストフード店が並ぶ区画へ差し掛かると、やがてパステル調の色彩も賑やかな、アイスクリームショップの前で停止した。
運転する若者がモードを切り替えると、二人の体を保護していたエネルギーフィールドが一瞬、緑色の光を放って消失。そして反重力場を形成する車体前後の円盤が90度回転し、ホイールとなって、従来のタイヤで路面を走行するバイク形態に変形着地した。その向こうでは、今にも殴り掛かりそうな警官に、同じくバイクを変形させた若者達が、「お疲れ様っス!」などの軽口と、白々しい笑顔を向けている。
自分のバイクを降りた少年は、アイスクリームショップの看板を見上げて、後部座席から降りた少女に呑気そうに言った。
「ここかぁ、フェアン。お前の言ってた店って?」
「うん。兄様」
フェアンと呼ばれた少女は若者の妹らしい。よく見れば顔も似ているが眼が大きく、こちらの方が幾分柔らかな顔付きであった。兄のジャケットの色に合わせたと思われる、赤いショートパンツから伸びた長い脚が印象的で、黒のノースリーブがそれを引き立てている。しかし少女が口にした『兄様』とはまた、二人の素行に似合わない上品な呼び方だ。
「今、キオ・スーで一番人気の店なんだって。久しぶりの星都だし、来てみたかったの」
「ふーん…なんか、店も客もパッとしねーけど、ホントに美味いのかよ?」
アイスクリームショップには客が長い列を成しており、みな一連の騒ぎに目を丸くしていた。そこに騒ぎの張本人と思われる二人がやって来たのだから、誰もが引いた表情になっている。しかもいきなりこの不躾な言い草である。流石にこれはマズいと思ったのか、妹は若者の脇を小突いて、少しきつい口調で諭した。
「もう、ダメだよ兄様。そんな事言ったら」
しかし諭された当人には、全く気にする様子もない。
「ま、こんだけ人が並んでんだから、全員が味覚音痴でもない限り、それなりの味ではあるって事だよな!」
そう言い放った若者は妹の手を引いて、さも当たり前のように長い客の列を擦り抜け、店の中へ入り、列の先頭、つまり注文カウンターの前へ割り込む。
今まさにアイスクリームを注文しようとしていた、ダチョウのようなハルピメア星人のカップルを押し退け、カウンターに肘をついた若者は、斜め上に並ぶ注文用ホログラムを見渡した。妹は傍らで“やれやれ…”といった眼をし、苦笑いを浮かべるだけで何も言わない。
傍若無人を絵に描いたような行動だが、若者の放つ不思議なオーラが周囲を呆然とさせ、誰も若者を止めようとはしなかった。
「あ、あの。お客様…」
ようやく我に帰った若い女性店員が、困惑した表情で若者に声をかける。だが店員が言葉を続けようとする前に、若者はぶっきらぼうに告げた。
「アイスクリーム。この店で一番美味いの二つ。コーンとトッピングの組み合わせも任せるぜ」
「は?あ、あの…」
激しく目をまばたかせて戸惑う店員。兄の態度をとうとう見兼ねたのだろうか?妹が意見する。
「ちょっと、兄様!」
「ん?」
「同じ味のものを二つだと、取り替えっこ出来ないよ」
「お…おぅ」
だが妹が意見したのは兄の態度ではなく、雑な注文の仕方であった。思わぬ肩透かしに、客達の心の声が“いや、そうじゃなくて兄様の割り込みを注意しろよ”と二人に集中する。
「それに兄様…」
「おう!みんなの分もだろ」
ニヤリと笑顔を見せた兄の言った『みんな』とは、外にいる若者の仲間の事だろうと誰もが思う。だがその直後の若者の行動は、予想もしないものだった。真紅のジャケットのポケットから、無造作にカードを取り出し、女性店員に渡して告げる。
「こいつを預けとくから、今ここにいるのと、今日これから来る客全部の代金。迷惑料って事だ!」
カードは皇国最大手企業のクレジットカードであり、しかもロイヤルプラチナクラスだ。とても一般市民が持てるものではない。
若者の言っている意味に気付いた客達がざわめき始め、その時になって若者の着る真紅のジャケットの背中に、大きな家紋が金糸で刺繍されているのを発見した。四つの流れ星が描く円の中に羽を広げた揚羽蝶、『流星揚羽蝶』だ。ざわめきがさらに広がる。
「おい、あの家紋…」
「まさか星大名家の…」
同じ家紋は妹のショートパンツの尻のポケットにも刺繍されていた。呆気にとられたまま、女性店員はカードに記された名を呟く。
「ノ…ノヴァルナ…ダン…ウォーダ!?」
見開いた眼を向ける女性店員の視線の先で、若者は不敵な笑みを浮かべていた………
▶#02へつづく
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