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第22話:大いなる忠義
#30
しおりを挟む敵の死も、部下の死も、父親の死…そして自分の死さえも、現実感を喪失していたはずの心が、恒星へと向かって行く老臣を前にして軋む、悲鳴を上げる。
内側から込み上げて来るものに押され、ノヴァルナは今度は声を荒げた。
「嘘だろ、爺! 早く引き返せ!!」
それに対し、セルシュは微かな笑い声を交えて応える。内臓まで達した傷に、その意識は急激に混濁し始めていた。
「ふはは…折角の仰せなれど…もはや敵を抱えて、真っ直ぐ飛ぶだけで精一杯…」
「駄目だ、やめろ!」
失くしてはならないものを失ってしまう!―――そんな思いに、ノヴァルナは『センクウNX』の操縦桿を握り締め、抗うように激しく揺らした。だがその機体には、今しがたの戦闘で超電磁ライフルを使用したため、生命維持と機外脱出に使用出来る程度の、予備電源しか残されてはいない。重力波に押され、『シンザンGH』から遠ざかるばかりだ。
クソッ!…と小さく罵り声を漏らし、ノヴァルナはもう一つの通信回線を艦隊の周波に合わせて開く。
「誰でもいい! 動ける艦はセルシュを助けに行け!」
いつものような斜に構えたような物言いではなく、切迫したノヴァルナの口調だった。しかしセルシュからの通信がそれを拒絶する。
「お…おやめ下され…加速継続中の『シンザン』を…今から追い…かけても…共に恒星に飛び込んで…しまうだけにて………」
「そんなことあるか!!」
そう叫んだノヴァルナの声は、まるで我を通す子供となっていた。
「早く誰か助けに―――」
「若!!」
言う事を聞かず、なおも救援を命じようとする若き主君を、セルシュは絞り出すような声で遮って強く諫める。
「お聞き分けなされ!」
「爺…」
羽交い締めにした『カクリヨTS』と共に恒星ムーラルへ向かう、『シンザンGH』の機体表面が高熱で表面を赤く染め始めた。遠のく意識の中で、セルシュは諭すようにノヴァルナに告げてゆく。
「若…若には…類稀なる将器が…秘められて…おりまする…これから先…それを磨かれ…兵のため…そして…なにより…民のため…よく…皆をお導きなされます…よう…」
「駄目だ…駄目だ、爺…」
虚ろに呟くノヴァルナの、軋んだ心が涙となって双眸から滲みだす。二年前の初陣で壊れた心が失ったはずの涙が―――
わかっていた―――自分勝手に振るまって来れたのも、セルシュがいてくれたから
わかっていた―――どんなに怒っていても、セルシュは自分の味方だと
わかっていた―――最後まで支えてくれるのは、セルシュだったと
恒星ムーラルの熱と高重力が耐久力の限界値を超え、『シンザンGH』の機体は『カクリヨTS』と共に崩壊を始める。砕けてゆくセルシュのBSHOから、ノヴァルナの耳に最後の通信が入った。
「―――お征《ゆ》きなされ、若。思いのままに………」
爆発の閃光に、残されたノヴァルナの慟哭が響く。
「嫌だぁあああーー!!!! 爺ーーーッ!!!!!!」
そのあとの事をノヴァルナはあまり覚えていない。
『センクウNX』は、機体の制御をどうにか取り戻して引き返して来た、ヨヴェ=カージェスのシャトルに牽引され、味方の重巡航艦に収容された。そして重傷を負っていたランやササーラが運ばれたのと同じ医療区画で、傷の手当てを受けるうちに、意識を失ってしまったからである。
恒星ムーラルの戦いは、指揮官セッサーラ=タンゲンが戦死した事により、イマーガラ軍の宇宙艦隊が撤退する形で幕を閉じた。
しかしナグヤ=ウォーダ側も被害は甚大で、特に第1艦隊は総旗艦『ゴウライ』をはじめ、半数以上の艦を喪失する結果であり、第2艦隊の被害を合わせると、もはやムラキルス星系攻防戦はナグヤ=ウォーダ家の勝利とは言えなくなった。それに何より、ナグヤ家次席家老セルシュ=ヒ・ラティオの死は、その存在を精神的支柱にしていたノヴァルナにとって、代替出来ない大きな痛手である。
惑星ラゴンに帰還したノヴァルナは表向きはいつもと変わらず、留守の間ナグヤ家を防衛してくれていたサイドゥ家重臣の、モリナール=アンドアに丁寧に礼を述べはした。
だがアンドアとその艦隊がラゴンを去ると、当主を失ったヒ・ラティオ家の簡素な葬儀に憔悴しきった顔で出席したあと、五日もの間、ナグヤの城の自室に引きこもってしまったのだった。
心配した妹のフェアンやマリーナが訪ねて来ても、部屋から出て来ないノヴァルナに、セルシュの後任となったショウス=ナイドルは、政務の滞りもあって困り果てた。
ただそんなノヴァルナでも、ノアは静かに待っていた。自分の婚約者がきっと、自分の意志で自分を取り戻す人だと信じて―――
▶#31につづく
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