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第22話:大いなる忠義
#29
しおりを挟む放たれたその銃弾は、この戦いの序盤で『センクウNX』の斬撃で作られていた、『カクリヨTS』の胸板の裂け目に飛び込んで爆破する。その炎と破片はタンゲンのいるコクピットにまで及び、機体と一体化したタンゲンに残る肉体を焼き裂いた。
「ぐあッ!!」
致命傷を負ったタンゲンは断末魔の呻き声を漏らす。だがその執念―――温厚なザネルがイマーガラ家を継いだのち、大きな災いとなるであろう将器を秘めたノヴァルナを、葬り去らんとする執念はこの期に及んでも潰えない。
「ぐく…お、おのれぇええっ!!」
今の爆発でBSSSが破壊され、もはやシェイヤ=サヒナンの戦闘パターンは使用出来ない。それでもタンゲンは最後の意識の全てを、NNLを通じて『カクリヨTS』に注ぎ込み、自動操縦による襲撃パターンを組み立てた。
「ぬうぅ…『カクリヨ』よ、我に代わりて…ノ…ノヴァルナめを―――」
血走った右目でモニター画面の中の『センクウNX』を睨むタンゲン。その直後、病で下顎を失っていた口を塞ぐ、金属のフェイスパーツの継ぎ目から大量に吐血した。
「かッ!…はっ……」
消えてゆく意識…その中でタンゲンはスタジアムの座席に静かに座り、ザネル・ギョヴ=イマーガラが大好きな球技で屈託のない笑顔を見せ、ボールを追う姿に微笑んでいた。
「ザネル様………」
それがイマーガラ家宰相、セッサーラ=タンゲンの最期の呟きとなる。ノヴァルナの最大の宿敵の終焉だった。
襲撃パターンを得た『カクリヨTS』はタンゲンの死に合わせたように、『センクウNX』に対し、ポジトロンランスを手に身構える。
ただその動きにはこれまでのようなキレがない。操縦者のタンゲンが死亡したため、BSHOの有機的特性を失った、いかにも機械な動作だ。それほどの加速はしていないが、ノヴァルナから見て右やや上方へと移動を始めた。
しかしノ一方のヴァルナの『センクウNX』も、もはや戦えない。いや、目視照準でライフルを撃つ事は可能だが、それはあくまでも左腕で狙える範囲だけだった。そして飛行能力を失って恒星ムーラルに引き込まてゆくだけの機体は、自力で向きを変えるのは不可能だ。タンゲンが最後に『カクリヨTS』に与えた襲撃パターンは、そのノヴァルナ機の死角へ回り込むようになっていたのである。意識が朦朧となった死の間際であっても、尽きぬタンゲンの執念だった。
“クソっ!…ライフルが超電磁式じゃなく火薬反動式なら、無駄玉撃って向きを変えられるんだがな”
忌々しそうに内心で呟くノヴァルナだが、あまり悔しさはない。そこにはこれが最期となるにしても、少なくとも自分が乗り越えるべき存在であった、セッサーラ=タンゲンを自らの手で斃した満足感があったからだ。それにどうせ『カクリヨTS』を撃破出来ても、恒星ムーラルに飲み込まれて終え尽きる身である。
するとそこに、不意にセルシュから通信が入る。
「若。ここは我にお任せを!」
「爺!?」
ノヴァルナが応答した直後、全周囲モニターの右側を、セルシュの『シンザンGH』が猛スピードで背後から通り過ぎた。武器は何も持たず素手である。自動操縦でありながら防御機能があるらしく、『カクリヨTS』は突っ込んで来た『シンザンGH』に、十字型ポジトロンランスを薙ぎ払った。その一閃は『シンザンGH』の首を斬り刎ねる。
だが頭を失っても『シンザンGH』は、真っ直ぐに『カクリヨTS』へ向かって行った。左の脇から腕を捻り上げると、ポジトロンランスを奪い取り、そのまま背後に回り込んで左腕で首根っこを締め上げる。さらにそこから『シンザンGH』は奪い取った『カクリヨTS』のポジトロンランスを、ノヴァルナの『センクウNX』がいる方向へ投げつけた。
セルシュの『シンザンGH』がポジトロンランスを投擲したその先には、自立思考型コンピューターを破壊されて機能を停止し、『センクウNX』同様に恒星ムーラルの引力に引き寄せられている、自動式ASGULの『カクリヨ・レイス』がいる。
ポジトロンランスは『カクリヨ・レイス』の機体を見事に刺し貫いた。無人機であり、将官が乗るBSHOのような、何重にも安全機構が施されていない『カクリヨ・レイス』は、その一撃で対消滅反応炉が大爆発を起こす。それに従って放出された、圧縮重力子の波が漂うだけの『センクウNX』を押し流した―――恒星ムーラルとは逆方向に!
「こ、こいつは…」
圧縮状態から放出された重力子は、想像以上に運動量を持っている。これなら『センクウNX』自体に推進力はなくとも、味方の艦が回収出来る距離まで押し戻される事になるだろう。
「うまいぜ!―――」
爺、よくやったと言いかけて、ノヴァルナは息を呑んだ。今の爆発は、自分とセルシュの中間で起きたからだ。
ノヴァルナが息を呑んだ理由…それは『カクリヨ・レイス』が爆発した事で、自分が乗る『センクウNX』は恒星ムーラルの引力を振り切る事が出来たが、その爆発を挟んで反対側にいるセルシュの『シンザンGH』は、重力波にムーラルへ押し流される事になるからである。事実、『シンザンGH』は『カクリヨTS』を背後から取り押さえたまま、恒星ムーラルへと吸い寄せられて行く。
「離脱しろ、爺!」
ノヴァルナがいる『センクウNX』のコクピットからは、全周囲モニター前面一杯に広がる恒星ムーラルの炎の海。それを背景に、次第に炎の成す混沌へと向かう『シンザンGH』と、それが背後から動きを封じている『カクリヨTS』の姿がある。その光景にノヴァルナは、繰り返して呼び掛ける。
「聞こえねぇのか、脱出しろ!」
ノヴァルナの声を聞きながら、セルシュは右脇腹を撫でた自分の手を見た。その手の平には床に滴るほどの、大量の血液が塗りたくられている。『カクリヨTS』の十字型ポジトロンランスに機体を貫かれた時、コクピットまで達した刃で深く切り裂かれた傷だ。
するとその時、『シンザンGH』が取り押さえている『カクリヨTS』が暴れ始めた。タンゲンが遺した、『センクウNX』への襲撃パターンに従おうとしているのだろうが、『センクウNX』へ右腕を真っ直ぐ伸ばし、鷲掴みにせんと指を荒々しく開いた手を向けるその様子はまるで、タンゲンの執念が憑依したように見える。
“これをノヴァルナ様の元へやるわけには参らぬ!”
それにどうせこの傷では…もはや長くは―――と、セルシュは操縦桿を握り、『カクリヨTS』ごと機体を恒星ムーラルに向けた。バックパックにオレンジ色の光を放つ、重力子のリングを幾つも重ねて発し、一気に加速する。
「どうした、爺! なんの真似だ!!??」
離脱するどころか自ら恒星へ向かって行く『シンザンGH』に、ノヴァルナは唖然として叫んだ。やや間を置いてセルシュから応答が入る。
「若…どうやら我が命もここまで…これが最後のご奉公にございます……」
「!!」
古き後見人の言葉の意味を悟って、一瞬、頭の中が真っ白になるノヴァルナ。
「な…なに言ってんだ、爺…」
それは誰も聞いた事がない、ノヴァルナの弱々しい狼狽の物言いだった。理解出来ない…いや、理解したくないと、意識が現実を拒絶する。
▶#30につづく
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