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第22話:大いなる忠義
#28
しおりを挟むしかも先の『カクリヨTS』の刺突で、バックパックの左側にもダメージを受けた『センクウNX』は、残る一つの対消滅反応炉まで停止してしまった。もはや最低限の機能を維持する非常用予備電源しか使用出来ない。
「うつけ殿の悪運、今ここに尽きたり!」
全身の力が抜けたような状態となった『センクウNX』を見て、セッサーラ=タンゲンは勝利を確信した。
これまでこちらが仕掛けた罠を巧妙に逃れて来たノヴァルナだが、今度ばかりはもはや打つ手はないはずだ。配下の艦隊は分断され、五月蠅い親衛隊共も乗る機体がなければ、助けにも来られない。
そして護衛の戦艦群は、こちらの待ち伏せ艦隊と死闘中であり、巡航艦や駆逐艦は潜宙艦が撃破した戦艦などから収容した、生存者で膨れ上がっている。下手に手を出せば生存者ごと自分達まで犠牲になりかねないと、不安がっているはずだ。追い払ったもの以外、辺りに潜宙艦が潜んでいないという確証がないからである。
“この機を逃すまいぞ。うつけ殿を屠り、イマーガラ家主導によるもう一つの三国同盟を作りあげ、ザネル様の治世になっても主家を安泰とするのだ!”
タンゲンは主君ギィゲルト・ジヴ=イマーガラと、その嫡子ザネル・ギョヴ=イマーガラに思いを馳せた。
ノヴァルナ無きオ・ワーリ宙域のウォーダ家、ドゥ・ザン=サイドゥを廃したミノネリラ宙域のサイドゥ家との間に三国同盟を結び、タ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家との間に結んだもう一つの三国同盟と合わせ、イマーガラ家の前後を盤石なものとする。これならば常人以上に温厚なザネルであっても、ギィゲルトを継いで領国を恙無く治める事が出来るであろう。
“元々、うつけ殿に恨みなどは無いのだが………”
120パーセントにしていたBSSSの支配率を、元の60パーセントに戻し、『カクリヨTS』の機体制御を取り戻したタンゲンは、内心で呟いてノヴァルナの『センクウNX』へ視線を遣った。ノヴァルナの機体は『カクリヨ・レイス』にしがみつかれたまま、恒星ムーラルへと引き寄せられていく。
「ふむ…今や一国の主たるうつけ殿の生涯を、自動人形と共に恒星に飲み込ませて終えるのも哀れよの」
宿敵の運命に独り言ちたタンゲンは、『カクリヨTS』にポジトロンランスを構えさせ、一気に『センクウNX』へ突っ込んで行く。最期ぐらいは、自分の手で果たしてやろうという意志だ。
ノイズが画面を荒れ狂う全周囲モニターで、ポジトロンランスを手に接近して来る、タンゲンの『カクリヨTS』を見詰め、ノヴァルナは思った。
なんでぇ…結局俺は、この程度か―――
自分にとどめを刺すため近付くタンゲンのBSHOが、超高速を出しているはずであるのに、まるでスローモーションのように見える。コクピットに響き続けている、機体を放棄して脱出する事を促す警報音が妙に遠い。
「はん。脱出しようにも、宇宙服なんざ着てねぇよ…」
抗って、抗って、抗い抜いて…自分の手で運命を切り開いていくつもりが、あっけないもんさと、自嘲の微笑みを浮かべるノヴァルナ。その脳裏にナグヤで自分の帰りを待っている、ノア姫の顔が浮ぶ。『カクリヨTS』の鑓の穂先はもう目の前だ。自分に死を与えるそれを、瞼を閉じる事無く真っ直ぐ見据え、ノヴァルナは呟く。
「済まねぇ、ノア―――」
その刹那、ノヴァルナの機体を激しい衝撃が襲った!―――いや、タンゲンのポジトロンランスに貫かれたのではない。何かが横合いから激突して来たのだ。
「!!??」
唖然とするノヴァルナ。コクピットの全周囲モニターに、大量のプラズマスパークがほとばしる。衝撃が襲って来た左方向に視線を転じると、胸部をポジトロンランスにえぐられた、別のBSHOがいた。セルシュの『シンザンGH』だ。
「うおおおおおおお!!!!」
雄叫びを上げたセルシュは、『カクリヨTS』の鑓が刺さったままの機体を、強引に捻らせてポジトロンパイクを薙ぎ払う。その一閃は、タンゲンの『カクリヨTS』の左横腹を深く切り裂いた。双方の機体から大量のスパークと破片が飛び散る。
「若! ご無事であらせられるか!?」
セルシュはタンゲンの機体を睨みつけたまま、主君に呼び掛けた。咄嗟の言葉であり、一番呼び慣れた“若”だ。ノヴァルナは半ば茫然と応じる。
「爺…爺なのか…」
一方のタンゲンはその龍のような姿に似つかわしく、まさに逆鱗の表情となった。
「うぬはセルシュ=ヒ・ラティオ! 邪魔立て致すかッ!!」
イマーガラ軍潜宙艦の阻止行動に、ノヴァルナ艦隊救援を阻まれたセルシュの第2艦隊だったが、この窮地にセルシュは自分のBSHO『シンザンGH』で出撃、単身駆け付けて来たのである。
ノヴァルナとタンゲンの戦場が恒星ムーラルに近くなったため、超電磁ライフルの照準センサーが使用不能となったセルシュの『シンザンGH』は、何よりまず主君の命を救うために、最大速度で突入して自分の身を盾にしたのだった。『カクリヨTS』の方もあらゆるセンサー類が機能を低下しており、セルシュ機の接近を許してしまったのである。
「若を…死なせはせん!!」
叫んだセルシュは、タンゲンの機体に喰い込ませていたポジトロンパイクで、今度はノヴァルナ機の背後にしがみつく、自動式ASGULの『カクリヨ・レイス』に、頭部から斬撃を浴びせた。頭部の自立思考コンピューターが破壊された『カクリヨ・レイス』は、『センクウNX』を拘束していた腕を放す。
それを見たタンゲンはあくまでもノヴァルナを狙った。即座にBSSSを起動し直し、素早く繰り出す『カクリヨTS』のポジトロンランス。それを阻止せんと機体を滑らせるセルシュ。十字型をした穂先の横向きの刃が、振り向く『シンザンGH』の腹部を深く切り裂いた。その先端はコクピットにまで達する。
いや、達しただけでなく、十文字鑓はシートに座るセルシュの脇腹までをも、大きくえぐっていった。モニターに飛び散る鮮血。緊急充填剤がコクピットの破断部を塞ぐ。ヘルメットの中でカッ!と吐血したセルシュだが、迷う事無く反撃する。
「ぬぅおッ!!!!」
『シンザンGH』は片手でタンゲンの鑓を掴み取り、もう片手に握ったポジトロンパイクで切りつける。だがBSSSによってイマーガラ軍のエース、シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを復帰させた『カクリヨTS』はその斬撃をあえて躱さずに、右のショルダーアーマーで受け止めた。真っ二つに割れるショルダーアーマーだが、機体そのものへのダメージは少ない。
「ぐああ!」
BSSSからのオーバーフローに、意識が朦朧となるほどの頭痛が走り、タンゲンは呻き声を上げた。しかしその執念は応戦の手を緩めさせない。イマーガラ家を守る事―――妻も子もいないタンゲンにとって、主君ギィゲルト・ジヴ=イマーガラは我が子であり、ザネル・ギョヴ=イマーガラは我が孫だからだ。鑓を放した『カクリヨTS』はその右手を手刀にして、今しがたの一撃で『シンザンGH』の胸部に生じた、装甲板の裂け目へと叩き込んだ。内部機構が破壊されて爆発が起こる。
セルシュの『シンザンGH』の胸部に起きた爆発は、『カクリヨTS』の右手を一緒に吹き飛ばした。しかしその手刀は『シンザンGH』などBSIユニットの急所である、NNLの脳波信号変換装置を破壊する。
この事態に『シンザンGH』のシステムは、瞬時に操縦桿とフットペダルのみを使用するマニュアルモードに切り替わるが、途端に機体の反応が低下した。ノヴァルナの『センクウNX』に対してもそうであったが、BSSSに戦闘パターンをコピーされたシェイヤ=サヒナンは、格闘を交えた近接戦闘が得意のようだ。『カクリヨTS』は『シンザンGH』が受けたもう一つの傷―――腹部にも強く、膝蹴りを放って引き剥がそうとする。
「爺!!」
対消滅反応炉が両方とも停止した状態で非常用電源だけでは、飛行して援護に入る事も出来ず、ノヴァルナは叫ぶしかない。蹴りが入った箇所から全体へ、青白いスパークに纏わり付かれる『シンザンGH』。それでもノヴァルナの元には行かせまいと、伸ばした右腕の手指が『カクリヨTS』の喉を鷲掴みにした。マニュアルモードでは精一杯の行動だ。
「させぬぞ、タンゲン!」
「退けぃ、ヒ・ラティオ!!」
二機のBSHOは、互いに宙に浮いていた武器を咄嗟に掴み取って斬撃を放った。だがマニュアルモードのセルシュに勝ち目はない。二度、三度と打ち合った直後、セルシュの機体は『カクリヨTS』の十字型ポジトロンランスに、左肩口から深く斬り裂かれる。その反動で『シンザンGH』はポジトロンパイクを手放し、『センクウNX』の方へ飛ばされた。
「爺ッ!!」
クソッ、何か手はねぇのかよ!―――セルシュの危機に、ノヴァルナはそれまでの絶望感を忘れた。双眸を見開く、血流が熱を帯びる、もっと抗えと心が命じる。
「二人まとめて、葬り去ってくれる!」
タンゲンの『カクリヨTS』は『シンザンGH』のポジトロンパイクも握り掴み、二刀流で迫って来た。万事休すか!
だがその時、『シンザンGH』は残る力を振り絞るように、右手でバックパックのウェポンラックから超電磁ライフルを外し、『センクウNX』へと投げてよこした。
「若っ!!」
宇宙に円を描いて飛ぶ超電磁ライフルを、ノヴァルナは『センクウNX』の予備電力の全てを使って左手ではっし!と掴み、至近距離にまで来ていた『カクリヨTS』に向けてトリガーを引く。
▶#29につづく
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