415 / 422
第22話:大いなる忠義
#26
しおりを挟むしかし機体の支援率の方が上回るのは、タンゲンにとって危険な事であった。自分の脳が機体から電気的に圧迫される事になり、時間が経過するにつれ、負荷のかかった脳細胞が破壊されていくからである。したがってタンゲンはこの機能を、ノヴァルナの『センクウNX』と直接戦闘を行う事になった場合の、切り札として使いどころを考えていたのだ。まさに死にゆく身であるからこその切り札と言える。
「むううううう…」
機体からの負荷に激しい頭痛を覚え、狭いコクピットの中で呻き声を漏らすタンゲン。その一方、シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンで、見違えるような動きとなった『カクリヨTS』は、繰り出すポジトロンランスの手数で『センクウNX』を圧倒し始めた。突き、打撃、突き、突き、打撃、突き、と息つく暇もない。
「くそっ!…ううあっ!…うううッ!!」
対するノヴァルナはパイロットスーツの未着用で、『センクウNX』が全く本来の性能を発揮出来ないばかりか、深層心理に刻まれていたセッサーラ=タンゲンへの恐怖の顕在化で体がすくみ、自分の身を守るだけで精一杯だった。機体も致命傷こそ負っていないが、十字鑓の刃に全身の表面装甲はボロボロとなっている。
“なんでだ! なんで、体が動かねぇ!!??”
こめかみに血管を浮かせ、強引に操縦桿を引くノヴァルナ。『カクリヨTS』との距離をポジトロンランスの間合い以上に取り、誘い寄せたところで逆に自分から突進、懐に飛び込んでQブレードの斬撃を浴びせる算段だ。
だがその思惑を、ノヴァルナ自身の恐怖に駆られた体が裏切る。本来の瞬発力が発揮する事が出来ず、逆に『カクリヨTS』の急追を許してしまった。これまでにない衝撃が機体を包む。
「ウアァッ!!」
思わず声を上げてしまうノヴァルナ。シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンで繰り出した『カクリヨTS』の刺突が、ショルダーアーマーを失っていた『センクウNX』の右肩を貫いたのだ。機体を貫通した鑓の穂先は、対消滅反応炉と重力子ジェネレーターのある、バックパックにまで達した。背中へ噴き出す小爆発と共に、二つある小型対消滅反応炉の一つに亀裂が入って、その反応炉は緊急停止する。さらに右肩の関節駆動部も破壊され、『センクウNX』は右腕が使えなくなった。
「クソぉおおおッ!!」
怒声とともに機体を翻すノヴァルナ。
大きなダメージにアラーム音と赤い警告表示が埋め尽くす中、ノヴァルナは『センクウNX』に、Qブレードを左腕一本で逆手に持ち替えさせ、咄嗟に斬撃を返した。ポジトロンランスが貫通した事で、間合いが詰まり過ぎた『カクリヨTS』は、その一撃を回避しきれずに胸元を切り裂かれる。
だがその傷は浅く、内部機構は無傷で胸部装甲板をえぐり、ステルスマントの接合部を破壊しただけだった。機体から外れて宇宙に漂いだすマント。それまで隠れていた背中には、通常のBSHOより遥かに大きなバックパックがあった。『カクリヨTS』はポジトロンランスを回しながら、『センクウNX』を激しく蹴りつけて引き剥がす。角度の変わった十字鑓の刃が、動かなくなった『センクウNX』の右腕を肩の駆動部ごと切断した。
「うぁああっ!!」
座席シートに強く叩きつけられたノヴァルナが叫ぶ。引きちぎられた『センクウNX』の右腕が、目まぐるしく回転しながら宇宙の彼方へ飛び去った。断裂した動力伝達系が被害の拡大を防ぐため、自動閉塞して応急のバイパス回路を再構成する。右肩の切断部から赤いプラズマを、血飛沫のように噴き出した『センクウNX』は、恒星ムーラルの方向へ流され始めた。これでとどめとばかりに、ポジトロンランスを下段に構え直すタンゲンの『カクリヨTS』。
「ノヴァルナ殿、も…もはやこれまで。観念…なさるがよい」
BSSSからのオーバーフローで脳細胞が焼かれてゆく激痛に耐え、タンゲンは息を切らせながら告げた。病魔に冒されて下顎を失っていなければ、その表情には笑みを浮かべていたかも知れない。
とは言え迂闊に接近戦に持ち込むと、未だ『センクウNX』は危険な存在である。シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを使った今の攻撃でも、果敢に反撃して来た。ノヴァルナが恐怖に身をすくめている実情までは、気付いていないタンゲンだったが、確実にノヴァルナに死を与えるため詰めも慎重だ。NNLで呼び出した何かの起動パネルを操作し、特殊兵装を使用する。
『カクリヨTS』の特殊兵装―――それはステルスマントが外れて露わになった、巨大なバックパックだった。小さな爆発と共に固定ボルトが飛び、巨大なバックパックは、その四分の三ほどが剥がれるように分離。さらに縦に三つに分かれ、左右両側がやや細く割れた。それらは対人自動兵器『バウリード』の収納部らしい。
『バウリード』の収納部を切り離したバックパックは、急速に変形を始める。すると接合部が破壊されて宇宙を漂っていた、金属繊維製のステルスマントまでが変形を始めて、細長く折り畳まれながらバックパックに接近してゆく。どうやら内側に、小型の重力子推進機が取り付けてあるようだ。
変形したバックパック中央部は不格好な人型となった。簡易型BSIユニットのASGULだったのだ。通常のASGULより一回り小さく、腹部にコクピットらしきものが見当たらない事から、操縦者のいない自動兵器と思われる。折り畳まれたステルスマントは硬度を増して先が尖り、鑓となった。ただ陽電子による分子結合切断機能を有する、ポジトロンランスではない。
「『カクリヨ・レイス』起動完了」
『カクリヨTS』のコクピットに、コンピューターの無機質な声が響く。このタンゲン専用BSHOが超電磁ライフルなどの、射撃兵器を装備していない理由の一つがこれであった。巨大なバックパックはこの自動式ASGUL『カクリヨ・レイス』と『バウリード』の収納庫であって、ステルスマントへのエネルギー供給と合わせて、高い電力を必要とする超電磁ライフルに回すだけの、対消滅反応炉を搭載出来なかったからだ。
“うつけ殿に護衛がついていた場合の、牽制用の『カクリヨ・レイス』であったが、ちょうどよい、これをとどめに使うとしようぞ”
『カクリヨ・レイス』起動のために、ノヴァルナの『センクウNX』と距離が開いた事に対し、一番近くにいたナグヤ家の駆逐艦が猛烈に援護射撃を開始する。しかしシェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを得た『カクリヨTS』は、その全てを事も無げに躱してみせた。虚しく空を切る駆逐艦のビームを尻目に、『カクリヨTS』と変形を終えた自動式ASGULは、『センクウNX』に襲い掛かる。
完全な人型とは言えず、不格好な自動式ASGUL『カクリヨ・レイス』である。だが操縦者へのG圧負担に囚われる必要が無い分、機動性には恐るべきものがあった。『カクリヨTS』に先行し、宙を舞う燕のように素早く『センクウNX』に吶喊してゆく。
背後へ、背後へと回り込む動きをする『カクリヨ・レイス』に、『センクウNX』のコクピットは近接警戒警報とロックオン警報が同時に鳴り続ける。普段ならBGM代わりに聞くノヴァルナも、恐怖に駆られた今の状況では、神経を掻きむしられる思いだった。
▶#27につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ
黒陽 光
SF
その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。
現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。
そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。
――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。
表紙は頂き物です、ありがとうございます。
※カクヨムさんでも重複掲載始めました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者
潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる