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第22話:大いなる忠義

#26

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 しかし機体の支援率の方が上回るのは、タンゲンにとって危険な事であった。自分の脳が機体から電気的に圧迫される事になり、時間が経過するにつれ、負荷のかかった脳細胞が破壊されていくからである。したがってタンゲンはこの機能を、ノヴァルナの『センクウNX』と直接戦闘を行う事になった場合の、切り札として使いどころを考えていたのだ。まさに死にゆく身であるからこその切り札と言える。

「むううううう…」

 機体からの負荷に激しい頭痛を覚え、狭いコクピットの中で呻き声を漏らすタンゲン。その一方、シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンで、見違えるような動きとなった『カクリヨTS』は、繰り出すポジトロンランスの手数で『センクウNX』を圧倒し始めた。突き、打撃、突き、突き、打撃、突き、と息つく暇もない。

「くそっ!…ううあっ!…うううッ!!」

 対するノヴァルナはパイロットスーツの未着用で、『センクウNX』が全く本来の性能を発揮出来ないばかりか、深層心理に刻まれていたセッサーラ=タンゲンへの恐怖の顕在化で体がすくみ、自分の身を守るだけで精一杯だった。機体も致命傷こそ負っていないが、十字鑓の刃に全身の表面装甲はボロボロとなっている。

“なんでだ! なんで、体が動かねぇ!!??”

 こめかみに血管を浮かせ、強引に操縦桿を引くノヴァルナ。『カクリヨTS』との距離をポジトロンランスの間合い以上に取り、誘い寄せたところで逆に自分から突進、懐に飛び込んでQブレードの斬撃を浴びせる算段だ。

 だがその思惑を、ノヴァルナ自身の恐怖に駆られた体が裏切る。本来の瞬発力が発揮する事が出来ず、逆に『カクリヨTS』の急追を許してしまった。これまでにない衝撃が機体を包む。

「ウアァッ!!」

 思わず声を上げてしまうノヴァルナ。シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンで繰り出した『カクリヨTS』の刺突が、ショルダーアーマーを失っていた『センクウNX』の右肩を貫いたのだ。機体を貫通した鑓の穂先は、対消滅反応炉と重力子ジェネレーターのある、バックパックにまで達した。背中へ噴き出す小爆発と共に、二つある小型対消滅反応炉の一つに亀裂が入って、その反応炉は緊急停止する。さらに右肩の関節駆動部も破壊され、『センクウNX』は右腕が使えなくなった。

「クソぉおおおッ!!」

 怒声とともに機体を翻すノヴァルナ。

 大きなダメージにアラーム音と赤い警告表示が埋め尽くす中、ノヴァルナは『センクウNX』に、Qブレードを左腕一本で逆手に持ち替えさせ、咄嗟に斬撃を返した。ポジトロンランスが貫通した事で、間合いが詰まり過ぎた『カクリヨTS』は、その一撃を回避しきれずに胸元を切り裂かれる。

 だがその傷は浅く、内部機構は無傷で胸部装甲板をえぐり、ステルスマントの接合部を破壊しただけだった。機体から外れて宇宙に漂いだすマント。それまで隠れていた背中には、通常のBSHOより遥かに大きなバックパックがあった。『カクリヨTS』はポジトロンランスを回しながら、『センクウNX』を激しく蹴りつけて引き剥がす。角度の変わった十字鑓の刃が、動かなくなった『センクウNX』の右腕を肩の駆動部ごと切断した。

「うぁああっ!!」

 座席シートに強く叩きつけられたノヴァルナが叫ぶ。引きちぎられた『センクウNX』の右腕が、目まぐるしく回転しながら宇宙の彼方へ飛び去った。断裂した動力伝達系が被害の拡大を防ぐため、自動閉塞して応急のバイパス回路を再構成する。右肩の切断部から赤いプラズマを、血飛沫のように噴き出した『センクウNX』は、恒星ムーラルの方向へ流され始めた。これでとどめとばかりに、ポジトロンランスを下段に構え直すタンゲンの『カクリヨTS』。

「ノヴァルナ殿、も…もはやこれまで。観念…なさるがよい」

 BSSSからのオーバーフローで脳細胞が焼かれてゆく激痛に耐え、タンゲンは息を切らせながら告げた。病魔に冒されて下顎を失っていなければ、その表情には笑みを浮かべていたかも知れない。

 とは言え迂闊に接近戦に持ち込むと、未だ『センクウNX』は危険な存在である。シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを使った今の攻撃でも、果敢に反撃して来た。ノヴァルナが恐怖に身をすくめている実情までは、気付いていないタンゲンだったが、確実にノヴァルナに死を与えるため詰めも慎重だ。NNLで呼び出した何かの起動パネルを操作し、特殊兵装を使用する。

 『カクリヨTS』の特殊兵装―――それはステルスマントが外れて露わになった、巨大なバックパックだった。小さな爆発と共に固定ボルトが飛び、巨大なバックパックは、その四分の三ほどが剥がれるように分離。さらに縦に三つに分かれ、左右両側がやや細く割れた。それらは対人自動兵器『バウリード』の収納部らしい。

 『バウリード』の収納部を切り離したバックパックは、急速に変形を始める。すると接合部が破壊されて宇宙を漂っていた、金属繊維製のステルスマントまでが変形を始めて、細長く折り畳まれながらバックパックに接近してゆく。どうやら内側に、小型の重力子推進機が取り付けてあるようだ。

 変形したバックパック中央部は不格好な人型となった。簡易型BSIユニットのASGULだったのだ。通常のASGULより一回り小さく、腹部にコクピットらしきものが見当たらない事から、操縦者のいない自動兵器と思われる。折り畳まれたステルスマントは硬度を増して先が尖り、鑓となった。ただ陽電子による分子結合切断機能を有する、ポジトロンランスではない。

「『カクリヨ・レイス』起動完了」

 『カクリヨTS』のコクピットに、コンピューターの無機質な声が響く。このタンゲン専用BSHOが超電磁ライフルなどの、射撃兵器を装備していない理由の一つがこれであった。巨大なバックパックはこの自動式ASGUL『カクリヨ・レイス』と『バウリード』の収納庫であって、ステルスマントへのエネルギー供給と合わせて、高い電力を必要とする超電磁ライフルに回すだけの、対消滅反応炉を搭載出来なかったからだ。

“うつけ殿に護衛がついていた場合の、牽制用の『カクリヨ・レイス』であったが、ちょうどよい、これをとどめに使うとしようぞ”

 『カクリヨ・レイス』起動のために、ノヴァルナの『センクウNX』と距離が開いた事に対し、一番近くにいたナグヤ家の駆逐艦が猛烈に援護射撃を開始する。しかしシェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを得た『カクリヨTS』は、その全てを事も無げに躱してみせた。虚しく空を切る駆逐艦のビームを尻目に、『カクリヨTS』と変形を終えた自動式ASGULは、『センクウNX』に襲い掛かる。

 完全な人型とは言えず、不格好な自動式ASGUL『カクリヨ・レイス』である。だが操縦者へのG圧負担に囚われる必要が無い分、機動性には恐るべきものがあった。『カクリヨTS』に先行し、宙を舞う燕のように素早く『センクウNX』に吶喊してゆく。

 背後へ、背後へと回り込む動きをする『カクリヨ・レイス』に、『センクウNX』のコクピットは近接警戒警報とロックオン警報が同時に鳴り続ける。普段ならBGM代わりに聞くノヴァルナも、恐怖に駆られた今の状況では、神経を掻きむしられる思いだった。




▶#27につづく
 
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