414 / 422
第22話:大いなる忠義
#25
しおりを挟む無論、宇宙要塞の防衛にイマーガラ軍が成功し、ノヴァルナ軍が撤退する事になったとしても、結果はほぼ同じだっただろう。追撃を避けるためにやはり恒星ムーラルでスイング・バイを行うであろうし、帰途の敗残部隊に襲撃して来る可能性があるハーナイン家に対し、健在な部隊による別動隊を用意しておく必要も出て来る。
つまりノヴァルナが死ぬという事以外は全て、敵も味方も最初からセッサーラ=タンゲンの手の内で踊らされていたのだ。
そして自ら操縦するBSHOでノヴァルナと戦うのが、タンゲンの最後の一手だった。
無論これはあくまでも、全ての襲撃からノヴァルナが生き延び、自分のBSHOなどで脱出を図った場合への備えだが、やはりノヴァルナはしぶとく、そうする必要性が現実のものとなったのである。
天衣無縫、傍若無人、即断即決が売りのようなノヴァルナだが、その実《じつ》、行動は特に戦闘において、ほとんどが理論的理由に基づいている。行き当たりばったりに好き勝手やっているのは見せかけで、それに惑わされると足元を掬われる事になるのは、タンゲンがすでに知るところだ
であれば、ノヴァルナはタンゲン自身がBSHOを操縦し、この場にいる事にも論理的理由を求めるはずである。幾重にも張り巡らせた罠…そしてその奥の、手の届かない所から全てを操っていたこれまでのタンゲンが、今になって最前線に出て来た理由を。
しかしその思考法では、ノヴァルナにタンゲンがここにいる理由は理解出来ない。タンゲンがここにいるのは、余命僅かな自分の手で全ての決着をつけるためであった。そう…自らがその存在を知り、恐れ、迂闊に手を出したが故に、逆にその類まれなる将器を目覚めさせてしまったノヴァルナを、自分自身の手で葬り去らねばならない執念という、非論理的な理由は理解出来ないのだ。
理解出来ない理由は集中力の欠如を生む。そしてそれに加え両者の直接の対峙はノヴァルナに対し、タンゲンも予期していなかった効果を生んだ。
それは、恐怖であった―――
タンゲンの『カクリヨTS』が振り抜く、ポジトロンランスを打ち防ぐノヴァルナ。だが防ぎきれなかった槍の穂先が、『センクウNX』の左脇腹に裂傷を与える。コクピットの中に警告音が甲高く響いた。
「くそッ! どうなってやがる!!」
悪態をついてノヴァルナは操縦桿を倒す。
機体が…いや、体が重い………
左肩を負傷しているせい…いや、そうじゃない………
あのBSHOを操縦しているのが、タンゲン自身だと知ってから………
腕が…指が…思うように動かない………
なんでだ………
パイロットスーツとヘルメットが無いため、『センクウNX』が本来のスペックを発揮出来ないのは知っている。しかしその場合の機体の操縦レスポンスは、こういったケースに備えての訓練で確認済みだった。
ところが機体のレスポンスの低下以上に、自分の体が言う事を聞かない。呼吸も荒く、額には嫌な汗が滲んで来ていた。明らかに変調をきたしている。いつもは熱く感じていた操縦桿を握る指先が、今日は氷のように冷たい。
タンゲンの『カクリヨTS』が、裂帛の気迫を込めてポジトロンランスを振るう。歯を喰いしばりながら、ノヴァルナは咄嗟に加速をかけて回避する。だが遅い。槍の穂先、分子結合を破壊する陽電子の刃は躱す事が出来たが、打撃武器にもなる鑓の太い柄が、『センクウNX』の左脇腹を強打した。
左脇腹は今しがたの得物の打ち合いで装甲板に裂傷を負っており、打撃の衝撃が破損個所の内部機構にダメージを与え、火花を飛び散らせる。そのダメージはコクピットにも及んで、全周囲モニターの左側一部が割れ、バチバチとスパークした。「ウッ!」と呻いて顔を背けるノヴァルナ。
その時になって初めて、ノヴァルナは自分の両手が震えている事に気付いた。いや、震えているのは両手だけではない、フットペダルに置いた両足もだ。
“この俺が…怯えてるのか!?”
ノヴァルナは愕然とした表情で、操縦桿に置いた自分の手を見る。自分ではそんな意識はない。いつもと変わらない自分のはずだった。だが体が―――潜在意識が、自分の目の前に現れたセッサーラ=タンゲンに恐怖したのである。
「そんなハズが有るかッ!!」
否定の言葉を声にして叫び、ノヴァルナは操縦桿を強く握って引いた。恒星ムーラルの炎の海を背景に、黒いシルエットとなった二機のBSHOが、得物を激しく打ち合う。
するとタンゲンも、ノヴァルナの『センクウNX』の動きが鈍い事に勘付いた。BSIユニットでの戦闘経験は皆無に等しいタンゲンだが、すでに体と一体化している『カクリヨTS』の総合支援システムが、計測値から『センクウNX』の機能低下を見抜いたのだ。
「うつけ殿の機体に異常?…これぞ好機!」
そう呟いたタンゲンは、NNLで支援システムのカバー率を、120パーセントにまで一気に引き上げた。斬り掛かって来るノヴァルナ機の動きの“鈍さ”を読み、回転させながら瞬時に短く持ち替えた、ポジトロンランスの石突きで相手の胸板を突く。
「ウッ!!」
ガガガン!…と激しい衝撃がコクピットを襲い、ノヴァルナは咄嗟に防御行動を取る。Qブレードを横に薙ぎ払って、上段から打ち据えてくる『カクリヨTS』の鑓を防いだ。しかしその流れで『カクリヨTS』はさらに前に出ると、左脚で回し蹴りを放って来る。再びノヴァルナの座るコクピットに激しい衝撃!
「くそっ! なんだ!?…タンゲンの機体、今までより動きが―――」
体勢を立て直す間を与えず、突き出される『カクリヨTS』のポジトロンランス。その穂先が『センクウNX』の、右のショルダーアーマーの基部に突き刺さった。鑓が跳ね上げられて基部を破壊し、ショルダーアーマーを弾き飛ばす。
タンゲンが『カクリヨTS』に搭載させた、総合支援システム―――それはBSSS(Biotechnological Synchronized Support System)と呼ばれ、本来BSHOを操縦するためには、NNLのサイバーリンク深度が足りないタンゲンを、いわば強制的に『カクリヨTS』に同調させているシステムだった。
このシステムにより必要以上のサイバーリンク深度を得たタンゲンは、脳や肉体の一部を残して『カクリヨTS』と融合、操縦桿などがなくとも機体を操る事が出来るようになったのである。
ただ操縦は可能となっても、タンゲン自身の操縦の才能は常人並みであった。これでは想定の一つであるノヴァルナのBSHOとの戦闘が生起した場合、技量の差で太刀打ち出来ない。そこでタンゲンは『カクリヨTS』のBSSSに、イマーガラ家のエースパイロットでもある部下の女性武将、シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを組み込んだのだ。
シェイヤの戦闘パターンは、BSSSの支援率を120パーセント…つまりタンゲンと均等に融合していた『カクリヨTS』の方が、タンゲンを上回るように設定した際に発動する仕組みになっている。そうしないと機体のメインコンピューターが、タンゲンとシェイヤの両方の戦闘パターンを読み取って、システムエラーが発生するからだ。
▶#26につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる