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第22話:大いなる忠義
#23
しおりを挟む無論今はそのような事を気にしている時ではなく、ノヴァルナはコンソールを操作して警告表示の類いを消し、『センクウNX』を立ち上がらせた。ノヴァルナの消えたコクピット周りに、幾つもの『バウリード』が群がって来て、回転刃で切りつけはするが、超硬質合金の刃であっても、BSHOの装甲にかかれば、表面に引っ掻き傷を作る事ぐらいしか出来ない。
操縦桿を握ったノヴァルナは脱出ポートを一瞥し、キノッサを放り込んだ救命ポッドが射出済みなのを確認、格納庫の緊急開放レバーを引いた。格納庫内を囲む赤色灯が一斉に点灯し、大気が即座に抜ける。排気口に吸い込まれた全ての『バウリード』が自爆して、閃光を重ねる。すでにハンガーフレームから降りていた『センクウNX』は、格納庫の床が開くと同時に、真空の宇宙へと飛び出した。
そこでようやくノヴァルナは、自分達の乗っていた『ゴウライ』が、主恒星ムーラルに引き寄せられていた事を知る。宇宙へ出た『センクウNX』のコクピットを包む、全周囲モニターのほとんどが、恒星ムーラルの黄色く、眩い光に覆われたからだ。モニターの自動光度調節機能が瞬時に反応して光を抑えなければ、ヘルメット無しのノヴァルナは、目をやられていただろう。
ふつふつと煮えたぎる、天然の核融合炉である恒星の発する熱に、機体の表面温度が跳ね上がっていくのを横目に、ノヴァルナは『ホロウシュ』との間の専用通信回線をまず開いた。さすがに今は全周波数帯でおおっぴらに、自分の健在と位置を知らせるわけにはいかない状況だからだ。
「ノヴァルナだ。今『センクウ』で脱出した。ササーラ、ラン、カージェス…聞いている『ホロウシュ』はいるか!?」
すると即座に返答があった。ただ相手は同じ『ゴウライ』に乗っていた、ランやササーラではなく、戦艦『ロンヴァーティン』に乗っていたヨヴェ=カージェスである。
「ノヴァルナ様! ご無事でしたか!!」
「おう。カージェス、おまえも無事か!? 『ホロウシュ』の状況は?」
ランと同期で最年長のヨヴェ=カージェスはどちらかというと、常にノヴァルナの傍らにいるのではなく、まだ少年兵に近い年齢の『ホロウシュ』全体を纏める、扇の要のような存在であり、現状を知りたいこの場合、むしろ都合が良かった。
「負傷者が数名おりますが、全員が艦を脱出。二隻の重巡に収容しております」
カージェスの回答にノヴァルナは質問を重ねる。
「ラン達は…『ゴウライ』に乗ってた連中は?」
それに対しカージェスは、『ゴウライ』の『ホロウシュ』はシャトルごと、もう一隻の重巡航艦に収容されたということだった。「それよりも―――」とカージェスは続ける。
「ノヴァルナ様も、急いでいずれかの重巡にご着艦ください。パイロットスーツなしで、戦闘中の宇宙に出られるのは危険過ぎます」
カージェスの懸念は尤もな話だった。パイロットスーツは簡易宇宙服でもあり、機体のコクピットに穴が開いても生存性はある。だが今のノヴァルナの着衣は、仮眠の時に着ていたジャージのままだ。これではコクピットに僅かな穴が開いただけでも、ひとたまりもない。
ただ、今のカージェスの言葉には裏があった。ナグヤ第1艦隊は、ノヴァルナが重巡に移乗し次第、戦艦群を足止めに残し重巡と駆逐艦だけで全速力で撤退するよう、予め打ち合わせがしてあるのだ。カージェスがその事をノヴァルナに告げなかったのは、それを聞いたノヴァルナが承知せずに、自分も戦場に踏みとどまって戦う!…と言い出さないように図ったからである。それは忠義のあり方の一つであると共に、まだ若く血気盛んな主君に対する、大人達の配慮と言ったところであろうか。
案の定ノヴァルナは「わかった―――」とカージェスに応じると、艦隊指揮を掌握してからの行動手順を続けた。
「俺が重巡に収容されたら、『ゴウライ』以下航行不能の三隻は放棄。残存艦隊はスイング・バイを中止して後方の第2艦隊と合流するからな」
「第2艦隊を襲撃した潜宙艦に、警戒が必要ですが…」
真意を隠してカージェスは話を合わせる。ノヴァルナは『センクウNX』を、近くで『ゴウライ』にトラクタービームを照射していた重巡に向けて告げた。
「たぶん、潜宙艦はもう居ねぇよ」
「なぜ、お分かりになるのですか?」
「潜宙艦は宇宙魚雷の搭載本数が限られてる。その上で、潜宙艦だけでカタをつけられる数があるなら、戦艦やら巡航艦やらの別動隊で待ち伏せなんかしねぇさ」
ようやく人心地がついたノヴァルナは冷静に状況を分析してみせた。今回の潜宙艦隊による奇襲は、どちらかと言えば心理戦に重心を置いたものだ。ムラキルス星系攻防戦を勝利で終え、その帰路で一番気が緩んだタイミングを狙い、立て続けに奇襲のカードを切って来たのである。
奇襲の連続で翻弄されたが、実際の敵の総戦力は、今の時点でもナグヤの第1艦隊と第2艦隊合わせた数より圧倒的に少ない。腰を落ち着けて反撃に移れば撃退は可能である、というのがノヴァルナの判断だった。確かにその通りで追い込まれているようでも、まだ立て直しは可能だと思われる。
しかしそんなノヴァルナも、瀕死の敵宰相セッサーラ=タンゲンが、自らBSHOで出撃し、命を狙っている事までは想定していなかった。
重巡航艦に向かうノヴァルナの『センクウNX』が下を通過した『ゴウライ』の外殻が、ズルリと歪んで剥がれる。タンゲンのBSHO『カクリヨTS』だ。剥がれた外殻の部分には宇宙魚雷によって穿たれた大穴が空いていた。『カクリヨTS』はその中に潜み、身に纏う光学迷彩機能付きステルスマントで、異常のない外殻の映像を映して穴を覆っていたのである。
真空の宇宙であれば音が無いのは当然だ。
だがそれでも、“音も無く忍び寄る”という表現がピタリと当て嵌まる動きで、タンゲンの『カクリヨTS』は、夜のフクロウのように静かに、上空から『センクウNX』に襲い掛かっていった。
ノヴァルナがそれに気付いたのは半ば偶然である。ステルス効果によるセンサー回避だけでなく、光学迷彩で姿まで消している『カクリヨTS』だが、実体がある事には変わりがない。それが恒星ムーラルの前を横切った一瞬、『センクウNX』のコクピットを包む全周囲モニターに影を走らせたのだ。
「!!!!」
それは並外れた技量を持つ、ノヴァルナだからこその反応だった。機体をスクロールさせながら、腰部に装備したクァンタムブレードを抜いて起動。『カクリヨTS』の突き出した十字型ポジトロンランスの切っ先を弾き、その勢いのまま機体へと斬りつける。その斬撃はステルスマントの一部を、大量の火花と共に切り裂いたが、機体そのものまでダメージを与えるには至らない。
右手一本で素早く鑓を回転させ、第二撃を放つ『カクリヨTS』。ノヴァルナも反射的にブレードを打ち振るって、十字型の刃と切り結んだ。
その時、全周波数帯通信で『カクリヨTS』から連絡が入る。
「よくぞ躱された。さすがは“オ・ワーリの大うつけ”殿」
「!!」
電子音声化しているが、何度もデータ映像で聞いたタンゲンの声―――恐れるものは何もなかったはずのノヴァルナの背筋に戦慄が走る。
▶#24につづく
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