銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
411 / 422
第22話:大いなる忠義

#22

しおりを挟む
 
 そのノヴァルナはまた追われる事となった、新手の『バウリード』を引き付けて、非常用ハッチへ急ぐ。中を見ると、十メートル以上の高さの梯子が下へ続いていた。格納庫の高さに合わせ、四階層分が抜かれているのだ。

 ノヴァルナは素早くハンドブラスターを口に咥《くわ》え、少々不細工ではあるもののジャージの袖を伸ばして手を隠し、その状態で梯子を掴むと足を使わず滑り降りた。

 袖で手を包んだのは摩擦熱を和らげるためだが、それでもかなりの熱が発せられて、ノヴァルナは歯を食いしばる。無論ハッチは開けたままだ。閉めれば自分は助かるが、そうすると今助けた整備兵が再び襲われるからである。

“ふん、俺もお人好しなこった!”

 胸の内で苦笑いし、ノヴァルナは『センクウNX』の格納庫の前へと降り立つ。NNLを使った緊急時起動プログラミングによって、『センクウNX』はすでにアイドリング状態にあるばずだ。

 ただ今はそれを確かめている場合ではない。すぐに梯子を振り返って上を見る。ノヴァルナを追う『バウリード』が二機、開けたままの非常用ハッチから急降下を始めていた。

 ノヴァルナは格納庫のエアロックへ通じる扉を開け、ハンドブラスターを撃つ。ぐるりと渦を巻くように飛んでビームを回避する『バウリード』。だがノヴァルナは『バウリード』を狙ったのではない。二機が入って来た非常用ハッチの基部を狙ったのだ。小さな爆発が起きて、非常用ハッチはその反動で勢いよく閉じる。これでこの『バウリード』が、さっきの整備兵のところへ戻る事はない。そうしておいてノヴァルナは、急降下して来た二機に襲い掛かられる直前、エアロックの中へ入って扉を閉めた。

 それに対し一機の『バウリード』が球状の機体の後方に、小型重力子ドライヴが発する黄色の光のリングを作り、機体を空中に固定してエアロック扉の開閉機構部を、超硬質合金の回転刃でえぐり始める。そして内部がむき出しとなったところで自爆した。その爆風はエアロック内にも及び、格納庫内へ出てそちら側の扉を閉めようとしていたノヴァルナを薙ぎ倒す。さらに僅かながら扉の破孔から飛び出した、対人殺傷用の微小ボールベアリングのうち、数個がノヴァルナの左肩の肉に喰い込んだ。

「ぐぅッ!!」

 苦痛に歯を食いしばるノヴァルナ。しかも傾いた扉の隙間から、残り一機の『バウリード』が突入して来る。

 格納庫の床に投げ出されたノヴァルナは、咄嗟に格納庫側の扉を蹴りつけた。突入して来た『バウリード』はその扉に正面から激突し、エアロックの中で自爆する。どうにか難を逃れたノヴァルナは、左肩の痛みに顔をしかめながら立ち上がった。薄灰色のジャージの左肩はみるみるうちに、出血で赤く滲んでゆく。一個のベアリングは左の鎖骨の下にもめり込んでおり、特にそれが激しく痛んだ。

「くそ…いてぇな」

 ノヴァルナはその痛みを独り言で紛らわせながら、格納庫内をひとわたり見る。こちらに横腹を見せて立っている『センクウNX』は、すでに初期起動を終えており、機体を固定するハンガーフレームでは、緑色のパイロットランプがゆっくりと明滅していた。格納庫には『ホロウシュ』達の『シデンSC』もいるが、戦闘後の整備中であったために、たとえランやササーラが同行していても、使用する事は出来なかっただろう。優先権を与えられている主君専用機の『センクウNX』であるから、先に整備が終わっていたのだ。

 ノヴァルナの他に人影は無く、自分のいる右側の壁面に面した片隅には、未使用の救命ポッドを六基並べた脱出ポートが設けられていた。

「さて、とっととズラかるか…」

 そう呟いて、ノヴァルナはNNLのホログラムパネルを呼び出し、右手だけでキーを操作する。その打ち込まれたコマンドに従ってフレームの固定具が外れ、自由を得た『センクウNX』はコクピットのハッチを開けながら膝をつく。

 そして『センクウNX』に向かい始めたその時である。格納庫の反対側に開いている機材の搬入出口から、ノヴァルナに聞き覚えのある声が響いて来た。

「ひえぇえええーーーー!! お助けぇえええ!!!!」

 ノヴァルナ付きの雑用係、トゥ・キーツ=キノッサの叫び声だ。搬入出口から小柄な猿顔の少年が、全速力で駆け出して来る。そのあとを追って、四機の『バウリード』が飛び出した。

 あのヤロウ、まだ残ってやがったのか!―――舌打ちと共にそう思ったノヴァルナは、ハンドブラスターを構えて大声で指示を出す。

「キノッサ! BSIの陰に飛び込め!!」

 言うが早いかブラスターをぶっ放すノヴァルナ。正確な射撃の腕は右手一本でも、四機の『バウリード』をたちまち撃ち抜いた。爆発で飛び散るボールベアリングを、キノッサは間一髪滑り込んだ『シデンSC』の脚の陰で躱す。

「てめ、なんでまだグズグズしてやがんだッ!!」

 キノッサにしては要領の悪さを叱責するノヴァルナ。心配しなかったわけではないが、目端の利くこの雑用係なら、放っておいても無事逃げ出すだろうと考えていたのだ。しかしキノッサはノヴァルナの言葉には応えず、感謝の気持ちで飛びついて来る。

「ノヴァルナ様ぁあー!! ありがとうごぜぇますぅうううーーー!!!!」

 だがノヴァルナは気を緩めなかった。

「ええぃ、うっとお…じゃねぇ、まだだ!」

 鬱陶しい、と言いかける口を修正し、ノヴァルナは飛びついて来たキノッサの腕をとって、背負い投げをかけた。その勢いのまま搬入出口を振り向くと、新手の『バウリード』が十機以上も出現する。それらは当然、最優先目標のノヴァルナに狙いを変え、急旋回して接近して来た。

「あのアホ、どんだけオマケを連れて来てやがんだ!!」

 これはさすがに対処不能だと感じたノヴァルナは、『センクウNX』に向けて一目散に逃げ出す。一方、投げ捨てられたキノッサは格納庫の床をワンバウンド、ツーバウンド、そのままハッチを開いている救命ポッドの一つに、頭から転がり込んで行った。その衝撃でハッチが閉まり、キノッサを乗せた救命ポッドは、状況よくが分からないキノッサの叫び声と共に、一気に艦外へ打ち出されていく。

「ひえええええーーー!!!!…」

 ただ十機以上もいる『バウリード』はもはや、そんなキノッサに目もくれない。一直線にノヴァルナ目掛けて突進した。跪く『センクウNX』が置いた右手に足を掛け、コクピットの中へ飛び込んだノヴァルナは、ハッチが閉まるより早く、『センクウNX』の左腕を振り抜かせる。二機の『バウリード』がその左手の甲に叩かれて爆発した。ただ微小ボールベアリングが放たれても、対人用であって、『センクウNX』の装甲を貫くには到底、威力不足である。

 その間にコクピットのハッチを閉じ、シートに座ったノヴァルナは、素早くメインシステムを立ち上げた。しかし一瞬、全てのモニターに警告表示が浮かぶ、ノヴァルナがパイロットスーツではなくジャージを着ていたからだ。専用機であるがゆえに、専用パイロットスーツとヘルメットでなければ、充分なサイバーリンク深度が得られず、機体のスペックが通常の量産型BSIユニット並みにまで低下する事に対しての警告である。




▶#23につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...