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第22話:大いなる忠義
#22
しおりを挟むそのノヴァルナはまた追われる事となった、新手の『バウリード』を引き付けて、非常用ハッチへ急ぐ。中を見ると、十メートル以上の高さの梯子が下へ続いていた。格納庫の高さに合わせ、四階層分が抜かれているのだ。
ノヴァルナは素早くハンドブラスターを口に咥《くわ》え、少々不細工ではあるもののジャージの袖を伸ばして手を隠し、その状態で梯子を掴むと足を使わず滑り降りた。
袖で手を包んだのは摩擦熱を和らげるためだが、それでもかなりの熱が発せられて、ノヴァルナは歯を食いしばる。無論ハッチは開けたままだ。閉めれば自分は助かるが、そうすると今助けた整備兵が再び襲われるからである。
“ふん、俺もお人好しなこった!”
胸の内で苦笑いし、ノヴァルナは『センクウNX』の格納庫の前へと降り立つ。NNLを使った緊急時起動プログラミングによって、『センクウNX』はすでにアイドリング状態にあるばずだ。
ただ今はそれを確かめている場合ではない。すぐに梯子を振り返って上を見る。ノヴァルナを追う『バウリード』が二機、開けたままの非常用ハッチから急降下を始めていた。
ノヴァルナは格納庫のエアロックへ通じる扉を開け、ハンドブラスターを撃つ。ぐるりと渦を巻くように飛んでビームを回避する『バウリード』。だがノヴァルナは『バウリード』を狙ったのではない。二機が入って来た非常用ハッチの基部を狙ったのだ。小さな爆発が起きて、非常用ハッチはその反動で勢いよく閉じる。これでこの『バウリード』が、さっきの整備兵のところへ戻る事はない。そうしておいてノヴァルナは、急降下して来た二機に襲い掛かられる直前、エアロックの中へ入って扉を閉めた。
それに対し一機の『バウリード』が球状の機体の後方に、小型重力子ドライヴが発する黄色の光のリングを作り、機体を空中に固定してエアロック扉の開閉機構部を、超硬質合金の回転刃でえぐり始める。そして内部がむき出しとなったところで自爆した。その爆風はエアロック内にも及び、格納庫内へ出てそちら側の扉を閉めようとしていたノヴァルナを薙ぎ倒す。さらに僅かながら扉の破孔から飛び出した、対人殺傷用の微小ボールベアリングのうち、数個がノヴァルナの左肩の肉に喰い込んだ。
「ぐぅッ!!」
苦痛に歯を食いしばるノヴァルナ。しかも傾いた扉の隙間から、残り一機の『バウリード』が突入して来る。
格納庫の床に投げ出されたノヴァルナは、咄嗟に格納庫側の扉を蹴りつけた。突入して来た『バウリード』はその扉に正面から激突し、エアロックの中で自爆する。どうにか難を逃れたノヴァルナは、左肩の痛みに顔をしかめながら立ち上がった。薄灰色のジャージの左肩はみるみるうちに、出血で赤く滲んでゆく。一個のベアリングは左の鎖骨の下にもめり込んでおり、特にそれが激しく痛んだ。
「くそ…痛ぇな」
ノヴァルナはその痛みを独り言で紛らわせながら、格納庫内をひとわたり見る。こちらに横腹を見せて立っている『センクウNX』は、すでに初期起動を終えており、機体を固定するハンガーフレームでは、緑色のパイロットランプがゆっくりと明滅していた。格納庫には『ホロウシュ』達の『シデンSC』もいるが、戦闘後の整備中であったために、たとえランやササーラが同行していても、使用する事は出来なかっただろう。優先権を与えられている主君専用機の『センクウNX』であるから、先に整備が終わっていたのだ。
ノヴァルナの他に人影は無く、自分のいる右側の壁面に面した片隅には、未使用の救命ポッドを六基並べた脱出ポートが設けられていた。
「さて、とっととズラかるか…」
そう呟いて、ノヴァルナはNNLのホログラムパネルを呼び出し、右手だけでキーを操作する。その打ち込まれたコマンドに従ってフレームの固定具が外れ、自由を得た『センクウNX』はコクピットのハッチを開けながら膝をつく。
そして『センクウNX』に向かい始めたその時である。格納庫の反対側に開いている機材の搬入出口から、ノヴァルナに聞き覚えのある声が響いて来た。
「ひえぇえええーーーー!! お助けぇえええ!!!!」
ノヴァルナ付きの雑用係、トゥ・キーツ=キノッサの叫び声だ。搬入出口から小柄な猿顔の少年が、全速力で駆け出して来る。そのあとを追って、四機の『バウリード』が飛び出した。
あのヤロウ、まだ残ってやがったのか!―――舌打ちと共にそう思ったノヴァルナは、ハンドブラスターを構えて大声で指示を出す。
「キノッサ! BSIの陰に飛び込め!!」
言うが早いかブラスターをぶっ放すノヴァルナ。正確な射撃の腕は右手一本でも、四機の『バウリード』をたちまち撃ち抜いた。爆発で飛び散るボールベアリングを、キノッサは間一髪滑り込んだ『シデンSC』の脚の陰で躱す。
「てめ、なんでまだグズグズしてやがんだッ!!」
キノッサにしては要領の悪さを叱責するノヴァルナ。心配しなかったわけではないが、目端の利くこの雑用係なら、放っておいても無事逃げ出すだろうと考えていたのだ。しかしキノッサはノヴァルナの言葉には応えず、感謝の気持ちで飛びついて来る。
「ノヴァルナ様ぁあー!! ありがとうごぜぇますぅうううーーー!!!!」
だがノヴァルナは気を緩めなかった。
「ええぃ、うっとお…じゃねぇ、まだだ!」
鬱陶しい、と言いかける口を修正し、ノヴァルナは飛びついて来たキノッサの腕をとって、背負い投げをかけた。その勢いのまま搬入出口を振り向くと、新手の『バウリード』が十機以上も出現する。それらは当然、最優先目標のノヴァルナに狙いを変え、急旋回して接近して来た。
「あのアホ、どんだけオマケを連れて来てやがんだ!!」
これはさすがに対処不能だと感じたノヴァルナは、『センクウNX』に向けて一目散に逃げ出す。一方、投げ捨てられたキノッサは格納庫の床をワンバウンド、ツーバウンド、そのままハッチを開いている救命ポッドの一つに、頭から転がり込んで行った。その衝撃でハッチが閉まり、キノッサを乗せた救命ポッドは、状況よくが分からないキノッサの叫び声と共に、一気に艦外へ打ち出されていく。
「ひえええええーーー!!!!…」
ただ十機以上もいる『バウリード』はもはや、そんなキノッサに目もくれない。一直線にノヴァルナ目掛けて突進した。跪く『センクウNX』が置いた右手に足を掛け、コクピットの中へ飛び込んだノヴァルナは、ハッチが閉まるより早く、『センクウNX』の左腕を振り抜かせる。二機の『バウリード』がその左手の甲に叩かれて爆発した。ただ微小ボールベアリングが放たれても、対人用であって、『センクウNX』の装甲を貫くには到底、威力不足である。
その間にコクピットのハッチを閉じ、シートに座ったノヴァルナは、素早くメインシステムを立ち上げた。しかし一瞬、全てのモニターに警告表示が浮かぶ、ノヴァルナがパイロットスーツではなくジャージを着ていたからだ。専用機であるがゆえに、専用パイロットスーツとヘルメットでなければ、充分なサイバーリンク深度が得られず、機体のスペックが通常の量産型BSIユニット並みにまで低下する事に対しての警告である。
▶#23につづく
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