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第22話:大いなる忠義
#21
しおりを挟む「スキャナーに感あり! 探知方位166プラス49!」
オペレーターの報告に、健在な軽巡航艦一隻と二隻の駆逐艦が右舷後方の上空に向け、主砲のビームを撃ち上げる。爆発―――だが小さな花火程度だ。
「ただ今のはデコイ。囮だ!」
「再スキャン急げ!」
潜宙艦小隊は巧妙だった。待ち伏せ地点に予め囮用のデコイを複数バラ撒いておき、足止め攻撃と同時に起動させたのだ。そのため潜宙艦が魚雷攻撃をやめてしまうと、デコイと本物の区別がつき難くなる。健在な艦は軽巡が三隻と駆逐艦が四隻だが、周辺全域をカバーするには数が足りない。操艦不能の戦艦群を守るだけで精一杯の状況だった。
護衛の宙雷戦隊が辺りを右往左往する中で、旗艦『ヒテン』の艦橋内では、セルシュが歯を噛み鳴らして参謀に問い掛ける。
「艦の、艦の速度はまだ上がらんのか!!??」
「破損した状態での、ノズルの重力子放出バランス調整に、まだ少しかかる模様」
「ぬぅ…」
セルシュの憔悴も尤もだった。『ヒテン』の艦橋の窓からは、行動不能の総旗艦『ゴウライ』を守るために前進した戦艦群と、イマーガラ軍の別動艦隊が交戦する光が、遠くに見えるからである。
“ノヴァルナ様!”
するとさらにオペレーターが、セルシュの慄然としたくなる報告を行う。
「総旗艦『ゴウライ』が、恒星ムーラルの方向へ流され始めています!」
「なんだと!?」
ノヴァルナの総旗艦『ゴウライ』は、ムラキルス星系主恒星ムーラルの重力場を使ったスイング・バイの途中であった。そして総員退艦で制御を失った今、『ゴウライ』は主恒星ムーラルに引きずり込まれだしたのだ。セルシュは頬の肉を震わせて問い質す。
「脱出不可能圏までの時間は!?」
「十五分もありません!」
「!!!!」
「総旗艦を襲撃したBSHOは!?」と参謀の一人が合わせて問う。
「以前、所在不明!」
文字通りの絶体絶命だった。今ノヴァルナが斃《たお》れれば、新当主を迎えたばかりであったナグヤ=ウォーダ家は、混乱し、大きく衰退するだろう。ノヴァルナの弟、カルツェ・ジュ=ウォーダとその支持派がナグヤを支配する事になるだろうが、サイドゥ家などとの外交関係は一気に破綻するに違いない。
「次席家老様、どのような手立てを―――」
参謀にそう問われたセルシュの双眸は、外の爆発の閃光にギラリと鋭く輝いた。
正確に言うと主恒星ムーラルに引き寄せられているのは、総旗艦の『ゴウライ』だけではない。同時に雷撃を受けた『ゴウライ』直掩戦艦、『ロンヴァーティン』と『ランサ・ランデル』も、対消滅反応炉が停止してムーラルの方へ横滑りしている。両艦にも総員退艦命令が出たらしく、艦の各所から無数の救命ポッドが打ち出されていた。
一方の健在だった七隻の戦艦は、イマーガラ軍の別動艦隊を総旗艦に近寄らせまいと、死に物狂いで戦っている。アクティブシールドが粉砕され、主砲塔が吹き飛ばされても、全将兵がナグヤ=ウォーダ家第1艦隊第1戦隊の名に懸けて、引き下がろうとしない。気魂を込めて撃ち返す主砲弾が、回り込もうとするイマーガラの重巡二隻を同時に屠る。
ただ、機能が麻痺した『ゴウライ』内部では、この艦がムーラルの重力に引き寄せられ始めた事も、知る術はなくなっていた。主君ノヴァルナの脱出を確認出来ていない護衛の重巡二隻は、トラクタービームを『ゴウライ』に照射して、ムーラルへの落下速度を抑制し、駆逐艦は必死に救命ポッドの回収を行っている。
そのような中でもでもノヴァルナが幸運であったのは、人並み以上の身体能力を備えていた事である。二機の『バウリード』に追われるノヴァルナは、通路の交差点で、無重力状態に備えて取り付けられている手摺に左手で掴まると、右手のブラスターを撃ちながら体をぶん回し、角を一気に曲がり切る。銃撃を受け一機の『バウリード』が自爆するが、ノヴァルナはベアリングの奔流を間一髪で回避した。
そして素早く立ち上がると、再び駆け出しながらこめかみに指先をあて、NNLを起動させる。呼び出したのは格納庫内の『センクウNX』に搭載されている、メインコンピューターだ。
「コード:ノヴァルナ4456819『センクウNX』、緊急時起動プログラム」
そう言いながら後ろを振り返ると、残った一機の『バウリード』が追いついて来ようとしている。距離はおよそ五メートル。『センクウNX』の格納庫はこの先三十メートル程にある非常用ハッチを降りたところだ。こんなトコで死んではいられない。気配を読んだノヴァルナは咄嗟に床の上をスライディングした。一瞬後、ノヴァルナの首があった位置を『バウリード』の回転刃が通過する。間一髪、危機を回避したノヴァルナだったが、通り過ぎた『バウリード』はすぐに急旋回して戻って来た。
高速で猛然と距離を詰めて来る『バウリード』に対し、BSIパイロットとしての技量の高さの一端であろうか、ノヴァルナは驚異的な動体視力を見せた。ハンドブラスターのそう長くもない銃身で、迫って来た『バウリード』の球体部分を叩き、弾き飛ばしたのである。
そしてノヴァルナは駆け出し、通路を等間隔に分ける隔壁をくぐると体を一回転させ、気密扉を蹴り飛ばして閉める。その直後、壁のあちこちに激突しながら、通路の奥まで弾き飛ばされていた『バウリード』が、制御不能と判断して自爆した。ノヴァルナが閉めた気密扉の向こうで、対人殺傷用ボールベアリングの突き刺さる音が、機銃掃射のように響いて来る。
二機の『バウリード』を撃退したノヴァルナは、格納庫に通じる非常用ハッチへ駆け寄ると、その把手を掴んで引き上げた。格納庫に続く梯子が姿を現す。とその時、通路の先で複数の男女の悲鳴が起こった。二つ向こうの隔壁扉の奥からだ。梯子を降りようとしていたノヴァルナは、何事かと身を乗り出した。するとその先は何かの予備制御室となっており、数名の整備兵が、血の海となった床に倒れているのが目に飛び込んだ。脱出ポートに向かっていたところを『バウリード』に襲われたに違いない。不意に女性の声がする。
「誰か助けて!!」
まだ生存者がいるのだ。扉が開いたままの制御室の中を横切る、血まみれになった二機の『バウリード』の姿が一瞬見えた。ノヴァルナは天井に向けてハンドブラスターを三度撃ち、大声で叫んだ。
「おう! ゼンマイ仕掛けのポンコツ!!」
脱出ポートの片隅に追い追い詰めた、まだ生きている男一人と女二人の整備兵を襲おうとしていた、二機の『バウリード』は最優先目標のノヴァルナ・ダン=ウォーダの音声を認識し、半回転してスリット状のセンサーアイを振り向かせる。そこに捉えたのは、不敵な笑みを浮かべる最優先目標の顔だった。
「俺の兵に手を出すんじゃねぇ!!」
そう叩きつけるように言い放つと、ノヴァルナはセンサーアイの視界から消える。そのあとを二機の『バウリード』は追い始めた。助けられた兵士の耳に、遠ざかるノヴァルナの声が聞こえる。
「おまえらは早く逃げろ!!」
まさか自分達のような一介の整備兵の命を、星大名たるナグヤ家の当主が救いに来るとは思っても見ず、助かった整備兵達は信じられない思いで、互いに顔を見合わせた。
▶#22につづく
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