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第22話:大いなる忠義
#19
しおりを挟む人間の殺傷を第一目的に製造された『バウリード』は、センサーの感知する生命反応の多い方へ集まるようになっている。そのため退艦命令が出てからは、救命ポッドポートとそこへ向かう通路が、惨劇の舞台となった。
117番ポートでは、そう広くない区画に集まって来ていた約五十名の乗組員達に、六機の『バウリード』が、ノコギリ状の金属刃を高速回転させながら突撃、たちまち辺りを血の海に変える。
66番ポート前では、命からがら逃げて来た保安部員が、追いかけて来る三機の『バウリード』を発見。恐怖に駆られて他の乗組員がいるのに銃を乱射、八人の乗組員を撃ち殺した挙句、自身は最後の射撃が命中して自爆した、『バウリード』の微小ベアリングで額に穴を開けられて絶命した。
また245番ポートでは、やはりここでも惨殺劇が起きたのだが、四人だけは他の乗組員が殺害されている間に、一つのポッドに乗り込む事に成功する。ところが艦外への射出直前、ポッドのハッチが閉じ切ろうとした瞬間に、その隙間から一機の『バウリード』が跳び込んで来たのである。ハッチに取り付けられた小窓が、内側から血飛沫で赤く染め上げられた救命ポッドはそのまま宇宙へ射出、やがて行き場がなくなったと判断した『バウリード』の自爆で、粉々に砕け散った。
ただこのような惨状が起きたとはいえ、総員退艦命令を出したノヴァルナの判断は、間違ってはいない。なぜなら『ゴウライ』自体が大量の魚雷を喰らったところに、『カクリヨTS』のQブレードの攻撃によって指揮中枢を失った事で、艦の機能はほぼ完全に麻痺してしまったからである。となると乗員のほぼ全てが、脱出の機会を失って艦内で死んでいく事になっただろう。
しかしセッサーラ=タンゲンの罠は、まだ閉じられていなかった。対人自動兵器『バウリード』の襲撃を免れた乗員が、救命ポッドで『ゴウライ』から逃げ出すのとタイミングを合わせたように、新たな敵が出現したのである。それはノヴァルナ艦隊が恒星ムーラルの重力場を使ったスイング・バイの進行方向―――ムラキルス星系第一惑星の陰に潜んでいた。イマーガラ軍の戦艦6、重巡8、軽巡4、駆逐艦8からなる艦隊だ。タンゲン直率のイマーガラ軍第2艦隊から、ムラキルス星系攻防戦の開始前に予め抽出されていた小規模の艦隊だが、旗艦を失った今のノヴァルナ艦隊にとっては、充分すぎる脅威だった。
イマーガラ艦隊の出現位置は、二隻の潜宙艦が逃走していたコース上であった。潜宙艦を追撃していたノヴァルナ艦隊の四隻の戦艦は、自分達がおびき寄せられていた事実に気付き慌てて回頭、緊急離脱を試みる。これを見て、総員退艦命令が出た『ゴウライ』の周囲にいた、三隻の健在な戦艦も援護と迎撃に動き出す。しかしながら『ゴウライ』と同時に被雷した二隻の戦艦『ロンヴァーティン』と『ランサ・ランデル』は、推進機が停止して漂流状態のままだった。
総旗艦が機能を失うという危機的状況の中で、それでも練度の高い第1艦隊戦艦群の艦長達は、互いに連絡を取り合い、戦線を維持しようとする。
「ノヴァルナ様は脱出されたのか!?」
「まだ確認できん!」
「後方の第2艦隊の状況は? 我々だけではあの敵艦隊を支えきれんぞ!」
「駄目だ。潜宙艦の別動隊に、待ち伏せを受けたらしい」
「クソッ!!」
「ノヴァルナ様が脱出されたら、戦艦ではなく足の速い重巡に収容して、落ち延びさせ仕るのだ!」
「皆いいな、ここを死に場所とし、敵艦隊を近づけるな!」
二隻の重巡と六隻の駆逐艦を、ノヴァルナと『ゴウライ』乗組員の収容及び、正体不明のBSHOへの警戒に残らせ、ナグヤ=ウォーダ軍の戦艦七隻は横隊を組んで敵艦隊の前に立ち塞がった。どの艦も決死の覚悟で火蓋を切る。
そのノヴァルナは『ゴウライ』内部で、シャトル格納庫を目前にして足止めを喰らっていた。対人自動兵器『バウリード』の集団に遭遇してしまったからだ。
「ノヴァルナ様、こちらへ!!」
通路床の脇に設置されている非常用ハッチを引き上げたササーラが、ハンドブラスターを片手に表情を強張らせてノヴァルナを呼ぶ。
曲がり角からこちらに駆けて来るノヴァルナは、左足を引きずる女性『ホロウシュ』のキスティス=ハーシェルの肩を、ナガート=ヤーグマーと共に両側から支えていた。キスティスはノヴァルナ目掛けて突進して来る『バウリード』をいち早く発見し、咄嗟に銃撃を加えたのだが、その『バウリード』の自爆で左半身に重傷を負っていた。
曲がり角の端にはランが銃を構えて身を潜めており、タイミングを計って半身を晒し、ノヴァルナを追って来た三機の対人自動兵器にブラストビームを浴びせる。そして素早く身を引くと自爆した『バウリード』の爆風が弾け、対人殺傷ベアリングが無人の通路を穴だらけにした。
複数の微小ボールベアリングが体に食い込んだままのキスティスが、苦痛に顔を歪めながらノヴァルナに訴える。
「ノヴァルナ様、私の…私の事はいいですからっ!…」
「うるせぇ! つべこべ言ってんな!!」
ジャージ姿のままのノヴァルナは、キスティスの傷口から流れる血液が染みつくのを、気にも留める事無く引きずって来た。するとササーラが開けた非常用ハッチに、ヴェールとセゾのイーテス兄弟が先に飛び込む。無論、主君を置いて逃げようというのではない。退避先の安全を確認するためだ。
一つ下の階層の通路へ降りたイーテス兄弟は、素早く銃を向けて左右を確認する。
「クリア!」
「クリア!」
イーテス兄弟はノヴァルナの反重力バイクでの悪ふざけに同行する事が多い、冗談好きな二人であったが、今はそんな印象は微塵も与えない。主君を守らねばという緊張感が、こめかみに汗の玉を滑らせる。イーテス兄弟の言葉を聞いたササーラは、再びノヴァルナへ声を掛けた。
「ノヴァルナ様、お早く!」
ハッチへ辿り着いたノヴァルナは、まずヤーグマーを先に降ろさせ、負傷したキスティスを降ろすのを下から手伝わせる。一方、その後方の曲がり角で『バウリード』の追撃をくい止めているランは、手榴弾を取り出して安全装置を外すと角の向こうへ放り投げた。一つ目の爆発に続いて三つの爆発が起こる。一つ目はランの投げた手榴弾、あとは襲来した新手の『バウリード』の自爆だった。
自爆で飛び出した大量のボールベアリングが、通路の壁をボロボロにするのを目にし、ランは僅かに唇を噛んだ。
自分達『ホロウシュ』は、ノヴァルナ様のために死ぬのが使命である。ここでノヴァルナ様がキスティスを見捨てて逃げたとしても、自分達は誰も…キスティス本人もノヴァルナ様を恨んだりはしない。それが当然だからだ。
だがランは同時に分かっていた。ノヴァルナが決してキスティスを見捨てる事はないだろうと。いや、キスティスだけではない。『ホロウシュ』の誰一人として、ノヴァルナは見捨てる事はしないだろうと。
それこそがセッサーラ=タンゲンが、初陣でノヴァルナに与えたトラウマであった。本来の目的ではなかったが、先代の『ホロウシュ』達がランとササーラ、それにトゥ・シェイ=マーディンとヨヴェ=カージェスを残して全滅した事で、身近な部下を失う事に負い目を感じるようになったのだ。
▶#20につづく
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