銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第22話:大いなる忠義

#18

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 さらに『カクリヨTS』は両肩の背後から、バックパックに接続された直径二メートル程のフレキシブルパイプを、獲物に忍び寄る蛇のように伸ばして来た。その先端は鮫のそれを思わせる、尖った金属製の歯が三重に周囲を囲んでいる。

 その時になってようやく、球形陣を組むために接近して来ていた重巡四隻と駆逐艦九隻が、『ゴウライ』の上部に貼り付いた『カクリヨTS』を認識した。金属製マントの内側をフレキシブルパイプが動いた事によって、光学迷彩に“ゆらぎ”が生じたのだ。各艦の艦長が口々に攻撃を命じる。

「攻撃開始! あの画像の歪みに光学照準だ」

「主砲は使うな。総旗艦にも被害が出る! 小口径砲を使え!」

 だがその時、『カクリヨTS』を攻撃しようとしていた重巡と駆逐艦に対し、近くの宇宙空間から、十二本の魚雷が放たれた。第1艦隊襲撃小隊の、残り二隻の潜宙艦からの捨て身の雷撃だった。

「ら、雷撃! 右舷から魚雷!」

 十二本の魚雷は、『ゴウライ』に取りついた『カクリヨTS』を狙撃するために、動きを鈍らせていた重巡と駆逐艦に、容赦なく襲い掛かる。各艦とも『カクリヨTS』への攻撃を中断し、緊急回避と迎撃を行うが二隻の重巡と三隻の駆逐艦が犠牲になり、破滅の閃光とともに砕け散った。

 しかし対潜警戒の中で近距離からの雷撃は、当然自らの位置を露呈させる事になる。周囲を警戒していた七隻の戦艦のうち、近い距離にいた四隻が主砲をぶっ放した。イマーガラの二隻の潜宙艦は急速回頭し、主砲のビームを躱すと一目散に退避し始める。それを追う四隻の戦艦。

 一方、今の雷撃を生き残った重巡と駆逐艦は、『カクリヨTS』の狙撃を再開しようとする。ところがその時にはすでに『カクリヨTS』は『ゴウライ』から離れ、再び宇宙の闇に溶け込んでいた。

 そして重巡と駆逐艦が『カクリヨTS』への攻撃を妨害されていた間に、『ゴウライ』の艦内に、恐るべき侵入者が大量に入り込んでいたのである。

 それは『カクリヨTS』が両肩の背後から伸ばしたフレキシブルパイプを、その先端に三重に並ぶ鋭い歯を回転させ、『ゴウライ』の外殻を喰い破って強制接続。パイプの中から放出した、グレープフルーツほどの大きさの球形をした対人兵器だ。

 小型の反重力ドライヴを内蔵し、二重になった超硬質金属のノコギリ刃をそれぞれ逆方向に高速回転させているそれが、何百と飛び出したのだ。イマーガラ軍の間で『バウリード』と呼ばれているその対人自動兵器は、『ゴウライ』の内部に解き放たれるやいなや、手当たり次第に乗員の斬殺を開始した。

 艦橋との連絡が不通になり、自己判断で指示を出そうとしていた士官も、応急修理に向かうために走っていた整備兵も、負傷者の手当てをしていた医務官と、まだ顔にあどけなさの残る若い女性看護師も、見境なく頭蓋骨を割られ、胸板をえぐられ、首の頸動脈を切断されて絶命する。

 しかも『バウリード』には自爆装置まで仕込まれており、対人自動兵器の侵入を発見した保安部員が銃で撃つと、無数の超小型ボールベアリングを撒き散らして自爆。撃った保安部員の顔面を、ヘルメットごと蜂の巣にして道連れにするという悪質さだった。

 前述のノヴァルナが運命の女神の微笑みを受けているという理由は、自室で仮眠をとっていたために、敵の襲撃時に艦橋や主要区画におらず、初っ端からこの惨劇に直接巻き込まれずに済んだからだ。それにもしかすれば、ジャージ姿のまま寝ぼけてノアを探してみたり、キノッサ相手に無駄話をしていなければ、さっさと着替えて艦橋に上がっていたかも知れず、これも運命の悪戯とも言える。

「侵入者警報! 侵入者警報! イマーガラ軍の対人自動兵器が多数侵入!…」

 艦内に響く警報アナウンスを聞いて、非常時用予備指揮所へ向う途中だったノヴァルナは、通路の真ん中で足を止めた。NNLで『ゴウライ』の損害状況を確認し、艦橋が破壊されたのを知って、艦の下層部にある非常時用予備指揮所へ行く事を判断していたのだ。

“マズい、万事休すだ。艦の指揮系統がこれじゃあ、対人兵器までは対処できねぇ”

 艦橋にいた『ゴウライ』の首脳部は全滅し、現在は生存している最上位士官―――第二副長に指揮権が移譲されているが、奇襲による大損害を受けたこの混乱した状況で、巨大な『ゴウライ』の指揮を把握しきれるものではない。

 そこにノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』が駆け付けて来た。ラン・マリュウ=フォレスタ、ナルマルザ=ササーラ、ナガート=ヤーグマーに、ヴェールとセゾのイーテス兄弟に加え、キスティス=ハーシェルの六名だ。当初はこれにヨリューダッカ=ハッチとシンハッド=モリン、カール=モ・リーラがいたが、ムラキルス星系攻防戦が終了した際、燃料の都合で別の艦に収容されて、今は不在である。

「ノヴァルナ様!」

「ご無事でしたか!」

 各々が対人自動兵器との遭遇に備えてボディアーマーを身に着け、ハンドブラスターを手に、安堵の表情で合流して来た『ホロウシュ』の姿を見たノヴァルナは、「おう、おまえらも元気そうで何よりだ」と言葉を返す。

「この艦はもう駄目です―――」

 努めて感情を押し殺した口調で告げたのはランだった。ノヴァルナの副官的な立場でもあり、最低限必要な情報は全て、すでに手に入れているらしい。

「侵入した対人自動兵器は推定約五百。数機ずつに分かれて、乗組員を掃討している模様です。全ての隔壁を閉じて侵攻を止める事も可能ですが、そうすると乗組員も移動が出来なくなります。多くの魚雷を受けた今の状況では、応急修理も不可能となります」

「了解した!!」

 即断即決はノヴァルナの持ち味である。この若者にとって、物事に固執して現状判断を遅らせるのは愚の骨頂だった。それが例え自分の父親が長年使用して来た、総旗艦だったとしても、機を見誤って人的損害を拡大させるのはただの愚将でしかない。ノヴァルナは近くの通路壁面にあった艦内通信―――インターコムのポートに向かうと回線を開いた。

「こちらノヴァルナだ。俺の名において総員退艦を命じる! 総員退艦だ!!」

 そう言い終え、ノヴァルナは『ホロウシュ』達に振り返って告げる。

「一番近くのシャトルへ向かう」

「32番のシャトルを確保しております」

 ノヴァルナの言葉にランは要領よく応えた。そのそつのなさに感じ入ったのか、ノヴァルナの表情に不敵な笑みが戻る。さらに今しがたのノヴァルナの総員退艦命令を認識したコンピューターが、電子音声で総員退艦の指示を繰り返し始めた。

「よし、急ぐぜ」

 ノヴァルナがそう言うと、ササーラが「こちらです」と通路を先行する。対人自動兵器を警戒して、下げ気味に両手で構えるハンドブラスターが、鈍い黒鉄色の光を放つ。もう少し近くにポートがある救命ポッドを使用してもいいが、回収されるまで宇宙を漂っていては艦隊指揮が執れないため、シャトルで近くの別の艦へ移る事を優先したのだ。

 一方、艦内の他の場所では、早くも乗組員の救命ポッドによる離艦が始まっていた。だがそこへも対人自動兵器『バウリード』は容赦なく襲い掛かる。いや総員退艦命令で戦意を失ったところへの襲撃は、それを受ける者にとって恐怖と絶望しかない。




▶#19につづく
 
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