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第22話:大いなる忠義
#17
しおりを挟む「艦隊参謀。現状報告!」
状況は悪くても艦の指揮は艦長の役目であって自分の仕事ではない。全艦隊の指揮を執るのが役目のノヴァルナは、当直に就いていた艦隊参謀に報告を求める。
「両翼の戦艦『ロンヴァーティン』と『ランサ・ランデル』も被雷。現在敵の射点を解析中であります!」
「わかった!」
強い口調で応じたノヴァルナは、ジャージ姿のまま艦橋へ向かおうとする。だがそこで警報が鳴り、艦内スピーカーが危機を告げる。
「敵魚雷接近。総員、衝撃に備えよ!!」
その放送は、魚雷の回避が不可能な状況となった事を示している。咄嗟にノヴァルナは扉の横の手摺に掴まり、背後を振り返ってキノッサに叫んだ。
「来るぞ! 何かに掴まれ!」
さっきまで拭き掃除をしていたテーブルに掴まろうと手を伸ばすキノッサ。しかしその指がテーブルの端にかかる直前、激しい衝撃が起きてノヴァルナの小柄な雑用係は、口をあんぐりと開けたまま、床にすっ転がった。すでに七本もの魚雷を受け、艦の制御に支障をきたしている状態のため、衝撃も大きくなる。
「クソッ!!」
ノヴァルナは、このひねくれた若者にしては珍しく、率直に呪詛の言葉を吐いた。ただそれは敵に対してでも、味方に対してでもなく、気を抜いて間抜けヅラで眠りこけていたせいで、今の状況に取り残された形となっている自分自身に対してだった。
“とにかく艦橋で指揮の掌握を―――”
もしかするとこの艦はもたないかも知れない。それでもまだ…と思ったノヴァルナは、ドアの開閉パネルを殴りつけるように叩き、開いたドアから飛び出した。
しかし運命の女神というものが実在するなら、実はそれは、ノヴァルナのために微笑んでいたに違いなかった―――
「質量体スキャナーに感あり。探知方位320マイナス20、反応率62」
電探オペレーターの報告に『ゴウライ』の副長は、即座に艦長に意見する。
「三回目の魚雷発射推定位置から考えても、可能性は高いと思われます!」
「広域超電磁場拡散弾、一斉撃ち方!」
間髪入れず下令した艦長の言葉で、『ゴウライ』の艦腹から、二十四本の太長い六角柱型をした広域超電磁拡散弾が撃ち出された。潜宙艦のステルス機能を大幅に低下させる特殊弾を散布する兵器で、質量体スキャナーで大まかな位置を割り出し、そこへ撃ち込む事でより正確な位置を測定するものだ。
「敵艦反応。探知方位317マイナス08!」
「全砲門撃ち方はじめ! 他の艦にも諸元送れ!」
総旗艦からの連絡で、他の艦も指定された位置の辺りへ、一斉に主砲ビームを放ち始める。位置の特定するのが困難な潜宙艦には、とにかく大量の艦砲射撃を叩き込むしか有効な手立てはない。
すると何発かのビームに至近距離を掠められ、宇宙空間に潜んでいた真っ黒なステルス艦に、青白いスパークが絡みついた。苦し紛れに六本の新たな魚雷を発射する潜宙艦。そこに位置を完全に捉えた『ゴウライ』の主砲が浴びせられる。
潜宙艦は高いステルス機能を有するが、総合的な武装と防御力は貧弱である。外殻にエネルギーシールドを張る事が出来ず、装甲も駆逐艦程度しかない潜宙艦が、戦艦の主砲弾に耐えられるはずもなく、位置が露呈したその艦は一撃で爆砕。最後に放った魚雷も全てが迎撃された。
しかしナグヤ側が一番恐れるのは、潜宙艦の数が不明な点だ。後続の第2艦隊でも雷撃を受けた艦が出たという情報で、相当数の潜宙艦に待ち伏せを受けている可能性を、考えなければならなくなった。実際にはノヴァルナの第1艦隊を襲撃した潜宙艦は三隻で、いま二隻に減ったのだが、それを知るすべはない。
そこで『ゴウライ』の艦長は、この機を利用して各艦の速度を上げ、潜宙艦を振り切る事を決定した。幸い艦隊は恒星ムーラルを利用したスイング・バイ中で、速度の増加は容易い。一方の潜宙艦は下手に急加速すれば、位置が特定され易くなるという欠点がある。
「速度上げ! 針路変更、スイング・バイ加速の角度修正!」
「了解」
艦長の命令に航宙士が応答し、『ゴウライ』は急いで速度を上げ始めた。針路を修正したため艦橋の外、右側に見える恒星ムーラルが、僅かずつ大きさを変える。
ところが、その速度を上げた『ゴウライ』の前方、宇宙の闇に潜宙艦とは別のものが待ち伏せていた。黒い金属繊維のマントに身を包んだ、イマーガラ軍の新型BSHO『カクリヨTS』だ。操縦者はイマーガラ家宰相、今は半ば機械と融合した、東洋の龍を思わせる風貌のドラルギル星人、セッサーラ=タンゲンである。
タンゲンは着ていた宇宙服型の生命維持装置を脱ぎ、すでに四肢を外科手術で切り落として、機体のNNLシステムと直接神経接続していた。そして機体に埋め込まれた維持装置が、肺と脳を活動させるだけの血液を循環させている。
「いざ、推して参る…」
電子音声と化した言葉で告げたタンゲンは、僅かに機体を前進させて、宇宙空間で黒い金属繊維マントをコウモリの羽のように広げ、『ゴウライ』へと接近した。そしてそのまま艦の上部中央にふわりと貼り付く。
すると艦に接触した瞬間、黒かった金属繊維のマントは、灰銀色の『ゴウライ』の表面と同色に変化しただけでなく、周囲の構造物までそっくりそのままに描き出し、『カクリヨTS』を包み込んでその姿を消し去った。マントは数千万枚の微小なスクリーンを表面に並べた、光学迷彩装置だったのだ。
そして機体自体にも、潜宙艦並みのステルス機能が施されており、『ゴウライ』はその接近も接触も気付く事が出来ないでいた。『カクリヨTS』は機体を覆ったマントの中で、クァンタムブレードを鞘から抜いて起動させる。
タンゲン機の接触を知らない『ゴウライ』の艦橋では、残る潜宙艦の数が不明である事から、重巡航艦を『ゴウライ』の周囲に集め、球形陣を組むように艦隊参謀が指示を出していた。総司令官のノヴァルナが不在であるため、まずは緊急事態対応の艦隊行動をとっておこうという考えである。
「重巡部隊に速度を上げ、『ゴウライ』の周囲に集まるように指示だ。特に被雷した左舷側を厚くさせろ!」
一方で艦長はスイング・バイ加速の状況を確認する。武家階級の『ム・シャー』ではなく、民間人上がりの艦長だが、叩き上げのベテラン軍人としての勘が、今はこの戦場から一刻も早く離脱するべきと、警告を発していたのだ。ホログラムで航行状況を確かめた艦長は航宙士席に歩み寄って、操舵担当の士官に命じようとした。
「多少角度を浅くしても構わん。ムーラルからの重力圏脱出を―――」
だがその言葉を言い終わらぬうちに、彼等を破滅が襲う。タンゲンの『カクリヨTS』がQブレードで、艦橋を外側から刺し貫いたのだ。
最初の一撃で艦長と航宙士官、そして艦隊参謀達をまとめて細切れの肉片に変えると、『カクリヨTS』はブレードをえぐるように回して、『ゴウライ』の艦橋内を凄惨な屠殺場にしながら引き裂いて行った。コクピットの中で半ば機械に埋め込まれたタンゲンの、生身の左目にその閃光が冷たく反射する。
艦の制御中枢を破壊された『ゴウライ』は対消滅反応炉が緊急停止、機関部も機能が麻痺して、エネルギーシールドも消失した。
▶#18につづく
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