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第22話:大いなる忠義
#15
しおりを挟む「うん。いいんじゃね」
ノヴァルナは自分の考えに没頭するあまり、一人で頷いて、この先の展望に声を出して納得する。ただその声は、独り言にしては大きかった。我に返って見回すと、各司令官のホログラムが自分を向いて、ポカンとした顔になっている。
「よろしいのですか?」
そう問い質して来るセルシュに、何の事か分からないノヴァルナは、「は?」と少し間の抜けた声を漏らした。
「いや…だから、オ・ワーリへの帰途に別動隊を出し、ティラモルドラ星系の軍事施設に艦砲射撃を加える案だよ」
ヒディラスのクローン猶子、ノヴァルナにとっては義兄となるルヴィーロの言葉に、ノヴァルナは“ああ、なるほど…”と理解する。自分が己の考えに没頭している間に、司令官や参謀達は、ここへ来る直前にイマーガラ家に寝返ったティラモルドラ星系独立管領、ハーナイン家への仕置きを話し合っていたのだ。そこに今、自分が「いいんじゃね」と独り言を口にしたのが、作戦案を承認したように取られたのだろう。
見せしめ…というわけではないが、確かに今後の宙域統治を考えれば、ミズンノッド家のように信義を通す協力者には信義を、裏切りを働く者には制裁をもって報いる事を、知らしめる必要はある―――自分的には正直、どうでもいい話ではあるのだが。
“それでまた、人が死ぬのかよ。因果な話だぜ………”
面倒臭せぇ―――せっかくいい感じのところを、気勢を削がれた気分になったノヴァルナは、ぶっきらぼうに告げた。
「皆に任せる」
ノヴァルナの承認を得た事で、艦隊参謀の立案した計画に従い、ナグヤ連合艦隊は四つに分かれて帰途に就く事となった。
ミズンノッド艦隊はムラキルス星系第八惑星の、イマーガラ軍宇宙要塞を調査する部隊を残して本拠地オグヴァ星系へ帰還。重大な損害を受けたルヴィーロの第3艦隊は、ヴァルツ艦隊と共に一旦モルザン星系へ寄港し修理。
無傷または航行・戦闘に支障がない程度の損害艦で、ティラモルドラ星系討伐部隊を編成し、防衛戦力の覆滅と、軍事施設及び宇宙港への艦砲射撃を実施。
そしてノヴァルナは損害艦を連れ、先にオ・ワーリ=シーモア星系へ帰還する。同盟国となったサイドゥ家の武将モリナール=アンドアの艦隊を、ナグヤ防衛のために駐留させたままであるからだ。
こうして二時間後、編成を解いたナグヤ艦隊は帰途に就いた―――
集結地点からそれぞれの目的地へ最短コースを取れば、おのずと各艦隊の行動は最初からバラバラとなる。超空間転移航法のDFドライヴは、直線移動しか出来ないからだ。
ルヴィーロの第3艦隊とヴァルツ艦隊、そしてティラモルドラ星系討伐部隊を分離したノヴァルナの部隊は、ムラキルス星系中心部に向かっていた。主恒星ムーラルの重力場を使ってスイング・バイを掛け、加速しつつオ・ワーリ=シーモア星系への直線コースを得るためである。
元の編成を解いたため、現在の部隊は総旗艦『ゴウライ』を含む、戦艦10隻の臨時編成第1戦隊、あとは各戦隊から抽出した無傷の重巡4、駆逐艦9という、小規模なものであった。
またその後方約三百光秒離れた位置を、他の損傷艦と補給部隊を引き連れた、セルシュの第2艦隊が続いている。こちらも健在な艦のほとんどを、ティラモルドラ星系討伐部隊へ編入したため、旗艦の『ヒテン』以下、戦艦8、軽巡8、駆逐艦16で編成され、損傷艦33隻と補給部隊20隻を護衛していた。他にも無傷な打撃母艦が10隻いるが、肝心のBSIユニットや攻撃艇などの搭載機が損傷を受けており、これも健在な機体は討伐部隊へ回されていて、実質的に戦力にはならない。
集結地点であった第七惑星付近から出発した当初は、イマーガラ家残存部隊との遭遇戦に備えて、第二種警戒態勢をとっていたノヴァルナ艦隊だが、有人の第二惑星公転軌道を過ぎると、相対位置的にその恐れもなくなったため、現在は平時配置に移行していた。
各艦の間隔は、準光速航行中であり三万キロに設定されている。そのため一見すると、隣の僚艦は影も形もなく、それぞれが単艦で航行しているようであった。
集結地点を離れ、帰途へ就いてから約五時間―――
総旗艦『ゴウライ』の行く手には、暗黒の宇宙の中で煌々と輝く恒星が浮かんでいる。ムラキルス星系の主恒星ムーラルだ。この恒星の巨大重力場を利用して、ノヴァルナの本拠地オ・ワーリ=シーモア星系へ帰るのに、最適な航路に乗る予定である。
「ふわぁ~あ…」
当主用の広い居住区で、寝室から出て来たノヴァルナは、伸びをしながら大あくびを発した。着ているものは多少は高級だが、一般人が着るのと変わらないジャージだった。会戦後の事務的処理を終え、シャワーを浴びたあとで仮眠をとっていたのだ。
ただ仮眠はとったものの疲れはとれていないらしく、ノヴァルナは首筋を指で掻きながら眠そうな目で、リビングのテーブルを見る。やはり自覚はなくとも、普段以上に緊張していたのだろう。
“ああそっか、ナグヤじゃねーんだった…”
ノアの奴は居ねーのかな…と寝ぼけて探しかけた自分自身に苦笑いし、そしてがっかりする。視線を向けた先にあったのは、婚約者のノアの優しい笑顔ではなく、雑用係として連れて来ていたトゥ・キーツ=キノッサの、わざとらしい笑い顔だからだ。
「あっ、これは。おはようございます!」
椅子に座っていたキノッサは立ち上がり、テーブルを拭き始めた。その作り笑いの口から発した大声に、ノヴァルナは苦い薬を飲まされたような顔をする。
「てめ、なんでここに居んだよ?」
「なんで…と申されましても、雑用係としてお掃除をしておりますのですが」
「いや、そーじゃなくて。なんでわざわざ、俺が起きて来んのを待ってたんだよ?」
「やだなぁ、偶然ですよ、偶然」
「はぁ? いま座ってて、掃除なんざしてなかったじゃねーか」
「てへへ…相変わらず目ざとい事で」
キノッサの飄々とした物言いに、ノヴァルナは面倒臭そうな表情で、チッ!…と舌打ちした。普段から人一倍面倒臭い奴だが、何か言いたい時に見せるわざとらしさは、なおさら面倒臭い。
「…言ってみ?」
「はい?」
「俺になんか頼み事があんだろ?…って、訊いてんだ」
へへ…と含み笑いを置いて、キノッサは自分の望みを口にした。
「私もそろそろ、新たなお役目を頂きたく…」
「あ? てめ俺の直属の雑用係に、取り立ててやったばっかじゃねーか。まだ半年も経ってねーぞ」
「はい。それはもう誠心誠意、務めさせて頂いております」
「だったら何が不満なんだよ?」
「不満なんて滅相もない! 殿下には感謝する事、海より高く山より深く―――」
両手と首を同時に振りながら、とぼけた事を言うキノッサ。ノヴァルナはうんざりした表情でツッコミを入れる。
「海と山が逆だ、逆!」
ただそこから、キノッサの目に真剣な光が宿った。
「私もASGULパイロットの訓練を重ねました」
「ああ、そうかもな」
とノヴァルナはつっけんどんな口調で応じる。
「つきましては私を、雑用係兼人型機動部隊パイロットに―――」
「やなこった!」
いつぞやの時と同じく即座に否定するノヴァルナに、キノッサは大声で抗議する。
「なんでッスか!!??」
「使えねーからさ。てめーの腕じゃ、まだ無理だ」
「いやだから、訓練を―――」
キノッサは以前の、宇宙海賊『クーギス党』とイル・ワークラン=ウォーダ家/ロッガ家連合との戦いで、ノヴァルナの配下として『クーギス党』の旧式ASGUL『ザルヴァロン』を操縦し、戦闘に参加した。その時は記憶インプラントで、『ザルヴァロン』の操縦法を即席で学んだだけではあるが、ほとんど役には立たなかったのだ。正直、操縦の才能という点では凡人でしかなく、戦闘については知識以上に、努力と訓練が必要なタイプだった。
「知ってんだよ、俺は」
キノッサの抗議を皆まで言わせず、ノヴァルナは自分の言葉で遮る。
「は?…知ってると申されますと?」
目を白黒させて尋ねるキノッサに、ノヴァルナはNNLを使って小さなホログラムスクリーンを目の前に起動。それを指で滑らせるように弾き、キノッサの前へ移動させた。それを見たキノッサは「げ…」と言葉を詰まらせる。ホログラムの内容はキノッサの操縦訓練ににおける教官の評価表だった。そしてその評価は到底ノヴァルナを、いやノヴァルナでなくとも、他の操縦技術者を満足させるものではない。
「なんでこれを…」
呆気にとられるキノッサに、ノヴァルナは面白くも無さそうに言う。
「そりゃ、おめー。俺にも直接取り立てた責任、てモンがあっからな」
「で、殿下…」
ノヴァルナのこういったところが、配下となった兵士を惹きつけるのだった。日頃から乱暴な言動が多いノヴァルナだが、キノッサに限らず、自分の兵の事は実によく知っている…自分の事を知っていてくれる主君、それが兵の忠誠心を掻き立てるのである。
「イェルサスの奴が初陣を勝利で飾ったのを知り、焦ってんだろうが、役に立てねぇ奴を戦場に出しても、こっちが迷惑するだけだ」
「そ、そこまでお見通しでしたとは…」
同年代のイェルサス=トクルガルに対するライバル心まで見抜かれていたのを知り、さすがのキノッサも心底恐れ入ったようだ。
「ま、人それぞれだかんな。焦らず―――」
そう告げてキノッサを励まそうとしたノヴァルナだったが、とその時、ズシン!と腹に響く震動が大きく三つ、立て続けに乗艦の『ゴウライ』を襲った!
▶#16につづく
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