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第22話:大いなる忠義
#10
しおりを挟む総旗艦『ゴウライ』の格納庫に、キイーーーン…という乾いた金属音が響く。自分が乗る『センクウNX』がアイドリング状態で発している、重力子ジェネレーターの音だ。
ノヴァルナはハッチを開けたコクピット内でその音を聞きながら、計器の最終チェックを続ける。視線を左右に移動させると、右側のハンガーにはササーラの、左側のハンガーにはランの『シデンSC』が並んでいた。さらに自分の後ろにはササーラとランと同じ『ホロウシュ』の、ヨリューダッカ=ハッチ、シンハッド=モリン、ナガート=ヤーグマー、ヴェール=イーテス、セゾ=イーテス、カール=モ・リーラ、キスティス=ハーシェルの機体が控えている。
それに加え、『ゴウライ』の左右に従う二隻の戦艦では、ヨヴェ=カージェスら残りの『ホロウシュ』も、機体の発進準備を進めているはずだった。
死のうは一定―――
生あるものには、やがて必ず死が訪れる。それは五十年後かも知れないし、次の瞬間かも知れない。そして総旗艦の艦橋でふんぞり返っていようと、最前線にBSHOで飛び出していようと、死ぬときは死ぬ。だから今は自分がやるべきと感じた事をやるのみだ。
「発進準備完了であります!」
ハッチの外でノヴァルナ同様、『センクウNX』の最終チェックを統括していた、簡易宇宙服姿の整備班長が報告にやって来る。格納庫内は出撃に備えて無重力状態にしてあり、『センクウNX』の足元から一気に跳び上がって来た形だ。
「おう、こっちも完了した。出るぜ!」
そう言ってノヴァルナは、整備班長に不敵な笑みを向けた。コクピットから格納庫の中を見ると、整備兵達がすでに宙を舞って各機体から離れ始めている。同時にアナウンスが「全機発艦準備完了、各整備員は直ちに退去」と女性の声で繰り返し流れ出す。ノヴァルナ機の整備班長は、見事な敬礼を決めて主君に告げた。
「ご武運を!」
それに対しノヴァルナは「あいよ」と短く応じ、飛び去る整備班長に軽く手を挙げてコクピットのハッチを閉じる。そしてそのハッチが閉じきる前にササーラに通信を入れた。
「ササーラ!」
打てば響くでササーラは即座に「はっ!…他艦も含む『ホロウシュ』全機、発進準備完了しております」と報告する。
「よしっ! コマンドコントロール! ウイザード中隊、発進する!!」
叩きつけるような調子で申告するノヴァルナ。
総旗艦『ゴウライ』とそれに従う二隻の戦艦から飛び出した、ノヴァルナの『センクウNX』と十九機の親衛隊仕様『シデンSC』は、素早く二重の雁行編隊を組んだ。
コクピットの全周囲モニターでは、前方に浮かぶムラキルス星系第八惑星の暗い青色の姿を背後に、無数の宇宙艦が撃ち合いを演じている。その艦隊戦と惑星の間に見えるのがイマーガラ軍の宇宙要塞だった。
「行くぞ、てめぇら。俺に続け!」
コクピット内に浮かべた、『ゴウライ』とリンクしている戦術状況ホログラムが、戦場の状況を表示する。ノヴァルナは敵の守備艦隊が、叔父のヴァルツ艦隊の攻勢で綻びを見せた地点に向けて操縦桿を動かした。爆発の閃光と、星の光と、敵味方の艦影が一緒くたに画面の端へ流れる。
ノヴァルナ自らの出撃はNNLリンクを通じて、すぐに味方の全艦全機の知るところとなった。全ての戦術状況ホログラム上に、金色の『流星揚羽蝶』の家紋と機体名が表示されるようになるからだ。
「ノヴァルナ様だ!」
「御自ら出撃されたぞ!」
いつの時代も兵士の士気は伝播する。ノヴァルナの出撃にまず触発されたのは、かつてのノヴァルナの直率部隊であった第2艦隊の兵士達だった。ナグヤ家の重臣達やオ・ワーリ宙域の一般市民達には評判の悪いノヴァルナだが、下士官以下の兵士―――特に第2艦隊の兵士達には人気がある。彼等はノヴァルナの戦い方を知っており、今が攻勢のギアを一段上げる時と認識するのだ。
そしてまた、第2艦隊の兵士達の士気の高ぶりが、第1、第3艦隊の兵士にも伝播し、最前線の兵士達と生死を共にするのが、新たなナグヤの―――新たな我等が主君の生きざまなのだと知る事になる。するとその軍の士気の上昇が、今度は各司令官にも伝わって、さらなる化学反応を促した。
「我等も突撃だ!」
そう宙雷戦隊の司令官が叫べば、砲戦部隊の司令官も負けじと檄を飛ばす。
「砲火の手を緩めるな! 全艦で押し出せ!」
ナグヤ側の猛攻撃にイマーガラ軍の戦艦がへし折れ、重巡が爆発を起こし、軽巡が真っ二つになり、駆逐艦が砕け散る。イマーガラ軍も強兵であり、ナグヤ側にも相応の損害が出るが、その優劣は次第に明白となってゆく。
「敵第2艦隊の『ギョウガク』を狙うぞ。タンゲンのおっさんがいるか確かめる!」
ノヴァルナは『センクウNX』を駆りながら命じる。
無論ノヴァルナ機の出撃は、敵のイマーガラ軍でも察知されていた。加速を掛けて接近して来るノヴァルナに対して、これを討ち取り、一気に戦局を決定づけようとイマーガラ軍も群がって来る。
ところがそういった敵の行動自体が、ノヴァルナにとっては織り込み済みであった。
ヤーベングルツ家やキオ・スー家との戦いの時と同様、ノヴァルナを討ち取ろうと戦場が動く事で、敵が勝手に混乱し始めるのである。だがそうやって無理にノヴァルナ機に仕掛けて来たところで、周りを固める十九機からなる『ホロウシュ』達の守備陣を、そうは簡単に破れるものではない。
「ウイザード中隊、敵編隊が接近中。数は少なくとも三」
ノヴァルナのウイザード中隊をサポートしている、総旗艦『ゴウライ』のコマンドコントロールから通信が入る。それとほぼ同時に、イマーガラ艦隊から発進した迎撃部隊と思しき機影が、戦術状況ホログラムに大量に映し出された。敵艦隊からの砲撃を躱しながら飛ぶノヴァルナは、配下の『ホロウシュ』に告げる。
「来るぞ!」
敵はイマーガラ軍の量産型BSIユニット『トリュウ』が二個中隊64機。ASGULの『オード・ルヴァン』が32機だ。タイミングを計ったノヴァルナは『センクウNX』をピタリと静止させると、立て続けに超電磁ライフルを五発、撃ち放った。
その五発の内、三発が攻撃艇形態の『オード・ルヴァン』を粉々にする。出鼻を挫かれた敵編隊に、『ホロウシュ』達の『シデンSC』が襲い掛かった。指揮を執るのはヨヴェ=カージェスだ。ササーラとランはノヴァルナ機のやや前方に控え、主君の側を離れない。
ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』は、ほとんどが主君と同じ十代後半の男女である。だが最初から各個に専用機の『シデンSC』を与えられた彼等は、常日頃から戦技訓練を繰り返して、その技量はすでに、主君の親衛隊に相応しいレベルにまで達していた。そんな彼等であれば、三倍の敵にもひけを取るものではない。
混戦の中で敵に対し、『ホロウシュ』達のポジトロンパイクが両断し、超電磁ライフルが風穴を開け、クァンタムブレードが機体を切り裂く。そこから稀に飛び出して、ノヴァルナを襲おうとする敵もいるが、たちまちササーラとランに狙撃されて、近寄る事も出来はしない。自分自身を囮にして敵を誘引し、戦局の転換点を拡大させようという、ノヴァルナの目論見通りの展開だ。
▶#11につづく
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