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第22話:大いなる忠義
#05
しおりを挟む「てめぇらッ! 爺に説教させようってのはともかく、言うに事欠いて“置物”呼ばわりたぁ、どういう了見でぇ!!」
「………」
荒っぽいノヴァルナの言いように、たじろいだ家老達は口をつぐんだ。それをセルシュが宥めるように告げる。
「若殿。そのような申されようでは…彼等も申し上げたい事を、申し上げられませぬ」
「ああ!? だったら言わなきゃいいだろが! んな中途半端な覚悟ならよぉ!」
「殿…」
セルシュが困り顔で穏やかに呼び掛けると、ノヴァルナはチッ!…と舌打ちして腕組みをし、「わーったよ!」とそっぽを向く。その様子を見ると、どうやらノヴァルナは家老達に不貞腐れたのではなく、以前のセルシュなら間違いなく怒鳴りつけていたのが、穏やかに呼び掛けられて拍子抜けしたらしい。
セルシュはノヴァルナを叱りつける代わりに、他の家老達を振り向いて告げた。
「皆の者、これは若殿が熟慮の末に、ご決定されたなされた事なのだ。そして若殿が正式にナグヤ=ウォーダ家の新たなご当主となられて、これが最初の対外作戦となる。その最初の作戦が、同盟国に信義を通すものである事…その意義は大きい。ここは若殿に従い、総戦力を結集して、ミズンノッド家の支援へ向かおうではないか………」
「セルシュ様のご様子がおかしい?」
その夜、ノアはナグヤ城へ帰って来たノヴァルナが、コンピュータールームで調べ物をしている自分の所へやって来て、ポツリと漏らした言葉に反応した。
「おう…なんか、あんま怒らなくなったってゆーか。なんか丸くなっちまってよ…」
ノアが表示させているのは、最新のトランスリープ理論―――例の皇国暦1589年のムツルー宙域へ飛ばされた、疑似タイムスリップに関係する内容である。ノヴァルナは椅子に座ったノアの肩越しにそれを覗き込み、指先で自分の首筋を掻きながら言った。
「今日の会議でも、以前なら怒鳴るようなトコで、妙に俺の肩を持ちやがってな」
それに対してノアはわざと丁寧で、少しつっけんどんな口調で返す。
「ノバくんの我儘を、聞き飽きたんじゃないですか?」
「ノバくん言うな」
即座に言い返すノヴァルナ。ノアはため息混じりに肩をすくめ、微笑みと共にノヴァルナに振り向いた。今度は真面目な思いを述べる。
「あなたも少しは、セルシュ様に認められたって事じゃないかしら?」
「爺がぁ? 俺をぉ?」
ノアの推察に、ノヴァルナはいかにも胡散臭げな口調で言う。
確かに、昨年のイル・ワークラン=ウォーダ家が雇った傭兵による、キオ・スー城奇襲未遂事件以来、様々な問題に直面してはそれを打ち破って来たノヴァルナに、今は亡き父親のヒディラスも加え、幾分監視の目も緩んだように見受けられはした。
だがそれでも最近まで日常の言動では、セルシュの叱咤は相も変わらずであったのだ。ノヴァルナからしてみれば、逆に言えば何か強引な言動をするにつけ、セルシュの怒りは織り込み済みであって、その怒りが無いとなるとむしろ反応に困るのである。
その事をノヴァルナが正直に告げると、ノアは「ふうん…」と興味深そうな目をノヴァルナに向けた。そんなノアにノヴァルナは怪訝そうに尋ねる。
「なんだよ?…」
「なんとなく、分かっちゃった」
「だから何が?」
「あなたの、人の意表を突く行動基準」
「は?」
不思議そうな顔をするノヴァルナに、ノアは調べ物の作業に戻り、トランスリープ理論の数式をキーボード操作で打ち込みながら応じた。
「セルシュ様が驚いたり、怒ったりする状況…それがあなたにとっては正しい、常識破りの状況を作り出せているという、自己評価になってるって事…だから、変に同意されたり反応が薄かったりすると、かえって不安になるのよ」
「それって…えらく、ひねくれた理屈じゃねーか?」
「だってあなた、ひねくれてるじゃない」
「う…」
思わぬところでやり込められて、ノヴァルナは頬を引き攣らせる。ただノアに必要以上に追及するつもりはなく、すぐに優しい口調で告げた。
「少しはセルシュ様にも、楽させてあげたら?」
するとノヴァルナは悪童のような顔つきで、「やなこった!」と言い放つ。
「爺にはまだまだ働いてもらうぜ!」
「あのねぇ…」
諭すように言いかけるノアだったが、ノヴァルナは自分の言葉でそれを遮る。
「爺を楽させるのは俺がもっと出世してからだ。親父が死んで、色々と計画が狂っちまったからな。その代わり…」
「その代わり?」とノア。
「爺が引退する時は、これでもかってぐれぇの恩賞を、山積みして驚かせてやるぜ!」
「そんな恩賞のアテなんてあるの?」
「ねぇ!!」
ノヴァルナはそう答えると、呆れるノアに「アッハハハ!」と、いつもの高笑いを投げ掛けた………
ただノヴァルナにもっと働かせると言われた、当のセルシュの思いは、主君の思いとは少々異なっていた。
同じ夜、いつもより早く自宅の屋敷に戻って来たセルシュは、軍装のさらに上に着ていた外套を脱ぎ、出迎えの老いた使用人に預ける。ナグヤ家の次席家老だけあって広い屋敷ではあるが、古い樫の木を多用した内装は質素だ。それでも天井から照らす山吹色の照明は、暖かく柔らかで味わい深い。
セルシュは、外套を預かって奥に下がろうとする使用人の背中に、ふと声を掛けた。
「おまえはこの屋敷に仕えて、何年であったかな?」
老いた使用人は丸い背中を振り向かせて、枯れた笑顔で応える。
「もう、五十年は過ぎておりましょうが…いや、正確には」
「そうか…」
そのようなセルシュの声を聞きつけたのか、エントランスの奥の扉が開き、二人の男が顔を見せた。セルシュの三十代になる二人の息子、兄のクルツと弟のヒロルドである。
「やはり父上でありましたか」とヒロルド。
「お前達か」とセルシュ。
「車のヘッドライトが、門をくぐるのを見ましたゆえ」とクルツ。
「それでわざわざ出迎えとはの」
些か呆れたように問い掛けるセルシュに、クルツは苦笑を浮かべて告げた。
「いつも夜中まで城におられるのに、珍しく早いご帰宅でしたので、どこかお加減が悪くなられたのではないかと」
クルツもヒロルドも父のセルシュに似て、律義な性格であった。妻を宇宙船の事故で早くに亡くし、ほぼ一日中をナグヤ城での次席家老の職務に費やして来たセルシュだが、二人の息子は使用人達の手で過不足なしに育てられていた。そして二人共、現在はナグヤ家に仕えており、しかも今回の艦隊再編成で宙雷戦隊司令に任じられている。
「…いやなに、思いも寄らず仕事が早く片付いたのでな。少し早く帰る事にしたのだ」
正直なところ、セルシュには早い帰宅に他意はなかった。いつもは仕事が早く終わっても何かしら別の仕事を探すのだが、昼間の会議でのノヴァルナを思い出しているうちに、“ただなんとなく…”今日は帰るかという気になったのである。
そしてたまたま、先に帰っていた二人の息子…新たに宙雷戦隊司令となった息子達と顔を合わせるに至り、セルシュの頭の中で、ある気持ちが沸き上がった。
“儂の役目…ノヴァルナ様とノア姫様の婚儀が成るまで、でもよいか………”
▶#06につづく
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