393 / 422
第22話:大いなる忠義
#04
しおりを挟む午前に会議とそれに付随する所用を済ませ、午後に軍事教練若しくは各部署などの視察を行って居城のナグヤに帰るのが、今のノヴァルナの日課である。
これまでであれば午後の予定を終えた後、反重力バイクで城を飛び出して、市内をひと回りしてから帰るのがパターンだったが、今現在は仕事を終えると一直線にナグヤ城へと帰っている。それは無論、ナグヤ城でノアが帰りを待っているからであり、さすがにひねくれ者のノヴァルナであっても、その辺りはわかり易かった。
「そら、爺。とっとと帰《かえ》んぞ!」
ノヴァルナに急かされて、そのあとをセルシュが“やれやれ…”といった表情で、『ホロウシュ』のササーラとランと共に、シャトルポートへ続く城の広い廊下を歩く。それを見送る古参の家老達が六人。彼等が見る限り、あれからセルシュがノヴァルナに、ミズンノッド家救援の派兵を翻意するよう、説得した様子はない。
遠ざかる四人の後ろ姿に、家老の一人が不満げな表情で言う。
「…どうしたと言うのだ、近頃のセルシュ様は」
それを皮切りに、他の家老も口々に零し始めた。
「うむ、これまでならノヴァルナ様の、会議でのあのような我儘なお振舞いに、一番強くお諫め申し上げられていたと言うのに…」
「六十も半ばに差し掛かられて、老いられたのかも知れぬな…」
「あるいは、ヒディラス様が亡くなられて、気落ちされたか…」
「かも知れぬな…セルシュ様は、ノヴァルナ様の前は、ヒディラス様の後見人であった事でもあるし」
と不満を並べるものの、自分達からは“傍若無人の悪名高き”ノヴァルナを、説得しようとしないところが、すでにこの者達の限界を示していた………
だが当然、ノヴァルナが何の考えも無しに、ミズンノッド家支援の全力出撃を、命じていたわけではなかった。
その知らせが届いたのは、ナグヤ城へ戻ったノヴァルナが自分の居住区でノアと共に、彼女が昼間に受けていたNNLニュースサイトの、インタビューの動画配信を見ていた時である。
インタビューは専ら、ナグヤ家へやって来てからひと月が経った、ノア姫の今の心境についてだ。ホログラムスクリーンの中のノアは、女性インタビュアーの質問に対し、にこやかに答えているが、その質問自体はノヴァルナを批判するように仕向けた、意地の悪い内容であった。
『―――それではノア姫様。今のナグヤ城でのご生活に、何のご不便もないと仰せられるのでしょうか』
目の細い中年女性のインタビュアーが、覗き込むような視線で問い掛ける。
『ええ。先程も申しました通り、殿下はとてもお優しく、家中の方々からも丁重に扱って頂いております』
穏やかに応えるホログラムスクリーン内の自分の顔を眺め、ノヴァルナの隣でソファーに座るノアは、対照的に口を尖らせて愚痴を言った。
「頭に来ちゃうわ、あの人。何回も同じような質問ばかり」
人前ではいかにも星大名の姫様らしく淑やかに振る舞っていても、ノヴァルナの隣にいる時のノアは、ありのままの十九歳の女性でいられるようだ。
「ま、いいんじゃね?」
特に気にするふうもなく、ノヴァルナはノアの頭にボン!と片手を置いた。
「いたっ。こら、またそんな生意気!」
頭に置かれた手を跳ねのけ、ノアは反撃に移ってノヴァルナの脇腹を小突く。ノヴァルナもやり返し、じゃれ合いに発展しそうになった所で、ドアをノックする音と「失礼致します」という女性の声が聞こえ、二人は慌ててソファーに座り直した。部屋に入って来たのは、ノアの侍女のマイア=カレンガミノだ。
顔を赤らめるノアにマイアは直前の状況を知ってか知らずか、努めて平静な口調で「本国から暗号通信が届きました」と報告し、続けて「これを」と、小型のデータパッドを差し出す。高い秘匿性を求める暗号通信などは、その解読文をNNLを介さずに直接手渡すのが、どこの星大名家でも慣例となっていた。マイアが口にした“本国”とはノアの故郷、ミノネリラ宙域のサイドゥ家の事だ。
「ありがとう」
データパッドを受け取ったノアは、マイアが下がるのを待って、ノヴァルナにも見易いように座る位置を整え、解読文を表示させる。内容は例のミズンノッド家支援作戦に関するものであった。二人にとって満足できる内容であったらしく、自然と笑顔が浮かぶ。
「よっしゃ。これでオッケーだな」とノヴァルナ。
ノヴァルナが昼間の会議で一方的に全力出撃を決定して、それが可能な理由を開示しなかったのは、この暗号電を待っていたからであった。ミノネリラ宙域との超空間暗号通信は往復で二日は掛かる。ミズンノッド家からの支援要請が、同じく暗号通信でナグヤ家に届いたのが二日前であるから、要請に対し、ノヴァルナは即座に反応した事になる。
そして翌日、スェルモル城にはノヴァルナが告げた、ミズンノッド家への全力出撃の具体策を聞いた重臣達の、驚愕の呻きが広がった。
サイドゥ家の宇宙艦隊にナグヤを防衛してもらう―――
ノヴァルナ自らが全軍を率い、さらにモルザン星系を治める叔父のヴァルツ=ウォーダの艦隊も加え、ミズンノッド家へ向かう。その間、主力部隊が不在となるナグヤ城を、キオ・スー家が襲撃して来る可能性があるため、これに備えてサイドゥ家から一個艦隊を、派遣してもらうと言うのだ。
このノヴァルナの策に、ナグヤ家の家臣達が動揺しないはずがなかった。ヒディラス・ダン=ウォーダのミノネリラ宙域侵攻が失敗した際や、ノヴァルナとノア姫が行方不明になってサイドゥ家の侵攻を受けた際、どうにか直前で攻勢を食い止めて来た、首都星系のシーモアに、自らサイドゥ軍を招き入れようと言うのである。
確かに今はノヴァルナとノアの婚約で、両家は高レベルの同盟関係を結ぶに至った。だがしかし、つい先日までの仇敵の、完全武装の宇宙艦隊を本拠地惑星まで呼び込むのは、危険に過ぎるというものだ。キオ・スー家ではなくサイドゥ家に、首都を制圧されてしまう可能性すら充分にある。
「若殿、それはなりませんぞ!!」
「何卒! 何卒、お考え直しを!!」
「お早まり召さるな! 今は自重の時!!」
茫然とする時間が終わった重臣達が一斉に立ち上がり、会議室中が怒号に近い口調で主君に翻意を迫る。シウテ・サッド=リンやカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ、そして昨日セルシュにノヴァルナの説得を望んだ家老達も、今度ばかりは声を上げないわけには行かなかった。
しかしノヴァルナはどこ吹く風、居並ぶ重臣達の赤ら顔を、退屈そうな欠伸と共に眺めるだけだ。ただそんな主君の態度に業を煮やした者達が、怒りの矛先をセルシュに向けると、ノヴァルナの表情は一変した。
「セルシュ様も若殿に、何とか申し上げなされ!」
「このところの次席家老様は、黙ってばかりで置物のようではないですか!」
ノヴァルナが怒声を発したのは、そんな言葉が聞こえた直後である。
「あ!?…んだと、誰だ今言ったヤツぁ!!!!」
「!!」
ノヴァルナの怒声は、弓を目一杯引いて放った矢のようだ。カーン!…と突き抜けるように響いた声に、重臣達の抗議の声は瞬時に静まった。
▶#05につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる