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第22話:大いなる忠義
#03
しおりを挟む「―――あ? んなもん、信義を通すのが第一に、決まってんだろ!」
紫紺の軍装を腕まくりして着崩したノヴァルナの、“何を分かり切った事を”とばかりに、ぶっきらぼうに言い放った言葉を聞かされ、スェルモル城の会議室にいる重臣達は眉をひそめた。一昨日暗号電で届いた、ミズンノッド家からの応援要請に対し、筆頭家老のシウテ・サッド=リンやその弟のミーグ・ミーマザッカ=リン、ノヴァルナの弟であるカルツェ・ジュ=ウォーダの側近カッツ・ゴーンロッグ=シルバータなどが、それぞれにミズンノッド家の切り捨てもやむなし…と意見を述べた直後の発言だ。
ノヴァルナは少し斜に構えて言葉を続けた。
「ミズンノッド家は、俺が未来のムツルー宙域に飛ばされていた間に起きた、アズーク・ザッカー星団の戦闘でウチと連合し、大きな損害を受けたんだろが。その時の借りを返すのが筋ってもんじゃねーか」
それを聞いて、若造が何を大層な口を…と言いたげに、筆頭家老のシウテは熊に似た頭の口元を歪め、ノヴァルナを説得しようとした。
「恐れながら…現実的に申せば、ミズンノッド領域はミ・ガーワ宙域の中。アージョン宇宙城が敵の手に落ち、国境地帯のナルミラ星系ヤーベングルツ家の寝返り、さらにテラベル星系ソルジェキ家の降伏で、救援に赴こうにもこれらを大きく迂回せねばなりませぬ。DFドライヴを繰り返して、ざっと見積もっても五日…往復するだけでも十日はかかりまする。それだけの日数、ナグヤを留守にするのは危険だと申せましょう」
「危険?…危険とは何だ? はい、ミーマザッカ。言ってみ?」
自分でも分かっていながら、すっとぼけてみせたノヴァルナは、まるで教師が生徒を指名するように、ミーグ・ミーマザッカ=リンをビシリと指差して問い質す。驚いたミーマザッカは、熊の耳をピクピクさせながら答えた。
「キッ…キオ・スー家の侵攻が、留守中に起きるかも知れぬ事です」
このミーグ・ミーマザッカ=リンをはじめとした、ノヴァルナよりその弟カルツェをナグヤの当主に推すグループは、同じウォーダ一族でナグヤ家と敵対する、キオ・スー家と内通しているのが今や公然の秘密となっていた。それが分かっていながらあえて、キオ・スー家の侵攻の可能性をミーマザッカに問い掛ける辺り、当主となったとは言え、ノヴァルナの一筋縄ではいかない部分は変わらないようである。
「恐れながら…」
とさらなる意見具申を望んだのは、ゴーンロッグだった。この厳めしい顔つきの側近はカルツェ派であるものの、自らの立身出世を目的に、ノヴァルナ排斥のためなら手段を選ばない恐れのある、ミーマザッカやカルツェのお気に入りのクラード=トゥズークとは違い、ナグヤ家の安定と繁栄を第一に考えている、“まだマシ”な存在だ。
「なんだ、ゴーンロッグ」とノヴァルナ。
「信義を通されようとなさる、若殿のお気持ちはご立派です。ご命令とあらば我等もミ・ガーワ宙域の奥までも御供致しましょう。ですが情報によれば、ムラキルス星系に集結中のイマーガラ軍は五個艦隊。対する我等は修理を終えたばかりの艦や、新造艦を加えて、全ての戦力をかき集めても、いまだ二個艦隊半がいいところです。しかもキオ・スー家に対する戦力を残しておく必要もあれば、応援に出せるのは一個艦隊。ミズンノッド家の残存戦力と合わせても、三個艦隊にしかなりません。これでは勝ち目がないというもの」
するとノヴァルナは「ふふん」と、鼻でせせら笑うような声を漏らし、ゴーンロッグに言い返した。
「どしたゴーンロッグ。猪突猛進が売りの、てめーらしくねーじゃねーか」
そう言われてゴーンロッグは、サッ!と顔を赤くして口を真一文字に結んだ。この武将の直情的で直線的な行動は、批判の的になる事が多いからだ。すると今度はゴーンロッグの隣に座る女性家臣が、右手を軽く挙げて発言の許可を求めた。赤毛で眼鏡型のNNL端末を掛けた知的美人、ナルガヒルデ=ニーワスである。ノヴァルナはナルガヒルデに顎をしゃくって、発言を許可する。
「ではノヴァルナ様は、全戦力でミズンノッド家の援護に、向かわれるおつもりなのでございましょうか?」
ナルガヒルデはしばらく前まではナグヤ家のノヴァルナ派、反ノヴァルナ派の軋轢の中で中立だと思われていたが、昨年中頃からカルツェ派に接近するようになっている。
「そういうおつもりで、ございましたら?」
ノヴァルナの不真面目な応じ方にも、ナルガヒルデは眉一つ動かさずに意見を述べる。この辺りはゴーンロッグとは対照的だ。
「罠である、と考えるべきではないでしょうか?」
「罠だと?」
頷いたナルガヒルデが、「キオ・スー家とイマーガラ家が連携した罠です」と告げる。それに対しクラード=トゥズークは、あからさまに嫌な顔をした。ナルガヒルデはクラードの視線を無視して意見を続ける。
「先程ミーマザッカ様からお話があった通り、我等がミズンノッド家の応援に向かえば、その留守を狙って、キオ・スー家が侵攻して来る可能性があります。罠と申しますのは、イマーガラ軍のミズンノッド家討伐作戦自体が、ノヴァルナ様を誘い出し、キオ・スー家をナグヤに侵攻させるための、連携行動を兼ねているのではないか…という事です」
「………」
ナルガヒルデの言葉を聞き終えたノヴァルナは、無言で弟のカルツェに目を遣る。だがカルツェは端正な顔の表情を消したまま、心の内を掴ませない。ま、いっか…とばかりに息をついたノヴァルナは、いつもの不敵な笑みを浮かべ、ナルガヒルデに視線を戻して問い掛けた。
「だとしたら、俺がミズンノッド家へ救援に出向いたら最後、ここへは戻れなくなるってワケだな?」
「遺憾ながら…」
「しかし少々、大袈裟過ぎじゃね? 俺の気が変わって、救援には行かねーって言いだしたらどうすんだ?」」
「イマーガラ家にすれば、ミズンノッド家の討伐が第一目標でよいのです。かのイェルサス=トクルガル殿が、ミ・ガーワ宙域の統治をイマーガラ家から任される際の、障害となる存在ですので」
前述の通り、ミズンノッド家の当主シン・ガンの妹オディーナは、トクルガル家新当主のイェルサスの母親であった。そのため、現在イマーガラ家に招聘されているイェルサスがミ・ガーワ宙域へ帰還すると、ミズンノッド家がこの関係を利用して、揺さぶりを掛けて来る恐れがあったのだ。
「ふん。で、俺が帰る場所を失うのを恐れて、ミズンノッド家を見殺しにしたらしたで、また俺の悪評が広がるって話か。ったく、ロクでもねーな」
ノヴァルナはナグヤ家の家督を継いだ直後、ミ・ガーワ宙域との国境地帯に位置するナルミラ星系の独立管領、ヤーベングルツ家にイマーガラ側へ寝返られている。それに今回のミズンノッド家の切り捨てが加わると、せっかく最近、ノヴァルナの評価が持ち直し始めたというのに、また大きく低下してしまう事になる。
不敵な笑みに苦笑いが混じるノヴァルナに、シウテが再び自重を促す。
「…ですが、やはり戦力的にも、無理は禁物だと思われます」
それに対しノヴァルナは腕組みをし、考えるふりをしてから、「よし、わかった!」と応じるとさらに続けた。
「全力でミズンノッドを支援する!」
会議を終え、それぞれが自分の次の予定に移ろうとする中、廊下を歩くセルシュに、数人の家老が追いかけて来る。皆セルシュよりやや若い古参の家老達だ。
「次席家老様」
振り向いたセルシュは、落ち着いた口調で尋ねた。
「何かな?」
古参家老の幾人が困り顔で言う。
「先程の会議での若殿のご発言、セルシュ様のお力で、何とか若殿にご翻意して頂けませんでしょうか?」
「さようです。あのような紋切り口調では、何のための会議であるか分かりませぬ」
「後先考えぬ無謀なご指示では、下の者達も納得致しません!」
「子供の申すが如き、無理難題をお諫めするのも、セルシュ様のお役目…」
古参家老達の用件はとどのつまり、今の会議でノヴァルナが強引に決めた、ミズンノッド家支援のためのミ・ガーワ宙域侵攻作戦を、ノヴァルナの後見人セルシュの説得で、中止させて欲しいというものである。
キオ・スー家の侵攻の可能性を指摘されている上での、ナグヤ家の全力出撃など、理屈の合わぬこと甚だしい。どうせひねくれた性格のノヴァルナが、カルツェ派の家臣達から反対意見ばかり出されて、意固地になっているからに違いない…それが、この古参の家老達の考えであるらしい。
「おぬし達は…まだそのような目で、若殿を見ておるのか?」
視線を鋭くして尋ねるセルシュに、家老達はたじろいだ。彼等はミーグ・ミーマザッカ=リンなどのようなカルツェ支持派ではないが、さりとて熱烈なノヴァルナ支持派でもない。いわゆる“ノヴァルナの新当主を受け入れつつある”者達だった。
しかしながらノヴァルナの人柄に対しての、批判的な部分は変わっていないようで、受け入れられるのは手堅い経済政策など、自分達に理解できる部分だけのようだ。
「家督をお継ぎになられた以上、若殿には常識、常道というものを、そろそろ学んで頂きたい…我等はそう申して――…」
さらに意見する家老の一人を、セルシュは睨み付けて黙らせる。そして視線を脇にやると小さくため息をついた。常識、常道…果たしてそれにこだわっていたとしたら、ノヴァルナ様はここまで、生き延びて来られただろうか。そして幾度もこのナグヤ家の危機を、救う事が出来たであろうか、と思う。
“そろそろ学ばねばならぬのは、我等の方やもしれぬな………”
内心で呟いたセルシュは、「皆の意見は伝えておく」とだけ告げて立ち去った。
▶#04につづく
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