銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第22話:大いなる忠義

#02

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 時を遡ること三日前―――

 惑星ラゴンのあるオ・ワーリ=シーモア星系を遠く、約三千光年離れたミ・ガーワ宙域のオグヴァ星系では、その地を治める独立管領のミズンノッド家に動揺が走っていた。

 オグヴァ星系からおよそ四百二十光年の位置にあるムラキルス星系に、敵対するイマーガラ家が極秘裏に進出、その第八惑星に宇宙要塞を建設中である事が発見されたのだ。しかもこれに先立つ昨年末、イェルサス=トクルガルの初陣となった、ミ・ガーワ宙域テラベル星系攻略戦と同調して行われたイマーガラ軍の攻勢で、ミズンノッド家は領有星系の一つ、ジュバラ星系を失っており、双方から本拠地星系のオグヴァを挟撃される形となってしまっている。

 ミズンノッド家は独立管領が多いミ・ガーワ宙域でも、七つの星系を領有して星大名のトクルガル家に次ぐ勢力を持っており、オ・ワーリのナグヤ=ウォーダ家との同盟関係にあった。しかも当主のシン・ガン=ミズンノッドの妹、オディーナはイェルサス=トクルガルの母で、ミズンノッド家がナグヤ=ウォーダ家と同盟を締結した際、イェルサスの父ヘルダータに離縁された経緯がある。諸勢力が延命を図って集合離散を繰り返す、ミ・ガーワ宙域の複雑さを示した代表的な例と言っていい。

 オグヴァ星系第三惑星ケーヴのケーヴ城がミズンノッド家の本拠地である。紫系の色が強いケーヴの夕闇の中、先の尖った峻険な山々を背景に、ライトアップされたその城の中では、家臣達と机を囲むシン・ガン=ミズンノッドが、星図ホログラムを苦々しい表情で眺めていた。

 先年は勢力圏のヘキサ・カイ星系もイマーガラ軍の手に落ちており、今回の挟撃状態を加えると、サイドゥ家が治めるミノネリラ宙域を背に、主要な航路三方向を塞がれた事になる。そして問題は航路封鎖だけではない。調査によれば、このムラキルス星系要塞自体は未だ完成してはいないが、すでにイマーガラの宇宙艦隊が駐留しており、しかもその戦力は五個艦隊もあるという。これだけの戦力となればイマーガラ家の狙いは、これまで反抗し続けて来たミズンノッド家の討伐と考えるのが筋であろう。

 髪の生え際が後退した額に右手をあてて、シン・ガンは絞り出すような声で言った。

「…やはりこれは、ナグヤ家に応援を求めるしかあるまいか」

 シン・ガンの意思表示に疑問を呈したのは、褐色の肌をした筆頭家老のラムセア=コルテロスだった。

「されどナグヤ家。新当主のノヴァルナ様になられて、これまで通りに我等と同盟を維持していただけましょうか?」

「なに、どういう事だ?」と振り向くシン・ガン。

「我等はまだ、ノヴァルナ様に御当主継承のご挨拶にも伺っておりませぬ」

「それはそうだが、このオグヴァ星系はイマーガラ家の勢力圏内、そう簡単にオ・ワーリ=シーモアまで出向く事が出来ぬのは、ナグヤ家も承知の上であろう」

「そこが問題なのでございます」

「むぅ?」

「我等がミズンノッドの領域は、ミ・ガーワ宙域とミノネリラ宙域を分断する位置にあります。それはこれまで、イマーガラ家とサイドゥ家の双方と敵対していた、ナグヤ家には敵対する二家の連携を阻止するために都合がいい位置…つまり、この地政学的理由がナグヤ家にとって我等と同盟する、最大の意義だったのです」

「…それで?」

「はい。しかしながら先日ノヴァルナ様が、サイドゥ家のノア姫様と正式なご婚約を果たされ、ナグヤ家とサイドゥ家の同盟が確固たるものとなりました。これによりナグヤの対外的な敵勢力は当面、ミ・ガーワ宙域方面のイマーガラ家のみとなり、我等の存在意義は薄れてしまったと申せます」

 ラムセアの言い分は正しかった。サイドゥ家との争いが終わり、ミズンノッド家の戦略的意義が薄れた以上、ナグヤ家にミ・ガーワ宙域の内部にまで侵入してミズンノッド家を助ける、絶対的理由はなくなったと言っていい。

 ましてや昨年、ナグヤ家はミ・ガーワ宙域への進出拠点であった、ヘキサ・カイ星系のアージョン宇宙城を失陥しており、さらに領域境界の従属独立管領、ナルミラ星系のヤーベングルツ家もイマーガラ家に寝返って、逆に勢力圏を圧迫されるようになってしまったのである。そのような状況で、ナグヤ家のノヴァルナがミズンノッド家を切り捨てようと考えても、無理はない。

 ただシン・ガンは不納得顔だった。

「そうは言うがな、ラムセア。我等は長年ヒディラス様に協力し、骨身を惜しまず協力して来た。無論、その恩恵で我等も勢力を拡大出来たわけであるが…ナグヤ家も相当な恩恵を得た来たはず。その我等との同盟関係を一方的に破棄するなど、信義に欠くといういうものではあるまいか?」

 シン・ガンの言葉に、別の家老も意見する。テントウムシのような姿をしたカレンディア星人だ。

「そのような信義、果たしてノヴァルナ様が通されましょうか?」

「なに?」

 厳しく眉をひそめるシン・ガン。そこにさらにもう一人の、ヒト種の家老も加わる。

「ノヴァルナ様は破天荒なご性格と窺っております。それに実利優先の乱暴なお方とも。我等に戦略的価値が薄れたとなると、切り捨てなさる事も充分に考えられまする」

「む………」

 そう言われるとシン・ガンも自信はない。客観的に見ると、ナグヤにおいてはノヴァルナの評価が見直されつつあるが、ミズンノッド家の領地はナグヤ家に敵対するミ・ガーワ宙域内にあり、ウォーダ家の情報は遮断気味であった。したがってノヴァルナの評価の移り変わりも詳細を知る事が出来ず、ノヴァルナとノアの婚約も恋愛の結果ではなく、ナグヤ家とサイドゥ家が実利目的で取り交わした、上辺通りの“政略結婚”と見られている。

「では、どうすればよいと思う?」

 シン・ガンの問い掛けにラムセアは重々しく応えた。

「…ここは、イマーガラ家に服属するも、やむなし…かと」

「そのような事、出来るものか!!」

 声を荒げたのはまた別の家老達だった。ミズンノッド家はシン・ガンの代になる前までは、トクルガル家と同盟関係を結んでいたが、そのトクルガル家がイマーガラ家に服属するようになって、ナグヤ=ウォーダ家と手を組んだ、いわば“寝返り組”である。

 しかも実際にイマーガラ軍と交戦までしており、それが今になって服属するとなると、どのような厳しい条件が付けられるか―――本拠地星系オグヴァを含む領域の大部分の割譲と、現当主シン・ガンの処刑等々想像に難くない。

 しかしイマーガラ軍と単独で戦おうにも昨年、『第二次アズーク・ザッカー星団会戦』でナグヤ家と共同戦線を張って戦った際、百隻以上あった恒星間打撃艦隊を、四割方喪失して積極的な攻性防御が出来なくなっている。

 それからも家中を二分した激論が交わされたものの、確たる結論は出ないまま、戦闘態勢を取ってナグヤ家に救援を求める一方で、ナグヤ家からの返答より早くムラキルス星系のイマーガラ軍が動く気配を見せた場合は、出来るだけ損失を抑えられるような降伏交渉に入るという、どっちつかずの方針を得ただけであった。




▶#03につづく
  
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