銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第21話:華麗なる円舞曲

#18

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 惑星ロフラクスを離れたノヴァルナ達は、オ・ワーリ=シーモア星系に直帰するコースを取らなかった。正確に言うと、総旗艦の『ゴウライ』とサイドゥ家の『ベルルシアン』号。そしてそれを護衛する駆逐艦が二隻だけだ。残りの第1艦隊は、先に惑星ラゴンへ向かっている。

 その『ゴウライ』は今、ミノネリラ宙域の外れ、ノヴァルナとノアが最初に出逢った場所を航行していた。『ナグァルラワン暗黒星団域』だ。白とオレンジと紫の星間ガスが、急流のように激しく渦を巻きながら、およそ三光年の幅と十二光年の長さで、河のように宇宙空間に横たわっている。それぞれの渦の中心にあるのが宇宙に開いた重力の暗黒洞…いわゆるブラックホールである。

 現在の『ゴウライ』は、『ナグァルラワン暗黒星団域』の中央部付近を、光速の約二十パーセントで並行に移動中だ。艦の最上部にある観測室…事実上の展望室は、透明金属のドームとなっており、満天の星空の中、右舷側には、シグシーマ銀河系の水平面と交差する形で、星間ガスの大河が浮かんでいる。

 観測室の中は人の背丈ほどもある観葉植物が二つと、中央後方の台座に置かれた『ゴウライ』のミニチュアがあり、周囲をグルリと囲んだ手摺の中心には、イーゼルに乗せられたままの、一枚の絵画があった。

 するとその観測室と通じるエレベーターの扉が開き、ノヴァルナにエスコートされたノアが入って来る。

 ノアはロフラクスを出発した時のまま、サイドゥ家の暗赤色の軍装を綺麗に着ていたのだが、ノヴァルナの方はふざけた衣装は卒業したとは言え、やはり堅苦しいのは嫌いなのが生来のものらしく、早くも紫紺の軍装の上着を一旦脱ぎ、袖を通さずに肩から羽織る格好に変わっていた。

「ここが、観測室だ」

 そう告げるノヴァルナに、ノアは透明金属のドームを見渡して興味深そうに言う。

「へぇー。宇宙戦艦なのに、こんな場所があるのね」

「もとは肉眼確認用の天体観測室で、いろんな機材が並んでたんだがな」

「ふーん…でも素敵」

 前に歩き出すノア。あとに続くノヴァルナは、軽く冗談めかして応じた。

「この艦《ふね》の、穴場のデートスポットさ」

「ふふっ…」

 ノヴァルナの言葉に笑顔になったノアは、展望室の真ん中のイーゼルに立てかけてある絵画へ歩み寄る。絵画とイーゼルはそれぞれ固定されていて、艦の急激な挙動でも転倒しないようになっていた。絵画は油絵で、青い惑星と灰白色の衛星が描かれている。ノヴァルナの故郷の惑星ラゴンとその月だった。

 その絵に近寄ったノアは、適度な距離から眺めて自分なりに評価する。皇都に留学していた頃に、星大名の姫としての嗜みで、一流画家の絵も数多く、自分の目で見て来ているからだ。

 悪くはない出来ではある…ただ、個展を開いて人を呼ぶほど素晴らしいかと言えば、疑問符がつく。あくまでも個人の趣味に留めておくべきレベルだろう。しかしそのようなレベルの絵が、こんな場所に飾られている理由が分からない。しかもよく見れば、まだ未完成の部分が残されていた。

 ノアは絵を眺めたまま、「誰の…」と尋ねかける。だが全部言い終わらないうちに、ノヴァルナの方から先に応えた。

「そいつは、親父が描いた絵だ」

「ヒディラス様の?」

 ノヴァルナの言葉に、ノアは意外そうな目で振り返る。

「ああ。俺も今回、初めて『ゴウライ』で指揮を執って知ったんだがな。親父の奴、時間を見つけてはここに来て、その下手くそな絵を、誰にも内緒で少しずつ描いてたらしい」

 そう言って僅かに苦笑いを浮かべたノヴァルナは、展望室から望む『ナグァルラワン暗黒星団域』を見遣り、遠い目をして続けた。

面白おもしれぇもんさ。初めてその絵を見て、親父にそんな趣味があったのを、初めて知って、ようやく親父はもう居ないってのを、実感できたんだからな…」

「ノヴァルナ…」

 恋人を気遣う表情になったノアを見たノヴァルナは、場が湿っぽくなるのを避けたいのか、口元を緩め、『ナグァルラワン暗黒星団域』に軽く顎をしゃくって問い掛ける。

「んで?…そろそろ、お望みの位置に着くけど、俺に見せたいものって?」

 この『ナグァルラワン暗黒星団域』への寄り道を望んだのは、ノアであった。確かにノヴァルナとノアが出逢う、きっかけとなった思い出の場所ではあるが、ノアはそれについてノヴァルナと一緒に見たいものがあるらしい。

 ニコリと微笑んだノアはノヴァルナの手を取り、「来て」と言って観測室の透明金属製の壁際、周囲を囲む手摺の所まで引っ張ってゆく。そして一番近くに位置するテニスボールほどの大きさの、ブラックホールを指差して告げた。

「あれが、私達が飛び込んだブラックホールよ」

「そうなのか?」

 見上げるノヴァルナにノアが肩を寄せる。どれも同じに見えるブラックホールだが、周囲を回転し、飲み込まれてゆく星間ガスの色で違いは判別できた。

「まさかあれに飛び込んで、また未来のムツルー宙域へ行こうとか、言い出すんじゃねーだろーな?」

 そうノヴァルナが冗談を口にすると、ノアは「そんな訳、ないじゃない」と笑顔で言い返し、「…でも、それに近いかも」と謎めいた言葉を続ける。それを聞いたノヴァルナは小首を傾げた。

 実際問題として、あのブラックホールと熱力学的非エントロピーフィールドで繋がっていた、三十四年後のムツルー宙域は、向こう側の出入り口である恒星間ネゲントロピーコイルが閉鎖されてしまったため、今は不通となっているはずである。

 話が飲み込めないノヴァルナの様子に、ノアは少し優越感を帯びた表情で、ポケットから通信機を取り出し、『ゴウライ』に後続している『ベルルシアン』号と連絡を取った。

「こちらノアです。例の観測データとのリンクを、用意してください」

「了解。しばらくお待ちください」

 『ベルルシアン』号がそう言って来ると、ノアはノヴァルナに振り向いて告げる。

「このふねのNNLと、データリンクさせてもらっていい?」

 ノヴァルナは「そいつは構わねーが―――」と言いながら、自分のNNLを立ち上げ、ホログラムキーボードを操作して、データリンク許可の認証コードを打ち込む。

「いったい、何を始めようってんだ、ノア?」

「ふふっ、あなたにはいつも驚かされてばかりだから、たまには私も…ね」

 と答えたノアは、さらにホログラムキーボードを素早く操作し、enterキーを押す。するとノヴァルナとノアの目の前に、一枚の大きなホログラムスクリーンが展開された。そこにはあの二人が飛び込んだブラックホールが、画面いっぱいの大きさで映っている。

「なあ、何があるってんだ?」とノヴァルナ。

「見てて」とノア。

 ノアがキーボードを操作するとスクリーンの拡大率が上がり、事象の地平を示す暗黒が画面の全てを埋め尽くした。それでもノアは拡大率を上げ続ける。とその時、何か銀色の米粒のようなものが、暗黒面の中に出現して次第に大きくなっていった。

「え?…えっ!? おい、ありゃあ―――」

 それが何であるのか気付いたノヴァルナは、驚いて頓狂な声を上げる。ノヴァルナが目にしたのは、ノアと共にブラックホールに突入する際に使用した、御用船『ルエンシアン』号だったのだ。

「どう? 驚いた?」

 そう言って、ぶつかるような勢いで腕を組んで来るノア。ノヴァルナは素直に応じて、尋ねた。

「お、おう…でもなんで、あの船があるんだよ? 俺達が反応炉を暴走爆発させた時は、バラバラだったじゃねーか」

 まだ飲み込めない様子のノヴァルナ。それをノアはお姉さんぶった口調で冷やかす。

「あー。ノバくん、相対性理論の基本、忘れてるぅ」

「ノバくん言うな」

 といつもの返しを入れて、ようやくノヴァルナは気付いた。ブラックホールの事象の地平に近付くほど、周囲の時間の流れは遅くなる…つまり今ノヴァルナとノアがいる、通常の時間の流れから見ると、ブラックホールの近くにいる『ルエンシアン』号では時間の流れが遅くなっており、空中分解を起こす前の姿を観察する事が出来るのだ。

「おう、なるほど。光学観測したってワケか。しかしよく思いついたな」

 あの『ルエンシアン』号の中には、皇国暦1589年のムツルー宙域へ転移する前の、ノヴァルナとノアがいるはずであった。だが無論、見えているからと言って救助に行く事は不可能だ。救助船を差し向けても、『ルエンシアン』号に近付くにつれて、救助船の周囲の時間の流れが同じように遅くなり、追いつけはしないからである。

「こっちに戻って来てから、私達の捜索記録をチェックした時に見つけたの。もっと面白くなるわよ」

 そう応じたノアの言葉に、ノヴァルナは「へぇー」と感心してみせた。ノアは『ベルルシアン』号と再び連絡を取り、観測用プローブの射出を指示する。程なくして『ベルルシアン』号の船体から、宇宙魚雷のような形の観測用プローブが、ブラックホールに向けて射出された。

 ホログラムスクリーンの映像が切り替わり、観測用プローブからのものとなる。画面の中の『ルエンシアン』号がさらに大きくなった。するとその船体に横づけしている、二機のBSHOが確認出来るようになる。ノヴァルナの『センクウNX』と、ノア姫の『サイウンCN』だ。

「確かにコイツは面白おもしれぇな」

 そう言ってノヴァルナは目を輝かせる。画面の中では、自分達の身に数か月前に起きた事が、リアルタイムで進行していた。




▶#19につづく
 
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