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第21話:華麗なる円舞曲
#17
しおりを挟む舞踏会は深更まで及び、星大名も独立管領も、またその臣下達も憂世の風を捨て忘れ、皆が一夜の舞いに酔いしれた。
明けて翌日、惑星ロフラクスの衛星軌道上では、ナグヤ家の総旗艦『ゴウライ』とサイドゥ家総旗艦の『ガイライレイ』が前後して並び、それぞれの艦橋に立ったノヴァルナとドゥ・ザンが別れの挨拶を交わしている。
ドゥ・ザンから満額回答を得る事に成功したノヴァルナの隣には、約束通りノアが寄り添っていた。ノヴァルナはこれまでのような奇抜な服装ではなく、ウォーダ軍の紫紺の軍装を身に着け、もはや姿形で世間を欺く時期は終了した事を示している。
またそれに寄り添うノアも、サイドゥ軍の暗赤色の軍装を身に着け、二人の表向きの関係…つまり両星大名家の同盟の深さを表す、政略結婚の関係を演出していた。
双方の艦橋には相手の等身大のホログラムが映し出され、ノヴァルナとノアの目前にはドゥ・ザンと妻のオルミラの立体映像が立っている。そのドゥ・ザンのホログラムが穏やかな表情で告げた。
「では、婚儀までの正式な日程は、またいずれ」
ノヴァルナも落ち着いた笑顔で応じる。
「ラゴンへ戻りましたら、すぐさま使者を立てます。交易協定などの経済的な面も合わせて、早急に詰めて参りたく思いますので、宜しくお願い致します」
と言い終えたノヴァルナは、横目で隣のノアの様子を窺った。そのノアは何食わぬ顔で前を向いているが、どうやらノヴァルナには自分の真面目な口調に対し、ノアがずっと内心で笑いをこらえている気配を感じられているようだ。
だがそんな二人も、オルミラの柔らかな言葉で緊張気味に顔を赤らめる。
「ノヴァルナ様。不束者ですが、姫を宜しくお願い致しますね」
それにノヴァルナが「誓って、大切に致します」と臆面もなく返答すると、ノアの赤面の度合いがさらに上がった。オルミラの隣のドゥ・ザンも思わず苦笑いとなる。
このドゥ・ザンの苦笑いには、もう一つの理由もあった。今日になって分かった事なのだが、ノアは乗船して来た『ベルルシアン』号に、自らのBSHO『サイウンCN』だけでなく、身の回りの家財道具まで密かに積み込んで来ていたのである。つまり最初から、ノヴァルナとオ・ワーリに行く気満々だったわけだ。それを妻から聞かされ、ドゥ・ザンは呆れた様子で言ったらしい。
「いやはや、押しかけ女房まで企んでおったとはの」
ドゥ・ザンの表情を見て、ノヴァルナは「どうかなされましたか?」と尋ねる。それに対してドゥ・ザンは、この若者を殺す事を選択しなかった自分の判断力に、改めて感謝した。戦略的にはあり得る選択肢だが、それと引き換えに娘との絆を、永久に失うところであったからだ。
「いやなんの。実はノヴァルナ殿が、艦隊でこの星系にお出でになられた際、稚拙にも儂の武人の血が騒ぎましてな。危うく一戦、所望するところでしたのです」
それを聞いたノヴァルナは、「そうならずに安堵致しました―――」と笑顔で応える。ところがさらに続けた言葉に、ドゥ・ザンは眉をひそめた。
「―――我等も“あれ”を使わずに済みました」
「はて、“あれ”とは何でしょうかな?」とドゥ・ザン。
尋ねられたノヴァルナはドゥ・ザン相手に今回、僅かながら初めて不敵な笑みを浮かべると、前を向いたままで人差し指を立て気味にした左手を挙げ、後方にいた参謀の一人に合図を送る。その参謀はノヴァルナの司令官席に歩み寄って、肘掛けに取り付けられた小型のコントロールパネルを操作した。するとノヴァルナの背後に、数枚のホログラムスクリーンが起動して何かを映し出す。
ドゥ・ザンはそれが、ノヴァルナの第1艦隊に随伴して来た、補給部隊の映像であることに気付く。箱型をした大型の補給艦が二十隻、十隻ずつの二列縦隊で第1艦隊に従っている。およそ戦術の常道から外れた、戦場となる可能性がある星域までの補給部隊の随伴―――ドゥ・ザン腹心のドルグ=ホルタは、ノヴァルナがドゥ・ザンには本気で自分と戦うつもりはないであろう事を、見越したものではないか…と推察していた。
だがそのホログラムスクリーンの中の補給部隊が、一斉に船倉の扉を開放し始めると、ドゥ・ザン以下、映像を見るサイドゥ側の兵達は、みるみる表情が強張っていく。
彼等が見たものは、補給艦の船倉に積み込まれた、ウォーダ家の主力ASGUL『ルーン・ゴード』だった。人型にも変形出来るASGULが攻撃艇形態で、補給艦一隻あたり二十機、整然と並んで積まれている。これが二十隻の補給艦全てに積まれているとするなら、総数は四百機にも及び、およそ宇宙空母戦隊三個分もの戦力となるはずだ。
補給部隊などではない。もしドゥ・ザンがノヴァルナ艦隊と戦う事を選んでいたなら、これらのASGULが飛び出していたはずである。
息を呑むドゥ・ザンに、ノヴァルナはぬけぬけと言ってみせた。
「なにぶんこのところの連戦で、打撃母艦が消耗しておりまして、取りあえず数だけは揃えたのですが…」
それが嘘であるのは明白である。いや母艦の数が減っているのは事実かも知れないが、補給部隊に見せ掛けていたのは、戦術的理由―――罠によるものに間違いない。ノヴァルナは最初からそこまで、ドゥ・ザンを信用してはいなかったのだ。
むしろ相手を迂闊に信じてしまったお人好しは、自分達の方だったと理解したドゥ・ザンは、一瞬バツの悪そうな表情を浮かべ、次いで妙な高揚感を覚えた。
“いや剣呑《けんのん》、剣呑《けんのん》…これを敵に回しておったなら、ヒディラス殿よりもよほど手強い相手になるところであったわ。それにしても何たる逸材…どこまで伸びるか、見届けたいものじゃ―――”
人とは面白いものであった。同じくノヴァルナと敵対していた勢力でありながら、その人物を知るほどに、セッサーラ=タンゲンは全力で抹殺しようと謀り、ドゥ・ザンは魅了されてゆくのである。
ドゥ・ザンは冗談めかして「これは命拾い致しましたな―――」と、ノヴァルナと戦わなかった事に安堵の気持ちを伝え、そして今度は心からの言葉を告げた。
「娘を…仕合せにしてやって下され…」
“国を盗んだ大悪党”のドゥ・ザン=サイドゥ、ついに漏らした本音の本音。トキ家のリュージュと政略結婚させれば、可愛い愛娘をミノネリラの手元に置いておける…それが叶わぬ夢と消えた父親としての言葉を聞いて、思わず涙ぐむノアを傍らに、ノヴァルナは口元を引き締めて、無言で深く、深く一礼した。
やがて二隻の総旗艦は、互いの本拠地星系へ戻るため、ゆっくりと航行を開始する。
遠ざかってゆくノヴァルナとノアの乗る『ゴウライ』の後ろ姿を、ホログラムスクリーンで眺めるドゥ・ザンは、隣に座る妻のオルミラにぽつりと告げた。
「…これもある意味、ノアの奴の親孝行、というものであろうかの」
「何がでございます?」とオルミラ。
「いやなに、儂のような悪逆非道の男が、世間の人並みに娘を、娘が惚れた相手の嫁に取られる気分を、味わわせてもろうたのだからな…」
「まあぁ…」
ひねくれ者の夫の言い草に可笑しそうな声を発し、オルミラは自分の手をドゥ・ザンの手に、そっと重ねたのだった………
今回の会見の様子は、ノヴァルナとノアがオ・ワーリ=シーモア星系へ向かった頃にはすでに、オ・ワーリとミノネリラやその周辺宙域に、動画を含めて配信されていた。
人の固定観念は恐ろしいもので、ノヴァルナが見せた星大名姿の貴公子ぶりも、特にこれまでの悪評が定着している惑星ラゴンなどでは、フェイク映像ではないか?…という話が広まって、いまだ半信半疑の状態である。
そのような中でもう一つのオ・ワーリの隣国、ミ・ガーワ宙域のアージョン宇宙城のBSI格納庫では、新型BSHOの納入に立ち会う、ひと昔前の代物を思わせる大袈裟な宇宙服を着た人影がある。イマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンの姿だ。
このタンゲン、SCVID(劇変病原体性免疫不全)に体を蝕まれ、医師の見立てではすでに余命は尽きていたはずだった。
だが生きている。ひと昔前の宇宙服のように見えたのは、内部が薬液に満たされた半生体の生命維持装置だ。もはや自力で呼吸する事も、心臓を動かす事も困難となっており、ヘルメットの中の頭は下顎が失われ、自動的に栄養液を喉に流し込む機械のマスクが固定されていた。会話はNNLを介して外部スピーカーから音声を発し、左目も電子眼が埋め込まれている。サイボーグ化しようにも、体力的に耐えられない状態である。
正確には生きているというより、生かされているという表現が正しいタンゲンだが、それもひとえに執念―――イマーガラ家の栄華のため、ノヴァルナ・ダン=ウォーダを生かしたままでは、死ぬわけには行かないという執念によるものだった。
両手を置いた杖で体を支え、新型BSHO『カクリヨTS』を見上げるタンゲンの元へ、一人の参謀が近付いて来て報告する。
「タンゲン様。本国からの増援の件、お館様から承認を得ました。三個艦隊です」
それを聞いたタンゲンは、スピーカーが発する、ざらついた合成音声で応じた。
「うむ。情報操作の方も、抜かりないであろうな?」
「はっ。すでに工作は完了。ミズンノッド家は、自然な形で気付くはずにて」
「うむ、重畳じゃ。ミョルジ家と星帥皇室の、思いの外早い和解で得たせっかくの機会、逃がすでないぞ」
そう命じたタンゲンは、残された右目を鋭く輝かせる。もはや死人《しびと》も同然の自分に残された、これが最後の機会…ノヴァルナを抹殺する最後の機会という、決意の輝きであった―――
▶#18につづく
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