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第21話:華麗なる円舞曲
#15
しおりを挟む「よう分かり申した―――」とドゥ・ザン。
“儂が望み、手に入れ、満足していたのは、ようやくこの若者と同じ権威を得るに至っただけの事…そして儂はその権威の虜囚となってしまったのに対し、この若者はこれからさらに羽ばたこうとしている………”
「―――儂の負けじゃ、ノヴァルナ殿」
笑顔のドゥ・ザンが周囲に聞かれない程度の小さな声で告げると、ノヴァルナは無言でおもむろに深く頭を下げる。
“命まるごと儂に預け、度量を信じてくれたその信義には、信義で応えねばなるまい…それに何よりこのドゥ・ザン、悪党道を通すには些か歳を取り過ぎた”
胸の内で呟いたドゥ・ザンは、ノヴァルナと手を携えたまま、謁見の間の人々に聞こえるように宣した。
「サイドゥ家とナグヤ=ウォーダ家の同盟は、今日ここで、より強固なものと相成った。昨日の敵は今日の友、両家が轡を並べ、栄華の道へ進みだす記念すべき日じゃ。いや目出度い、目出度い!」
それはドゥ・ザンが予め、謁見の間の人々に示唆していた展開とは、まったく別のものである。するとドルグ=ホルタが機転を利かせ、率先して拍手を始めた。パチパチパチ…と景気よく響く両手を打ち鳴らす音に釣られるように、まず一人…皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが拍手を始め、二人…三人と増えていくと、やがては全員から拍手が起こる。
そんな光景を、ドゥ・ザンの右隣で座ったままのノアは、まるで別の世界の出来事のような感覚で眺めていた。
ノヴァルナが純白の軍装でここへ現れた時から、ずっと…現実感が失《う》せてしまっていたのである。
あなたは誰?………
目の前にいる美しい若者。私が一番知っているはずなのに、私が見た事もないひとが、私の父と何かを喋っている。
なんでそんなに気取っているの?………
なんでそんなふうな口の利き方なの………?
どうして私を見てくれないの?………
父とそのひとが同盟について言葉を交わしたあと、そのひとの口から初めて私の名前が出る。初めて私の方へ視線を送る。そしてそれに対して父が告げた言葉………
「うむ、連れて帰られるがよい」
いまだにそのひとが私の知っている…待ち望んでいた人だという現実感はない。だけどその父の言葉を聞いた私は、そのひとが向けてくれたいつも通りの笑顔に、涙が滲んで来るのを感じていた………
状況は二転三転し、ドゥ・ザンが中止を指示していた晩餐会は当然、何事もなく予定通り開催された。場所を晩餐会場に移しての華やかな夕食は、食材も注意深く選ばれ、贅を尽くしたフルコースが用意されている。
主賓席に座ったノヴァルナは、左隣にドゥ・ザン、そして右側にはノアが席に着き、どちらも白い衣装を纏った、ノヴァルナとノアが並んで座るその風景は、結婚式の披露宴のようですらある。
ただ今ノヴァルナがやらなければならない事は、サイドゥ家との同盟をより確実なものにして、自らの政権の後ろ盾にする事であった。
その辺りはノアもノヴァルナの立場を十分理解しており、ノヴァルナがドゥ・ザンとばかり話をしていても不満な様子はない。むしろノヴァルナが言う言葉に頷いてみせたり、ノヴァルナに同調して父のドゥ・ザンを見据えたりと、後押しするような仕種を繰り返していた。
一方のドゥ・ザンは、会食しながらのノヴァルナとの意見交換で、この若者の底知れない才に舌を巻いている。現在のシグシーマ銀河系についての、政治的洞察力から軍事的戦略眼、さらには学術的見識まで、驚くほどの知識を有しているのだ。
話せば話すほどに無尽蔵に示されるノヴァルナの才能に、ドゥ・ザンはすっかり魅入られてしまった。
“これほどの若者、皇国中央の貴族にすらおらぬであろうぞ…ノアの奴め、本当にこれはまた、とんでもない“当たりくじ”を引きおった!”
ドゥ・ザンは会見前に妻のオルミラから、ノアの選んだノヴァルナが将来、銀河に号令するほどの才を持っていたらどうするのか尋ねられ、それほどの大人物が簡単に現れるものか…と、確率的な意味も含めて突っぱねたのだが、どうやら妻の言葉の通りになったようである。
となればそこはさすがに“マムシのドゥ・ザン”。すっぱりと考えを改め、ノヴァルナとナグヤ=ウォーダ家のために何がしてやれるか、早くも思考を巡らせ始めた。
そして晩餐会が終わりを迎えた時、ノヴァルナと握手を交わしたドゥ・ザンは、この場にいる者達全員に聞こえるよう、殊更力強い声で告げる。
「ノヴァルナ殿。これからも精進なさるがよい。窮地の際はこのドゥ・ザン、いつ何時でも援護の兵を差し向けましょうぞ」
対するノヴァルナは、にこやかな表情で謝意を表す。
「ご厚情、かたじけのう存じます」
それは穏やかで、確固たる勝利者の顔であった………
▶#16につづく
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