銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
384 / 422
第21話:華麗なる円舞曲

#15

しおりを挟む
 
「よう分かり申した―――」とドゥ・ザン。

“儂が望み、手に入れ、満足していたのは、ようやくこの若者と同じ権威を得るに至っただけの事…そして儂はその権威の虜囚となってしまったのに対し、この若者はこれからさらに羽ばたこうとしている………”

「―――儂の負けじゃ、ノヴァルナ殿」



 笑顔のドゥ・ザンが周囲に聞かれない程度の小さな声で告げると、ノヴァルナは無言でおもむろに深く頭を下げる。


“命まるごと儂に預け、度量を信じてくれたその信義には、信義で応えねばなるまい…それに何よりこのドゥ・ザン、悪党道を通すには些か歳を取り過ぎた”


 胸の内で呟いたドゥ・ザンは、ノヴァルナと手を携えたまま、謁見の間の人々に聞こえるように宣した。

「サイドゥ家とナグヤ=ウォーダ家の同盟は、今日ここで、より強固なものと相成った。昨日の敵は今日の友、両家が轡を並べ、栄華の道へ進みだす記念すべき日じゃ。いや目出度い、目出度い!」

 それはドゥ・ザンが予め、謁見の間の人々に示唆していた展開とは、まったく別のものである。するとドルグ=ホルタが機転を利かせ、率先して拍手を始めた。パチパチパチ…と景気よく響く両手を打ち鳴らす音に釣られるように、まず一人…皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが拍手を始め、二人…三人と増えていくと、やがては全員から拍手が起こる。




 そんな光景を、ドゥ・ザンの右隣で座ったままのノアは、まるで別の世界の出来事のような感覚で眺めていた。

 ノヴァルナが純白の軍装でここへ現れた時から、ずっと…現実感が失《う》せてしまっていたのである。



あなたは誰?………



 目の前にいる美しい若者。私が一番知っているはずなのに、私が見た事もないひとが、私の父と何かを喋っている。


なんでそんなに気取っているの?………


なんでそんなふうな口の利き方なの………?


どうして私を見てくれないの?………


 父とそのひとが同盟について言葉を交わしたあと、そのひとの口から初めて私の名前が出る。初めて私の方へ視線を送る。そしてそれに対して父が告げた言葉………



「うむ、連れて帰られるがよい」



 いまだにそのひとが私の知っている…待ち望んでいた人だという現実感はない。だけどその父の言葉を聞いた私は、そのひとが向けてくれたいつも通りの笑顔に、涙が滲んで来るのを感じていた………




 状況は二転三転し、ドゥ・ザンが中止を指示していた晩餐会は当然、何事もなく予定通り開催された。場所を晩餐会場に移しての華やかな夕食は、食材も注意深く選ばれ、贅を尽くしたフルコースが用意されている。

 主賓席に座ったノヴァルナは、左隣にドゥ・ザン、そして右側にはノアが席に着き、どちらも白い衣装を纏った、ノヴァルナとノアが並んで座るその風景は、結婚式の披露宴のようですらある。

 ただ今ノヴァルナがやらなければならない事は、サイドゥ家との同盟をより確実なものにして、自らの政権の後ろ盾にする事であった。
 その辺りはノアもノヴァルナの立場を十分理解しており、ノヴァルナがドゥ・ザンとばかり話をしていても不満な様子はない。むしろノヴァルナが言う言葉に頷いてみせたり、ノヴァルナに同調して父のドゥ・ザンを見据えたりと、後押しするような仕種を繰り返していた。

 一方のドゥ・ザンは、会食しながらのノヴァルナとの意見交換で、この若者の底知れない才に舌を巻いている。現在のシグシーマ銀河系についての、政治的洞察力から軍事的戦略眼、さらには学術的見識まで、驚くほどの知識を有しているのだ。

 話せば話すほどに無尽蔵に示されるノヴァルナの才能に、ドゥ・ザンはすっかり魅入られてしまった。

“これほどの若者、皇国中央の貴族にすらおらぬであろうぞ…ノアの奴め、本当にこれはまた、とんでもない“当たりくじ”を引きおった!”

 ドゥ・ザンは会見前に妻のオルミラから、ノアの選んだノヴァルナが将来、銀河に号令するほどの才を持っていたらどうするのか尋ねられ、それほどの大人物が簡単に現れるものか…と、確率的な意味も含めて突っぱねたのだが、どうやら妻の言葉の通りになったようである。
 となればそこはさすがに“マムシのドゥ・ザン”。すっぱりと考えを改め、ノヴァルナとナグヤ=ウォーダ家のために何がしてやれるか、早くも思考を巡らせ始めた。
 そして晩餐会が終わりを迎えた時、ノヴァルナと握手を交わしたドゥ・ザンは、この場にいる者達全員に聞こえるよう、殊更力強い声で告げる。

「ノヴァルナ殿。これからも精進なさるがよい。窮地の際はこのドゥ・ザン、いつ何時でも援護の兵を差し向けましょうぞ」

 対するノヴァルナは、にこやかな表情で謝意を表す。

「ご厚情、かたじけのう存じます」

 それは穏やかで、確固たる勝利者の顔であった………




▶#16につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...