383 / 422
第21話:華麗なる円舞曲
#14
しおりを挟む“く…このドゥ・ザン。うつけの器量を見誤ったわ!―――”
これが宇宙会戦であったなら、さしずめ敵陣を突破したつもりが、包囲の輪の中に飛び込んでしまった気分に陥ったマムシのドゥ・ザン。腹の中で鎌首を擡げ直すと、玉座から立ち上がり、ノヴァルナに笑顔を向けて応じた。
「よう参られた、ノヴァルナ殿。お待ちしておりましたぞ」
「些か道が混んでおりまして、ご迷惑をお掛け致しました」
自分がおかしなパレードで招いた遅刻を他人事に、ノヴァルナはとぼけてみせる。だがドゥ・ザンもさる者、「なんの、なんの」と応じておいて右手を差し出した。その手を取り握手を交わすノヴァルナ。ドゥ・ザンはさらにその握手の上に左手を重ね、旧来の友人であったかのように、ポンポンと軽く叩きながら親しげに言う。
「我が娘の恩人殿に、ようやく直にお目にかかれましたな。嬉しく思います」
するとノヴァルナは、ドゥ・ザン相手に臆する事無く言ってのけた。
「私も、名高い“マムシのドゥ・ザン”殿にお目通りが叶い、光栄に存じます」
それを聞いて唖然としたのはサイドゥ家の重臣以下、ミノネリラ宙域の住人だ。“マムシのドゥ・ザン”の呼び名は、人物的に批判する場合に使われる事が多く、このような場には到底相応しくない。
しかもこの言葉が、今までのようなふざけた身なりではなく、星大名としての正装姿で面と向かって告げられたのである。それはまさに、ノヴァルナを笑いものの道化にしようとしていた、ドゥ・ザンの胸にグサリと釘を刺すようにも感じられた。
“この者は………”
無論ノヴァルナの発言の真意は分からない。だがドゥ・ザンはこれだけで、ノヴァルナに自分の腹の内を見透かされていたような、底知れぬ薄気味悪さを覚えた。ここはひとまず…と、笑い声を上げて老獪に切り抜けようとする。
「ワッハハハ。これはまた、いきなり手厳しいですな!」
それに対してノヴァルナも笑顔を返す。ここもこれまでのような生意気さ溢れる不敵な笑みではなく、晴天を思わせる鮮やかな笑顔だ。そして穏やかに言う。
「ドゥ・ザン殿」
「なんでしょうかの?」
表情を合わせてにこやかに応じるドゥ・ザン。しかしその表情は、ノヴァルナが事も無げに発した、次の言葉で引き攣り笑いとなった。
「権威とは所詮…この程度のものにございますよ」
「な、なんと申されました?」
ドゥ・ザンは聞こえなかった振りをして、目をしばたたかせながら尋ね直した。ノヴァルナは柔らかな笑顔を絶やさずに、説法をするかのような落ち着いた口調で繰り返す。
「ドゥ・ザン殿が求めて止まぬ権威とは…所詮この程度に過ぎぬ、と申し上げたのです」
「む…ぅ…」
それはある意味、ドゥ・ザンのこれまでを成り上がり人生を、片手で持ち上げてあっさりと放り投げてみせるような、ノヴァルナの残酷な言葉だった。
ただその言葉を口にするノヴァルナの双眸に、非難や憐れみ、そしてそれ以外も含めた如何なる感情もない。自分を見据えるノヴァルナのどこまでも澄んだ瞳に、ドゥ・ザンはむしろ、心が凪《な》いでいくのを感じた。
ああ、そうであったのう―――
ふと天井を見上げたドゥ・ザンの脳裏に、若い頃の自分が甦る。
まだマツァールの姓であった若き日、トキ家の家老職サイドゥ家に仕官した父ショウ・ゴーロンと共に、ひたすら出世する事を目指していた儂は、他人を押しのける事ばかりを考えていた………
なぜ出世を望んだのか…それは皇国貴族や星大名、武家階級の『ム・シャー』といったものの持つ、生まれ付いての権威というものを自分も手に入れたい―――いや、そういった権威そのものを、自分の思うままに支配したいという野心からであった………
時には競争相手を讒言で陥れ、時には上司を金や女や男で篭絡し、時には疑いの目を向ける相手を暗殺した。無論、戦場での武功も重ね、遂には家老職のサイドゥ家に養子入りして家督を継ぎ、宗家トキ一族の内紛に乗じてこれを追放、ミノネリラ宙域星大名の座を手に入れた………
儂は、儂が目指した、権威そのものを、思うままに支配できる地位を得た―――
ところが、目の前に現れたこの小僧は、星大名としての権威を生まれ持って得ていながら、“所詮この程度のもの”と言ってのけおった………
儂が、生意気な態度を取るこの小僧をどうにかしてやろうとしたのも、ノアをトキ家に嫁がせる手立てを考えていたのも、己が権威を守ろうとしていたため…儂は思うままに支配できるようになったはずの“権威”に、いつしか虜囚となっておった………
それ故、本物の“権威”を身に纏ってみせたこの小僧…いや、ノヴァルナ殿の姿を目の当たりにして、我を忘れてしまったのだ………
今にして思えば、この若者の普段見せていた傍若無人な振る舞いも、自分が生まれ持った“権威”を自分自身で玩弄して、儂のように権威に囚われている者達に、権威などというものは一種の幻影に過ぎず。その幻影に踊らされているだけだ―――と、示唆していたのかもしれん………
このマムシのドゥ・ザンを手玉に取るとは―――
“なるほど、我が宿敵ヒディラス殿が自らの継承権を、この若者以外には頑として譲らず、あのイマーガラのタンゲン殿が殊の外恐れ、警戒していたのも頷ける”
内心で一人頷いたドゥ・ザンは、こちらもこれまでの策謀を秘めたような表情を改め、枯れた笑顔でノヴァルナに告げた。
「いやはや、恐ろしい御仁ですな。ノヴァルナ殿は」
「さようでしょうか?」
ここでも穏やかな表情でとぼけてみせるノヴァルに、ドゥ・ザンは問い掛ける。
「さればこそ、一つお尋ね致したいのですが…」
「なんでございましょう?」とノヴァルナ。
「日々の暮らしの中であればいざ知らず、いくさ場にて敵を煽り立てるは、己が身にも危険が増すはず。それでもし、お命を失う事となってはなんとされます?」
ドゥ・ザンがそう言ったのは、今回のこの会見にも関わる話だからだ。ドゥ・ザンにすれば、無礼極まりない奇妙な着衣と、自分勝手なパレードで愚弄したノヴァルナを、捕らえて殺害する事もできたのである。
そんなドゥ・ザンの問いに対する、ノヴァルナの答えは明快だった。
「知れたこと。笑われて死んでゆくだけにございます」
「!!!!」
それを聞いてドゥ・ザンは、ようやくノヴァルナの真意が理解できた。
儂はこの若者に愚弄されていたのではなく、宙域を統べる者としての度量を試されていたのだ。友人として、同盟者として相応しいかどうかを…
そしてこの若者は、儂であれば必ず何事もなく自分を迎え入れ、会見に臨むであろうと読んでいた。それだけの度量がある人物であると、評価してくれた上のあの奇行であった事は言うまでもない。
それが万が一、儂が怒りに任せてこの若者を捕らえ、殺せと命じるようであれば、自分の見込み違いであったと、儂を恨みもせずに死んでゆくつもりだったのだ。
なんという、呆れ果てた大うつけか―――
その時、苦笑を浮かべるドゥ・ザンの胸に、“爽やか”という感情が付随する、奇異な敗北感が込み上げて来た………
▶#15につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる