銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第21話:華麗なる円舞曲

#13

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果たして二時間後、会見の時間である―――



 中世風の王宮の謁見の間には、前述の通り、サイドゥ家の重臣達、ミノネリラ宙域の独立管領、そしてゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナをはじめとする幾人かの皇国貴族に、この惑星ロフラクスの市民代表が、二百人ほども集まっていた。

 ノヴァルナが思いも寄らぬパレードを勝手に始めてしまったため、会見の開始は約三時間もずれ込んでいる。そのためドゥ・ザンは気を利かせ、王宮のテラスに並べてあった瀟洒なテーブルと、椅子のセットを持ち込ませて、飲み物と軽食なども用意するよう指示を出した。参加者にはその妻や子女達もいたからだ。

 謁見の間はいつしか社交場の様相を呈しており、穏やかな古典音楽が流れる中に、談笑する人の輪が幾つも出来上がっていた。そこへ侍従が玉座背後の幔幕の裏から進み出て、ドゥ・ザンと妻と長女の到着を告げる。

 集まった人々が玉座に向き直るとまず、腹心のドルグ=ホルタが幔幕左手から姿を見せて一礼、その後、ドゥ・ザン、オルミラ、そしてノアの順に姿を現した。

 ドゥ・ザンは濃緑の軍装をベースにした中世の王族風の着衣。妻のオルミラは控え目な淡い碧色のドレス。ノアは前にも述べた、オフホワイトのドレス姿である。中でもやはりノアの美しさは際立っていた。招かれた男女の間から賛美の声が漏れる。

「おお…」

「まぁ、お美しい…」

 さざ波のようなその声に、玉座に座ったドゥ・ザンはニタリとした。

 ドゥ・ザンにとってノアの戦略的価値はこれだった。美しさは無論の事、人物的にも良く出来たノア姫は、銀河皇国の一流貴族の令嬢と比べても遜色ないはずだ。そしてミノネリラ宙域の領民にも人気が高い。
 そうであるから、ドゥ・ザンはノアをノヴァルナより、ミノネリラの旧宗主トキ家の嫡男と結婚させたいのだった。自分がかつて追放した旧宗主家との融和策は、これからの宙域統治に必要とされるものだからである。

 妻のオルミラが左側、長女のノアがドゥ・ザンの右側に座る。今回は長男のギルターツは本拠地惑星バサラナルムで留守居をしていた。まぁ実際は、ギルターツが「俺は大うつけなどとは会いとうもない!」と拒んだのだが。

 三人が着席すると、振り向いたドルグが小さく告げる。

「ノヴァルナ様の元へはすでに使いを向かわせております。すぐにお出でになられると思われますので、しばらくお待ちを」

 ドルグの言葉に頷いたドゥ・ザンは、謁見の間にいる人々に声を掛ける。

「皆、今日はよく来てくれた。我が腹心のドルグから聞いておるであろうが、今日はナグヤ=ウォーダの大うつけを、皆でわろうてやる会に変わった―――」

 それを初めて聞かされるノアは、サッ!と顔色を変えた。頭の回転が速いこの姫君は、自分の父親がノヴァルナの命までは奪わないにせよ、同盟関係を強化するどころか、事実上の白紙化を目論んでいるのを理解したのだ。ノヴァルナも今やナグヤ=ウォーダ家当主であり、公の場で恥をかかせるというのは立派な外交問題となるからである。

 隣で娘の表情が強張るのに気づきながら、ドゥ・ザンは言葉を続けた。

「なので皆、せいぜい大いに笑うてやるがよい」

 そう宣するドゥ・ザンに招待客達は一斉に頷き、中には嘲笑を浮かべる者も幾人か現れる。ノヴァルナのパレードの映像を見て、すでにそんな気分になっていたのだろう。

 すると謁見の間のホログラムスクリーンが、貴賓室から出て来るノヴァルナの姿を映し出した。使いの者に先導を任せ、ノヴァルナと三人の従者らしい人物がそれに続いて廊下を歩き始める。
 “らしい”と表現が曖昧なのは、四人がフード付きのローブを身に着け、全身を隠しているからだが、またそのフード付きローブというのが、赤地に白い髑髏を無数に描いた、なんとも悪趣味なものだった。

“ふん…あのような悪趣味なローブでここへ入室して、その下のさらに悪趣味な衣装をひけらかせ、我等を呆気に取らせて主導権を握るつもりであろうが、もはやお見通しよ”

 ドゥ・ザンは内心で呟くとノヴァルナが哀れに思えた。もしかするとノヴァルナも最初から、この会見が自分にとって屈辱的な結果になる事を見抜き、せめてもの意趣返しで、このような無礼な態度に出たのではないか、と考えたからだ。

「相変わらず…お人が悪いですね、ドゥ・ザン様」

 とその時、妻のオルミラがおっとりとした口調で言い放った。こちらもノヴァルナを笑いものにするという話は初耳である。

「なにしろわしは、“マムシ”じゃからの」

 悪びれもせずに応じるドゥ・ザン。オルミラも口調を変えずにやり返す。

「そう申されましても、万が一、姫の申すようにノヴァルナ様が、計り知れぬ大器を秘めたる御方であったなら、なんとします?…そう、いずれ銀河に号令するような」

 妻の言葉に、ドゥ・ザンは「ふん」と鼻を鳴らして告げる。

「│女子《おなご》というものは、惚れた男は皆、そんなふうに思えてしまうのであろう」

「まぁ。ホホホホホホ…」

 夫の思いがけない女性論の開陳に、オルミラは僅かに目を見開いて笑い声を上げた。

「そもそもそのような、銀河に号令するような大人物が、そうほいほいその辺に転がっておったりするものか」

 ドゥ・ザンがさらに付け加えると、オルミラは「ホホホホホ…」と笑い続ける。そこへ謁見の間の大扉が少し開き、侍従によってノヴァルナの到着が告げられる。



さて、わろうてやるか―――



 と腹の内で意地悪く呟きながら、大きく頷いたドゥ・ザンは、口では丁寧な言葉使いで指示を出した。ここではまだ、サイドゥ家が招いた賓客だからだ。

「うむ。お通しするがよい」

 そして大扉がさらに広く開け放たれ、オ・ワーリ宙域星大名ナグヤ=ウォーダ家当主、ノヴァルナ・ダン=ウォーダが入って来た。奇天烈な姿の星大名…いや、道化師を待ち構えるドゥ・ザンと、謁見の間に集まった者達。

ところが………



 次の瞬間、群衆は目の前に現れた、純白の軍装の貴公子に我を忘れ、その場に棒立ちとなってしまった。

「………」

 誰だあれは―――それが、一人として言葉の出ない静寂であるのに、全員の共通した意識として伝わって来る。


 謁見の間の中で時間が止まり、やがてその貴公子がノヴァルナである事が判った。それが二度目の棒立ちを群衆に強いる。



水も滴る、とはこの事であろうか―――


 純白の軍装は金糸と銀糸を使った瀟洒な刺繍で、襟や袖が美しく飾られており、左の腰には金の宝飾が施された、イミテーションのサーベルが提げられている。軍装と合わせた純白のマントには、中央に銀糸の刺繍で家紋の『流星揚羽蝶』が描かれており、マントの裏側を染めた薄紫色が上品さを高めていた。
 また頭髪も、これまでのような左前髪の派手なピンク色のメッシュは消え、紫がかった黒髪が艶やかである。
 そして何より表情にいつもの不敵な笑みはなく、やや女性的な顔立ちに口元を引き締めたその顔は、凛とした印象が美しかった。歩く姿もよく見せていたような、ふんぞり返った姿勢とは違い、背筋を伸ばして鳶色の瞳が真っ直ぐ前を見据えている。

 またノヴァルナが従えていた三人―――ナルマルザ=ササーラ、ラン・マリュウ=フォレスタ、ヨヴェ=カージェスもフード付きローブを脱いでおり、こちらはウォーダ軍の紫紺の正式軍装を一部の隙もなく着込んでいた。その軍装の色彩の違いが、主君ノヴァルナの純白の軍装を一層際立たせている。

 言葉を失って息を呑むばかりの群衆の中、ドゥ・ザンの妻のオルミラだけは動ずることなく、両手を合わせてノヴァルナの美麗な姿に正直な感想を述べた。

「まぁまぁ!…なんとお綺麗な!」



 これに「ぬうう…」と呻き声を漏らしたのはドゥ・ザンである。いや、妻の言葉に嫉妬したのではない。自分も一瞬、ノヴァルナの姿に見入ってしまったからだった。それは外見の美しさだけでなく、この傍若無人の大うつけを演じていた若者が、遂に白日のもとへ晒した星大名としての姿、その器量を見せつけられた事に他ならない。

“こ、これ…は”

 すでに何度か述べて来た通り、かつては民間人であったドゥ・ザン=サイドゥは、父のショウ・ゴーロン=マツァールと二代に渡って、権謀策略を繰り返して仕官先のサイドゥ家を乗っ取り、当時の主君トキ一族を追放してミノネリラ宙域星大名の座を奪い取った。
 これまでの何十年もの間、相手を出し抜き、罠に陥れ、今の地位までのし上がって来ただけに、ドゥ・ザンの人の素性を見抜く目は卓越している。その目が初めて星大名の姿になってみせたノヴァルナを見て、圧倒されてしまったのだ。



 しかも小憎らしい事に、このような真の姿になってもノヴァルナは、傍若無人さをも無くしてはいない。三人の『ホロウシュ』を引き連れたノヴァルナは、僅かに歩くと謁見の間に用意されたテーブルと椅子のセットのうち、入り口近くにあった一つに、優雅に腰を下ろしてしまったのだった。その背後に三人の『ホロウシュ』が立ち並び、人待ちの様子…つまりドゥ・ザンの入室を待つ様子を醸し出す。当のドゥ・ザンはすでに玉座にいるというのに、気づかぬ振りをしたというわけである。

 そんなノヴァルナの態度に、謁見の間の群衆は誰からともなく、玉座のドゥ・ザンを振り向き、そして、特に戦場経験豊かな重臣達は背筋をゾッ!と震わせた。自分達の主君の目が、総旗艦で会戦に臨む時のそれになっていたからだ。彼等の意識に、共通の言葉が浮かぶ。



これはいくさだったのだ―――


 
 我等はどうすればよいのだろう…パレードの時の奇妙奇天烈な恰好であれば、幾らでもノヴァルナを笑いものに出来た。だがこれほどまでに完璧な、星大名としての姿を見せつけられては、笑い声どころかしわぶき一つ憚られるような雰囲気だった。途方に暮れた重臣や独立管領達は、ドゥ・ザンの指示を待つしかない。ドゥ・ザンが笑い出せば無理やりにでも笑い、殺せと命じれば殺す、自分達では決められない状況だ。

「………」

「………」

 睨み付けるドゥ・ザンと、人待ち顔で素知らぬ様子のノヴァルナ。互いに無言の時間が緊張を伴って幾何いくばくか流れ、やがてドゥ・ザンは傍らに控えるドルグ=ホルタに、ノヴァルナをここへ案内するよう命じた。
 足早にノヴァルナが座る椅子の所へやって来たドルグは、一礼して控え目な声で問い掛ける。

「これはナグヤ=ウォーダの、ノヴァルナ殿下にあらせられますか?」

 ゆっくりと、そして軽く頷いたノヴァルナは、物静かな口調で問い返す。

「ご貴殿は?」

 なんという事であろうか。オ・ワーリ侵攻作戦の際は、ヒディラス・ダン=ウォーダやヴァルツ=ウォーダといった、ウォーダ家の猛将相手の戦いに一歩の引けも取らなかった老練なドルグまでもが、このやり取りだけで、真の姿となったノヴァルナの放つ、将器のオーラに飲み込まれてしまったのだ。反射的に再び一礼、畏まって応答した。

「サイドゥ家家老、ドルグ=ホルタにございます。ドゥ・ザン=サイドゥ、すでにあちらにて殿下をお待ち致しておりますれば、いざご案内を」

「であるか」

 そう言って立ち上がったノヴァルナは、純白のマントを緩やかになびかせて、落ち着き払った様子で、謁見の間を玉座まで続く赤い絨毯の上を歩き進む。無論ドゥ・ザンは笑わない。ドゥ・ザンもオルミラもノアも、歩くノヴァルナの姿を眺める誰もがただ、その気品に満ちた身のこなしに見とれていたからだ。

 途中で『ホロウシュ』の三人に「おまえ達はここで待て」と命じ、一人でドゥ・ザンの前へ進み出たノヴァルナは、右手を自分の胸に置き、恭しく頭を下げて静かに、そして力強く告げた。



「オ・ワーリ宙域星大名ナグヤ=ウォーダ家当主、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ。ドゥ・ザン=サイドゥ殿のお招きにより、参上仕りました」




▶#14につづく
 
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