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第21話:華麗なる円舞曲
#12
しおりを挟むそしてお祭り騒ぎを引き起こしたノヴァルナのパレードは、踊り狂う民衆まで引き連れたまま、宇宙港からドゥ・ザンらのいる王宮へ辿り着いた。
到着までの時間は約二時間、その間、オープンカーの男女も、ノヴァルナまでもずっと踊り続け、一方でドゥ・ザン達は待ちぼうけを喰わされる形で、これ以上ないくらいに礼を失している。
だが当のノヴァルナはそんな事はお構いなしだった。車列が王宮の前まで来ると、踊りながらついて来た民衆に向かって身を乗り出し、右手を大きく振りながら笑顔で叫ぶ。
「おぉう!! てめーら、ありがとなぁーーー!! 楽しかったぜぇーーーッ!!!!」
そう言うノヴァルナも、他のオープンカーに乗っていた男女も、ここへ着くまで踊りっぱなしで、汗みずくのヘトヘトになっている有様《ありさま》である。民衆はノヴァルナの声に「わぁーーーっ!!!!」という歓声で応えた。
しかもこの様子まで謁見の間まで届くと、面白くない表情になったのはサイドゥ家の家臣達である。自分達がいる惑星ロフラクスはサイドゥ家の領地であるというのに、ノヴァルナは踊るだけで民衆の心を掴んでしまったのだ。市井の人々と一緒に、一心不乱に踊る姿が、NNLによってこのショーン・トィンクル地区だけでなく、ロフラクス全土に拡散されたからだった。
「おのれ、余計な真似を…」
民衆の歓声に送られながら、王宮の門をくぐるノヴァルナの車列の映像に、サイドゥ家の家臣達の幾人かが苦々しげな口調で吐き捨てる。ただ同じ映像を控えの間で見ていた、ドゥ・ザンは余裕であった。
「つくづく面白い男じゃのう、うつけ殿は」
ソファーに背を沈め、フフフ…と笑い声を交えて述べるドゥ・ザンに、傍らにいる妻のオルミラも微笑を浮かべて応じる。
「そうでございますねぇ…」
ドゥ・ザンのこの余裕は、ノヴァルナをどうしてやろうか―――その腹積もりが決まったからに他ならなかった。
突拍子もない行動で人の意表を突くのはいいが、突き過ぎると単なる道化でしかない。
どうせノヴァルナは謁見の間へも、あの奇天烈な衣装のままで入って来るであろうから、ドゥ・ザンはそんなノヴァルナの姿を、謁見の間にいる者達と全員で、笑いものにしてやろうというのである。その笑い方も罵倒を交えた嘲笑を浴びせる、辛辣なものだ。
【改ページ】
ドゥ・ザンは自分なりにノヴァルナの一連の行動を分析して、これはまともに相手にしてはならぬと判断したのだった。
不埒な挑発に、こちらがいきり立ってムキになるほど、結果として自分が馬鹿を見る羽目になる。それは今日のここまでの身なりや態度だけではなく、これまでのノヴァルナと敵対して来たもの―――イル・ワークラン=ウォーダ家とキオ・スー=ウォーダ家、ロッガ家、そしていまだに半ば信じられはしないが、娘ノアから聞いたトランスリープで転移した先の、1589年のムツルー宙域でのアッシナ家などからの情報で得た結論だ。
“しかもあの大うつけは、そのような挑発に自らの命を懸けるほどの馬鹿者じゃ。だが…この儂を些か甘く見たようじゃの”
内心で呟いたドゥ・ザンは、一人ほくそ笑んだ。これ程まで自分を愚弄したノヴァルナを、会見の席で捕らえて殺してしまうのは容易い。だが相手を挑発する事に命まで懸ける大うつけにとっては、それもまた自分が挑発に乗せられた事になるのではないか…と考えた。
ふざけた態度を許しては一国の主として、また“マムシのドゥ・ザン”と呼ばれた梟雄としての、矜持と権威が問われる。しかしそのような理由で、ノヴァルナを殺してしまってはどうか?―――腹心のドルグ=ホルタが意見を述べたように、娘の恩人を呼び寄せておいて謀殺まがいに殺めた、極悪非道の行いと領民の非難の的にされる事になる。
いずれにしても損な二者択一となるところだが、さすがにドゥ・ザンは老獪で只者ではない。第三の選択を用意したのだ。それがノヴァルナを単なる道化…笑いものにするという手だった。
謁見の間に招き入れたノヴァルナの奇異な着衣と、無礼な態度を、全員で嘲笑うだけ嘲笑って追い返す。無論、ノアとの婚約は破棄して同盟を結ぶ事もしない。そして追い返したあとは国境を封鎖し、ノアと旧宗主トキ家嫡男、リージュとの政略結婚の話を進めて関係を修復、当分は内政に専念するのだ。
“ふむ、そうじゃの…ノアを助けてくれた礼ぐらいは、言うてやってもよいか”
常にここぞという時の奇想天外な振る舞いで、主導権を握って来たあの若造が、単なる笑いもので終わる今回…どのような顔をするか、ドゥ・ザンはむしろ楽しみになって来るのを感じた。
そんなドゥ・ザンとオルミラのいる控えの間を、着替えを済ませたノアが訪れる。
ノヴァルナとドゥ・ザンの艦隊が交戦する可能性を危惧し、『サイウンCN』で割って入ろうとした時のパイロットスーツ姿とは打って変わり、今のノアは、全体にプラチナシルバーの糸で繊細な刺繍が施された、オフホワイトのドレスに、淡い色調のピンクパールのネックレスと、所々に細長くカットされたアメジストを、小さな花のようにアレンジした銀のティアラを身に着け、星大名の姫らしい清楚かつ可憐な出で立ちとなっている。
「まぁ、ようお似合いだこと」
ノヴァルナに対する夫の意図を知らないのか、見抜いていても知らぬ振りをしているのか、つかみどころのない雰囲気のオルミラは、入室して来たノアの美しい姿に、ソファーから立ち上がると手放しの喜びようであった。
「きっとノヴァルナ様も、目を見張られましょうや」
そう続けるオルミラにノアは笑顔を向け、「ありがとうございます」と礼を言う。ただその笑顔はすぐに影を潜め、父ドゥ・ザンの元へ歩み寄ると、真剣な眼差しとなった。
「父上」
呼び掛けるノアに対し、ドゥ・ザンは振り向きもせずに「なんじゃの?」と、どこかのんびりとした口調で応じる。
「どうか、ノヴァルナ様に手荒な真似は、おやめください」
と告げるノア。ノアもやはり、今回のノヴァルナはやり過ぎだと感じており、怒った父親がノヴァルナを討ち取る、口実にするのではないかと危惧したのだ。
前述の通り、今回はドゥ・ザンに、ノヴァルナの命まで害する意思は無い。しかしこの“マムシ”と呼ばれた男の恐ろしさは、事と次第によってはたとえ自分の娘であっても、弱みを見せればそこにつけ込むところであった。「ほう…」と声を漏らすと、とぼけた調子で言葉を続ける。
「うつけ殿の命乞いか?」
「………」
無言のままである事が、正解だと物語るノア。するとドゥ・ザンは、声に少々わざとらしい陰険さを帯びさせて畳み掛けた。
「そうじゃのう…おぬしが、うつけ殿との婚約を諦める…と申すなら、手荒な真似は控えてもよかろうかのう」
ノアの方から、うつけ殿との婚約は諦めるという言質を取れるなら、これは儲けものというものよ―――と、計算高いドゥ・ザン。
「そ、それは…」
自分で自分を追い込んでしまった形のノアは、返答に窮した。
ノアにとって、ノヴァルナの助命を申し出るのと、婚約まで解消してしまうのは別問題だった。こんな大事な時だというのに、またもやらかしたノヴァルナの身勝手さに、腹を立てこそしたが、百年の恋も冷める…というようなものではない。
パイロットスーツからドレスに着替えている間、今回の会見が失敗に終わっても、自分自身ももっと、そしてちゃんと、ノヴァルナが本当はどのような人柄か両親に説いて、二人の仲を認めてもらおうと、ノアは不安だった気持ちを整理していたのである。
だがそれを見透かしたかの如く、自分から婚約を解消するように仕向ける父の言葉は、ノアをして“しまった!”と思わざるを得ない。言葉に詰まったノアは、あの日以来ずっと左手の薬指に嵌めたままの、ノヴァルナがくれた木のリングを、右の手指でキュッと包み込む。
ところがそんなノアに助け舟を出したのが、母のオルミラだった。「ホホホホ…」と軽やかな笑い声を上げると、ノアに告げる。
「これはまた、ドゥ・ザン様も御冗談を。姫がご心配なさるまでもなく、ドゥ・ザン様に手荒な真似をなさるおつもりは、ございませんよ」
「む、オルミラ…」
要らぬ事を…と横目で睨み付け、顔をしかめるドゥ・ザン。しかしオルミラは素知らぬ表情で、さらに言葉を続けた。
「ドゥ・ザン様は懐深きお方、この程度で目くじらを、お立てになったりはしませぬて…のう、ドゥ・ザン様?」
嫌味もなく、とろりとした物言いでそう水を向けられては、ドゥ・ザンも「ふん…」と鼻を鳴らすしか手立てはない。そして「さてな…」返答を濁したところに、ドルグ=ホルタが、王宮に到着したノヴァルナを、貴賓室に案内した事を報告に訪れた。
「待たせてくれるものよ…相分かった。ノヴァルナ殿にも、一息入れる時間は必要であろうゆえ、会見は二時間後としようぞ」
ドゥ・ザンはそう応じた上で、ドルグの目を見て「あとは分かっておるな?」と、付け加える。当初の予定では謁見の間での会見のあと、晩餐会、そして舞踏会と続いて、翌日双方ともが本拠地へ帰還という流れとなっていた。だが腹心であるドルグには、すでに会見の場でノヴァルナを笑いものにして、追い返す事にした旨を伝えており、そのあとの予定はキャンセルとなるのを念押ししたのだ。
「御意」
短く返答したドルグは、深くお辞儀をして控えの間を去って行った。
▶#13につづく
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