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第21話:華麗なる円舞曲
#11
しおりを挟むやがてサイドゥ軍の三隻の駆逐艦が水先案内人役を務めた、ノヴァルナのナグヤ家第1艦隊が、ドゥ・ザンの待つ第二惑星ロフラクスの重力圏に姿を現した。さらに肉眼では確認できないが、その後方には補給部隊二十隻も従っているはずである。
ロフラクスはノヴァルナの住む、惑星ラゴンと似た青い惑星だった。特徴的なのはほぼ同じ大きさの月が三つ、同じ軌道上を等間隔で惑星を囲んでいる点だ。植民地化前に行われる銀河皇国科学省の学術調査によると、この等間隔の配置によって重力的にバランスが取れており、もしこれが崩れるようであると、三つの月の全てが軌道から飛び出して行ってしまうらしい。
ノヴァルナ艦隊を迎え入れたドゥ・ザンの艦隊は、必要以上の緊張を避けて、陣形を維持したまま後退すると、惑星の裏側へ移動した。互いが等間隔に置かれた月の陰に入り、牽制し合うような形だ。そしてその両艦隊の中間の地表に存在しているのが、遺跡地区のショーン・トィンクルである。
惑星ロフラクスは銀河皇国が植民星とする数千年前まで、知的生命体が存在していた。ショーン・トィンクルはその時あった都市国家の一つで、学術的意味もあって、当時の技術で復元された中世風の街並みが広がっている。
ノヴァルナとドゥ・ザンの会見が行われる場所は、王宮だった建造物であった。
この惑星にあった文明は、高層建築という発想がなかったのか、王宮と言っても二階建て程度で、一部に三階建ての楼閣が六つ、突き出しているだけとなっている。ただ上から見ると正六角形のその王宮の面積は広く、両端の間はおよそ六百メートル―――宇宙戦艦の全長とほぼ同じ長さほどもある。
王宮の内部は空間が多く、中央の王族の居住する区画とそれを取り囲む、大臣の執務室や貴賓室など六つの区画は、百メートルはある長い廊下で結ばれていた。これはこの星の失われた文明において、王族は高みから見下ろすのではなく、拝謁までに相手に長い距離を歩かせる事を、身分の高さとしていたためらしい。そのため発掘された別の都市国家の王宮遺跡では、中央の謁見の間に達するまで、三百メートルを超える距離があるものまで発見されていた。
その王宮の謁見の間が、ノヴァルナとドゥ・ザンの会見場所となっており、先に到着したドゥ・ザンと妻のオルミラ、そして娘のノアは別室でノヴァルナの到着を待っている。
だがここでもまた、ノヴァルナはやらかした。ショーン・トィンクルの復元された王宮へは、市街地の外れに建設された宇宙港から真っ直ぐ伸びる、一本道を使用すればよいのであるが、そこへ大型輸送シャトルで降下したノヴァルナは、登載して来たオープンカータイプの反重力車七台と、『ホロウシュ』の若者が二人乗りする反重力バイク八台で、パレードを始めたのだ。
パレードの速度は歩くより少し早い程度であった。『ホロウシュ』達を乗せた六台を前後に置き、中央の一台の後部座席に花で飾った台座を取り付け、ノヴァルナはその上の椅子に座り、腕組みをしてふんぞり返っている。その姿も『ゴウライ』に乗っていた時の、ど派手な虹色の上下繋ぎに花飾り付きの真紅のシルクハットと、太ももにはシマウマの縫いぐるみだ。
しかもそれだけでなく、金色のロングコートを肩から羽織り、さらになんと三メートルはあろうかというニシキヘビのレプリカを、首から巻き付けていた。おまけになぜか右手には、猛獣使いが持つような長い鞭を持っている。
そして異様なのはノヴァルナの前後三台ずつのオープンカーも同様だ。それらには、別の世界で言うところの“和装着物”に似た、色とりどりの衣装を着る若い男女が、車に取り付けた大スピーカーから流れる、賑やかな音楽に合わせて、奇妙な踊りを踊っているのである。
このとんでもない集団は、市街地に近付くとはじめに気付いた市民の、NNL画像サイトへの投稿で、たちまち広く知れ渡るところとなった。
パレードが街の中へ入った頃には、実際に一目見ようという人々が通りに集まり出し、王宮へ向かうノヴァルナに対して、当初予想されていた数を上回る観衆に膨れ上がったのである。
すると両側で観衆の見守る通りに差し掛かったノヴァルナのパレードは、前後六台の反重力オープンカーの後方に突き出したノズルから、大量の紙吹雪を撒き散らしだした。赤青黄緑紫に金銀の紙片が、ノズルから空高く噴き出されて観衆の視界を埋め尽くす。
まるでカーニバルのような華やかさにつられ、観衆も次第に手を振り、腰を振り、自分達なりに踊り始めた。本当に何かのお祭りが始まったようですらある。
そこにオープンカーの上で踊る男女が左で大きなカゴを抱え、右手でその中から掴みだした小指の先ほどの小さな何かを、観衆に向けて投げ始める。包み紙の綺麗なフルーツ味のキャンディーだ。
この惑星はミノネリラ宙域内にあり、住民も惑星ラゴンのヤディル大陸に住む者達のように、ノヴァルナの奇行に毒されてはいない。それがかえって功を奏し、パレードは段々と本物のお祭り騒ぎとなって来た。観衆の喜ぶ様子に調子に乗ったノヴァルナは、中央のオープンカーの台座で立ち上がり、手にしていた鞭をゆっくりと頭上で振り回しだす。
その光景は王宮でノヴァルナの到着を待つ、控えの間のドゥ・ザン一家、さらに謁見の間に集められた重臣や、招待された独立管領、幾人かの貴族、そして市民代表のところにも、大型のホログラムスクリーンで映し出されていた。彼等は皆、王宮の風合いに合わせて、中世の貴族風な衣装を身につけている。
「………」
「………」
「………」
そしてこちらはショーン・トィンクルの市民と違い、スクリーンに映るノヴァルナの異様さに呆気に取られたり、眉をひそめたり、中には嫌悪感を隠すことなく、控え目な声で言葉を交わしていた。
「なんでしょうかなぁ、あの出で立ちは…」
「領地ではいつも、あのような振る舞いをして、市民を呆れさせているとか…」
「…にしてもあのような姿、度が過ぎるというもの」
「さよう。ドゥ・ザン様の方から、わざわざお呼びになられたというのに、無礼な…」
「あの首に掛けたニシキヘビ…まさか、ドゥ・ザン様が“マムシ”と呼ばれておられるのに対抗して、自分はニシキヘビなどと言うつもりでは…」
「それに、あの飴を撒き配りながら、鞭を振り回す…統治の基本、“飴と鞭”を表しているつもりでありましょうか…」
「あのような痴れ者に、目を付けられるとは…ノア姫様もお可哀想に」
そのような批判の声が飛び交う人々の中には、先日のヒディラス・ダン=ウォーダの葬儀にも参列していた、皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの姿もある。
スパークリングワインの入ったグラスを片手に、スクリーンの中のノヴァルナを興味深そうに眺めるゲイラ。漫遊貴族と呼ばれて諸宙域国を回る事が多いゲイラは、成り上がり者のドゥ・ザンとも交流がある、数少ない中央の人間であったため、この場に招待されるのも自然な成り行きだ。
周囲の辛辣な言葉をよそに、ゲイラはスクリーンの中のノヴァルナへ、穏やかな笑顔を向けて呟いた。
「さて…今度はどのような“びっくり箱”をご用意しておられるか、楽しみにしておりまするぞ…」
▶#12につづく
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