銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
377 / 422
第21話:華麗なる円舞曲

#08

しおりを挟む
 
 ノヴァルナ艦隊の領域進入は哨戒網を通じて、サイドゥ家第1艦隊総旗艦『ガイライレイ』に乗る、ドゥ・ザンの元へ伝えられた。

 ただ領域の端からサイドゥ家第1艦隊までは、超空間量子通信で転送を繰り返す必要があるため、大きなデータは時間が掛かる。それゆえにこの時点では、ノヴァルナ艦隊の規模までは不明である。

「ふむ…うつけ殿、艦隊を連れて来たか。そこまで馬鹿では、ないようじゃな」

 総旗艦『ガイライレイ』の艦橋で戦術状況ホログラムを眺めるドゥ・ザンは、前屈みになって、見事な八の字髭を指で撫でながら、ニタリと微笑んだ。この梟雄が娘に対して告げた、もしノヴァルナが大した護衛もつけずにやって来たら、討ち取るという言葉は、本心からであったのだ。

“弱きこと、愚かなこと、無知であること…これらは、戦国においては罪じゃ”

 ドゥ・ザンもノヴァルナを、見掛けだけの若者ではないとは認識している。昨年の戦場でのノア姫との婚約発表など、奇抜な発想は本当の大うつけでは、及びもつかないものだとも理解していた。

 ただドゥ・ザンは、イマーガラ家のセッサーラ=タンゲンがノヴァルナを脅威と感じているほど、大きく認識しているわけではない。この捉え方の違いは、ドゥ・ザンは実際の目でノヴァルナを見たことがなく、ノヴァルナよりもその父ヒディラスこそが、長年の敵であったところによる。昨年、ミノネリラ宙域にヒディラスが侵攻して来た際も、ノヴァルナとその部隊は、後詰めとしてオ・ワーリ=シーモア星系にいたままで、サイドゥ軍とはいまだ一戦交えた事はない。

 このため、実物のノヴァルナをこの目で見たいというのも、ドゥ・ザンの嘘偽りない心情であった。しかしその一方でノヴァルナが取るに足らない人物であったなら、殺してしまっても一向に構わん、と本心で思っているのだからドゥ・ザンも相当、癖のあるひねくれ者なのは確かだ。

「いかがいたします?」

 とノヴァルナ艦隊への対応を尋ねたのは、司令官席のドゥ・ザンの傍らに立つドルグ=ホルタだ。今回はドルグ自身の艦隊は率いておらず、参謀長という形でドゥ・ザンの会見の補佐を仰せつかっている。

「うつけ殿の艦隊の戦力が判明するまで待て。少数ならば、トラン・ミストラル星系にて待ち伏せし、力押して磨り潰してくれようぞ」

 ドゥ・ザンはそう言うと、八の字髭の間から乾いた笑い声を漏らした。

 ドゥ・ザンのサイドゥ軍第1艦隊に同行する、ノアの乗る御用船『ベルルシアン』号でも、当然ノヴァルナ艦隊の領域進入の報告はもたらされている。
 以前に乗った『ルエンシアン』号と同じ作りの、貴賓室に据えられたソファーに腰掛けたノアは、船長からノヴァルナ艦隊の情報を聞き、例の双子姉妹の護衛兵を呼び寄せた。

 双子は『ナグァルラワン暗黒星団域』の時と同じく、ピンク色と黒色を基調にしたパイロットスーツを着用し、二人並んでノアの元へやって来た。傍らにピタリと立ち止まり、背筋を伸ばすと声を揃えて申告する。

「メイア=カレンガミノ、マイア=カレンガミノ。参りました」

 カレンガミノ姉妹は、民間人からノアの侍女兼護衛官に抜擢された優秀な二人で、そのパイロットとしての技量は『ナグァルラワン暗黒星団域遭遇戦』において、ノヴァルナの『ホロウシュ』の中でもトップクラスの腕を持つ、トゥ・シェイ=マーディンとラン・マリュウ=フォレスタに一対一で手を焼かせたほどだ。一卵性双生児だけあって瓜二つの二人ではあるが、姉のメイアの方には下唇の左に小さなホクロがあり、それによって比較的見分けはつき易かった。

 ここまでの流れも『ナグァルラワン暗黒星団域』で、キオ・スー=ウォーダ家の襲撃を受けた時と似ている。ただあの時のノアは戦闘が予想される状況でも、どこかゆとりを感じさせたのだが、今回のノアは違っていた。すっくと立ちあがると、双子に振り向いて少し緊張した面持ちで告げる。

「ノヴァルナ殿が艦隊と共に参られました。ただ我が父ドゥ・ザンは、彼と交戦する事を目論んでいると思われます。私はこれを止めなければなりません」

「はい…」

 姫の口ぶりから嫌な予感を受けて、双子は探るような口調で応じ、互いに視線を合わせた。すると予感通り、ノアはNNLで立ち上げたホログラムのインターコムを操作し、船長を呼び出して指示する。

「船長。もし両軍が交戦態勢に入るようであれば、この船を前進させて下さい」

 と言われても、船長もそう簡単に了承できる話ではない。

「それでは、船を危険に晒す事になります。姫様をお守りするのも難しく―――」

「構いません」

 ノアはピシャリと言って船長の言葉を遮り、さらに続けた。

「それから私の『サイウンCN』と、カレンガミノの二人の『ライカSS』の、出撃準備を整えておいて下さい」

 御用船『ベルルシアン』号の船長もノアの性格を知っているのか、機体の出撃準備を指示するノアの言葉に、諦めたように「かしこまりました」と応じて通信を終える。メイアとマイアも“やっぱり…”といった表情で、再び視線を交わした。彼女たちに向き直ったノアは、決然とした目で言う。

「両軍の交戦が必至となった場合、私が『サイウン』で火線上に割って入ります。二人にはそれまでの護衛をお願いします」

 姫様はご自分の身を盾にして、ドゥ・ザン様もノヴァルナ殿も守ろうとしている…そのような決意を見せられては、メイアもマイアも自分達だけが後方に下がれるはずもない。『ナグァルラワン暗黒星団域』の時のように、ノアを守り切れなかった不始末は、この身が引き裂かれても金輪際あってはならない事だ。

 双子姉妹は互いの意思を確かめるまでもなく、ノアを見据えたまま声を合わせて、きっぱりと告げた。

「いえ。我等姉妹、今度こそどこまでも、姫様に御供仕ります」




 それからおよそ六時間後、ノヴァルナのナグヤ第1宇宙艦隊は、最後の統制DFドライヴを終了し、トラン・ミストラル星系外縁部に姿を現した。

 統制DFドライヴ用の巨大ワームホールから、密集して飛び出して来たノヴァルナ艦隊83隻は、素早い動きで十数隻の戦隊ごとに展開し、総旗艦『ゴウライ』を前方に置いた横長長方形の方形陣を短時間で作り上げる。

 その様子を、星系最外縁部に置いた哨戒プローブからの映像で眺めるドゥ・ザンは、素直に感心して見せた。

「ほう。見事な動きよの…手練衆を連れて来たか」

 そう言うドゥ・ザンは、総旗艦『ガイライレイ』に座乗したまま、会見場所となる第二惑星ロフラクスを背後に置き、第1艦隊79隻を率いて鶴翼陣を敷いている。そこにナグヤ艦隊の解析情報を告げるオペレーターの声と、戦術状況ホログラムへの表示追加が入った。

「ナグヤ艦隊。戦艦級17、重巡航艦級18、軽巡航艦級12、駆逐艦級26、打撃母艦級10、総旗艦『ゴウライ』確認。ナグヤ=ウォーダ家第1艦隊です!」

「第1艦隊か、道理で…な」

 ナグヤ第1艦隊と言えば、以前は宿敵ヒディラスの直率部隊で、モルザン星系会戦では撃ち合いを演じた相手だ。指揮官がノヴァルナに代わり、編成変えも行われたはずだが、ナグヤ=ウォーダ家随一のエリート部隊である事に違いはない。



▶#09につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...