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第21話:華麗なる円舞曲
#07
しおりを挟む「今しがたナグヤから連絡があった。うつけ殿がラゴンを発ったそうじゃ」
ドゥ・ザン=サイドゥはイナヴァーザン城の大窓から、キンカー山の裾野に広がる夜景を眺めながらそう言い、スキンヘッドを右の手の平でつるりとひと撫でした。
ドゥ・ザンの数メートル背後には、呼びつけた長女のノアが、水色のナイトドレスを着て硬い表情で立っている。その両側には同年代の女性従者がいたが、それはあの『ナグァルラワン暗黒星団域』の戦いで、ノアを護衛していた双子の女性だった。
「どうした? おまえの婿殿が、わざわざ迎えに来てくれるというのに、もう少し嬉しそうな顔をしてはどうじゃ?」
当て付けがましく言うドゥ・ザンの背中を、ノアは無言でキッ!と見据えた。父の口から聞かされると、ノヴァルナとまた会えるという喜ぶべき言葉も、不吉な宣告にしか思えない。
透明金属製の大窓に映る娘の反応を、納得顔で見たドゥ・ザンは、窓から離れて近くの通信コンソールに歩み寄る。そしてパネルを操作し、腹心の武将、ドルグ=ホルタを呼び出した。程なくしてドゥ・ザンの前に等身大のドルグのホログラムが出現し、会釈する。
「お呼びにございますか?」
ドルグ=ホルタは五十代のベテラン。ドゥ・ザンの懐刀とも呼べる存在だ。
「うむ。予定通り明朝、我等も会見場所のトラン・ミストラル星系へ出立する。姫の船は用意できておるか?」
「はっ。『ベルルシアン』号ならば、すでに出港準備は整ってございます」
ドルグの告げた『ベルルシアン』号は、以前にノアが乗船し、『ナグァルラワン暗黒星団域』で失われた『ルエンシアン』号の同型船である。「うむ」と頷いたドゥ・ザンは、さらにドルグに尋ねる。
「で?…当然、我が第1艦隊も出撃準備は、出来ておるのであろうな?」
「!!!!」
それを聞いてノアは、目を大きく見開いた。『ベルルシアン』号に幾らかの護衛艦隊が随伴するのは当然の事と理解できるが、総旗艦艦隊である第1艦隊が動くとなると、戦闘行動となる可能性が高いと考えざるを得ない。
「父上!!」
嫌な予感しかしない話に、強い口調で呼び掛けるノア。それに対しドゥ・ザンは振り向いてニタリと笑い、冷たく言い放った。
「姫欲しさに手勢も連れず、のこのこやって来るような大うつけであれば、その場にて討ち取る―――これがわしのやり方じゃ」
その二日後、ナグヤ家総旗艦『ゴウライ』に座乗したノヴァルナは、第1艦隊を率いてミノネリラ宙域との領域境界を超えた。
艦橋の窓から望む左舷、遥か彼方にはノヴァルナとノアが出逢った『ナグァルラワン暗黒星団域』が、紫色の霞のようにぼんやりと光を放って小さく浮かんでいる。
目指すトラン・ミストラル星系まではおよそ百三光年。あと一度のDFドライヴで到達できる距離まで来ている。
ただドゥ・ザンとの会見を間近に控えたノヴァルナはといえば、出発の時に着ていた派手な黄色地に黒い渦巻柄のコート姿のまま、司令官席に背中を沈み込ませるような座り方で、退屈しのぎに左手の上に浮かべたホログラムのキューブパズルを、右手の指で回転させながら解いていた。
これが今までの座乗艦である第2艦隊の『ヒテン』であれば、乗員達もノヴァルナの普段の不真面目そうに見える態度に慣れているため、特に気に掛ける様子もないのだが、今回はこれまで父ヒディラスの専用艦であった『ゴウライ』という事で、新たな主君のこのような振る舞いに免疫がなく、時々司令官席に視線を遣っては、“なんだありゃあ…”といった表情をする。
とは言え、『ゴウライ』はナグヤ艦隊の総旗艦だけあって、ノヴァルナがどのような態度でいても怠りはない。
領域境界面を超えて程なく、電探科の士官がサイドゥ家の自動哨戒プローブを、長距離センサーに探知、艦長に報告して来た。それと連動してすぐさま艦橋中央に戦術状況ホログラムが展開され、プローブとの相対位置と距離が表示される。
現在第1艦隊は戦闘行動中ではないため、交戦の意思が無い事を伝える意味もあって、『ゴウライ』を先頭にした方錐陣を組んでいた。そのため『ゴウライ』の長距離センサーが最初に哨戒プローブを発見したのだ。艦長は足早にノヴァルナに歩み寄り、指示を仰ごうとする。
しかしノヴァルナは艦長が何かを言う前に、「構わねぇ」とだけ告げた。別に手を抜いているわけではなく、艦長の言いたい事を理解しているからだ。
総旗艦『ゴウライ』の艦長は名をスヴェンス=レンダーといい、ノヴァルナの父ヒディラスがナグヤ家の家督を継いだ時に、同時に艦長に就任した大ベテランだ。民間から登用された人物だが、それでありながら総旗艦の艦長を任せられるのだから、優秀さが知れるというものである。
レンダー艦長はノヴァルナの言葉に「御意」と応え。通信士官と総舵手に命じる。
「サイドゥ家から指示された航過コードを送信。艦の位置と速度は現状のまま」
今回のミノネリラ宙域進入は両家の外交事案であるから、予めサイドゥ家から哨戒網を通過するための航過コードを支給されていた。その上で艦長がノヴァルナに指示を仰ごうとしたのは、相手は“マムシ”の異名を持つドゥ・ザン=サイドゥであるから、万が一航過コードが偽物でこれが罠であった場合、いつサイドゥ家の艦隊が出現するかも知れず、『ゴウライ』を先頭にした陣形に危険があるという判断からだ。
一方のノヴァルナはオペレーターの「航過コード送信」という報告を耳にして、皇国暦1589年のムツルー宙域で見た、謎の巨大施設を思い出した。
それはのちにトランスリープ航法を行うための、恒星間規模の超空間ネゲントロピーコイルだと判明したのだが、誰が何の目的で、あのような巨大施設を建造したのかは不明のままだ。
現在、元『ホロウシュ』筆頭のトゥ・シェイ=マーディンが出奔を装い、情報収集のために皇都キヨウへ潜入しているが、アーワーガ宙域星大名ナーグ・ヨッグ=ミョルジのキヨウ侵攻と、それに続く新星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの帰還に、皇都惑星全体が混乱しており、情報収集の進行状況は全くと言っていいほど、進展していないようである。
「いずれ折を見て、キヨウに行く必要があるな…」
手の平の上で回転する、ホログラムキューブパズルの一面を完成させて、ノヴァルナは小さく独り言を言った。
超空間ネゲントロピーコイルの存在は、今の自分達とは直接関りはないが、そんなものが存在している事を知った以上、全く無視しておくわけにもいかない。そもそもトランスリープ航法自体、今の人類の科学力では実現不可能とされている技術のはずなのだ。
無論そのキヨウに行く際にノアの同行は必然だった。トランスリープ航法に関係する、熱力学的非エントロピーフィールドなどの次元物理学は、自分よりノアの方が詳しいからである。
その時、『ゴウライ』からの航過コードを受信した哨戒プローブが、警戒態勢を解いた事を知らせるオペレーターの声がした。どうやらコードは本物だったようだ。ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべる。
“ふん。ドゥ・ザンのおっさんも、そこまで喰えねえヤツじゃねーってか…”
▶#08につづく
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