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第20話:新たなる風
#16
しおりを挟む自分の父親の葬儀を“ゲリラライブ”でぶち壊しにした、ノヴァルナの極めつけの傍若無人ぶりに、内外からの猛烈な批判の嵐は五日が経っても止むところを知らなかった。
あのような痴れ者、ナグヤ=ウォーダの新当主として到底受け入れられるものではないという、家中からの怒声、財界からの悲鳴、宙域民からの嘲罵に、当然責任論が浮上している。名前が挙がっているのは筆頭家老のシウテ・サッド=リンや、葬儀責任者であったセルシュ=ヒ・ラティオだ。
しかしそれらの話を耳にした当主ノヴァルナは「んな責任、誰も取らなくていい」と一蹴して、今はどのような批判も何食わぬ顔で、一応は真面目にナグヤ城からスェルモル城へ“出勤”を続けていた。
そんな中、セルシュ=ヒ・ラティオは葬儀に参列していた皇国貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの訪問を私邸に受けている。セルシュの私邸は広くはあるが、ナグヤ家の次席家老にしては贅沢さを感じさせない。
透明金属で組み立てられたサンルームで向かい合わせに座り、使用人が用意した紅茶を楽しみつつ、セルシュはまず、ゲイラの領有する荘園惑星シルスエルタに対する、先日の自分の非礼を詫びた。
それはシルスエルタでノア姫と会っていたノヴァルナに、ヒディラスの死を急ぎ知らせるため、場合によっては艦隊を派遣するという脅迫めいた捜索要請を行った事である。その時すでにノヴァルナとノア姫は、シルスエルタの警察に保護されており、実際には事なきを得ている。
セルシュの謝罪に、ゲイラは穏やかな笑顔で「どうぞお気になさらずに」と告げ、それ以上は何も言わない。そんな表情に引き込まれたのか、セルシュは主君ノヴァルナの無軌道ぶりに対する、苦しい胸の内を旧知の貴族に吐露した。
「―――にしても、今回ばかりはノヴァルナ様に、ほとほと参りました。ヤーシナ卿にもお恥ずかしい限り、面目次第もございません」
重々しく頭を下げるセルシュ。ところがゲイラは不快感を示すどころか、どこか愉快そうな口調で言葉を返す。
「いえいえ、大変興味深い催しでした」
ゲイラが言った事を単に気休めと受け取ったセルシュは、大きく、ゆっくりと頭を左右に振って、そんな慰めは効果なしと拒絶した。
「申し訳ございませんが、今そのようなお言葉を頂いても、とても気が休まるものではありませぬ」
さらにセルシュは武人らしくないと自覚しながらも、相手が旧知の間柄となると愚痴を零さずにはいられない。
「昨日も城に財界のトップの者達が詰め掛けまして、ノヴァルナ様がご当主となられて以来、株価は下がりっぱなし。特にあの葬儀後は暴落傾向にある、どうにかしてくれと泣きつかれる始末で」
「なるほど…それは、そうなりましょうなぁ」
「はぁ…」
掴みどころのないゲイラの反応に、セルシュは大きく息をつきながら、“まぁ、仕方のない事か…”と自分に言い聞かせる。そんな友人の様子を見たゲイラは、静かに諭すような口調で自分の考えを述べ始めた。
「私は…先日のあれは、あれでよい、と思っております」
「なんと…あのようなご奇行を、容認なされるのですか?」
「奇抜なご衣装で歌を唄われた事が…ですか?」
「無論にございましょう」
そう言ったセルシュは俄かに苛立ちを覚え、少々大きな音を立ててティーカップを皿に置く。対するゲイラは穏やかな表情のまま告げた。
「しかしそれは、ご自分の弔辞と所信演説の場面と、なってからでございましょう?」
「と、申されますと?」
「あの大きく一つ打たれた柏手がヒディラス様への弔辞、そのあとのお歌がノヴァルナ様ご自身の決意の表れ…新たな風を吹かせる決意と、私は受け取りましたが」
「ですが、世間のよい笑いものになっただけで…」
「確かにこのままでは笑いもの。だが歴史にそれ以上の名を残せば、今思えばあの御方は若き頃より他者とは違うものを持っていた…と評価されるのも、これまた世の常にて」
「それはそうですが…その、名を残すに値する御志が遂げられぬ時は、単なる笑いものでご生涯を終えられるだけになりましょう。私はそのような事を許容出来ませぬ」
思った通り、忠義ゆえの嘆きであらせられたか…セルシュの心の内を垣間見たゲイラはニコリと微笑んだ。
「それも、お覚悟の上なのでしょう」
「ヤーシナ卿…」
ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは漫遊貴族とも呼ばれる人物である。様々な宙域を訪れては様々な貴人、武人との交流を持ち、その見識は高い。
「信じておあげなされ、セルシュ殿。ノヴァルナ様が吹かせる新たな風を」
ゲイラがそう告げたサンルームの外では、冬を招く風がびょうと唸り、庭木の枯れ葉を何枚か連れ去っていった―――
【第21話につづく】
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