銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
368 / 422
第20話:新たなる風

#16

しおりを挟む
 
 自分の父親の葬儀を“ゲリラライブ”でぶち壊しにした、ノヴァルナの極めつけの傍若無人ぶりに、内外からの猛烈な批判の嵐は五日が経っても止むところを知らなかった。

 あのような痴れ者、ナグヤ=ウォーダの新当主として到底受け入れられるものではないという、家中からの怒声、財界からの悲鳴、宙域民からの嘲罵に、当然責任論が浮上している。名前が挙がっているのは筆頭家老のシウテ・サッド=リンや、葬儀責任者であったセルシュ=ヒ・ラティオだ。

 しかしそれらの話を耳にした当主ノヴァルナは「んな責任、誰も取らなくていい」と一蹴して、今はどのような批判も何食わぬ顔で、一応は真面目にナグヤ城からスェルモル城へ“出勤”を続けていた。



 そんな中、セルシュ=ヒ・ラティオは葬儀に参列していた皇国貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの訪問を私邸に受けている。セルシュの私邸は広くはあるが、ナグヤ家の次席家老にしては贅沢さを感じさせない。

 透明金属で組み立てられたサンルームで向かい合わせに座り、使用人が用意した紅茶を楽しみつつ、セルシュはまず、ゲイラの領有する荘園惑星シルスエルタに対する、先日の自分の非礼を詫びた。

 それはシルスエルタでノア姫と会っていたノヴァルナに、ヒディラスの死を急ぎ知らせるため、場合によっては艦隊を派遣するという脅迫めいた捜索要請を行った事である。その時すでにノヴァルナとノア姫は、シルスエルタの警察に保護されており、実際には事なきを得ている。

 セルシュの謝罪に、ゲイラは穏やかな笑顔で「どうぞお気になさらずに」と告げ、それ以上は何も言わない。そんな表情に引き込まれたのか、セルシュは主君ノヴァルナの無軌道ぶりに対する、苦しい胸の内を旧知の貴族に吐露した。

「―――にしても、今回ばかりはノヴァルナ様に、ほとほと参りました。ヤーシナ卿にもお恥ずかしい限り、面目次第もございません」

 重々しく頭を下げるセルシュ。ところがゲイラは不快感を示すどころか、どこか愉快そうな口調で言葉を返す。

「いえいえ、大変興味深い催しでした」

 ゲイラが言った事を単に気休めと受け取ったセルシュは、大きく、ゆっくりと頭を左右に振って、そんな慰めは効果なしと拒絶した。

「申し訳ございませんが、今そのようなお言葉を頂いても、とても気が休まるものではありませぬ」

 さらにセルシュは武人らしくないと自覚しながらも、相手が旧知の間柄となると愚痴を零さずにはいられない。

「昨日も城に財界のトップの者達が詰め掛けまして、ノヴァルナ様がご当主となられて以来、株価は下がりっぱなし。特にあの葬儀後は暴落傾向にある、どうにかしてくれと泣きつかれる始末で」

「なるほど…それは、そうなりましょうなぁ」

「はぁ…」

 掴みどころのないゲイラの反応に、セルシュは大きく息をつきながら、“まぁ、仕方のない事か…”と自分に言い聞かせる。そんな友人の様子を見たゲイラは、静かに諭すような口調で自分の考えを述べ始めた。

「私は…先日のあれは、あれでよい、と思っております」

「なんと…あのようなご奇行を、容認なされるのですか?」

「奇抜なご衣装で歌を唄われた事が…ですか?」

「無論にございましょう」

 そう言ったセルシュは俄かに苛立ちを覚え、少々大きな音を立ててティーカップを皿に置く。対するゲイラは穏やかな表情のまま告げた。

「しかしそれは、ご自分の弔辞と所信演説の場面と、なってからでございましょう?」

「と、申されますと?」

「あの大きく一つ打たれた柏手がヒディラス様への弔辞、そのあとのお歌がノヴァルナ様ご自身の決意の表れ…新たな風を吹かせる決意と、私は受け取りましたが」

「ですが、世間のよい笑いものになっただけで…」

「確かにこのままでは笑いもの。だが歴史にそれ以上の名を残せば、今思えばあの御方は若き頃より他者とは違うものを持っていた…と評価されるのも、これまた世の常にて」

「それはそうですが…その、名を残すに値する御志が遂げられぬ時は、単なる笑いものでご生涯を終えられるだけになりましょう。私はそのような事を許容出来ませぬ」

 思った通り、忠義ゆえの嘆きであらせられたか…セルシュの心の内を垣間見たゲイラはニコリと微笑んだ。

「それも、お覚悟の上なのでしょう」

「ヤーシナ卿…」

 ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは漫遊貴族とも呼ばれる人物である。様々な宙域を訪れては様々な貴人、武人との交流を持ち、その見識は高い。



「信じておあげなされ、セルシュ殿。ノヴァルナ様が吹かせる新たな風を」



 ゲイラがそう告げたサンルームの外では、冬を招く風がびょうと唸り、庭木の枯れ葉を何枚か連れ去っていった―――






【第21話につづく】
  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...