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第20話:新たなる風
#15
しおりを挟む一方、『センクウNX』でヒディラスの葬儀会場を逃げ出したノヴァルナは、右往左往する関係者を尻目に、その足でナグヤ家の本拠地スェルモル城へ舞い戻っていた。
天守前の広い庭園に、草木が痛むのもお構いなしに『センクウNX』を着陸させたノヴァルナは、慌てて出迎えに出て来た家臣達の前に降り立つと、「誰もついて来るな!」と強い口調でピシャリと命じ、一人でずんずんと城の中へ入って行った。そこにはふざけた様子はなく、口を一文字に結んだ真顔である。
ノヴァルナが向かった先は、スェルモル城の地下に設けられた監房区画だった。そこにはヒディラス・ダン=ウォーダを殺害した、ヒディラスのクローン猶子、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダが収監されている。ノヴァルナの目的はこの義兄に会う事であった。
自分達の新当主が、まさか一人でやって来るとは思っていなかった当直の看守は、驚いて直立不動になる。彼等もつい先程まで、ヒディラスの葬儀の中継を見ており、その葬儀をぶち壊した張本人が現れたのであるから、緊張の度合いも増すというものだ。
ノヴァルナは表情を強張らせている看守の一人に、足早に歩み寄って命じる。
「ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの所へ案内しろ」
「ぎっ…御意!」
ノヴァルナの視線の鋭さに、看守はぎこちなく敬礼すると、まるでゼンマイ仕掛けのロボットの玩具のような動きで、ノヴァルナを案内し始めた。監房は監視所から扇状に伸びた、先が行き止まりの六本の細い通路の両側に、独房が八部屋ずつ並んでいる。
看守はパラライザーを装備した二人の警備兵と共に、ノヴァルナを左から二番目の通路の一番奥へと案内した。そこがルヴィーロ・オスミ=ウォーダの収監されている独房である。看守がペンライトに似たビームキーの先端を、ドアのコントロールパネルに向けて一次解錠し、そこで浮かび上がったホログラムのキーパッドに、暗証番号を打ち込んで二次解錠を果たした。
看守の「開きました」との言葉に頷いたノヴァルナは、看守と二人の警備兵に告げる。
「俺一人でいい。おまえらは下がれ」
「し、しかし規則では…」
「俺が規則だ!」
…などと、半ば意味不明な暴君っぽい言葉を吐いて看守達を追い払い、ノヴァルナは独房のドアを開けた。独房は六畳ほどの広さで、ベッドと簡易トイレだけの質素なつくりとなっている。
「義兄上」
ノヴァルナが呼び掛けたルヴィーロは、ライトグレーの収監服を着て、ベッドに腰掛けていた。一応ウォーダの一族であり、身の回りの世話は見られているらしく、髭を剃るなどして身だしなみはきちんとしている。
ノヴァルナに呼び掛けられたルヴィーロは、ベッドに腰を下ろしたまま薄い笑みを浮かべて、ヘビメタ衣装の義弟の顔を見上げた。
「やあ。ノヴァルナ…今日はまた、凄い格好だね」
報告ではイマーガラ家によってルヴィーロに施された洗脳は、かなり複雑なものでいまだ解かれてはいないという。洗脳の目的にはノヴァルナの殺害も含まれているはずで、それがまだ果たされていない今、ノヴァルナに襲い掛かっても不思議ではない状況なのであるのだが、ルヴィーロにその意思は無いようだった。
“変わらない…いつもの義兄上…か”
それはたまに出会うと、いつも穏やかな笑顔で迎えてくれた、これまでと変わらないルヴィーロのままだ。いっそ首を絞めようと、飛び掛かって来てくれた方がよかった―――複雑な思いでノヴァルナは小さくため息をつく。そうなればぶん殴って、自分のペースで話を進められるのだが…
「義兄上は、ご自分が洗脳されている自覚があるのですか?」
それはおよそ、普段のノヴァルナからは聞いた事の無い、丁寧な言葉遣いである。この若者が本当はどういう為人なのか、その一端が垣間見える瞬間だった。
「うん、シウテの爺から聞いた。どうやら、そのようだね」
目を伏せてそう応えるルヴィーロに、ノヴァルナは静かに、ただ遠慮はせず、ストレートに問い質す。
「では、どのようなお考えで、我等の親父殿を殺されたのですか?」
ノヴァルナの質問に、ルヴィーロは少しの間を置いて返答した。
「オ・ワーリの人民のためだよ。きみや、義父上の急進的に過ぎる対外武力政策が、オ・ワーリや周辺宙域に必要以上の混乱をもたらし、結果的に国力の衰退を引き起こしている。私はそれらの禍根を断とうと考えたのさ」
これも報告にあった通りだ―――単純な殺害命令ではなく、思考と意識そのものを根幹から改竄されており、自分自身で導き出した論理的理由に基づいて、殺害に及んだのである。
「そのお考え自体が、洗脳の結果だと…ご存知なのですね?」
「そのようだね…としか私自身、答えようがないな。きみも分かっているだろ?」
それが洗脳の結果だとしても、父親の殺害は自分で考えた論理的帰結なのだから、しょうがない…といった表情で告げるルヴィーロ。ただ短絡的に殺害という結論を選択するところが、洗脳によるものである事の証明であった。ノヴァルナはさらに問う。
「ではそれらを全て踏まえて―――義兄上は今でも、私を殺したいですか?」
ノヴァルナの言葉に目を逸らしたルヴィーロは、独房の天井を見上げた応えた。
「ああ、殺したいさ―――」
そこでルヴィーロはノヴァルナを振り向いて、愁いを交えた笑顔で言葉を続ける。
「だから、私を殺してくれたまえ…」
やはりそういう事か…とノヴァルナは思った。義兄の落ち着き払った態度は、義父を殺した自分が、そして今でもノヴァルナを殺したいと考えている自分が処刑される事を、当然の報いとして覚悟しているからなのだ。となればへそ曲がりなノヴァルナの、取るべき行動は決まっている。
「やなこった!」
いつもの口調に戻ってきっぱりと言い放つノヴァルナに、ルヴィーロも思わず虚を突かれた眼差しになった。
「義兄上には生きてもらう!」とノヴァルナ。
「な…」
戸惑ってすぐには言葉が出ないルヴィーロに、ノヴァルナはさらに続ける。
「すぐに釈放させる。釈放されたその時から、義兄上は俺の幕僚だ」
「何を言っているんだ、きみは。私は義父上を殺害し、今でもきみを殺すべきだと考えているんだぞ。その私を生かして、幕僚に加えるなど…」
ようやく喋る事が出来たルヴィーロは、抗議の声を上げた。しかしノヴァルナは取り合わず、叩きつけるような強い口調で告げる。
「死んで楽になろうなんて、思うんじゃねぇ!」
「!!!!」
「誰も義兄上を許すなんて、言っちゃいねぇぜ。それどころか生きて、責め苦に耐えろって言ってるんだよ、俺は」
「ノヴァルナ…」
「親父を殺した自責の念と、俺を殺したい気持ちを押し殺して、俺に仕えろって話さ」
普段の少々荒っぽい物言いはしているが、ノヴァルナの目に義兄を詰る光はない。洗脳されたルヴィーロ自身も被害者であるから、確かに責を負って処刑されなければならないわけではなかった。ただそれ以上にノヴァルナは義兄に、死へ逃避するのではなく、生きるという戦いをしてほしかったのだ。
中空の一点をじっと見詰め、ノヴァルナの言葉の意味を考えたルヴィーロは、ふっ…と息を吐いて言う。
「綺麗事だね…それ」
「ええ、綺麗事です。ついでに言わせてもらうと、タンゲンのおっさんへの、当てつけってのもありますがね」
言葉遣いを幾分丁寧なものに戻して応えたノヴァルナは、ニヤリと笑みを浮かべて冗談めかした。ただこれもノヴァルナの本音の一部ではある。ルヴィーロの洗脳を命じたセッサーラ=タンゲンは、ルヴィーロがノヴァルナやヒディラスの殺害に成功しようが、失敗しようが、結果的に処刑されるものと考えているに違いない。それならば尚更、ルヴィーロを死なせるわけにはいかない。
「わかった―――」
ルヴィーロは小さく頷いてそう応じると、腰掛けていたベッドから立ち上がって、静かにノヴァルナと正対した。そして深々と一礼、新たなナグヤの当主に臣下の礼を取る。
「私にはもはや何も残ってはいないからな…言葉通りこの身命、御身《おんみ》とナグヤのために捧げよう」
ルヴィーロの言葉にノヴァルナは軽く頷いた。
「助かります。それで、生きろと言っておいてなんですが…」
「いいよ。覚悟は出来ている」
ルヴィーロには、主君となった義弟の言いたい事が分かっていた。それはいくら洗脳されていたとは言え、自分の父親を殺害しておいてのうのうと生き延びただけでなく、義弟の情けで幕閣に加えられた…などといった世間の、時には悪意に満ちた視線と雑言に晒されなければならない、というものだ。それが“死に逃げず、生きる事に戦え”と説いたノヴァルナの言葉の意味でもある。今更問い質すまでもない…とルヴィーロは尋ね返した。
「きみの方こそいいのか? 私を助けて幕閣にまで加えると、きみも批判を受けるぞ」
義兄の気遣いにノヴァルナは、「ハハハ…」と陽気に笑って言い返す。
「俺の評判はすでに地の底ですからね。気にする事はありませんよ」
それを聞いたルヴィーロは静かに頷いて了解した。そしてふと、ある事を思いついて告げる。
「一つ、願いがあるのだが…」
「なんでしょう?」
「私も武人の端くれ…こうなれば戦場で死にたいと思う。その際、私を斃した敵に褒美を与えてやってほしい」
その言葉に僅かに目を見開いたノヴァルナは、「承知しました」と穏やかな表情で義兄の願いを了承したのだった………
▶#16につづく
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