銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第20話:新たなる風

#10

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「どーでぇ、まさにドンピシャ。すげーぜ、俺!」

 まるで自分の話が、この流れを呼び込んだかのように言い放つノヴァルナ。その空気に呑まれたシウテは、戸惑いの表情のまま問い掛ける。

「ノ、ノヴァルナ様はこうなる事をご存じだったので?」

「んなワケねーだろ、偶然だぜ偶然。だがこれで星帥皇室も、ハル・モートンのヤツとの縁を切り易くなったってもんだ」

「………」

 ノヴァルナの言う通りであった。現星帥皇ギーバルの存在あっての、現皇国宰相なのである。それがこの突然の皇位継承で両者の関係は希薄となる。新たに星帥皇となるテルーザが、どの程度までハル・モートンを遇するかは未知数だが、タイミング的に切り捨てにかかった―――いわば“クーデター”とも言えるこの状況を考えれば、切り捨てにかかったと推測するのには充分だ。

「そうなると―――」と、円卓の上に腰掛けたノヴァルナは脚を組んで続けた。

「―――いま星帥皇室側についているロッガやキルバルターや、イマーガラ共も考え直さなけりゃならなくなる。今度はハル・モートンと星帥皇室の、どっちにつくべきかをな。まぁ、どっちにつくかの結論は目に見えてるが、さらにその先を考えて右往左往すんのは確実だろ。つまり俺が言った通りそんなもん、変にかかわらずほっときゃいいんだよ」

 ノヴァルナに目の前へ解答のカードを、順序良く並べて置かれたような気にさせられた重臣達は、納得せざるを得ない。面白いのはその納得の仕方が、ノヴァルナに対する好感度によって三者三様なところだ。

 傍らのランは目をキラキラさせて称賛百パーセントだし、セルシュは感動丸わかり、会議進行役のナルガヒルデは生徒の正解を褒める教師のようであり、その他のある者は意表を突かれたように、またある者は不承不承といった顔をしている。

 無論その“不承不承”の表情は反ノヴァルナ・親カルツェ派に多く、さらに各人ごとに温度差が見られた。ミーマザッカ=リンやクラード=トゥズークなどは、“馬鹿もたまにはまともな事をいうものだ”と嘲るような目をしているし、一方のカッツ・ゴーンロッグ=シルバータは“これは認めねばなるまい…”と自分に言い聞かせるように、口をへの字に曲げている。
 ただそのような中でも、派閥の中心たるノヴァルナの弟カルツェ本人は、表情を何一つ変えておらず、心の内側を窺い知る事は出来なかった。

 するとカルツェはおもむろに「兄上にお尋ねしたいのですが…」と呼び掛けた。衆人の前でカルツェの方からノヴァルナに声を掛けるなど稀有な事で、重臣達の視線は兄弟に釘付けとなる。

「おう、なんだカルツェ、言ってみな」

 不敵な笑みで機嫌良くそう応じるノヴァルナの声には、周囲が思うようなわだかまりは何も感じられない。

「兄上のお言葉通り、新たな星帥皇陛下がハル・モートン=ホルソミカを切り捨てられた場合、次に星帥皇室はどう出ると思われますか?」

 カルツェの問いは、ノヴァルナがこの問題をどの程度まで理解し、どの程度まで先を見ているかを試すものであった。それに対ししノヴァルナは少しはぐらかすような、とぼけた口調で答える。

「うーん…ミョルジ家と組むんじゃね?」

「敵対していたミョルジ家と?」

「ミョルジ家が敵対してんのは星帥皇室じゃなく、ハル・モートンだろ」

「ミョルジ家はジェリス=ホルソミカを宰相としていますが、実際にはジェリスは傀儡に過ぎません。その上に星帥皇室が舞い戻ったところで、やはりミョルジ家の傀儡にしかならないと思いますが」

「これまでだって、星帥皇はハル・モートンの傀儡だったさ」

「そのハル・モートンを切り捨てたのであれば、ロッガ家や他の支援勢力を糾合してミョルジ家を打倒し、星帥皇による親政政治を取り戻す機会とする…と考えられませんか」

 それを聞いてノヴァルナは、いつもの高笑いではなく控え目に「ハハハ…」と笑い声を漏らして言葉を返した。

「理想論だよなぁ…おまえらしいぜ」

 ノヴァルナの言葉を悪く取ったのか、カルツェの口元が俄かに引き攣る。しかしノヴァルナはそれに気付く事無く言い放った。

「ロッガ家やイマーガラ家も、とどのつまりは星帥皇を利用して、自分達の権勢を高めたいだけさ。今度の星帥皇がシビアな奴ならそれを見抜くだろうし、どうせそうなるなら、実力で皇都を支配下に置いてる、ミョルジ家と手を組むのが手っ取り早い…と考えるとは思わねーか?」

 それはノヴァルナの、今のカルツェの状況を気遣った言葉でもあった。カルツェの周囲には彼をナグヤ=ウォーダ家の当主に据えるべきという人間が集まっているが、実際には彼を当主にする事で自分の権勢を高める方を重視する者がほとんどである。ノヴァルナは暗にそれを弟へ警告したのだ。

 カルツェは周囲の評価の通り常識的で頭脳も明晰であった。だから当然、今のノヴァルナの言葉の意味も理解できるはずである。ところがその前の「理想論だよな…おまえらしいぜ」と告げたノヴァルナの言葉が、カルツェの気持ちを素直にさせずにいた。傍若無人な振る舞いばかりを見せられている兄から、そのような言葉を浴びせられては、小馬鹿にされているとしか考えられなくなっているのだ。

「………」

 無言のまま、こちらを見据えるだけのカルツェの反応に、ノヴァルナは珍しく戸惑った苦笑いを浮かべた。そして「ま、しゃーねーか…」と小さく独り言ちると、重臣達に向き直って告げる。

「てなワケで、解散だ。明日の親父の葬儀会場で、また会おーぜ!」

 来た時と同じように右手を軽く挙げて、ノヴァルナは席を離れた。ホログラムの時刻表示を見て、「ヤベぇ。俺から誘っといて遅刻したんじゃ、またマリーナのヤツに小言を聞かされっぞ…」と歩を速める。会議場を一瞥すると終了したものの、重臣達は少数ごとのグループに分かれて話を続けていた。皆が今後の情勢を懸念しているのだ。このオ・ワーリ宙域は銀河皇国中心部に比較的近いため、不安を感じるのも仕方のない事ではある。

 ただノヴァルナは今のカルツェとの会話で、口に出さなかった事があった。新たな星帥皇となるテルーザ・シスラウェラ=アスルーガについてである。データ画像で見た自分と同年代の二十歳の若者の顔を思い浮かべ、ノヴァルナは会議では口にしなかった言葉を内心で呟く。

“いくら傀儡に甘んじる事を受け入れても、BSHOで自ら戦場に飛び出して来るような第一皇子だ。到底一筋縄で行くとは思えねーがな…”

 それはあの1589年のムツルー宙域で出逢った若き星大名、マーシャル=ダンティスを思い起こさせ、ノヴァルナに“会ってみてー野郎だな…”と記憶に刻ませた………



 ちょうどその頃、スェルモル市の宇宙港に一人の貴族が降り立った。その名をゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナといい、暗殺されたノヴァルナの父ヒディラスとは昵懇《じっこん》の中で、ヒディラスが星帥皇室とその周辺の貴族との誼を通じるようになった際に、力添えを果たしてくれた人物である。そして先日、ノヴァルナがノアと出会った惑星シルスエルタを有する、サイロベルタ星系の荘園領主でもあった。

 ヤーシナはヒディラスと同年代の四十五歳。銀髪で細い目をした穏やかな人物だ。同伴しているのは妻のサイノスと息子のカイルで、護衛もつけずに三人で一般の旅行者と共に来訪した。目的は明日行われるヒディラス・ダン=ウォーダの葬儀への出席だが、ミョルジ家に皇都を追われ、自らの荘園であるサイロベルタへ疎開する帰路でもある。

 税関を出た三人の元へ、ナグヤ家からの出迎えが八人やって来る。階級章なしの略式軍装の二人がナグヤ家の外務局員。六人は黒いスーツ姿のSPだ。星大名は言うなれば軍事政権であり、こういった場合は文官であっても、略式軍装を着るのが通例となっている。

「遠路ようこそお出でくださいました、ヤーシナ卿」

 頭を下げて挨拶する外務局員に、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは慎み深く答礼して、「お出迎え、痛み入ります」と告げた。弔事に関わる訪問であるから、当人も妻も子も大きく笑顔を見せる事はない。

「その節は我が当主が御荘園をお騒がせ奉りまして、誠に申し訳ございません」

 外務局員は先日の惑星シルスエルタでの騒動を詫びた。ヤーシナ家が領有するシルスエルタで密会していたノヴァルナとサイドゥ家のノア姫は、何者かに雇われたイガスター宙域の傭兵に命を狙われ、それを撃退するために木工プラントで爆発事故を起こしたり、防衛軍のBSIを奪って交戦したりと、大暴れだったのだ。

 するとゲイラはようやく笑顔を見せ、「いやいや…」と首を振った。

「ノヴァルナ様もノア姫様もご無事だったと聞き及び、我も胸を撫でおろしました。それにしても報告を聞くに意気軒高なご様子、新たなナグヤのご当主としてのお姿が見られる事、明日のヒディラス様のご葬儀にてお待ち申し上げます」

 ゲイラの貴族らしい物言いに、外務局員達は「恐れ入ります」と言葉を返し、再び頭を下げる。ゲイラの告げた通り、明日のヒディラス・ダン=ウォーダ葬儀は単なる葬儀ではない。新当主ノヴァルナがオ・ワーリ宙域とヤヴァルト銀河皇国に、対外的なデビューを飾る日でもあるのだ。発表された式次第では、弔文の読み上げと新当主としての所信表明が予定されており、ノヴァルナがこの先、どのようにナグヤ家を運営していくかの指針が広く知らしめられる事になる。



だがノヴァルナの一筋縄ではいかぬこと、前述のテルーザやマーシャル=ダンティス以上であるのを忘れてはならない―――




▶#11につづく
 
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