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第20話:新たなる風
#09
しおりを挟む茫然とした空気に包まれる会議場。しかしノヴァルナはお構いなしに、左の手の平を目の前にかざすとその上に右手の人差し指で長方形を描く。それに応じ、NNLとホログラムポートを利用した、スマートホン型の通信ホログラムが手の平の上に出現すると、左耳にそれを当てて通話を始めた。
「……おう、マリーナか。フェアンも一緒か?…よし。んじゃ、これから俺と三人で親父の葬儀会場の下見に行くからな。んで、終わったら街で晩メシ喰おーぜ…え?いや、マジだって…会議?…ああ、んなもん、いま終わった…ん?えらく早いってか?…長きゃあいいってもんじゃねーだろ?…じゃ、そーだな、三十分後に部屋に行くから…ん」
そう言って、スマートホン型通話用ホログラムをポケットに入れる仕種で消し、席を去ろうとするノヴァルナの相変わらずの突拍子のなさだ。我に返ったセルシュが机を両手で叩いて立ち上がり、慌てて引き留める。
「おっ、お待ちください!」
「なんだ?」
ノヴァルナが振り返ると、右側に座っていた筆頭家老のシウテ・サッド=リンも立ち上がって意見した。
「さようです。まだ会議では何も決まっておりませぬ。それを身勝手に終わられては!」
「身勝手もなにも、会議をいつ終わるかなんざ俺が決める事だろ。もう当主なんだし」
と言うノヴァルナだったが、ノア姫の「そうやって、すぐ調子に乗らない!」という叱り声が聞こえた気がして、言い放っておいてから一人勝手に少したじろぐ。
「若殿!!!!」
さすがに腹に据えかねたのか、セルシュは怒鳴り声を上げた。それに再びシウテが続いて詰め寄る。
「では、我がナグヤ家はこの事態にどうするか、そのご指示を頂きたい!」
「は? 指示なんてねーよ」
むしろ不思議そうに言葉を返すノヴァルナ。主君のその言い草に重臣達は眉をひそめ、顔を見合わせた。
「無い? 無いですと!?」声を上ずらせるシウテ。
「おう。星帥皇室なんざ、ほっときゃいい!」
「ほ…ほっと…」
会議の中身を全否定するような言葉でノヴァルナに言い返されて、シウテは二の句が継げなくなった。こればかりは我慢ならんと、重臣達の間から不満の呻きが漏れる。するとノヴァルナは、「いちいち言わねーと分かんねーのかよ…」と呟き、面倒臭そうに頭を手で掻いて重臣達へ向き直った。
「おまえらさぁ、もうちょっとアタマ使おうぜ」
「今日これまで、星帥皇室側なり、ミョルジ家側なりから、ウチに支援要請なんてあったか?…ねーよな?」
鋭い目になったノヴァルナに真っ直ぐ見据えられ、尋ねられたのはシウテだった。
「い、いえ。それはまだですが…要請を受けてからでは遅いと…」
「そこがもう間違ってるっての!」
「?…」
何を言われているか分からない様子のシウテに、ノヴァルナの声は大きさを増す。
「だから、星帥皇室がキヨウを逃げ出して五日だぜ、五日!…五日も経ってんのに、支援要請どころか、ミョルジ家を朝敵として宣言すらしてねぇ。その意味を考えろって言ってんだよ、俺は! おらシウテ。どう思うか言ってみ?」
思いも寄らぬノヴァルナの理屈の通った説教だった。
「わ、わかりません」
熊のような容姿のベアルダ星人のシウテは、真ん丸な目を白黒させて尋ねる。その仕種が可笑しかったノヴァルナは「アッハハハ!」と高笑いして、機嫌を直した。
「わかりません、は正直だな、気に入ったぜ。なら教えてやんよ」
そう言ってノヴァルナは身軽に跳び上がり、円卓の上に行儀悪く腰掛ける。そして重臣達の方へ向きを変えると、自分の考えを述べ始めた。
「いいか。本来なら、星帥皇室はキヨウを脱出した時点…いや、最初の防衛戦の時点で、ミョルジ家を朝敵として宣告するのが当然の話だ。それがク・トゥーキ星系に落ち延びるハメになっても何も言わねぇ―――要は恐れてるのさ」
「恐れてる…と申されますと?」尋ねたのはセルシュだ。
「朝敵に認定したはいいがその結果、シグシーマ銀河の大半の星大名が、ミョルジ家側についたらどうなる? 銀河皇国星帥皇室の権威は完全に失墜し、もはや超空間ゲートの制御権やNNLの統括権を持ってたところで、誰も従わせる事は出来なくなるってもんさ。そもそもミョルジ家は最初、皇国側として反抗勢力の討伐にあたってたんだぜ。それを、ミョルジ家の権勢拡大を恐れた宰相のハル・モートンが、てめぇ勝手にミョルジ家を切り捨てようとしたんだろ?」
「そ、その通りにございます…」
言い方こそ軽薄だが的確な要点の把握と解説に、セルシュは口ごもりながら応じた。
「だったら、星帥皇室側についてミョルジ家を討ったところで、今度は自分達が銀河皇国から排撃されるかもしれねぇ、てな疑いを持つ星大名が現れだす―――言わば、“負の連鎖”ってヤツさ」
このように、公の場で筋道立てて物事を述べるノヴァルナの姿を見るのは、ササーラとラン以外はほとんど初めてであり、ノヴァルナの弟のカルツェを含む重臣達は、誰もが驚きの表情を浮かべている。
「つまりはこの先、何が起きると申されるので?」
セルシュの言葉にノヴァルナは不敵な笑みを浮かべた。
「その前に逆に、爺へ一つ質問がある。星帥皇が宰相のハル・モートン=ホルソミカと、一緒にいなけりゃならない理由はなんだ?」
「それは無論、銀河皇国行政の実務施行者として、ハル・モートン様が必要であるからにございます」
セルシュがそう答え、何人かの重臣が頷いて同意する。ノヴァルナは笑みを大きくし、ビシリとセルシュを指差して妙な評価を下した。
「正解!…だが不正解だ」
「はぁ?…」
飲み込めない様子のセルシュ。
「星帥皇がハル・モートンを必要としてるんじゃねぇ。ハル・モートンが星帥皇を必要としてるだけで、本当は一番必要じゃねぇのがハル・モートンなのさ」
「しかしハル・モートン様には、皇国宰相としての権威が…」
「それそれ、その権威ってヤツが爺達の目を曇らせてんだ。実力がねぇヤツの権威なんざただの幻想…単なる思い込みだぜ」
「むぅ…」
するとそこへ、外部通信回線のコール音がシウテの席で鳴る。スェルモル城の通信指令室からの連絡だった。
「なんだ?」
とシウテは応じながら、円卓上のホログラムコンソールを操作する。通信士官の等身大ホログラムがノヴァルナとセルシュ、そしてシウテの三人の真ん中に出現し、一礼して報告を始めた。
「ク・トゥーキー星系の臨時政府からの公式声明です」
「なに!?」
シウテとセルシュが目を見開く一方、ノヴァルナは“ほらな”と言わんばかりの顔を向けた。そして「言え」と通信士官へ命じる。
「はっ! 銀河皇国暦1555年11月28日をもって、第43代星帥皇ギーバル・ランスラング=アスルーガはその地位より退き、嫡子テルーザ・シスラウェラ=アスルーガを継承者として、全ての権限を委譲するものとする…以上です」
「!!!!」
その声明を聞いたナグヤの重臣達は、その場で固まってしまった。現星帥皇のこのタイミングでの退位など、予想出来るはずもなかったからだ。そんな中でノヴァルナだけが、「アッハッハッハ!」と高笑いした。
▶#10につづく
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