銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第20話:新たなる風

#08

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 そこでようやく眼前の個人用ホログラムスクリーンを閉じたノヴァルナは、重臣達が議論している様子に目と耳を向けた。発言しているのはシンモール=ザクバー、ザクバー兄弟の兄で二十六歳の若手だ。

「―――だから、申し上げているのです! 問題は星帥皇室がミョルジ家を“朝敵”認定して、討伐の檄を飛ばした場合だと」

「とは言っても先日来の戦闘の連続で、我がナグヤだけでなくウォーダ家の全てが、疲弊している。兵力は無論の事、経済支援も行う余力はないぞ」

 そう言葉を返したのは、ノヴァルナの弟カルツェの側近、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータである。シンモール=ザクバーとは旧知の仲で、同い年という事もあり、出世においてのライバル関係にあった。

「しかし、何もしないわけにはいくまい。先代のヒディラス様は星帥皇室に献金を重ね、せっかく誼《よしみ》を深くされたというのに、ここで後れを取っては水の泡だぞ」

 言い返すシンモールに手を上げて口を挟んだのは、先日のアーク・トゥーカー星雲会戦とカルル・ズール変光星団会戦の際に、ノヴァルナの参謀長として配属されたテシウス=ラームである。

「このオ・ワーリの周辺国は皆、星帥皇室側…と考えてよろしいか?」

 それに回答したのは、進行役のナルガヒルデだった。少し胸を反らして答える姿は、本当に女教師のように見える。

「現在、星帥皇室への経済支援の半分以上はイマーガラ家です。また兵力支援はオウ・ルミル宙域のロッガ家が中心となり、エテューゼ宙域のアザン・グラン家がこれに続く形となっております。さらにイーセ宙域のキルバルター家もカウ・アーチ宙域方面から、ミョルジ家勢力を圧迫すると思われます。そして残るはミノネリラ宙域のサイドゥ家ですが、こちらは星帥皇室との繋がりがまだ希薄なため、少々読み難くなっております―――」

 ナルガヒルデが状況説明を進めるのに従い、中央のホログラムスクリーンに、各星大名家の様々なデータ表示が追加されていく。ノヴァルナはそのデータ表示を面白くもなさそうな目で追いかけた。ただやはり集中力は散漫で、ナルガヒルデが「サイドゥ家」の名前を口にすると、ノア姫の顔が浮かんで来て、以後の思考が勝手にノア姫との思い出巡りに向かってしまい、ナルガヒルデの説明が全く頭に入らなくなる有様である。


“ノアの奴…今、なにしてっかな―――”

 そんなふうにぼんやりとするノヴァルナだが、集中力を欠く理由は、この会議の議題に興味の食指が動かないからだ。興味が起きたのは星帥皇室第一皇子が、自らBSHOで殿軍しんがりを務めた事と、その専用機『ライオウXX』が搭載する奇妙な、攻防一体の金属球体型兵器ぐらいだった。
 …あとは、議論を重ねる重臣達の顔を見渡しても、“何言ってんだか、コイツら”みたいな気持ちしか湧いて来ない。議論の方向は次第に、ミョルジ家からの要請があってもこれを断り、いかに星帥皇室側を支援していくか―――に移りつつあるようだが、その流れでは、ノヴァルナ自身が考えている事と相当な隔たりがあるからである。

“皇都キヨウから逃げ出したってだけで、もう星帥皇室側は負けが決定してるってのに、どこが肩入れしようが、誰と組んで皇都を取り返そうが、一度失くした権威は元には戻らねぇ…つまりは、終わりの始まりってヤツだ”

 いかに星帥皇が超空間ゲートの制御権とNNLの統括権を把握していようと、それは星帥皇が皇都キヨウにあってこそ、実体を持つものなのだ。そしてキヨウを捨てた星帥皇室はこの二つを盾にして、ミョルジ家と交渉する事は出来ない。そんな事をすれば銀河皇国の住民全ての批判の矛先が、星帥皇室へ向けられてしまうからである。

 会議ではノヴァルナの弟、カルツェが静かな口調で意見を述べていた。

「…であるが故に、これは我等にとっても、キオ・スー家とイル・ワークラン家、さらにこれまで敵対していた周辺諸国との関係を改善する、良い機会と捉えるべきではないかと思う」

 カルツェの言葉に、この若者の支持派を中心として多くの重臣が頷きを繰り返し、さらにカルツェの一番のお気に入りの側近とされる、クラード=トゥズークが追従口を挟む。

「流石でございますカルツェ様。ご慧眼、恐れ入りました」

 クラードの調子のいい言葉に、ノヴァルナの傍らに控える『ホロウシュ』のササーラが噛みつきそうな目をした。このクラードが、イェルサス=トクルガルを人質交換で返す際に、横取りを狙うキオ・スー家へ囮作戦の情報を漏洩した黒幕だからだ。傍らに立つもう一人のランは、表情にこそ出さないが、フォクシア星人の特徴のキツネのようなふわりとした尻尾を、Sの字形に自分の背中へ張り付けており、怒りをこらえているのが分かった。

“これまでの事は水に流し、新たに現れた巨大な敵に一致団結して、ねぇ…”

 クラードの事などどうでもいいノヴァルナは、カルツェの理想論な物言いの方に笑いの要素を感じ、口元を緩める。確かに大半の者が頷く優等生的な発言だが、何をどうすればよいか…といった具体的な事までは考えていないはずだった。

 その辺りを突っ込んでやろうか―――とも思ったノヴァルナだが、この面白くもない会議が余計長引くだけなので、思い直してやめておく。このままだとみんなの前で大あくびしそうだ、ヤベぇ…

「爺」

 ノヴァルナは円卓の左隣に座る、後見人のセルシュに声を掛けた。会議を開始してから初めてのノヴァルナの発言に、互いに議論を交わしていた重臣達がピタリと口を閉じ、ノヴァルナに向き直る。いきなり声をかけられたセルシュは、戸惑い気味に「なんでございましょう?」と尋ねた。

 ところがノヴァルナは、ここまでの会議とは全然無関係の事を口にする。

「明日の親父の葬儀、会場の準備は終わってるか?」

「は?」



 そう、明日はノヴァルナの父で、急死した前ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダの葬儀が行われる日となっているのだ。その会場は当初、ここスェルモル城内であったのだがノヴァルナの横槍で、城下市街地中心にあるドーム式巨大イベントホールで行う事になっている。
 一応休戦状態に戻ったキオ・スー家やイル・ワークラン家。ノヴァルナとノアの婚約で同盟関係とはなったが、これまでの宿敵であったサイドゥ家といった所からの弔問団を、スェルモル城に入れるのはどうか、というノヴァルナにしてはまともな意見を。筆頭家老のシウテと次席家老のセルシュが容れたからであった。しかしそうかといって、この会議には全く無関係の話には違いない。

「そ、それでしたら、すでに準備万端整っておりますゆえ…」

 半ば呆気に取られて応えたセルシュに、ノヴァルナは「よしッ!」と言って席を立つ。そして軽い口調で言い放った。

「会議終わり! 解散!!」

「!!??」

 訳が分からない、といった表情の重臣達にノヴァルナは「あれ?」と首を傾げ、ああ…と思い出したように付け加える。

「今日は皆の貴重な意見を聞く事ができた。ご苦労!」

 などと、一応は主君らしい言葉遣いで会議場にいる者を労うが、口調が適当過ぎては、言った本人以外の誰も納得するはずがなかった。



▶#09につづく
 
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