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第20話:新たなる風

#06

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 ウーサー家の当主ガルノも無論、この状況に手をこまねいていたわけではない。参加戦力の大きさから、他の周辺勢力の筆頭的立場にあるガルノは、連合部隊にテルーザ皇子には構わず、脱出艦隊の追撃を優先するように指示した。『ライオウXX』と交戦中の一部を除いて、多数の艦艇と艦載機が急加速し、脱出艦隊のあとを追い始める。

 ところがその先には思わぬものが追撃部隊を待ち受けていた。センサーに探知され難いステルス機雷を宇宙空間に大量敷設した、機雷原である。高さが5メートル程の大きさのヒマワリの種を思わせる、紡錘状の自立思考型宇宙機雷が数千基も帯状に撒かれており、接近する敵艦を捉えると、その近辺にいる機雷が一斉に襲い掛かる仕組みだ。

 ただステルス性能を有して探知され難いと言っても、距離が詰まれば当然気付かれる。そこで『ライオウXX』が単独で出撃、銀河皇国第一皇子のテルーザが己の身を囮にする事で、周辺勢力連合軍の目を引き付けたのだった。

 急加速した追撃部隊はこの機雷原にまともに突っ込む形となる。まず餌食になったのはカウ・アーチ宙域独立管領イェスレム家の駆逐艦、先頭を走っていた『ベランド』だ。

「ぜっ、前方! 宇宙機雷! 機雷原です!!」

 電探科のオペレーターが蒼白となった顔で叫ぶ。

「緊急回避! 迎撃防御!!」

 艦長の必死の命令も空しく響く。

「駄目です! 間に合いません!!!!」

 宇宙機雷は宇宙魚雷と同様、自ら考えて行動する兵器であり、エネルギーシールド発生器まで備えている。『べランド』のCIWS(近接迎撃火器システム)のビーム砲が、機雷に反応して火箭を開くが、エネルギーシールドを貫いて有効打を与える前に、艦が機雷に接触してしまった。
 機雷のエネルギーシールド中和装置が起動し、そのきっかり三秒後に機雷は白熱化、反陽子を大量放出して大爆発を起こす。その輝きは『ベランド』の前半分を消滅させ、次いで残りの後半分も、粉微塵に砕け散った。それを皮切りに、周辺勢力連合軍の艦艇は立て続けに爆発を起こし始める。

 しかも待ち伏せていたのはそれだけでなく、機雷原の発するステルスフィールドを利用して、銀河皇国軍のBSI部隊までも潜んでいた。テルーザ皇子直属の近衛隊三個中隊36機の精鋭である。皇国軍量産型BSI『ミツルギ』の親衛隊仕様機ではなく、近衛隊専用機『サキモリCX』という機体だ。

 近衛隊専用機『サキモリCX』は通常の量産型BSIユニット親衛隊機仕様機と、将帥専用機BSHOの中間的な位置になる機種であり、BSHO同様、規定数値以上のサイバーリンク適正が必要となる。量産型BSIユニットの発展型というより、BSHOの量産型といったところだ。

 機雷原に飛び込んで混乱した周辺勢力連合軍に対し、36機の『サキモリCX』は対艦誘導弾ランチャーを手に、一斉に打って出た。

「敵機接近!」

「敵のBSIユニットです!」

 皇国軍近衛BSI隊の出現にいち早く気付いた艦から、緊急情報が発信される。だが機雷原に飛び込んだ艦が、充分な回避運動を行えるはずもなく、瞬時に接近して来る『サキモリCX』の放つ誘導弾を次々と喰らって、火柱を噴き出した。また強引に回避運動を行った艦も、接近して来る宇宙機雷に自分から突っ込んでいく形となって、これも悲惨な末路を招いて行く。

「後退! 全艦後退!!」

「弾幕を張りつつ後進全速! 機雷原からの脱出が先だ!」

「こちらのBSIは何をしている!!」

 連合艦隊の各艦が悲愴な声を上げ、どうにか事態を打開しようとする。一方で連合軍のBSI部隊も遊んでいたわけではなく、後方の打撃母艦群から発進した多数の『サギリ』やASGULの『ブラングェス』が、機雷原の中の味方艦艇の援護に向かっていた。

 ところがその連合軍BSI部隊は、横合いから仕掛けて来た『ライオウXX』に不意を突かれる。『ライオウXX』は自分が交戦していた連合軍部隊に大損害を与えた上に、艦隊の援護に向かっていた百機近いBSI部隊にまで単機で襲い掛かったのだ。恐るべき闘志と言える。

 速度を落とさぬまま、機体をグルリとスクロールさせた『ライオウXX』は、周囲を回る七つの金属球から真紅のビームを放つ。その一撃は三機の『サギリ』と、四機の『ブラングェス』を血祭りに上げた。
 続いて超電磁ライフルを連射する『ライオウXX』。さらに四機の『ブラングェス』が撃破されると、連合軍BSI部隊は慌てて応戦体制を取る。すると今度は、機雷原の中で連合軍艦艇と戦っていた近衛隊の『サキモリCX』が、その機雷原から飛び出して来て、連合軍BSI部隊を狙撃し始めた。瞬く間に増大する味方機の損害に、援護に来たはずの連合軍BSI部隊が救援を求める有様だ。

 この状況に激怒したのは、総司令官のナーグ・ヨッグ=ミョルジである。

「なんと不様な!!」

 最重要目標は脱出部隊だというのに、皆なにをやっているのだ!―――床を蹴りつけるようにして司令官席から立ち上がったナーグ・ヨッグは、苦々しげな表情で直率艦隊にさらなる加速を命じた。

「もういい! 連合艦隊はそのまま敵BSI部隊の相手をさせておけ。我々で脱出部隊を追う。機雷原を迂回するコースを取れ! 全艦最大戦速!!」

 星帥皇と皇国宰相を逃がしてしまっては、皇都を陥《おと》した事にはならない。特に超空間ゲートの制御権とNNL(ニューロネットライン)の統制権の移譲には、現星帥皇のサイバーリンク認証が必要で、生存状態での移譲か、逝去によるサイバーリンクの切断でしか、この二つの権利を得る事は出来ないのだ。

 するとそこに通信士官が、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガからの通信が入っているのを報告する。変針した皇都星系防衛艦隊の頭を押さえに向かった、ナーグ・ヨッグの側近の艦隊司令官だ。ナーグ・ヨッグは「繋げ」と応じ、ホログラム画面に現れたマツァルナルガに声を掛ける。

「なんだ、マツァルナルガ?」

 二本の短い角を頭に生やしたリーゴラル星人のマツァルナルガは、落ち着き払って主君に意見した。

「は。ここはまず、キヨウを制圧するが得策だと思われます」

「ハル・モートンを逃がせ、と言うのか?」

 苛立った口調で問い質すナーグ・ヨッグ。対するマツァルナルガは、気にするふうもなくゆっくりと頷く。

「なぜだ?」

 悠然としたマツァルナルガの態度に、ナーグ・ヨッグは高ぶっていた気持ちを、幾分か落ち着けて尋ねた。マツァルナルガは見ようによっては、主君に向けるには不遜とも思える薄笑いを浮かべて告げる。

「銀河を遍《あまね》く統べる皇国宰相が、星帥皇陛下を連れて皇都惑星を逃げ出した…これだけでその権威は、もはや地に墜ちたというもの。超空間ゲートの制御権やNNL統括権を手に入れるより、今は皇都にあって、銀河に号令する力を持つは誰かを広く知らしめる―――これが肝要にございます」

 マツァルナルガの言葉を吟味したナーグ・ヨッグは、探るように訊いた。

「今は実より名を取れ…と申すか?」

「御意」

 そう応じてホログラムスクリーンの中のマツァルナルガは、再び大きく頷く。

 確かにマツァルナルガの言う通りであった。星帥皇室と皇国宰相がいくら隣国のオウ・ルミル宙域に逃れ、そこのいずれかの恒星系を拠点にしたとしても、首都機能までもはそうそう短期間に移転する事は不可能…いや、どれだけの年月を費やしても不可能である。権勢を振るうには、それに相応しい舞台が必要なのだ。

 得心のいった顔に表情を変化させたナーグ・ヨッグは、一つ息をついてマツァルナルガに確かめた。

「皇都キヨウが、丸ごと我等の人質というわけか? 我等がアーワーガ宙域に帰還せず、このまま皇都に居座ればハル・モートンも、いずれは我等との交渉の席に着かねばならぬ…そういう事だな?」

 マツァルナルガはさらに一つ、頭を深く下げて同意する。

「ご明察の通り」

 ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガは民間人上がりだけあって、武家の出身者ほど物事の判断が武断的ではない。何を考えているのか分からないところはあるが、ある意味マツァルナルガのこういった柔軟な面がナーグ・ヨッグをして、このリーゴラル星人を重用している一因であった。

「相分かった」

 いずれにせよ、この戦況で無理に皇国の脱出部隊を追撃しても、さらなる罠を考慮する必要もあり、無駄に損害を出してしまう可能性がある。実際、ウーサー家をはじめとする周辺勢力連合は、大型BSHO『ライオウXX』と機雷原と、近衛BSI部隊の待ち伏せで小さくないダメージを受けていた。

「周辺勢力連合を含む全軍に、追撃中止を命じよ!」

 参謀達に命令を下したナーグ・ヨッグは、司令官席に再び腰を下ろす。

 と同時に、星帥皇室専用機『ライオウXX』も近衛BSI部隊と合流し、脱出部隊のあとを追い始めていた。結局、『ライオウXX』は単機で軽巡3、駆逐艦5、BSIなどの艦載機47という驚異的な戦果を得ている。そのコクピットに近衛隊長から通信が入った。

「如何でした? AES(アサルト・エクステンデッド・システム)は」

 近衛隊長が口にしたAESとは、例の『ライオウXX』の周囲を固める、七つの金属球の呼称であった。

「うん。実戦投入は初だが、あれは使えるな」

 そう返答したのは『ライオウXX』を操縦するヤヴァルト銀河皇国第一皇子、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガだ。金髪で鋭い碧の瞳をした二十歳の若者の声は、静かではあるが揺るがない自信を滲ませていた………



▶#07につづく
 
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