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第20話:新たなる風
#02
しおりを挟む何ともふざけた物言いで顔色を失った家臣達を放置して、玉座の間を出たノヴァルナであったが、その足で上空に浮かべたままの旗艦『ヒテン』へ戻ったわけではなかった。
『ホロウシュ』のランとササーラだけを引き連れたノヴァルナが向かったのは、マリーナとフェアンの二人の妹と、三人のクローン猶子が待つ部屋である。
いまだに父親の死を、どこか他人事のように思えてしまうノヴァルナだったが、妹達の待つ部屋の扉の把手を掴もうとする指先には躊躇いを感じた。自分とは違い、父親を突然失った彼女達が、どのような気持ちでいるのか…それと向き合う事に対する躊躇いだ。
勇気を出して―――というのは些か大袈裟だが、一拍置いてからノヴァルナはドアを開いた。いつものようにノックもせずに入る無作法ではなく、控え目にノックをしてからである。静かに開けた扉を抜け、「よう」と声を落として告げた。
「兄上」
「兄様」
大きく長い木製テーブルを挟んで向かい合わせに座り、こちらへ顔を向けていたマリーナとフェアンは、その扉を開いたのがノヴァルナだと知って、弾かれたように椅子から立ち上がる。一緒にいるヴァルターダ、ヴァルカーツ、ヴァルタガの三人のクローン猶子も目を見開いた。ノヴァルナが部屋に入り、気遣う笑みで両腕を下げ気味に広げると、二人の妹は駆け出して、その腕の中へ飛び込んで来た。
「あにうえっ!」
「にいさまぁっ!」
二人を抱きとめたノヴァルナは、その背中に優しく手を回してやる。マリーナとフェアンはノヴァルナにしがみつき、声を上げて泣きじゃくり始めた。
「あにうえぇぇぇ!!!!」
「にいさま、とうさまがぁああああ!!!!」
扉の外では両側にランとササーラが立ち、気を利かせて部屋には立ち入らずにいる。それでも扉の向こう側から聞こえる姉妹の泣き声に、胸が締め付けられる表情になった。
「とうさま…」
妹達に遅れて、控え目な声でノヴァルナの元にやって来たのは、ノヴァルナの三人のクローン猶子だった。“長男”のヴァルターダが十二歳、“次男”のヴァルカーツが十一歳で“三男”のヴァルタガはまだ十歳。あまりヒディラスと会って話した事はなく、今回の夕食会が、ほとんど初めてに近い時間の共有だったはずだ。それがこのような結果になるとは、親しい間柄とは言えなくともショックは隠せない。
ノヴァルナは小さく頷く事で、三人も自分の元へ招き寄せた。そして不安そうな目を向ける三人の一人ずつに、右手を頭に置いていく。まだ十七歳のノヴァルナだが、その仕種はそれより大人びて見えた。
悲しみを共にすること…悲しむ者のそばにいてやること………
そうしてやる事は…そうする事しか出来ないのは、星大名もその他の人々も須らく変わらない。ただその一方でノヴァルナは、“やはり自分は違うのだ”と思う。父親の死に泣き崩れる妹達のような、悲しいという感情がいまだに湧いてこない。嘆き悲しむ妹達の姿にはつらいものを感じるが、それが自分にとっても同じ悲しみであるとは、ここに至っても感じられないのである。
泣いたのは、あの時が最後か―――
十五歳だった、二年前の惑星キイラでの初陣…戦意を奪い、戦う事へのトラウマを植え付けた上で自分を捕えようと、イマーガラ家のセッサーラ=タンゲンが用意した、何の罪もないキイラの住民五十万人の焼死体。
血のように赤い夕日の中、立ち尽くす自分の『センクウNX』を取り囲んで、累々と横たわる焼死体を踏みにじりながら迫る、イマーガラ家BSIの大部隊を前にし、自分は心の一部が壊れたのだ。ただしそれは、タンゲンが目論んだような戦いを恐れるトラウマではなく、どのような綺麗事を並べても現実に晒されれば、命とはこの程度のものでしかないのかという達観であった。
笑った―――
心の中が空っぽだった―――
虚しかった―――
だから笑った―――
だから…目の前にいる敵を手当たり次第に倒した―――
それだけだった―――
それ以外…他には何も無かったから―――
そしてその夜、衛星軌道上の旗艦『ヒテン』へ戻ると、自分の心境の異変を心配して私室へ訪ねて来たランに、そっと抱き締められて、その胸で大声で泣いたのが最後だった。たぶんあのとき溢れ出た感情と共に、自分の涙は枯れ果ててしまったのだろう………
「またあん時みたいに…人並みに泣く事が出来る日が、俺にも来るのかな―――」
朝の光に満たされた窓の外に目を向けて、聞こえないほどの小さな声で呟いたノヴァルナは、両腕に抱き留めた妹達を気の済むまで泣かせてやると、また明日も来るからと言い残し、ナグヤの城へと帰って行ったのであった………
▶#03につづく
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