銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
354 / 422
第20話:新たなる風

#02

しおりを挟む
 
 何ともふざけた物言いで顔色を失った家臣達を放置して、玉座の間を出たノヴァルナであったが、その足で上空に浮かべたままの旗艦『ヒテン』へ戻ったわけではなかった。
 『ホロウシュ』のランとササーラだけを引き連れたノヴァルナが向かったのは、マリーナとフェアンの二人の妹と、三人のクローン猶子が待つ部屋である。

 いまだに父親の死を、どこか他人事のように思えてしまうノヴァルナだったが、妹達の待つ部屋の扉の把手を掴もうとする指先には躊躇いを感じた。自分とは違い、父親を突然失った彼女達が、どのような気持ちでいるのか…それと向き合う事に対する躊躇いだ。

 勇気を出して―――というのは些か大袈裟だが、一拍置いてからノヴァルナはドアを開いた。いつものようにノックもせずに入る無作法ではなく、控え目にノックをしてからである。静かに開けた扉を抜け、「よう」と声を落として告げた。

「兄上」

「兄様」

 大きく長い木製テーブルを挟んで向かい合わせに座り、こちらへ顔を向けていたマリーナとフェアンは、その扉を開いたのがノヴァルナだと知って、弾かれたように椅子から立ち上がる。一緒にいるヴァルターダ、ヴァルカーツ、ヴァルタガの三人のクローン猶子も目を見開いた。ノヴァルナが部屋に入り、気遣う笑みで両腕を下げ気味に広げると、二人の妹は駆け出して、その腕の中へ飛び込んで来た。

「あにうえっ!」

「にいさまぁっ!」

 二人を抱きとめたノヴァルナは、その背中に優しく手を回してやる。マリーナとフェアンはノヴァルナにしがみつき、声を上げて泣きじゃくり始めた。

「あにうえぇぇぇ!!!!」

「にいさま、とうさまがぁああああ!!!!」

 扉の外では両側にランとササーラが立ち、気を利かせて部屋には立ち入らずにいる。それでも扉の向こう側から聞こえる姉妹の泣き声に、胸が締め付けられる表情になった。

「とうさま…」

 妹達に遅れて、控え目な声でノヴァルナの元にやって来たのは、ノヴァルナの三人のクローン猶子だった。“長男”のヴァルターダが十二歳、“次男”のヴァルカーツが十一歳で“三男”のヴァルタガはまだ十歳。あまりヒディラスと会って話した事はなく、今回の夕食会が、ほとんど初めてに近い時間の共有だったはずだ。それがこのような結果になるとは、親しい間柄とは言えなくともショックは隠せない。

 ノヴァルナは小さく頷く事で、三人も自分の元へ招き寄せた。そして不安そうな目を向ける三人の一人ずつに、右手を頭に置いていく。まだ十七歳のノヴァルナだが、その仕種はそれより大人びて見えた。



悲しみを共にすること…悲しむ者のそばにいてやること………



 そうしてやる事は…そうする事しか出来ないのは、星大名もその他の人々も須らく変わらない。ただその一方でノヴァルナは、“やはり自分は違うのだ”と思う。父親の死に泣き崩れる妹達のような、悲しいという感情がいまだに湧いてこない。嘆き悲しむ妹達の姿にはつらいものを感じるが、それが自分にとっても同じ悲しみであるとは、ここに至っても感じられないのである。



泣いたのは、あの時が最後か―――



 十五歳だった、二年前の惑星キイラでの初陣…戦意を奪い、戦う事へのトラウマを植え付けた上で自分を捕えようと、イマーガラ家のセッサーラ=タンゲンが用意した、何の罪もないキイラの住民五十万人の焼死体。

 血のように赤い夕日の中、立ち尽くす自分の『センクウNX』を取り囲んで、累々と横たわる焼死体を踏みにじりながら迫る、イマーガラ家BSIの大部隊を前にし、自分は心の一部が壊れたのだ。ただしそれは、タンゲンが目論んだような戦いを恐れるトラウマではなく、どのような綺麗事を並べても現実に晒されれば、命とはこの程度のものでしかないのかという達観であった。



笑った―――


心の中が空っぽだった―――


虚しかった―――


だから笑った―――


だから…目の前にいる敵を手当たり次第に倒した―――


それだけだった―――


それ以外…他には何も無かったから―――



 そしてその夜、衛星軌道上の旗艦『ヒテン』へ戻ると、自分の心境の異変を心配して私室へ訪ねて来たランに、そっと抱き締められて、その胸で大声で泣いたのが最後だった。たぶんあのとき溢れ出た感情と共に、自分の涙は枯れ果ててしまったのだろう………



「またあん時みたいに…人並みに泣く事が出来る日が、俺にも来るのかな―――」



 朝の光に満たされた窓の外に目を向けて、聞こえないほどの小さな声で呟いたノヴァルナは、両腕に抱き留めた妹達を気の済むまで泣かせてやると、また明日も来るからと言い残し、ナグヤの城へと帰って行ったのであった………



▶#03につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

母の城 ~若き日の信長とその母・土田御前をめぐる物語

くまいくまきち
歴史・時代
愛知県名古屋市千種区にある末森城跡。戦国末期、この地に築かれた城には信長の母・土田御前が弟・勘十郎とともに住まいしていた。信長にとってこの末森城は「母の城」であった。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...