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第19話:血と鋼と
#22
しおりを挟む「迎撃射撃! 近寄らせるな!」
「艦隊針路変更098マイナス50! 急げ!!」
ダイ・ゼンが顔を引き攣らせる脇で、参謀達が声を荒げて命令する。キオ・スー第1艦隊の戦艦九隻は、右下方へ鋭く舵を切り、近接迎撃用のCIWSが激しく陽電子のビームを撃って来た。
だが柔軟な機動性では、複雑な艦隊運動もBSIに優る事はない。ノヴァルナと八機の部下は惑わされる事も怯む事もなく、ダイ・ゼン艦隊へ攻撃を仕掛けた。螺旋状に編隊を組んだノヴァルナ達は渦を回転させながら、中に取り囲んだキオ・スー家の戦艦群に超電磁ライフルの対艦徹甲弾を叩き込む。
エネルギーシールド中和貫通能力のある対艦徹甲弾が、一艦あたり三十発以上も撃ち込まれ、極超高速の銃弾は貫通の衝撃で、艦の内部をスクラップに変えていく。
「機関部損傷!」
「対消滅反応炉、出力低下!」
「照準センサー統括システムにダメージ!」
「迎撃、どうしたっ!?」
「てっ、敵を捉えきれません!」
「どういう事だ!?」
「敵親衛隊機の中に、電子戦特化型がいるもよう!!」
「ジャミングフィールドか!!!!」
騒然となった総旗艦『レイギョウ』の艦橋内で、オペレーターと参謀達が切迫した報告と命令を繰り返す。
ジャミングフィールドはショウ=イクマが乗る、電子戦特化型『シデンSC-E』が起点となって、ノヴァルナのウイザード中隊各機のECM(電子妨害機能)とリンク、中隊全体を包む強力な強力な電子妨害フィールドを展開するものだった。照準センサーに障害が発生して、キオ・スー家の戦艦群からの迎撃砲火も全く当たらない。
ドカ!ドカ!ドカ!と腹に響く、ノヴァルナ隊が放つ対艦徹甲弾の命中の衝撃に、被害は拡大する一方だ。やがてノヴァルナの『センクウNX』が放った一発が、艦橋付近に命中し、ひときわ大きな衝撃が発生して、立っていた者は全て床に打ち付けられた。恐怖に駆られたダイ・ゼンは、司令官席で悲鳴に近い声を上げる。
「だ、駄目だ! 撤退する!! 全軍撤退ぃぃッ!!!!」
かくしてカルル・ズール変光星団会戦は終了した。
ウォーダ一族宗家の旗艦だけあって『レイギョウ』はしぶとく、ノヴァルナと彼の配下の追撃で次々と脱落艦を出す中でも生き延びた。カルル・ズール変光星団の重力圏を脱すると同時に、緊急DFドライヴを敢行したのである。
緊急DFドライヴで逃走したダイ・ゼン艦隊をノヴァルナは追わなかった。いや、追えなかった。数で倍する敵に力押しで打ち勝ったのであるから、当然それに比するだけの損害を受けており、そのレベルはもはや将兵の士気や闘志で補えるようなものではなくなっている。はっきり言って艦もBSI部隊もボロボロの状態だった。
一方ノヴァルナの叔父、ヴァルツ=ウォーダ艦隊はソーン・ミ=ウォーダのキオ・スー家第1機動部隊を蹴散らし、さらにノヴァルナに司令官のジーンザック=サーガイを斃された第4艦隊をも撃退する、猛将の名に恥じぬ働きを見せた。
ノヴァルナとヴァルツの連合艦隊はダイ・ゼン艦隊を追う代わりに、占領されていた補給基地マ・トゥーヴァを包囲した。占領部隊はダイ・ゼン艦隊と連携してノヴァルナ達を砲撃するつもりだったのだが、肝心のダイ・ゼン艦隊が逃げ出してはどうしようもない。包囲を受けたマ・トゥーヴァ基地は、あっさりとノヴァルナの軍門に下った。
補給基地を奪回したノヴァルナは、三日をかけて各艦の補給と応急修理を行った。その間に参謀長として配属されたテシウス=ラームが、外交手腕を発揮してキオ・スー家と交渉、ノヴァルナの惑星ラゴン帰還の妨害を行わない事、ナグヤ家新当主として認める事、さらに相当額の賠償金を支払う事を条件に停戦に合意した。
キオ・スー家にすれば、第4艦隊司令官のジーンザック=サーガイが戦死、生き残った艦艇もほぼ全てが修理を必要としており、総旗艦『レイギョウ』もドックに入渠、修理まで二ヵ月を要する状況である。それでも戦力的には、応急修理を行っただけのノヴァルナ艦隊に優ってはいるが、問題はキオ・スー家当主のディトモス・キオ=ウォーダが、この損害の大きさに驚き怯えた事だ。
筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイは、自らはノヴァルナの前に敗北した事を棚に上げ、キオ・スー家配下の星系防衛艦隊でノヴァルナ艦隊を迎撃するよう意見具申した。しかしこれは弟のジーンザックをノヴァルナに斃された、ダイ・ゼンの恨みが先走ったものであり、怯懦の念に囚われたディトモスを動かすには至らない。
結局はノヴァルナの参謀長のテシウス=ラームに、外交手腕を振るわせる事になり、この結果に満足したノヴァルナは、叔父のヴァルツ=ウォーダとの再会を約束し、惑星ラゴンのあるオ・ワーリ=シーモア星系へと出発したのだった。
だがノヴァルナが対決するべきは、キオ・スー家だけではない―――
早朝…いやそれよりも早い、夜明け前の空―――
まだ空が濃紺のグラデーションの中に、幾つかの星を散りばめている時間、小高い丘の上に建てられたスェルモル城へ向け、高空から降りて来る三隻の巨大な宇宙戦艦がある。二隻の戦艦を両側に従えたノヴァルナの旗艦『ヒテン』だ。
三隻とも艦の各所に取り付けられた白、または赤のポジションランプを煌々と輝かせ、その身を隠そうともしない。眼下のスェルモル城を威圧するためであるから、当然の振る舞いであった。
スェルモル城は現在のナグヤ=ウォーダ家の本拠地である。そしてそこに住んでいたノヴァルナの父、当主だったヒディラス・ダン=ウォーダは、クローン猶子のルヴィーロ・オスミ=ウォーダの暗殺によって帰らぬ人となって、現在そこにいるのはノヴァルナの弟カルツェ・ジュ=ウォーダだった。
やがて『ヒテン』と二隻の戦艦は、明かりを落として佇むスェルモル城の上空、僅か四百メートルまで降下して停止する。城より巨大な三隻の戦艦であるから、その威圧感は圧倒的だ。一方、スェルモル城ではカルツェが、硬い表情の側近達が待つ戦闘指揮所に入って来る。理知的で端正な顔には、側近達とは対照的に表情がない。
「カルツェ様」
側近達に口々に呼びかけられたカルツェが、『ヒテン』と二隻の戦艦を映し出すメインスクリーンの前に立つと、腹心のミーマザッカ=リンとクラード=トゥズークが即座に傍らに歩み寄って進言する。
「カルツェ様。迎撃態勢はすでに整っております」
「これぞ好機。ご命令を!」
ミーマザッカ=リンとクラード=トゥズークに、カッツ・ゴーンロック=シルバータを加えた三名は、カルツェを次期ナグヤ家当主に据えようと目論んでいる反ノヴァルナ・親カルツェ派の急先鋒だった。
彼等は『ヒテン』と二隻の戦艦が相当な損傷を受けている事を知り、スェルモル城の対空火器でも撃破が可能だと判断し、ノヴァルナを屠ってカルツェを当主とする絶好の機会だと考えたのである。
するとそこに、オペレーターがノヴァルナ本人から通信が入っている事を告げた。カルツェは口を真一文字にしてそれを聞き、ミーマザッカとクラードが止めに入る。
「お出になられてはなりません!」
「それより早く、迎撃のご命令を!」
しかしカルツェは首を振って側近達の言葉を拒絶し、オペレーターに回線を開くよう命じた。すぐに兄の姿がスクリーンに浮かび上がる。ノヴァルナは何のわだかまりも無さそうな口調で、弟に声を掛けた。
「おう、カルツェ。いま帰った。留守番ご苦労!」
無論カルツェ派がキオ・スー家と裏で繋がっている事に、気付いていないノヴァルナではない。しかしあえてこの場でそれを匂わせず、労をねぎらう口調はすでにナグヤの支配者然としている。カルツェはノヴァルナを真っ直ぐ見据えた。傍らではミーマザッカとクラードが、迎撃の命令を待っている。
カルツェは思考を巡らせた。ここで兄ノヴァルナを殺害すれば、自動的に自分がナグヤの当主となる。子が親を、弟が兄を殺害して当主の座を奪うのは、その逆のケースも含めて今の時代の星大名家では珍しい事ではない。
だがここで『ヒテン』の破壊…兄の殺害に失敗した場合は―――
いや…それ以前に、父の急死でナグヤ家全体が混乱しているこの状況で、兄と弟が殺し合うというのは、あまりにも常軌を逸している。それにまず、自分自身が側近達の思惑通りに兄の命を奪ってまで、ナグヤの当主の座を手に入れたいのかという葛藤がある。
「………」
「………」
スクリーン越しに無言で対峙する兄弟で、先に視線を外したのはカルツェだ。
カルツェはやはり常識人であった。固唾を飲むミーマザッカ達の視線の先でスルスルと腰を下ろし、ノヴァルナの前に片膝をつく。意に反するその光景に側近達は目を見開き、次いで奥歯をギリリ…と噛み鳴らした。そしてカルツェは、静かな口調でノヴァルナに告げる。
「お帰り…お待ちしておりました。兄上」
それはカルツェの、新たなナグヤ家当主に対して恭順の意志を示す行動であった。弟のそんな態度にノヴァルナは機嫌良く「おう!」とだけ応じる。無論、カルツェとカルツェを次期当主に据えようとする一派が、今回のキオ・スー家の妨害を黙認していた事を知らないノヴァルナではない。
見下ろす兄ノヴァルナと、見上げる弟カルツェ―――
兄と弟、そしてそれを見守る者達…それぞれの心の奥底までは当人以外に分からない。ただ今この時は、自ら道を切り開いて帰還を果たしたノヴァルナを、ナグヤ=ウォーダ家の新たな当主として迎え入れていた………
【第20話につづく】
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