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第19話:血と鋼と
#18
しおりを挟む「敵の親衛隊機は任せるぞ!」
ノヴァルナはランにそう言ってポジトロンパイクを構え、ジーンザックの乗る『レイゲツAR』へ向かって行く。対するランは「はっ!」と短く応えて操縦桿を操作し、機体を敵の親衛隊機二機へ向けた。コースを変更したノヴァルナの『センクウNX』と、ランの『シデンSC』が宇宙空間をクロスする。
「おのれっ!!」
接近して来るノヴァルナ機に連続して銃撃を浴びせるジーンザック。だがノヴァルナの描く複雑な回避機動には命中しない。一気に間合いを詰めて来て、ポジトロンパイクを振り抜くノヴァルナの『センクウNX』。ジーンザックもポジトロンパイクの腕には自信があり、咄嗟に突き出した自らのパイクでその斬撃を受け止める。カルル・ズール変光星団のオレンジ色をした恒星を大きく背後に、逆光になった二機のBSHOの黒い陰影が、刃を交えてぶつかり合った。
するとここでノヴァルナにとって厄介な相手が現れた。ジーンザックの全周波数帯通信を聞いた、キオ・スー家BSI部隊総監のチェイロ=カージェスが、量産型『シデン』とASGUL『ルーン・ゴード』の混成部隊三個中隊を引き連れて急行して来たのだ。目的は無論、敵の首魁であるノヴァルナを討ち果たす事だ。
ノヴァルナも『ヒテン』のコマンドコントロールからの連絡で、敵の大部隊の接近は知るところであったが、ジーンザックの『レイゲツAR』を相手取るのに手一杯だった。正直なところ計算外…いや、総数で劣るこちらのBSI部隊が、敵に押し返され始めたという意味なのだろう。
“ふん。俺とした事が、つい熱くなりすぎたか…”
内心で呟いたノヴァルナは、敵中に深く踏み込み過ぎた今の状況に苦笑した。これでは1589年のムツルー宙域で一緒に戦った際、単機で敵中に先行し過ぎて窮地に陥った、友人のマーシャル=ダンティスを笑えなくなる…という苦笑だ。
「ジーンザック殿! 助太刀致す!!」
全周波数帯でそう告げるチェイロ=カージェスの声が、ノヴァルナのヘルメット内にも聞こえて来る。チェイロもBSHOに乗っており、ジーンザックと合わせて二機。さらに三個中隊―――空母一隻分のBSI部隊も加わっては、さすがに勝ち目はない。
しかしノヴァルナに、諦める気持ちはないのも確かだった。ノヴァルナの“死のうは一定”という死生観は、漫然と死を受け入れるという意味ではないからだ。
抗って、抗って、抗い抜いて、その先に待つのが死であったなら、
それが定めと胸を張って、目の前に置かれた死を掴み取る………
初陣の惑星キイラで、『センクウNX』の足元に累々と転がる五十万人の焼死体と、自分を捕えようと包囲の輪を狭めるイマーガラ家の無数のBSI。
異様に赤く感じた夕陽の中、湧き上がる笑いの衝動とともに自分で自分に立てた誓い…それが“死のうは一定”だった。
そうであるならば、ここで諦める訳には行かない。ノヴァルナはポジトロンパイクを切り結んだ状態で『センクウNX』を半回転させ、ジーンザックの『レイゲツAR』と位置を入れ替わると、パイクを握る手の、右の片方を離してバックパックの超電磁ライフルを掴んだ。そして横に振り向きざま、接近して来るチェイロ=カージェスのBSI部隊に、連続射撃を行った。その射点に突っ込んだASGULが攻撃艇形態のまま、三機、四機と砕け散る。
咄嗟の行動にも関わらず精確な照準を見せたノヴァルナ機に、チェイロの編隊は慌てた様子で散開した。彼等から見ればジーンザックを盾代わりにされているため、すぐに撃ち返す事が出来ないのだ。
だがそのジーンザックはノヴァルナと組み合った状態から、『レイゲツAR』のQブレードを引き抜いて起動、『センクウNX』のコクピット部をえぐり切ろうとする。咄嗟に気付いたノヴァルナの『センクウNX』は、『レイゲツAR』の腰部を蹴りつけて敵機を引き剥がし、間合いを置いた。
しかし間合いを置くという事は、敵の増援部隊に攻撃の機会を与える事でもある。即座にチェイロ=カージェスの『シンセイCC』が吶喊《とっかん》して来て、ポジトロンパイクでノヴァルナ機に斬り掛かる。
それを自分のパイクで打ち防ぐノヴァルナ。さらに今度は、ジーンザックの『レイゲツAR』が斜め上からパイクを振り下ろした。ノヴァルナはそれをも返す刃で弾き返し、グルリと素早く旋回、ジーンザック機とチェイロ機の背後を取る。恐るべきノヴァルナの手際に、振り返ったジーンザックとチェイロの表情は強張った。
ただノヴァルナの方も決定打を放つ事は出来ない。
ノヴァルナの耳に複数のロックオン警報が鳴り響き、周囲からチェイロのBSI部隊のライフル照準が集中したからだ。二機を撃破するのはいいが、自分も蜂の巣になってしまう。割り切ったノヴァルナは一気に離脱した。
「逃がすな!」
声を合わせて叫んだジーンザックとチェイロは、離脱したノヴァルナ機にライフルを向けようとする。だが先にノヴァルナが牽制射撃を行ったため、その回避に時間を浪費して出遅れた。一方で二人の命令を聞いたキオ・スー家BSI部隊の『シデン』が三機、真っ直ぐ飛んで来て『センクウNX』の離脱コースに先回りしようとする。
しかしノヴァルナの技量を考えれば、直線的な機動は命知らずの範疇を超えていた。先読みして放ったノヴァルナのライフル弾の射点に自ら突っ込む形となり、三機とも閃光に包まれて四散する。
「むやみに突っ込むな! 連続射撃で恒星方向へ追い込め!」
ジーンザックと共に追撃を開始したチェイロが部下達に命じる。それに従い、合わせて四十機近いBSIとASGULが超電磁ライフルとビームガンを連射し、『センクウNX』に集中攻撃を仕掛けた。
「チィッ!」
不規則な螺旋軌道を描いて、回避行動を取るノヴァルナ。敵弾を喰らう事こそないが、無数のロックオン警報に頭を押さえられる不本意な状況に舌打ちが出る。キオ・スー家側からすれば、数で優っていながらの思わぬ苦戦に、司令官のノヴァルナが乗るBSHOを討つ事に全力を挙げるべきだと判断したのだ。さらにこの状況に気付いたキオ・スー家の重巡航艦一隻と、駆逐艦二隻までが接近して来て攻撃を始める。ヴァルツ艦隊の強襲で混乱したダイ・ゼンの本隊からはぐれた三隻だが、ノヴァルナにとっては不運な展開となってしまった。
すでに述べた通り、キオ・スー家の総旗艦艦隊となると将兵の練度は低くない。三隻の宇宙艦からの射撃と誘導弾攻撃が加わると、さしものノヴァルナも追い詰められて来る。左下方からは三隻の攻撃、前方では敵のBSI部隊が半包囲して間断なく銃撃を浴びせ、そして右上方ではカルル・ズール変光星団の恒星の一つが、宇宙を埋め尽くしていた。
「ジーンザック殿。この機会を逃しては!」
「心得た!」
乗機を加速させたチェイロとジーンザックは、左右からノヴァルナ機を挟撃してライフル弾を撃ち放つ。機体を掠めそうな弾丸を次々に紙一重で躱し、自らも銃撃を返すノヴァルナだが当たらない。すると遂にチェイロ機の撃った弾丸が、『センクウNX』の左腕をポジトロンパイクごと吹き飛ばす。
「うぐっ!」
機体を突き飛ばすような激しい衝撃に、ノヴァルナは歯を食いしばった。
▶#19につづく
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